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dowild NEWS -YAHOO!Auctions-

先日触れた”新しい試み
”それは・・・

YAHOO!オークションへ「dowild_store
」参加・出品!

マイ・オークションをごらんください

dowildアイテムほぼ全てを出品しました。

(オークションといっても価格はそのまま、即決プライス)


日本を代表するYAHOO!オークションのドでかいマーケットはもちろん前から知っていた。


よくよく考え検討してみたら、いい宣伝効果になるんじゃないか?より多くの人の目にとまるのでは?と。


オークションを通してより多くの方にドワイルドの事を知ってもらいたい。


まだ始めたばかりで様子見の状態だけど、きっと良い結果をもたらしてくれると期待しているんだ。


これ以外にも、まだまだたくさん今後の構想はある。


いつも試行錯誤しながらで、アレもコレもとなかなか簡単には進まないのだけど・・・。


確実に、一つ一つドワイルドに成長していこうと思っているので、これからも温かく見守ってて下さい!


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NIKE -BRUIN-

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豪華なカラーバリエーションがタウンユースに支持された「NIKE」のクールなバスケットボールシューズを紹介しよう。

ナイキのルーツは1964年、オレゴン大学の陸上部コーチ“ビル・バウワーマン"と、彼の教え子で中距離選手であった“フィリップ・ナイト"の共同出資により設立されたブルーリボンスポーツ(BRS)社から始まる。

BRS社はオニツカのシューズを輸入し、独占販売していた会社だ。

ビル・バウワーマンは自分の持つ知識と経験をオニツカ社に提供した。

この時生まれた新しいシューズ「コルテッツ」はベストセラーとなり、現在も作られている大ヒット・ロングセラーモデルでもある。

70年代になり、オニツカ社とBRS社の関係は破綻し、1971年に自社ブランド「ナイキ」のデビューとなった。

シンボルロゴの「SWOOSH(スウッシュ)」はオレゴンのデザイン学科の学生“キャロライン・デビッドソン"によるデザインで、ブランド名「NIKE」は“ギリシャの勝利の女神ニケ"から命名された。

NIKE

そして1972年にデビューしたのが「ブルーイン」だ。

NIKE

このモデルはバスケットボールシューズにカテゴライズされているが、実はテニス用としても用いられていたシューズだ。

84年までリリースされていて、80年頃からアンクルパッドの部分に“NIKE"のプリントが入るようになったことから、写真のモデルがブルーインの最終モデルだとわかる。

NIKE

カラーリングの配色から察するに、おそらくコイツはレフリー用に作られたモノだろう。

生ゴムソールとインソールにはコットンのパイル地が施され、テニス用と同じ横の動きにも対応出来るように作られている。

NIKE

発売当初は“ジミー・コナーズ"が愛用し、その影響でテニスにこのシューズを履く人も多かった。

けっこうヘビーユースしてるシューズで、黒革には艶が増しシワが入り、ヤレた感じがすごく気に入っている。

余談だが、我がdowildもホームページの改善には日々苦労しているトコだ。NIKEのH.Pを覗いてみたんだが、感動するほど素晴らしくカッコいい。

わずか三十数年と歴史は浅いが、数々の名作シューズを世に送り出し、諸君もご存知のとおり現在では世界一のスポーツシューズ&アパレルメーカーへと登りつめたその存在はドワイルドのなにものでもない。

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JIMI HENDRIX

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彗星のように現れ、そして去っていった天才ギタリスト”ジミ・ヘンドリックス”

わずか3年程の活動の中で、彼はエレキギターの演奏に大きな革命を起こし、その後のミュージックシーンに多大な影響を残していった。

ジミ・ヘンドリックス(James Marshall"Jimi"Hendrix)は1945年11月27日、米ワシントン州シアトルでインディアンの血を引く両親の間に生まれた。

67年にイギリスでデビューシングル「HEY JOE」とアルバム「ARE YOU EXPERIENCED」をリリースすると、たちまちのうちにイギリス中が注目するロック・スターとなった。

その後すぐにアメリカへ凱旋帰国しモンタレー・ポップ・フェスティバルに出演し、ギターに火をつけて燃やす過激なステージを披露し、一躍アメリカでも有名になったそうだ。

その後も「BOLD AS LOVE」「ELECTRIC LADYLAND」など相次いで傑作アルバムをリリース、NO.1ヒットさせていった。

右利き用のギターを逆さまに構えたストラトキャスターに、生命を吹き込み絞り出すサウンドは実にドワイルドである。

歪みきった大音響サウンドからボリュームを絞ったクリーンなサウンドまで、ストラトキャスター1本とマーシャルのアンプ、ファズ、ワウワウだけで驚異的なサウンドマジックを生み出している。

ギターのピックアップ切り替え・ボリューム/トーン調整に加え、トレモロユニットを活用したプレイやフィードバックなど、ストラトキャスターから発生するあらゆる”音”を演奏に利用していたんだ。

またライブパフォーマンスにおいては、ギターを歯で弾いたり、背中で弾いたり、ギター自体に火を放ったり、破壊したりするアグレッシブでトリッキーなプレイも有名。

これはライブビデオで観ると圧巻である。

ギタリストとしての腕前もさることながら、コンポーザーとしての力量も忘れてはならない。

幼い頃から慣れ親しんできたブルース、ソウル、カントリー、そしてへヴィ・ロックと様々なサウンドエッセンスを独自のフィルターに通し、作品にまとめている。

10代にしてリトル・リチャードをはじめ、アイズレー・ブラザーズ、サム・クック、B.B.キングら大御所達とのセッションにより培ったキャリアが活かされているのだ。

残念ながらジミ・ヘンドリックスは、1970年9月18日24歳という若さでこの世を去った。

直接の死因は睡眠薬の多量接種ということだが、ドラッグによって身も心もボロボロに破壊されていたことは明白だ。

エモーショナルなパワーとアバンギャルドな感覚・・・。

まるでアートのようなジミ独自のサウンドは実にドワイルドである。

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CONVERSE -JACK PURCELL-

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永遠の定番、コンバースのキャンバス・スニーカーを紹介しよう。

創業1908年“マーキス・M・コンバース"がマサチューセッツ州モールデンで「コンバース・ラバー・シュー・カンパニー」を設立したのがブランドの始まりだ。

1917年から96年までの累計販売数が5億6000万足を超える世界的ベストセラー“キャンバス・オールスター"(一度は履いたことあるんじゃないかな?)で有名だが、当初は主にゴムの防水シューズを製造販売してたんだ。

第二次大戦では軍用のブーツやパーカーなんかも生産してた。

1946年、NBAの前身BBAが発足すると、ほとんどのプレーヤーがキャンバス・オールスターを履き、1960年代にはまさに黄金時代が続いた。

1955年に“B.F.グッドリッチ社"との合併で受け継いだ名モデルが、この「ジャック・パーセル」だ。

CONVERSE -JACK PURCELL-

“ジャック・パーセル"とは1930年代に活躍した世界的に有名なバドミントン・プレーヤー。

その本人が開発から携わったことにより、このモデル名がつけられている。

現在、数多くあるシグネチャーモデルの先駆け的存在だ。

キャンバス地でシンプルなデザインながら、2つの大きな特徴がある。

通称“青ヒゲ"と呼ばれるヒールパッチ部分。青色の2つの三角形がヒゲのように見えるからだ。

CONVERSE -JACK PURCELL-

これは履いた人が直立した際の姿勢に基づいてシューズの内側を高くし、外側を低く柔らかくするというインソール、ポスチャー・ファンデーション(PF)というシステムを説明するために図案化したのがきっかけだそうだ。

CONVERSE -JACK PURCELL-

もう1つはトゥ部分の通称“スマイル"正面から見ると、口元が笑っているように見えるためこう呼ばれる。

CONVERSE -JACK PURCELL-

もともとジャック・パーセルはコート競技用シューズ(バドミントンとテニス)として開発されたモデルだが、70年代に入ると一時期モデル名というよりは、コンバースのひとつのブランドとして取り扱われることになり、その商品アイテムを増やしていった。

1935年にデビューした時は、あの“スポルディング社"から発売されてたというのが、とても興味深い。

アメリカ工場が数年前に閉鎖され、現在は「MADE IN U.S.A」が無くなったのがとても残念だ。

CONVERSE -JACK PURCELL-

“ジャック・パーセル" 10数年にもわたりバドミントンの世界チャンピオンだった彼は、さしずめ数年前のマイケル・ジョーダンに近いとてもドワイルドな存在だったのではなかろうか?

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Compact Camera

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デジタルカメラへの世代交代やカメラ付携帯電話の普及により、ここ数年ですっかり影を潜めてしまった銀塩カメラ。

確かにデジカメは今の時代に適合しており、銀塩カメラより実用性が高く便利である。

コンパクトなボディでありながら、デジタル写真をすぐに閲覧・共有し、さまざまなアプリケーションに取り込むことができるという要素は確に魅力的で外せない。

また、携帯電話のカメラ機能の高性能化によって、写真は携帯オンリーっていう人も多いんじゃないかな?

写真を加工する、メールで写真を送る、自分でかんたんにプリントできる、データで保存(かさばらず、管理しやすい)・・・。

確かに便利な世の中になった。

でも、未だアナログな俺にとって、昔ながらの銀塩カメラは切り離せないアイテムである。

何と言っても、デジタル写真とは一線を画すその”写り”が魅力だ。

もう何年も手放せずに愛用しているカメラは「CONTAX T2」と「RICOH GR10」のコンパクトカメラ。

どちらも定評のあるコンパクトカメラの名機で、とてもドワイルドな作品を生み出してくれる。

CONTAX T2は、「38mm/F2.8 Carl Zeiss(カールツァイスT*ゾナー)」という高性能レンズを搭載する。

T2

俺はカメラに詳しい訳ではないが、素人目に見てもとにかく鮮やかで発色が濃い作品を、更にドラマチックに演出する不思議な力を持っているような感じがしてならない。

また、38mmという画角が程よく、気軽なスナップ写真に最適でもある。

丈夫なチタンの外装はずっしりとしており、存在感のあるフォルムも悪くない。

シャッター音の金属的な動作音も心地よく響き、シャッターを切るのが気持ちいいんだ。

もう一つのRICOH GR10は、高級一眼レフのレンズにも匹敵すると称賛された「F2.8 GR LENS28mm」を搭載。

GR10

これも写りが明るく、最高の写真が撮影できる。

名機GR1の性能をそのまま受け継いだGR10は、コンパクトでスリムなボディと伴ってより気軽に使いこなせるのが魅力である。

28mmの広角レンズは、解像度が高く発色性が良い、よりシャープな画質を生み出す。

また、余分な機能を削除したシンプルな操作性は、カメラ素人の俺でも簡単に素晴らしい写真が撮れるのが嬉しい。

旅行に最適なカメラなんだ。

デジタルカメラの便利さも良いが、この銀塩カメラならではの素晴らしい”写り”も捨てがたい。

急激に低迷しているフィルムカメラ市場だが、この温かく優しい世界はいつまでも残り続けてほしいと願う。

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chromehearts-deer skin gloves-

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この寒い時期にこそ毎年取り出す防寒アイテムってみんなあるんじゃない?

マフラー、手袋、コート、ダウンJKT、セーター、ニット帽・・・。

寒さを防ぐ為に必要となり、大切に保管していた物と久々の対面となるよね。

毎年楽しみな”再会”は、何よりこのクロムハーツの手袋である。

クロムハーツの鹿革ジップ・グローブ。

chromeheats gloves

手の甲にあるスターリングシルバー製「ダガー」のジップによる、このホールド感はこのディテールならではだ。

chromeheats gloves

手首までしっかり張り付き、余分な遊びは無くピッタリ着用するスタイル。

革製品の最高のエキスパート、クロムハーツのディアスキンも柔らかくしなやかで間違いなく最高のレザーを使っている。

まるで自分の”手”の皮のように馴染んでいく過程も嬉しいんだよね。

chromeheats gloves

次第に自分の”手”に近づいていく感じがね。

オートバイ用によりハードな鹿革のグローブを愛用しているが、このクロムハーツの持ち味はちょっと別格だ。

毎年この寒い季節には欠かせない、どんなハンドクリームより頼りになる、もう一枚の自分の手の”皮”である。

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Spot-bilt Bascketball Shoes


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けっこうマニアックなブランド「スポットビルト」のバスケットボールシューズを紹介しよう。

アメリカで最も古いスニーカーブランドのひとつである「SAUCONY」の“バスケットシューズ・ブランド"でもある。


“サッカニー"はアメリカのペンシルバニア州を流れるサッカニーリバー、そのほとりにある小さな街クーツタウンで誕生した。

創業は今からなんと100年以上前の1898年。

ニューバランスが創業1906年、コンバースが創業1908年、ブルックスは1914年と、その歴史は現在も名高い有名ブランドを上回る老舗中の老舗だ。

ナイキなんかは1971年と、戦後のブランドだから、その歴史が違う。

早くからスポーツシューズ作りを推進し、アメリカのスポーツシューズの進化とともに歩んできたシューズメーカーのひとつだ。

クラフトマンシップ溢れる独創的かつ優れたシューズを次々と開発。

1968年にバスケットボールシューズなどで有名な“スポットビルトブランド"を保有する“ハイド・アスレチック社"と合併することで、新たなブランド戦略を展開したんだ。

Spot-bilt Bascketball Shoes

その最初の仕事となったのは、なんとアポロ11号のクルーたちが月面着陸の際に使用した“アポロシューズ"の製作。

このドワイルドな出来事によって、一躍その名を世界に広めた。

1970年代後半より、当時ブームだったジョギングシューズ市場に本格的に参入。

写真は80年代製の日本未入荷モデル“スポットビルト"の初版バスケットシューズ。

Spot-bilt Bascketball Shoes


16年程前、ハワイにて手に入れたモノだ。


現在もうこのブランドは無いので(もちろん復刻もされてない)かなり貴重な逸品だと思う。

Spot-bilt Bascketball Shoes

バスケットシューズでも定評の高い、ナイキ、コンバースとはひと味違った独特なディテール。

Spot-bilt Bascketball Shoes


Spot-bilt Bascketball Shoes

なんと言ってもその革質が抜群にイイ。

Spot-bilt Bascketball Shoes

今のスニーカーにあるような斬新さはないが、間違いなく時代を築いたドワイルドな歴史的銘品と言えよう。

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John F.Kennedy

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1960年、アイゼンハワーの後を受けて、アイゼンハワーの副大統領だったリチャード・ニクソンを破り、43歳の若さで第35代アメリカ大統領の座についた不世出のリーダーだ。

テニス、バスケット、フットボール、ゴルフとスポーツをこよなく愛したことでも知られる。

エリート中のエリートの家系に生まれ育った彼は、学業も優秀でハーバード大学を出ているんだが、在学中はフットボールをプレイし続けたらしい。

フットボールに青春を捧げたことから、決断力と忍耐力を大いに学んだとも語っている。

40代の若さで大統領に就任した時には米ソ冷戦まっただ中の時代だ。

培った決断力によりキューバ危機も乗り越えた。

その若さ、歯に衣着せぬ発言、ウィットに富み情熱的、あっという間にアメリカ国民の熱狂的な支持を受け国のシンボルとなった。

が、一方では女優のマリリン・モンローやオードリー・ヘップバーンとの噂も囁かれ、そのスキャンダラスな一面もよく知れ渡っているとこだ。

モンローの謎の死因に関与しているのではないかという一説も、いまだに語られている。

それでも彼は今も、国民から愛され、慕われ続けている。

スポーツを愛し、家族を愛し、祖国アメリカを愛するという、いかにもアメリカ人らしいライフスタイルと人格が今も理想的な人物と映っているからだろう。

1963年11月22日、46歳という史上最も若くして他界した大統領でもあった(彼の暗殺事件こそ多くの謎が残る)

型破りに太く短い人生を駆け抜けたケネディは、伝説のアメリカン・アイコンの一人として、今なお、人々の心に君臨し続けるドワイルドなスーパー・ヒーローだろう。

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Danner BOOTS

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“WE STILL ONLY KNOW THINGS. BOOTS"

1932年創業「ダナー社」のブーツを紹介しよう。

ウィスコンシン州のチペワフォールズにて、手縫いの低価格のワークシューズを作るメーカーとしてスタートしたのがこのブランドの始まりだ(現オレゴン州ポートランド)

1960年代に入り、ジョン・F・ケネディの大統領就任後、アメリカ国民はより健康に興味を持ち、ハイキング、バックパッキング、クライミングと様々なアウトドア・アクティビティに参加する傾向が強くなった。

その流れを汲みダナー社は、ワークシューズだけではなくワークブーツとハイキングブーツの両方を扱えるように生産ラインを変更。

この時生まれた名作が“エルク・ハンター"と“マウンテン・トレイル"というブーツだ。

これは当時のバックパッカー・マガジンによって、12社を超えるハイキングブーツの中から“最も理想的なハイキングブーツ"として絶賛され、第18回の“アメリカデザイナー賞"を獲得している。

この時点でダナー社は、最も優れたアウトドア・ブーツを作るという意味において、目標に到達したとも言えよう。

1979年“ゴアテックス社"との共同開発で、完全な防水透湿のブーツを誕生させた。

現在でもリリースされる傑作モデル、そして今やダナーのド定番“ダナーライト"だ。

アウトドア色強い同社だが、アメリカ軍やポリスに供給するミリタリーブランドとしてのもうひとつの顔がある。

写真がその仕事に従事する人々に向けて企画開発されたモデル、その名も“ブラックホーク"

Danner BOOTS

ネイティブアメリカンのリーダーの名前に由来する精悍なネーミングだ。

アッパーにはフルグレイン防水レザー。

ライニングはもちろんキャンブレル/ゴアテックスブーティ。ソフトで弾力性のあるそのインナーは、履けば履くほど足に馴染む。

Danner BOOTS

アウトソールはビブラム・シエラソール。溝のパターンに改良を加えたセルフクリーニング機能により、泥などが詰まりにくい構造になっている。

Danner BOOTS

なんと言ってもそのディテール、タフな顔構えが最高にクールだ。

Danner BOOTS

後継モデルで“ブラックホークⅡ"、グレーのヌバック素材を用いた“シルバーホーク"なんてのもリリースされている。

ワークブーツっていうのは元々、過酷な環境で働く男たちの“武装"するためのギアだった。

時は流れ、かつて労働者たちが愛用したブーツは街のファッションアイテムにもなった。

都会に生きながらも、パイオニアスピリッツを感じれるタフなブーツ。

なぜこうもドワイルドな男たちを魅了しつづけるのだろう?

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Ray-Ban -Kal Shooter-

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数年前にコレクションでサングラス、特にオールド・レイバンを収集していた時期があった。

B&L時代(made in USA)のティアドロップ(アウトドアーズマン・シューター)、オリンピアン、メタルなど・・・。

現代のスタイルではないオールドファッションなデザインは今となっては逆に新鮮であり、また年代による変化も興味深く夢中になって集めたんだ。

そのオールド・レイバンを追求していった結果、辿り着いたのがこのカリクロームレンズのシューターだった。
(センターリング10mm、62mmレンズ)

SHOOTER

フレームのトップブリッジには「B&L RAY-BAN 10K GF」と刻印。

その刻印から60年代後半~70年代前半のモノだと判別される。

映画「イージーライダー」でジーザス(麻薬の売人)が使用していたモノである。

「SHOOTER」その名の通りハンティングの為に作られたアイウェア。

黄色いカリクロームレンズ(High Constant Density Lenses)は、大気中の塵やごみによって散乱しやすいブルーの光をカットするため、コントラストを高め対象物をハッキリ捕らえる高性能なレンズである。

眩しさを防ぐレンズではなく、反対に視界を明るく鮮明にするレンズ、曇天・霧・雨の日のハンティングやドライビング、スキーなどに適している。

実際、視界が不安定になる雪道の運転に使用するとその効果がハッキリと分かり、重宝している。

カリクロームレンズは重クロム酸カリという物質を含んだ特殊強化レンズで、名だたるB&L社レンズカタログの中でもスペシャルレンズとして紹介されている。

その為、残念ながら製造許可も厳しく、既に製造は終わっているんだ。

ファッション性ではなく、実用から必然的に開発されたアイウェア。

「ディア・ハンター」よろしく、最高のエルクを求めてハンティングに行ってみたいな。

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