Bruce Lee
uちゃんはじめ俺と世代の近いドワイルドな諸君なら一度は憧れたんじゃないかな?
李小龍こと“ブルース・リー"に。
俺もあの鍛え上げられた美しい肉体に魅了された一人だ。
当時、中学生だった俺は野球を熱心にやっていたんだが、同時に毎日、筋トレにも励んだもんだ。
寝る前の腕立て、腹筋300回は日課として必ずやってたな。
おかげで体育の先生から「その歳で筋肉そこまでつけちまったら、もう背が伸びねーぞ」なんて言われた。
今思えば、これまでの人生の中で、あの時が一番パーフェクトな肉体してたなぁ(笑)
それはそうと、ブルース・リーの魅力って、肉体と強さだけじゃないんだよ。
彼はとてもマルチなアーティストだったんだ。
絵やダンスも上手く、また哲学者でもあり、非常にインテリジェンスに溢れていた。
映画「燃えよドラゴン」のオープニングのこの有名なセリフ“Don't think. Feel!(考えるな!感じるんだ!)"
自身が映画の中に刻んだ、哲学の神髄を詰め込んだ決定的な言葉だと思う。
そしてそれは次に発せられた言葉によって説明されている。
“It is like a finger pointing a way to the moon.(いわば指で空にある月を指差すのと同じだ)"
分かるかな?簡単に言うと“行為"にばかり気をとられていたら“目的"を見失うといったとこかな。
しかし、言うほど“行為"に固執することなく“目的"を見据えるということは簡単じゃない。
過信を自信と勘違いし、見栄を誇りと勘違いするなど、スタートした頃にあったはずのビジョンを見失うことは、人生の中でも意外に多い事かもしれない。
1973年7月20日、わずか32歳という若さでブルース・リーは逝ってしまった。
彼の残した言葉で「知るだけでは不十分であり、応用しなければならない。思うだけでは不十分であり、行動しなければならない」というのがある。
俺はこのドワイルドな言葉をいつも心の中に置いている。
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STEVE McQUEEN
“The King of Cool"
スティーブ・マックィーンのニックネームだ。
決してハンサムではなかったが、どこかミステリアスで時に情熱的、そんな男だったと思う。
1960~70年代にかけて大活躍したハリウッド映画界のスーパースターの一人だった。
彼は自分の父を知らない。
1930年3月24日に生まれたが、その半年後、父は彼を捨てた。
母親も幼い頃に彼のもとを去った。
12歳になるまで彼は、ミズーリ州で農家を営む叔父の家で暮らしていたんだ。
後にロスで再び母親と一緒に暮らすようになるが、悲惨な家庭生活のせいもあり、町の不良たちと群れ、さまざまなトラブルを引き起こした。
そんな彼を母親は「Boys Republic」という非行少年用の寄宿舎に預けたという。
ドワイルドな諸君ならご存知、映画「大脱走」の如く、何度も施設を逃げ出しては連れ戻され更正し、1年半後に社会復帰したのだった。
その後は港湾労働者やタンカーの乗組員、そして海軍への入隊など、食べるために職を転々とした。
転機が訪れたのは当時、女優の卵だったガールフレンドが言った「俳優を志してみたら」のひと言だった。
長距離トラックのドライバーをしながら、昼は俳優学校に通い、やがてニューヨークの有名なアクターズ・スタジオに2,000人の応募者の中から入学を許されることとなる。
そしてブロードウェイでの演技が認められ、いくつかの低予算映画に出演の後、ついに彼の存在は映画「大脱走」で大ブレイクしたんだ。
彼の魅力は、やはり作られたキャラクターではない、生い立ちがそうさせたのか“本物"の迫力があったことだろう。
1980年11月7日、50歳という若さでこの世を去ってしまったマックィーン。
当時、高校生だった俺は憧れのスターの死に、リアルタイムで悲しんだ事を今でもよく覚えている。
プライベートでも夢を追いかけ、クールを地で生きた“スティーブ・マックィーン"という男の最高にドワイルドなライフスタイルが、俺は大好きだった。
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AIRSTREAM
それが“エアストリーム・トレーラー社(現在はエアストリーム社)"が生み出したキャンピング・トレーラーだ。
不朽の名作、クリント・イーストウッドが監督をしたケビン・コスナー主演の映画「パーフェクト・ワールド」で警察署長役のイーストウッドが乗ってたアレだ。分かるかな?(笑)
当時、300以上もあった同様の会社の中では後発のメーカーだったそうだ。
とにかく機能にこだわった創設者の“ワーリー・バイアム"は軽量化と強度確保のために、スチールフレームにアルミ板をリベット止めにする手法で、独自のフォルムを持つモデルを開発した。
アルミを多用することでプライスは高かったが、近未来のスペース・シップとも思わせる流線型のデザイン、シルバー1色というカラーリングで強烈なインパクトを放った。
それまでは角張っていて、ただカラフルなペイントを施しただけのトレーラーが常識の市場だったが、こと50~60年代にはこのエアストリームを模したタイプが相当、出回ってたらしい。
広い居住スペース、設置・移動の手軽さといった充実した機能面でも他のメーカーとは一線を画していた。
時代が経ち、現在のアメリカではトレーラーではなくエンジン付きの“モーターハウス"が主流だという。
かつて300以上あったトレーラー会社も、専門で扱うのは今やエアストリーム社だけだ。
その昔、ワイルドな幌馬車生活で人々は移動した。
まさにその旧きよきアメリカを存分に味わえる“銀の幌馬車"エアストリームに乗って、いつの日かドワイルドなロングトリップにでも出てみたいものだ。
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dowild News
カタログ写真はユーザーに伝える重要な要素。
これがなかなか難しくてね~・・・。
素人撮影ながらも試行錯誤の末、なかなか良く撮れたと思う。
(どう?)
商品の事でもう1つ。
ロングスリーブTシャツ(black)の胸プリントを多少変更したんだ。
(お気付きかな?)
storeのページに差し替えてあるので、ぜひチェックしてみて下さい。
また、心待にしていた特製ショッピングバッグもようやく出来上がった。
dowildならではのカラーリングで、キュートな仕上がりに大満足!
今後はこの袋に入れて商品をお渡し・発送しますのでお楽しみに!
雑誌「Free&Easy」に広告掲載されてから、たくさんの反響がありとても嬉しい。
この勢いがあるうちに、新しい試みにもチャレンジする事にした。
(まだシークレット!)
忙しい日々が続くけど、もっと皆さまの期待に応えられるよう、満足して頂けるよう、これからも一歩一歩着実に進んで行こうと思っているんだ。
ドワイルドな皆様、ヨロシク~!
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SINGLE RIDERS JACKET
バイカーの身体を守るために生まれた“ライダースジャケット"というのは、けっこう着づらいギアでもある。
半日も着てると肩も凝ったりするし、馴染むまで相当な根気がいるアイテムだ。
イメージする多くの諸君は“黒色"を思い浮かべるんじゃないかな?
そんなアウトローな雰囲気とは相反した、かなりシャレたカラーリングのジャケットを紹介しよう。
ディテールは襟付きのシングルライダース。
60年代位のモノじゃないかな?
肉厚な革を使い、細部にまで徹底的にこだわって作られた逸品というのが、随所に伺える。
例えば袖口等の頑丈に仕上げられた玉淵。
風の侵入を防ぐフロントフラップにも抜かりなく、ぶ厚い革をあしらっている。
背中のアクションプリーツはバイクに跨った時、その機能を改めて実感出来る。
インターライニングは丁寧なキルティングの総張りだ。
フロント、袖口、ポケットに取り付けられたジッパーは全て“オールドTALON製"
極めつけは、なんと言ってもこの“マスタード・カラー"だろう。
ファッションで作られたレザーコートやレザージャケットなんかだと、ベージュ系のナチュラルカラーを配色する例は多いが、ことライダースとなると話は別。
入手した時からタグが無くブランドは不明なんだけど、この本気な一着は見て見ぬフリは出来なかった。
年代とこの作りから判断するに、スペシャル・オーダー品だと思われる。
強烈なオーラを放つこのドワイルドクールなルックスは、バイクから降りた時にもそのセンスの良さをしみじみと実感出来る。
dowild.s
RED WING SHOES-Fireman Boots-
10年位程前かな?
ハワイに旅行に行ったときにRED WINGの直営店で購入したファイヤーマンブーツである。
それ以来10年間本気で愛用しているが、こいつがとても俺と相性が良い。
他のブーツもあるんだけど、何故か出掛ける際に手に(足に?)取ってしまう・・・。
履き心地が良いんだよね。
他のワークブーツと違う最大の特徴は、甲部分に施されたジッパー。
それは消防士が緊急時にすぐに履ける、という機能性からのモノで使いやすい。
アメリカ中西部ミネソタの小さな町工場からはじまった「レッドウイングl
昔ながらの職人気質で頑なに作られたブーツは、100年以上にわたる歴史を超えて、今もなお変わらず多くの人を魅了している。
「いい革で、いい靴がつくれないわけがない」
レッドウィングの設立者、ベックマンの情熱であった。
また、作ったものを売るだけで終わらさず、取引先や小売店へフィッティングや接客方法のアドバイス、手入れ方法やリペア方法なども詳しく提案し、永く愛用されるモノ作りを徹底させていった。
「ソールを張り替え、何年にもわたって愛用してほしい」というレッドウィングの姿勢は昔から変わらない。
このブーツも購入時には革も硬くてなかなか馴染まなかったんだ。
それが年々柔らかく馴染み、軽く、疲れないブーツに変わってきた。
トゥも傷だらけでみすぼらしいかもしれないが、履きこみ馴染んできたブーツは特別な思いがある。
気兼ねなくツーリング、雪山、海、川などヘビーに使用してきたけれど、それに耐えうるドワイルドでタフなブーツ。
よし、これからもガンガン攻めていこうゼ!
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カナタのカウチンセーター
インディアンの伝統的なパターンとスコットランドの編み物技術をミックスして生まれた、カウチンセーター。
この時期になると恋しくなるんだよね。
自然な羊毛の油(ラノリン)を残す洗い工程後の毛糸を使用し、きっちりと目を詰めて手編みされる。
手間がかかる、その伝統的な工程作業を今もなお続けているそうだ。
そのお陰で撥水・防寒性に優れており、手編み(ハンドメイド)ならではの温もりを感じる。
また丈夫さでも定評があり、50年くらいは愛用できると言われているんだ。
1979年創業の100%ウール製品を専門とした製造メーカー「KANATA(カナタ)」社。
名前の由来はカナダの現地語「村(KANATA)」からきている。
16世紀、フランス人冒険家ジャック・カルチェが白人として初めて現在のケベックを訪れた時、そこに原住民の村があり「村」は現地語でKANATAと呼ばれていた。
彼はこの辺りを「CANADA」と自分の地図に記した。
それ以来、現在のカナダ(CANADA)の国名で呼ばれるようになったそうだ。
カウチンセーターは歴史と伝統が受け継がれた品質だけでなく、ネイティブ・アメリカンの雰囲気が漂うディテールも魅力だ。
トナカイ・イーグル・バッファロー・キジ・雪柄・メープルリーフ・ハンティング・・・、などカナダの生活を取り巻く自然環境をモチーフにしており、そのパターンを見ているだけでも楽しくなってくる。
また定番の木製ボタンにはメープルリーフの模様が焼印されており、実に粋である。
冬の寒い日に頼りになる、HOTでドワイルドなセーター。
これから50シーズン!?コイツと共に冬を越せると思うと、この温もりも倍増だよね!
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K-2B FLYING SUIT
アメリカ空軍のパイロットたちが着用してた歴史的にも価値あるフライング・スーツ(簡単に言うとツナギ)を紹介しよう。
まずは「TYPE K-2B(MIL-S-6265A)」
このシリーズにおいての最初期型、1950年代に使用されてたコットン製の超軽量型フライングスーツだ。
パイロットたちはみなフライトジャケットの下にコイツを着てたワケだ。
想像するほど行々しいモノではなくて、今でもバイクに乗る時などに十分通用する。
特筆すべきは9箇所も開閉部を持つジッパー部分。
その全ては「CROWN製」の“扇型スプリング・カムロック式ジッパー"だ(マニアはコレだけで唸る)
名称の如く、スライダーが倒れていると作動しないようにロックされる緻密な作り。
全てスムーズに可動する。
次は1960年代に使用されてたスペック修正版“MIL-S-62650"
初期型の襟が角張ってたのに対してコイツは丸くラウンドしてる。
ディテール自体に大きな差はないが、ジップ開閉部分が12箇所と増えている。
「CROWN製」の“ベル型"に変更、残念ながらロック方式ではない。
着心地はほとんど同じ、太股部分が細身になっており、コイツの方がややスマートかな。
が、しかしトータルバランスは初期型の方が間違いなくイイ。
歴史的にも価値あると書いたのは、革製及びナイロン製のアウターとして身に付けるジャケット等に比べ、薄いコットン製でありながら着用頻度が多い故に消耗度が高く、現存してるモノが非常に少ないからだ。
しかも先に紹介した最初期型ともなれば特にだ。
戦争の過酷が産み出した衣服というのは、考えれば妖しく切なくもなる。
しかし、これほどにも“アメリカ的"なプリミティウ゛で劇的なドワイルドさを感じさせてくれるウェアは他に類を見ない。
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AIR JORDAN -BULLS COLOR-
箱にしまったまま時が経ってしまった、こんなスニーカーがあったから紹介しよう。
NIKEのエアジョーダン・シリーズ10番目のモデル“AJ10"。しかもヤバイくらい鬼レアな“シカゴ限定カラー"だ。
今から12年位前かな?巷では“ナイキ・ブーム"絶頂でサ。
自然と俺も、あれこれ集めるようになってた。
“エアマックス95"と呼ばれてるモデルなんか、ファースト・カラーの“イエローグラデーション"はもちろんのこと“フットロッカー別注"やらほとんどのカラーは揃えてた位、熱が入ってたな(笑)
エアジョーダンにしてもファースト・オリジナルをはじめ、アメリカでは殺人事件まで起きてしまった“AJ5"等、結構ツボを押さえて購入してたな。
原宿界隈にはスニーカー専門のショップが次から次オープンしてね。
世の中のナイキ・スニーカーのフィーバーっぶりつったら、ハンパじゃなかった。
それに伴って、人気カラー、希少モデルへのプレミアのついたプライスは異常な程だった。
俺はね、大体のモノに関してはバカみたいな値段は出してないんだ。
仲のイイ、ショップで手に入れたり、アメリカ行った時に買ってきたりしてね。
ことプレミア度で言ったら“ダンク"、“エアジョーダン1"、そしてこのAJ10の“シカゴカラー"は抜きん出てたよな。
いずれも10万超えはザラで、ピーク時は20万前後が相場だったと記憶してる(状態によるが)
中でもコイツはホント数が出回らなかったし、入手がかなり困難だった。
ダンク、AJ1のバスケットシューズの初期のレトロな感じに比べて、今じゃあたり前だけど丸みをおびた未来的なスタイルに変化を遂げてね(これ以降のモデルはもっとそうだし)
久しぶりに箱から出してきて見たけど、改めてディテールがホント、カッコいいね。
加水分解も起こしておらず、状態もパーフェクト。
そしてこのカラーリング、白×黒×赤のブルズカラーが最高にクールだ。
ソールにはジョーダンの獲得した数々の記録が彫られてる。このモデルならではのスペシャル仕様。
バスケットの神様、マイケル・ジョダンと共にリリースされてきたバスケットシューズ、“エアジョータン"は、本人同様にとてもドワイルドな存在のスニーカーだ。
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TOWN CRAFT B-3
全米最大規模を誇るストア(百貨店)、「J C Penney」
1902年、ワイオミング州に創業者の“J C Penney"が小売店を開設したのが始まりだ。
食料品を除く、生活用品から雑貨、衣類とあらゆるモノを販売している超大型ストア。
その長い歴史の中で作り出したウェアには、実にユニークなモノが数多く存在する。
そこんちの生んだ自社のオリジナルブランド「TOWN CRAFT」の作った“B-3"を紹介しよう。
元々、B-3というのは1940年代の大戦時にアメリカ陸軍航空隊の爆撃機のクルーたちのために、保温性を第一に考え作られた革製のミリタリージャケットだ。
コイツはソレを“コーデュロイ生地"を使い模倣して作られたモノなんだが、なんとも出来栄えがイイ。
本物と変わるコトない本気なディテール。
唯一、フロント左右に付けられたポケットがオリジナルと違う点だ。
タウンユース用なんだから、もちろんコレの方が便利だし、見た目にもかなりオシャレだ。
年代を判別するのは、タグもそうだが確信出来るのはやはり“ジッパー"だろう。
「SCOVILL社製」の“GRIPPER ZIPPER"が時代を物語る。
ライニング全体に張られたウールのボアが身体を甘く包み込む。
襟を立てネックのベルトを閉めると、これ以上ないパーフェクトな温かさを約束する。
“本物"もいいんだが、たまには肩の力を抜いてこんな可愛いらしいジャケットに身を包むのも、ドワイルドな俺にとってとても大切な“おしゃれ"なんだ。
dowild.s








































