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CROSS


CROSS

アメリカで最も古い歴史を誇る筆記具ブランド「クロス」

今日こうやってブログ書けてるのもコイツのおかげだ♪

というのも、俺はね、いつも一旦ノートに文章書き上げてから打ち込んでるんだ。

A型の性格がそうさせるのか(笑)ブログ始めた時からずっとそう^^

それは別としても、もう20年以上になるかな?

筆記具として愛用してるボールペン及びシャープペンシルは、ずっとクロスなんだ♪

1846年の創業以来、筆記具の開発そして技術を世界中にもたらし、常に人々の“モノを書くコト”に対する認識に革新を与えてきた。

創業者のアロンゾ・タウンゼント・クロスは、シャープペンシルの先駆けとなった「繰り出し式ペンシル」や、ボールペンの原型となった「スタイログラフィックペン」を発明。

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筆記具のデザイン、機能の分野で26以上の特許を取得し、当時の筆記具に多大な影響を与えたんだ。

1946年に、創業100周年を記念して発売された「センチュリー・ペンシル」は、その洗練されたエレガントなフォルムと機能性の融合により、その後のクロスを代表するデザインとなった。

そして1953年に発表された「センチュリー・ボールペン」は『アメリカの筆記具の代表的モデル』と呼ばれるほどのヒット商品となる。

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1949年に導入した「機構上永久保証制度」は、品質に絶対の自信を持つクラフトマンシップの精神を象徴する制度として今日も続いている。

ジッポーライター同様に、アメリカブランドの懐の深さを感じれるトコだ。

日常の愛用品であって、コレクションとは別なんだが、素材はシルバー、14K、18K、ピンクゴールド等々、ボールペン、シャープペンシル共に数はけっこう持っている。

そういえば、この間ブログに書いたティファニーとのコラボモデルなんかも持ってたんだけど、女の子にあげちゃったなぁ^ロ^;

今日、写真がどうしてもうまく撮れなかったんで自前は未掲載だが、俺の持ってるヤツはねフック部分の“CROSS”のロゴが筆記体なんだよ。

それらは全部たしか10年以上前に買ったモノばかり。

意識もせず、何気なく気付いた相違点で、最近買ったヤツは全てロゴがゴシック体なんだよね。

いつ変わったんだろ?社長が変わった1999年頃からなのかな??

細かいトコだけど、筆記体の方が流麗かつオールド感があって、より愛着が沸いてしまう。

「モノを書く」という行為を「スタイル」へと昇華させ、今日でも世界中のビジネスプロフェッショナルたちを中心に、高級ボールペンのシンボル的存在として愛され続けているクロス…

機能美溢れるドワイルドなデザインはアメリカの知性の象徴であろう。

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GREASE

GREASE


高校生の頃、夢中になって観た飛びっきりクールな映画を紹介しよう。

フットボールの試合あり、ダンス大会あり、チキンレース(カーレース)あり、そして卒業パーティと、まんま1950年代のアメリカで輝いてた若者たちの姿がビンビンに伝わってきた映画だ。

71年に初演された人気ブロードウェイ・ミュージックを基に、78年、当時「サタデー・ナイト・フィーバー」で人気絶頂だったジョン・トラボルタと70年代に数々のヒット曲を飛ばしたイギリスのポップス・クィーン、オリビア・ニュートン・ジョンの共演で描いた学園ミュージカル・ムービー。

サマー・バケーションで知り合ったダニー(トラボルタ)とサンディ(オリビア)の恋の行方を全編を通し、ヒット曲とともに軽快なノリで繰り広げられる。

この時トラボルタは24歳、最高にクールでチャーミングだった。

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今のオッサンの姿しか知らない若い諸君にもぜひ、若き日の輝いてたトラボルタを見てもらいたい。本当カッコいいぞー♪

一方、オリビアはなんとすでに30歳だったんだ。

17歳を演じるには無理のある設定だが、そこはなんのそのとってもキュートでセクシーだった♪

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…ひと夏の恋で終わったはずが、父の転勤でダニーと同じ高校に転校してきたサンディは突然の再会に喜ぶ。

しかし、そこでのダニーの実態は、バリバリのリーゼントに革ジャンという出で立ちでかつ“Tバーズ”という不良グループのリーダーだった…

因みに、サンディと出会った時はレタードカーディガンを羽織りアイビーな山の手坊っちゃんを演じ、普段の姿を偽ってたワケだ^^

サンディが仲良くなった女の子のチーム“ピンク・レディース”のピンクのジャンパーも可愛いかったなぁ♪

ちょっと逸れるけど、この映画見て、クールスのお店「CHOPPER」でWライダースを手に入れ、リーゼントの後ろ“ダックテイル”を気にしたもんだ(笑)

グリースも使っったけど、そこは柳屋のポマードでね☆

ついこの前、キャメロン・ディアスが出てたCMで「グリース」が流れてて、ついつい体が反応しちゃったよ(笑)

なんたって当時、世界中の中高生がみんな「グリースド・ライトニング!」の掛け声のもと歌って踊ってたんだから(爆)

映画初出演のオリビアとトラボルタのデュエットの数々…Xanaduのオリビアなんて最高だよね♪

「グリース」「愛のデュエット」の全米No.1を初めとして「思い出のサタデーナイト」「愛すれど悲しい」「We go together」etc.

この映画の曲から、いったい何曲がビルボード・ヒットチャートに入ったコトやら…

もれるコトなくサントラ版も買ったよ♪

トラボルタは、ナイト・フィーバーとこの映画で売れに売れ、その後のイメチェンに苦労しドン底の不遇時代も経験したが、今や押しも押されぬ大物ハリウッドスターだからね^^

本国アメリカじゃこの映画、カルト的存在として熱狂的なマニア&ファンがいるらしい。

悪い方の意味ではなく、トラボルタのリーゼント姿もそうだし、黄金の時代フィフティーズはアメリカ人にとっても憧れというコトだろう。

流れる歌も全部イイ♪テンポもよくとにかく楽しい♪

青春の真っ只中、アメリカへの憧れを抱かせてくれた、俺にとってドワイルドなメモリアル・ムービーの一つなんだよ。

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Chrysler -PT Cruiser-


Chrysler -PT Cruiser-


ちょうど10年位前かな?


車関係の雑誌のアメリカのモーター・ショーの記事を見て、とても気になった1台の車があったんだ。


まだ確か発売も未定の参考出品だったんだけど、ノスタルジックなそのスタイルにガツンとやられた覚えがある(笑)


それは、クライスラーの「PT Cruiser」だ。


1930年代の名車"クライスラー エアーフロー"を近代的にアレンジした流線型のデザイン。


Chrysler -PT Cruiser-

今のワゴン車とは違い車高が高く、今で言うミニバン的なシルエットが特徴だ。


このフロントの顔つき、そして使い勝手が良さそうでサッパリとしたハッチバック・・・。


Chrysler -PT Cruiser-

古き良きアノ時代を彷彿させる1台だった。


この車のルーフに、サーフボードを積んで海に向かいたいな~♪
カスタムはピカピカホイールにホワイトリボンのタイヤ、バンパーやミラーをメッキ・パーツにして、サイドはウッドパネルを張って・・・。
なんて思ったんだよね(笑)


その数年後にPTクルーザーは待望の発売をした。


その発売当時、ハワイで初めて見かけたんだよね。


フリーウェイを運転中だったんだけど、この車をじっくり見たくて横に並んだり後ろに付いたり・・・、と追跡したもんだ(汗)


そう、この車はカラッとしたハワイこそピッタリ似合う車だと思う。


最近では日本でもよく見かけるようになったよね?


ちなみにPTクルーザーのスペックは、
直列4気筒 2400cc
最高出力143ps/5200rpm 最大トルク21.8Kg/4000rpm


決して高性能ではないが、こういう車でセカセカと飛ばすもんじゃないしね(笑)


アメリカ本国でも小さなトラック扱いのようで、その上燃費は非常に悪いらしい・・・。


全くドワイルドなアメリカらしい車である(笑)


いつか、遊びの車として手に入れたい!と思っているんだ。


「今日もノンビリ行こうぜ~♪」と語りかけてくる、ノスタルジックに浸れる魅力ある1台なんだ。


Chrysler -PT Cruiser-

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Abraham Lincoln

Abraham Lincoln


昨日行なわれた自民党総裁選により、福田元官房長官が第22代総裁になった。


これから参院の与野党逆転の「ねじれ国会」に挑む訳だが、年金問題や給油活動継続など、内政・外交の課題が山積み状態のこの情勢、ぜひとも国民の信用を取り戻してもらいたいと願う。


さて、そんな流れから?今日はお堅い政治の話です(笑)


アメリカ合衆国の第16代の大統領「エイブラハム・リンカーン」。


「Government of the people, by the people, for the people(人民の人民による人民のための政治)」というゲティスバーグ演説での言葉が有名だよね。


アメリカの歴代大統領の中で最も偉大な人物のひとりで、、
「歴代大統領の中でも、これほど雄弁、かつ謙虚で、人を思いやる心に溢れ、決断力にも富んでいた者を見つけ出すことはとてもできない。」
と評価されている。


51歳で大統領に選ばれた際の大統領選のキャッチコピーが「丸太小屋からホワイト・ハウスへ」であった事でも分かるように、1809年リンカーンはケンタッキーの貧しい農場で誕生。


7歳の時家族と共にインディアナへ移住し、成人になると雑貨商の店員や郵便局長、測量技師などの職を転々とした。


そして1832年には対インディアン戦争の義勇兵として入隊、続いて連邦陸軍に入隊した。


その2年後イリノイ州下院議員に民主・ホィッグの連立候補として出馬、初当選。


この間に法律を独学で学び弁護士の資格を取得、1837年イリノイ州スプリングフィールドで法律事務所を開く。


1846年イリノイ州の連邦下院議員としてホィッグ党から選出、1855年上院議員転出に失敗。


翌年ホィッグ党が共和党に転じ、1858年イリノイ州共和党大会で連邦上院議員候補の指名を受けることに。


その後、北部民主党の大物スティーブン・A・ダグラスとの間で7回に渡って行われた奴隷制度をめぐる激しい論戦は、リンカーンの名を高めたんだ。


そして1860年共和党の大統領候補に指名され、第16代アメリカ大統領に当選した。


その選挙戦の最中、彼の肖像画を見た11歳の少女から「あごヒゲを付けたほうが立派に見える」という内容の手紙をもらい、それに従ってヒゲを生やして見事大統領選に勝利できた、というエピソードがある。


しかし選挙戦直後、南部諸州は奴隷制度に反対していたリンカーンの勝利に応じ、次々と連邦からの離脱を行なう。


そして1861年に勃発したのが南北戦争である。


この戦争は連邦統一の為だけではなく、奴隷解放という正義の為の戦争という意味も持っていたのだ。


南北戦争という国家分断の危機に際して、リンカーンは状況判断を的確に行い戦況の変化に柔軟に対応した。


また、連邦維持という目的を明確に掲げ、部下及び国民の統率力においても優れた才能を発揮した。


リンカーン大統領はその戦争の最中、「アメリカ合衆国に対して叛乱状態にある州や地域の奴隷は、ただちにすべて解放する」という内容の奴隷解放宣言を発令。


そして1863年に連邦軍(北軍)が南軍を降伏させ、4年間に渡る内戦が終結。



戦争後、ゲティスバーグの戦いの跡地に新しく建設する国立戦没者墓苑の墓地献納式において「人民の、人民による、人民の為の政治は、地上から決して滅びない」という名演説を行った。


この有名な演説はアメリカ合衆国の再生と共に、人間の生まれながらの平等の権利を語り、民主主義の理念として世界中に広く知れ渡っている。


「奴隷解放の父」、そしてアメリカの分裂を救った事から「救国の父」と呼ばれる、アメリカ国民に最も愛された大統領。


貧しい家で生まれ育ったからこそ、庶民の立場で国を見つめられたのだろう。


これぞまさに、アメリカン・ドリームなのかもしれない。


リンカーン大統領のドワイルドで道徳的な政策は、今や世界中にあたりまえのように浸透している。


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Breakfast

Breakfast


まったりとした連休の午後、たまにはゆる~いくだけた話でも。

昨夜もいつも通り飲んで帰り、途中、近所のコンビニに寄った。

目的はソレではなかったんだが、上機嫌の酔っ払い男の目に止まったのは3枚入りの食パン。

「熟成 味わい食パン」

う~ん、おいしそうだ♪


今食べたいワケじゃなく、でもその熟成した(笑)食パンを味わってみたい…

よし、とりあえず明日の朝食べるのに買っとこうと♪

続けざまに考えたのがパンに塗るモノ。

ちょっと話が逸れるけど、中学の時、女の子がトーストしたパンにバターとブルーベリージャムを塗ったサンドウィッチを作ってきてくれたコトがあったんだ^^

約30年前の小僧dowild.s少年はブルベリージャムなんてシャレたジャム食べたコトなくてね(笑)

初めてのソレが衝撃的にウマかったって思い出があるんだ♪

よし、ブルーベリージャムとバターだ!と思ったが、ソコにはピンとくるモノが無かったんで、やはり近所にある24Hスーパーへと移動。

見つけた!そしてタチの悪い酔っ払いの勢いは止まらない。

高けりゃ=高級でウマいだろな発想^ロ^;

買ったのは「LE CORDON BLEU」のブルーベリージャムと「CALPIS ソフトバター」

ジャムは、世界的に有名なパリの名門料理学校が作る由緒正しい逸品。

Breakfast


ずいぶん昔に、知人のフランスみやげで詰め合わせみたいなの貰ってよく覚えてた。

バターはね、いつだったかTVで見たコトがあるんだけど、このカルピスが作ったバターは、一流フランス料理店のシェフをも唸らせる、知る人ぞ知る幻のシロモノらしい。

満足し、家路につき今日の朝…

さっそく食べたよ、そりゃ食べなきゃ、食パン3枚のために衝動的なムダ遣いしたんだから…(汗)

おいしかった^^

最初の1枚はバターだけ塗って食べたんだけど、なんかこう上品でまろやかな感じ、塗りやすくてとってもクリーミー♪。

Breakfast


このカルピスバター、初めて食べたんだが、色が白いんだね!?

ふつうバターっていうと、やや黄色い感じをイメージするけどコイツは乳白色だった。

さすが、シェフの太鼓判押されるだけのコトはある味だ。

他にガーリックバターとシナモン&シュガー・バターなんてのもあったから、今度チャレンジしてみよう♪

とまぁ、昨夜から今朝にかけてのドワイルドな日常の姿を書いてしまったが、しょっちゅうこんなマネしてるワケではありませんのであしからず(笑)

またパン買ってこなくっちゃ☆

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MATT DILLON

MATT DILLON


俺はこの40代をどんな風に過ごしていくのだろう…?

好きな俳優の一人でもあり、気になる同い年「マット・ディロン」のお話しをしよう。

1983年、フランシス・フォード・コッポラ監督の「アウトサイダー」が全米公開された。

MATT DILLON


あのトム・クルーズやトーマス・ハウエルらも出演し、ヒット作となったこの映画の中に彼もいた。

“ブラット・パック”(悪ガキ集団という意味で、フランク・シナトラと取り巻きたちの愛称“ラット・パック”をもじったあだ名)と命名され、人気スターの座を獲得したんだ。

この時デビューからわずか3年のマットが、ハリウッドの若手スターの中でフランク・シナトラのヤング版ばりにアイドル人気を獲得したのは紛れもない事実だろう。

15歳の時「レベルポイント」で俳優デビューを飾ったマットは、ハリウッド入りのきっかけからしてアイドルっぽい。

学校をサボりブラブラしていた所、キャスティング・ディレクター助手の目に止まり、映画出演となった。

アイルランド系らしいジェット・ブラックのヘアーと、女性も羨むふっくらとした唇、甘えたような瞳で、まさにジェームス・ディーンの再来と呼ばれたその美貌は、世の女性のハートを一瞬で掴む勢いだった。

「アウトサイダー」は、そんなマット人気に全面的に頼った映画で、大ヒットに気をよくしたコッポラは続く「ランブルフィッシュ」にも彼を起用。

MATT DILLON


結果、“不良のティーンエイジャー”イメージの定着したコトが彼を不幸へと導いた…

ギャンブラーというアウトローキャラクターを演じた「フラミンゴキッド」の失敗。

ジーン・ハックマンにインスパイアされ、大人の俳優への転身を図るも“ハンサムなだけの俳優”としか定評のないマットには、ちゃらい青春映画のオファーしかこなくなってしまう。

その後、新天地を目指して出た映画どれもダメ、ダイアン・レインとの3度目の共演が話題となった「ビッグタウン」も酷評される始末。

アイドル俳優マットの役者人生は終焉に向かっていると当時、ハリウッドの誰もが思っていたという。

しかし、「ドラッグストア・カウボーイ」に出たあたりから輝きを取り戻したように思う。

はっきり言って汚れ役だったが。

コメディにだって出るし、スケベな高校教師を演じた「ワイルドシングス」なんて、大いに楽しませてもらったもんだ。

ハデな作品に出るワケではないが、落ち目も経験し、何かがハジけたマットは今や中堅俳優であり、立派なフィルム・メーカーである。

ネガティウ゛な反応を覆す、見事なまでの負け犬ぶりを披露したり、酒にまみれ、女にだらしなく、破滅的な行動を起こすダメ男をシブく、しかもセクシーに演じられるまでに成長したマット。

ハリウッドの天国と地獄を見、人生の紆余曲折を経験し、酸いも甘いも噛み分けたドワイルドな男だからこそ出せる四十路なワケだ。

俺もこんな同い年に負けない、今まで生きてきた人生の色気が背中に漂うようなドワイルド男になりたいものだ。

MATT DILLON


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Tiffany&Co.

Tiffany&Co.


先日、3〇歳を迎えたdowild.mことmasayaの誕生日から遡るコト170年前、1837年9月18日、世界的ジュエリーブランド「ティファニー」は生まれた。

チャールズ・ルイス・ティファニーが、父親から借りた1000ドルの資金で、同級生のジョン・ヤングとともにニューヨークにブティック「Tiffany&Young」をオープンさせたのがその始まりだ。

記念すべきオープン初日の売り上げが“4ドル98セント”コレは、ティファニーの歴史を語るうえではあまりにも有名な話になる。

今ではすっかりお馴染みの、ショッピングバックやボックスに使われているティファニーを象徴するあのブランドカラー「ティファニー・ブルー」は、この年すでに誕生していたのには驚きだ。

当時、値引きは当たり前の時代の中、値引きを一切しないティファニーの経営は困難を極めた。

もともと文房具や骨董品を扱っていたティファニーだが、やがてターゲットを富裕層に絞り、宝石を扱うジュエリーショップへと転換した。

そして1853年、社名を現在の「Tiffany&Co.」に改称。

Tiffany&Co.


1867年、パリ万博でアメリカ企業として初の優秀賞を獲得し、アメリカを代表するブランドから世界的なジュエリーブランドへと成長したんだ。

ドワイルドな男性諸君なら、一度位は恋人に、妻に、ティファニーのジュエリーや銀製品をプレゼントするため、ブティックに足を運んだ経験がおありじゃないかな?

実際俺も、マリッジリングがティファニーである知人もけっこういたりする。

もっともティファニーといえば、女性のためのブランドというイメージが強く、女心を幸福感で満たす高級ブランドと思う諸君も多いのでは?

そんなティファニーのジュエリーにも、マリッジリング以外に男女兼用できるデザインやメンズ用のコレクションがあり、特にここ数年、話題を集める新作の発表が相次いでいる。

ビジネススーツにもカジュアルなスタイルにも映えるスタイリッシュな雰囲気もあり、女性用ジュエリー同様、ハイクオリティな煌めきと永遠の定番的魅力を備えたデザインも多くリリースしている。


リンカーンは大統領就任式で妻が身につけるパールを購入。

クリーブランドは、自由の女神のお披露目式に招待状のデザイン、制作を依頼。

ルーズベルトは、ハーバード大学時代に恋人への指輪を購入。

ケネディは、ともにキューバ危機を乗り越えた側近のために銀のペーパーウエイトを注文。

ニクソンは、初の訪中の際に銀の茶器を持参…etc

彼らのように社会的地位のある男たちの注文と期待に応えるため、ティファニーはさらに上質なモノを作り極め、高級ブランドになっていったともいえる。

たくさんの物語を育みながらモダンに進化するティファニーの数々のアイテムたち…

実は、男性にこそより愛されてきたのではないだろうか。

そんなドワイルドなブランドを、愛する女性とともに楽しめるのなら幸せこの上ないコトだろう。

因みに1980年から、画家パブロ・ピカソの愛娘、パロマ・ピカソもティファニーのデザインを手掛けている。

最新作の「パロマ ターボ Ti」マットに仕上げたチタンと艶やかなスターリングシルバーで作られた、こんなマネークリップなら、ポケットに忍ばせてもO.Kかな☆

Tiffany&Co.


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ELISIR DI ROSE

ELISIR DI ROSE


ウイスキーじゃないよ^^

この前書いた「サンタ・マリア・ノウ゛ェッラ」の香水の話はお読みいただけたかな?

あのあと、ある超有名女性雑誌に目を通した時のコト、すごく興味惹かれる記事を発見♪

そう、“S.M.NOVELLA”のリリースするドリンク「リキュール・ローズ」なるモノ。

ブログを書いたあとだっただけに余計気になった(笑)

ズバリ“飲むバラ”だ。

絶世の美女クレオパトラは、バラを浮かべたフロに入り、部屋にも花ビラを何十センチにも敷き詰めて、愛しの男性を招き入れたそう。

また、バラなどのハーブの煮出し液を飲むと美しくなれるという、ハーブ薬学なるモノも存在するそうだ。

事実、女性ホルモン高揚作用が認められてるらしく、月一のアレ(;^_^Aを安定させたり、穏やかな消化促進作用があったり、回復強壮作用にも優れているなど、驚くほどたくさんの効能が。

飲んべえの俺としては(笑)毒素排出力もあるので、二日酔いの症状を軽減してくれるコトなど嬉しい限りだ♪

乾燥肌や敏感肌を緩和するなど、美容面でも女性諸君の力強い味方となる。

リグーリア州、ジェノウ゛ァ地区の東西に広がる田園地帯の伝統に起源を持つ“ローズシロップ”と、1600年代のリキュール使用の風習から生まれたリキュール「ローズ」

毎年5月に、ひとつひとつ丁寧に摘まれたフレンチローズのフレッシュな花ビラを、そのままリキュールにしているシロモノだ。

オン・ザ・ロックでやるもよし、冷たい辛口の白ワインやラムなどに加えてもGoodじゃないかな。

アイスクリームやヨーグルトなんかにかけるなんてのもアリだと思うよ^^

女心を掴むのに、いつの時代も使われてきたド定番な花、バラ…飾って楽しむのも幸せだろうが、その薬効成分を飲まないテはない♪

エレガントな香りを味わい、心にも体にも嬉しい極上にドワイルドな時間を諸君もぜひ試してみては♪

大切な女性へのプレゼントにもいいと思ったが、まずは早く自分で飲んでみたい…(笑)☆

ローズリキュール サンタ・マリア・ノヴェッラ


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NASCAR WITH AEROSMITH


NASCAR WITH AEROSMITH


動画サイト「You Tube」というのは実にレアな画像まで観る事ができて凄いものだね。


特に昔のライブ映像や海外のテレビ映像など、今まで観る機会が無かった貴重な映像なんかも簡単に探す事ができて嬉しい。


著作権の侵害等の問題もあるようだが、キレイな画質で映画まるまる1本流しているわけではないし、俺らユーザーにとってはありがたい存在だ。


さてさて、今日はYou Tubeの話じゃない、そろそろ本題に入ろうか(笑)


You Tubeで実にアメリカンな映像を見つけたので紹介しよう。


これはAEROSMITHと映画「デイズ・オブ・サンダー」でもお馴染みのストックカー・レース「NASCAR」のコラボレーションである。


世界をリードするスポーツ専門チャンネル「ESPN」そして米テレビ局の「ABC」が製作した、レース及び中継番組のオープニング・クリップとして使用されるものなんだ。


NASCAR WITH AEROSMITH

エアロスミスの1976年のアルバム「Rocks」のオープニング曲である不屈の名作「Back in the saddle」が、30年の月日を経てNASCARレースのオープニング・テーマを飾るとは。


しかも、このクリップの為に撮影されたスペシャル・ライヴ・ヴァージョンなんだ。


もともとのこの曲はカウボーイ的な馬乗りの内容なんだけど、このライヴではすべてカーレースにちなんだ歌詞に置き換えられている♪


スリリングなカーレース映像とテンションの高いライヴ演奏はハイスピードな疾走感をかもし出しており、最高にクールだ☆


そういえば、1998年の映画「アルマゲドン」での挿入歌「SWEET EMOTION」も、スペースシャトル訓練の様子を盛り上げていたよね。


エアロスミスは70年代のダークな雰囲気も好きなんだけど、最近の演奏はどんどんカッコ良くなっているよね。


メンバーもどんどん若返っているかの様な・・・。


チェッカーフラッグにレーシング・スーツ姿も、スティーヴン・タイラーならクールに似合ってしまう。


エアロスミスのメンバーは全員がNASCARの大ファンで、1999年にはシヴォレーのスポンサーになった程。


最もグレートなアメリカン・ロック・バンド「AEROSMITH」と、アメリカ最大のモータースポーツ「NASCAR」のドワイルドなコラボレーション。


実にエキサイティングな話じゃないか。


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YESTERDAY


YESTERDAY


気の合う仲間たちと共に過ごす、最高の休日♪


そう、昨日はドワイルド軍団(笑)で、ちょっと遊びに行ってきました。


熱海港からフェリーで初島へGO!


まだ夏を引きずっている強烈な太陽の下、海で遊び美味いモノを食べ、そしてキンキンに冷えた生ビールを飲む・・・。


これ以上に一体何が必要なのだろう?


もう夏も終わりだが、今週はまだ海で泳ぎ日焼けができ、そして伊勢海老が堪能できる貴重なチャンスでもある。
(ちょうど昨日が伊勢海老漁が解禁!)


夕方には初島の温泉にゆっくりと浸かり、フェリーで熱海港に戻った。


ちなみに、昨日は熱海の海上花火大会の日でもあったんだ。


そのまま花火会場に流れ込み、夜空を華麗に彩る花火を楽しんできた☆


毎年恒例となっている、この初島・熱海ツアー。


実は今日9月18日は俺の誕生日なんだ^^


それに合わせて、毎年訪れる誕生日は初島で過ごす事にしている。


忙しい中集まってくれたみんな、ホントありがとうございました。


そして残念ながら予定が合わずに参加できなかった人達も多かったんだけど、また今度遊びに行きましょう(^-^)/


俺の唯一の自慢、それは兄貴分のshigeをはじめ、ドワイルドな仲間に恵まれているって事なんだ。


最高の仲間がいてくれるからこそ、俺も少しづつ豊かに成長できるワケだし。


また一つ歳をとったが、いつまでもそんな仲間と共に素晴らしい人生を歩んでいきたい。


心からありがとうございます、そしてこれからも宜しくお願いします。


さ~、今年はドワイルドな花火を打ち上げようか!


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