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Des prières à St Paul

都会で労働 海辺で生活

先日出張した際に、名駅を通過しながら、昔のことを思い返していた。

愛知にある会社に転職した当時、私は横浜暮らしだったので、当初はホテルに滞在したり新幹線通勤したり。横浜出身で小さな世界に暮らしていた若者にとって、貴重な経験だった。

喫茶店のモーニング、きしめん、あんかけスパゲッティ、台湾ラーメン、ひつまぶし、具入りのいなり寿司、赤味噌、つけてみそかけてみそ矢場とん風来坊山ちゃんコメダ、様々な路線電車が乗り入れる名駅、魚市場、テレビ塔東山動物園杁ヶ池公園と亀、名古屋城犬山城小牧山、大仏、大須観音田縣神社みこころセンター南山大学主税町、錦町、栄、フロントが2階にある怪しいホテル、風俗業の情報共有館、アピタ、怖気ついて入れなかったミッドランドスクエアどえりゃーべっぴんさん、モリゾーとキッコロ、等々。

楽しい時間を過ごし、夜行列車ながらに乗って横浜に戻り、1時間だけ寝てから東京に出勤したこともあった。

当地の同僚Nさんのことも忘れられない。同僚であり、プロテスタント牧師であり、スウェーデン車を乗り回し、私に様々な知識を授け、哲学者のFriedrich Wilhelm Joseph von Schellingを教えて下さった。先日アルバムを開いたら、草むらに寝転ぶNさんを私が踏んづける写真があった。転職後もメールで連絡を保っていたのだが、ある日交通事故に遭い、溺愛する学生の坊ちゃんを残して亡くなってしまった。まだ60歳前後だった。いつか会いたいなあ。
長女
初めての遠足。前夜にお弁当箱やおしぼりケースの説明をして、レジャーシートを広げたり畳んだりする練習をさせながら、どうなることやらと思っていたが。元気に歩き、お弁当を完食し、堂々として帰ってきた。

遠足翌日から今季の水筒持参がなくなったのだが、水筒を持って行きたい、保育園に行きたくないと号泣。ちなみに私が出張に行く日の朝も、保育園に連れて行った途端にグズグズ。

保育士の先生が言うには、日頃は何事も自主的に自力でやろうとする手の掛からない子だが、連日の残業等で私とのコミュニケーション時間が少ないと、保育園では不貞腐れて他人の気を引こうとするらしい。自宅でも食事時に、次女のエプロンをしたがるようになった。「ママだーいすき」「ママだーいきらい」の発言も増えたし、注意しなくてはなあ。

1mくらいの高さの跳び箱から床に飛び降りるように。いつか怪我をしないか、ハラハラ。

次女
次女が僅か2歳3ヶ月ながら、長女が3歳6ヶ月の時に歌い始めた典礼聖歌210番を歌い始めたので、夫婦でびっくり。

あーいーのーこーいーつーいー 
よーのついーをーおーいたもーうーおー
あーえーあーをーあーあーあーまーあーれー 
(神の子羊 世の罪を除きたもう主よ 我等を憐れみたまえ)

2言語を同時に習得中の為、同年齢、同月齢の子供と比較して言語能力が劣り、2語文もまだまだ。「いきたい(行きたい)」を「いたい(痛い)」と言って私をドキドキさせる程度。それなのに、ある日の夕食中に突然奇妙な歌を歌いだし、夫も私も絶句。

次女:Come on Baby America〜♪
長女:America〜♪
次女:Come on Baby America〜♪
長女:America〜♪

後日判明したのだが、保育園の幼児クラスがDa Pump(?)のUSA(?)を踊ったらしく、その音楽を聞いた次女と長女が覚えたらしい。

意味不明な踊りが得意で、偶然すれ違った人が見て笑うと、調子に乗る。2歳3ヶ月ながら、変なおじさんをやり出した。勘弁して欲しい。

出張で疲れているところ、帰宅して家事に追われてボロボロに。家事ができない夫を持つと、本当に大変。

転職して、別の診療域を担当するようになり、1年半が経過した。仮に元の仕事場に復職しても、元の診療域を担当しても、最早自身を満足させられるくらいの充実感は得られないだろう。しかしながら、新しい診療域では未だ部外者のような気がする。

学会で昔の同僚に再会し、未だ部外者意識が拭えないと明かしたら、私の外見の方が明らかに部外者に見えると言われて大笑い。オペ室に入っても看護師と間違えられたことがないのと同じ理由か。
去る週末はミサの後、乗り物好きの娘達を連れて、コマツ湘南工場フェアへ。

昔、仕事で行った先の大黒埠頭ではメルセデス・ベンツばかり見かけたけれども、コマツも有名らしい。訪日ドイツ人から、コマツの話をされたこともある。

ブルドーザー

ショベルカー

会場では中学高校時代の同級生WMちゃんと、1年ぶりに再会。WMちゃんの息子と長女が同級生なので、場所にもよるのだろうが、幼稚園児と保育園児の違いが見えて興味深い。

片や、お昼寝しなくても元気で、ボタン付きの服を自力で着ることができ、成長に合わせてオムツ外しを実施。

片や、お昼寝しないと体力が続かず、ボタン付きの服は禁止されているため経験なく、年齢別クラスで一律にオムツ外しを実施。

日々、家事育児仕事に追われてばかりなので、僅かな時間だけだったが、仲良しの友達に会えて一緒にご飯を食べて、幸せ気分を味わうことができた。WMちゃん、どうも有難う〜。
今週、保育園から次女の耳だれを指摘された。機嫌が悪い訳でもなく発熱もしていないので、中耳炎ではないと判断。

そして昨日、仕事を早めに切り上げた夫に次女を小児科へ連れて行って貰った。

L-カルボシステイン(カルボシステインシロップ5%)とレボセチリジン塩酸塩シロップ(ザイザルシロップ0.05%)を混合したものが処方された。

早く治りますように。頼むから小児科でインフルエンザ等の感染症を拾ってきていないでくれい。
早速、転職エージェントから連絡。私が長年生き延びてきた外資企業だけある。私好みの直球条件を出してきた。

専門職かつ部下なし管理職、年俸12M

極度の隠れ人見知りで、友達や仲間以外の人に対して無関心で、コミュニケーション能力が低く、国内に頼れる親族が居らず、居住地周辺に軽い頼みごとをできる友達すら居らず、一家の大黒柱として働き、2児を育て、時に日本語が話せない夫の尻拭いまでする身にとって、年俸12M、月1本は、実に魅力的だ。

一瞬、心が揺れた。

専門職かつ部下なし管理職で年俸12Mと提示されたら、心が揺れるのは自然なこと。だから真剣に考えた。

・年収は低いが安定雇用を目当てに入社した現在の仕事環境を手放すのと、出戻りオファーを断るのと、どちらをより後悔するか???

・本来専門とする診療域に戻った後で、再び国内患者のためにと心弾ませ没頭できるような新規プロジェクトが降ってくるだろうか??? それとも現在担当する診療域で、かつてのような情熱を抱きはしないが、国内患者の役に立つ仕事を続けるか???

長女出産前に外された国家プロジェクトが頓挫して闇に葬られたのは私の責任ではないが、医師にあの時の女かと言われ続けながら、強い心を保てるだろうか??? 誰にも知られていない環境に身を置く方が、社会に貢献できるのではないか???

・現在でも十分に長距離通勤なのに、更に長距離通勤をして、娘達への影響は??? 現実的に殆ど家事分担できない状況で、私自身の負荷は???

・1人目の流産で病院搬送された翌日に海外出張をした。長女出産後、育休を切り上げて復帰したら年俸1.5M減で別部署に飛ばされた。次女出産後、育休なしで解雇された。このような会社に復帰するなんて正気か???

やはり、オファーは断ることにした。
昨年、前勤務先からの出戻りオファーを断ったのだか。

今年も懲りずに、前勤務先からの出戻りオファーがあった。より高額の年俸+週1の在宅勤務。

しかも突然連絡してきた理由が、私と同じ専門職の従事者の精神疾患+解雇のため。昨年と同じ理由ではないか。要は、某専門職で、診療領域の知識があり、事情を理解していて、精神的に折れなさそうなのを雇いたいらしい。

2児の母として安定雇用を目当てに外資某社から内資某社に転職した身としては、お断り。と伝えたのに、時短でも良いから最低保証年俸を教えてと来た。怖い怖い。
昨日は次女の2歳児歯科健診の為、午後休。

健診会場へ向かうバスの発車時間の40分前に最寄駅に着いたので、ラーメン屋さんで手早く昼食を取り、それから次女を迎えに保育園へ行き、バスに乗った。

途中から、クラスメイトのMちゃん母娘と一緒に。待ち時間にMちゃんと次女が一緒に遊んでいてくれたので、助かった。

長女のみならず次女も、毎晩の夫による歯磨きと、愛読しているブロガーさんの記事で知ったCheck-up jelのお陰で、虫歯無し。しかも子供達がギャン泣きするフッ素塗布でも、次女は泣かずにいた。偉いぞう。
この3連休に、娘達の運動会があった。生後8ヶ月〜9ヶ月の頃から世話になっている保育園だが、今年度にようやく正規入園したため、運動会は初めて。

娘達の保育園には庭がないので、運動会は市内の外れにある小さな体育館を借りて行われる。集合時間の10分前に到着したら、もう座る場所は無い状況。確保できたのは、何とお弁当を入れたバッグを置くための30cm×50cmだけ。体育館なのに皆が一様にレジャーシートを敷いて、レジャーシートの大きさの分はしっかり占有する。園児の祖父母が来ている家庭は、レジャーシートだけでなく折り畳み椅子や机まで設置。

荷物を置くための30cm×50cmしか確保できなかった我が家は、当然ながら通路で立ち見。長女も次女も、出番が終わる度に保護者席に戻るように要請されるのだが、保護者席が無い以上、通路で立ち見で抱っこ。

昼食前には仕事を早退した夫も合流したのだが、当然ながら通路で立ち見のまま。幸いにも(?)立ち見していた場所の目の前の母子が早退したため、1m×1mを確保。30cm×50cmから1m×1mに荷物を移し、その上に座り、4人で昼食。何だかなあ。

場所取りできなかった家族は我が家以外にも複数あり、結局彼等は、運動会の競技エリアである体育館中央で昼食。そこしか場所か無かったのである。

広い会場なら兎も角、狭い会場なのだから、1家庭当たりの家族数(2親等以上)を制限して欲しい。祖父母と運動会等の学校行事に参加した経験がないからこそそう思った私は、現代の常識から外れているのだろうか。
長女
3歳半を過ぎて、意思疎通を図るのが格段に楽になったと同時に、要求も多くなる。
「☆☆☆☆はお蕎麦が食べたかったのッ!!!」
「You wanted to eat osoba?」
「うん」
「Let’s eat osoba tomorrow. Okay?」
「うん

次女に言葉を教え始め、先生と生徒ごっこをしたり、遊びにある種の条件や決まりを設けたり。ある日は次女が先生、私が生徒、長女は生徒を迎えにきた保護者役で、子供達は〜したら駄目、なんて一丁前な発言。次女がそれに従わないと、強引に従わせようとするので、喧嘩も増える。

「何で???」が始まった。こちらが笑ってしまうくらい、繰り返す。

次女
出先で見知らぬ女の子をぬいぐるみでぶったり、見知らぬ男の子の頰をつねったり。人を攻撃しては駄目だと繰り返し言い聞かせたら理解したようなのだが、ある日無言で長女に接近し、無言で頭突きをし、まさかの自爆。ジャイアンか。

洋服の着脱はまだまだだが、裸ん坊になって遊びたい、シャワーを浴びたい、トイレの便座に座りたい、等の欲求がある時に限って、上手に脱ぐ(Tシャツは難しい)。

長女の真似をして縫いぐるみ相手にお医者さんごっこをしたり、玩具の電話を持って1人会話をしたり。「もしもし、おばあちゃん」「はい、わかりました」「おしっこ、ジャー」。文字にしたようにはっきりと話すことはできないが、それなりに聞こえる。他の会話は、何を言っているのかさっぱり分からないことも。

「自分で!!!」と「嫌」と「貸ーしーてー」と「これは(何)???」の連続。

長女の遊び方に従わずに泣いてばかりだったのが、凄い雄叫びを上げて逆に泣かせることも。耳が痛くなるから勘弁してくれい。

おしっこジャー、うんちブッブー、おならプップクプー、お尻フリフリと笑いを取ることも。長女が2歳2ヶ月の時とは、全く異なる。凄いなあ。

今年になって頻繁に思うのは、1人っ子のママは凄いということ。私は土日に掃除+洗濯+料理をしながら娘達の面倒を見ているのだが(土曜日はワンオペ育児)、長女と次女が喧嘩をしながらも一緒に遊んでくれるので、家事に集中でき大分楽になる。

一方で複数育児かつ地方暮らしなので、煩雑な面もある。先日親1人娘2人で電車でお出掛けした際に、長女がトイレに行きたいと言うので、次女を乗せたベビーカーをトイレの外に止めてタイヤをロックして、長女と共にトイレへ。次女が誘拐されなくて良かった。

長女の体調不良により、医師が患者に初めて適用するから来て、の出張仕事を当日キャンセルし、その後どうなったのか怖くて聞けず仕舞い。
長女の発熱を理由に出張当日キャンセル2連発+2連休をして、絶対絶命の私。さすがに今日は、夫に会社を休んでもらった。

そして今週3回目の小児科受診。先日の血液検査で異常は見られなかったものの、連日の高熱は好ましくない。と言う訳で、セフジニル細粒(セフゾン細粒小児用10%)と(ビオフェルミンR散)を混合したものが処方される。

私の今年度の子供看護休暇は残り1日。早く良くなってくれい。