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Mystery

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いきなり恐いよね、この写真★今日のお題のイメージ探してたらこんなんなっちゃいました(^o^;

秋なんでミステリーな話を♪…???

モノを単純化すると必ずこぼれるものがあったりする。

例えば虫に名前を付けたとしたら個体が消えてしまうように。

諸君の中の1人を捕まえ定義づけて「人」と言っちゃうと、世の中が画一化されてしまったりするワケだ。

そうなると日本のGDPはどんだけ~低くなってしまうコトやら(笑)

そうならないためには何らかの“欲”を構成しなければならないだろう。

よく「体力が無くなったから性欲まで減退した」なんて言葉を耳にするが果たしてそうなのか?

動物の性行動は、性ホルモン、脳、そして外界の刺激などが複雑にからまって成り立っている。

そのメカニズムは複雑多岐にわたるが、生きている根本的な理由は食べるコトと子孫を残すコトに尽きるだろう。

もし食物が不足した極限下に置かれたなら食と性も少なからず重なるはずだ。

自分が死に瀕しても子供を残さなければという状況もあるだろうし、逆に食べるコトで自分が生き続け種付けのチャンスをキープするといった状況だってあるだろう。

すなわち体力が落ちても性欲という本能まで減退するというのは実は間違いなんじゃないか!?

まぁ、そんなのが動物のミステリーたるところでもあるが…。

犯罪なんかも同様で、何らかのファナティックな社会状況を誘発するモノ、例えば生活環境の変化、外的刺激、偶然性などが複雑に重なり合って起こったりするもんだ。

人間は物事をワリと乱暴に捉える傾向があり、確率が極めて低いモノは信じようとはしないし、思い通りに進まなければ不快にも感じる。

他人の行動や主張が常識じゃないと思えば“狂気的”なんて言葉も使う。

それらのコトはとてもシンプルで“狂気”とか“ミステリー”って呼ばれるモノ全ては結局「理解不可能なコト」なんだよ。

よくわからないからこそ言葉で武装したりもするし。

人間って不思議な生き物で、理解不能なコト(モノ)ほど誘惑されてしまったりもする。

昨夜ちょうどスティーウ゛ン・キングの短編シリーズを観たんだが、彼の世界に誘われてしまうのはまさに「理解不可能なコト」に基づいているから他ならない。

ストーリーを推理したり、ハラハラドキドキさせられたりすると同時に、その中に複雑に絡み合う人間の行動が現れているからだ。

思えば、人生のあらゆる行為に「死」は背中合わせにあるもんだと思う。

日常生活を送っているとあまり感じないだけで、実は毎日は取り返しがつかない日の連続なのかもしれない。

あらゆる行為は取り返しがつかない…ならば死ほど鮮明にソレを示しているものはない。

恐いモノを見たくなるのは、無意識に「死」へ向かうためのトレーニングを行っている?からかもしれない…。

今日はなんか、こんなコト書いてる俺がよっぽどミステリーだ(笑)

秋の夜長にスティーウ゛ン・キングのせいか?う~ん、ドワイルドだゼ☆

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PET BOTTLE

PET BOTTLE


ずいぶん前に、人間が生きるうえでいかに“水”が大切なのかを書いたコトがある。

環境問題とリンクして考えた場合、どんなコトが頭に浮かぶだろう?

大多数の方が飲んだコトあろう気軽に手に入るペットボトルのお茶や水。

そう、「ペットボトルのリサイクル」を今や知らない諸君はいないよね!?

しかしよく考えてみると現在の日本では、国民が一生懸命リサイクルしたペットボトルをいったいどのくらい使ったのかという「リサイクル率」や、リサイクルしたモノを「何に使ったのか?」といったコトが全くと言っていいほど公表されていないようだ。

とある記事で読んだんだけど、各自治体やリサイクル協会においても「ペットボトルはリサイクルされているかどうか分からない」…???

なんともお粗末な返答具合かつ逃げ腰のご様子らしい★

これほどみんなが分別し、1年で600億もかけて駅や会社なんかでもリサイクルボックス等が設置されていながらリサイクルされていないとしたなら…まるで現代のミステリーだ。

実際、100本のペットボトルのうち、なんとか用途があるリサイクル品は6本がせいぜいで、残りの94本は焼却されているかそれに近い形で処分されているというから驚きだ。

回収されたペットボトルの中には処分の途中で泥をかけて「汚泥」として処理するコトもあるという。

国民に「リサイクルは大切だ」と促し、踏み躙る現実体制。

家庭の主婦なんかはペットボトルをキレイに洗って分別して出しているというのに…

例えば、寒くなってきたこれからのシーズン、フリースというウェアを着る諸君も多いと思う。

アメリカの「Patagonia」は、ペットボトルをリサイクルして作ったPCRフリースを世界で初めて製品化するコトにより、エネルギーや水、ゴミを埋め立てる土地などの省資源化を実現したブランドだ。

コレは2リットルのペットボトル3700本から、シンチラウェア(フリース)が150着作れるという画期的なコトなんだよ。

地球環境に対してローインパクトなフリースを作り、社会を変えていくパタゴニアの美学は、あまりにもドワイルドそして偉大だ。

また今夏からニューヨークでは、100万ドルの予算を投じて、ペットボトルの飲料水ではなく、水道水の飲料推進運動に乗り出した。

コレは、サンフランシスコのペットボトル水不買運動の影響によるもの。

まず市役所など公共機関でのペットボトル水の廃止と、新聞やTVによる水道水飲料の広告掲載が始まった。

アメリカ人が消費する飲料水のペットボトルを生産するために、年間1億5千万リットルの石油が使われ、そこから排出される温室効果ガスを防ごうというのが目的だ。

環境問題に敏感ないまの若者たちの間では、様々な素材やデザインの水筒に水を入れて持ち歩く“マイ・ウォーター”が流行してるらしい。

そのスタイルが“カッコいい”コトとなり、ペットボトル派は減少してるという。

たしかにお気に入りのマイボトルで水分補給、クールじゃないか♪

マイ・ウォーターでも、NYの水道水を入れて飲んでいるかどうかは謎だけど…苦笑

果たしてこれによってペットボトル水が無くなるなんて日がやってくるのかどうか?

20××年、このままでは地球が…どうせ生きてないからなどと無頓着ではいけない。

限りある資源…人間の生命だって永遠じゃない、それと同じだ。

人生って素晴らしい、だからこそ、こういうコトに関心持つのもドワイルド流だ。

PET BOTTLE


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BEST HIT USA


BEST HIT USA


Vapour Trails(ヴェイパー・トレイルズ)の「Don't Worry Baby(邦題サーフサイド・フリーウェイ)」が流れると、ハッと思う方も多いだろう。


そして、あの「ベストヒットUSA!」の声。


そう、小林克也さんの番組「ベストヒットUSA」だ♪


1981年に「Bridgestone Sound Highway ベストヒットUSA」としてスタートしたテレビの音楽番組で、まだMTVも無かった当時の唯一といえる洋楽テレビ番組であった。


アメリカで人気を集めるポップスにスポットライトをあて、最新のヒットチャート、注目の楽曲の紹介をプロモーションビデオを交えて紹介していた人気番組。


今とは違い、情報の少なかった当時の貴重な情報源となっていたんだ。


大物ゲストが登場する「スター・オブ・ザ・ウィーク」もいつも楽しみで、小林克也さんの英語でのインタビューがまたカッコよかったな~。


他にも"今日は何の日"と、○○年前の今日に何があったのかを紹介する「タイムマシーン」のコーナーも楽しかった。


深夜の番組にもかかわらず人気を博したベストヒットUSAだが、1989年に一旦番組を終了してしまう。
(MTVなどPVを紹介する後発の番組が多くなってきたからか?)


そして、一度は伝説的な音楽番組となってしまった。


でもね、まだ俺にはラジオがあった。


埼玉のFMラジオ局NACK5(ナック5)で放送している、小林克也さんのラジオ番組「ファンキーフライデー」はご存知かな?
(毎週金曜日9:00~18:00の9時間ぶっ通しの生放送!)


面白いんだ、この番組。通称ファンフラ。
日の丸ステッカーなんて知ってる?


その番組の中でベストヒットUSAが続けられ、今でもNACK5の深夜枠でベストヒットUSAを放送している。


そのお陰で、俺はずっとベストヒットUSA(笑)


最近ではCS放送やテレビ埼玉、BS朝日などを経て、2005年にテレビ朝日で完全復活を遂げた。
(テレビ朝日で深夜3:10~放送中)


80年代と変わらない番組スタンスはやっぱり最高だ♪


この番組で知ったアーティストや曲、裏話的エピソードはどれだけある事だろう?


小林克也氏といえば、何といっても低く渋い声でリスナーを魅了する名実共にNO.1のディスク・ジョッキー。


"日本のウルフマン・ジャック"

小林克也氏のドワイルドな声で送られるベストヒットUSAは、いつまでたっても俺の大切な情報源なんだ。


BEST HIT USA


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U2


U2


今日はアイルランド出身の大物ロックバンド「U2」について話そうか。


80年代の半ばに出合ったU2、その頃大ヒットしていたアルバム「The Joshua Tree」を手に入れて繰り返し聴いたものだ。


当時から大好きだった雄大な大陸を感じるアメリカ音楽と違い、繊細で熱い日本人に通じる島国魂というか・・・。


熱いBonoの歌声、そして80年代らしいエッジの聞いた!?Edgeのギター・サウンド、染み込んでくるようなメロディ。


何となく親近感が湧いた事を覚えているんだ♪


そして、1988年に映画と共に発売された新作「Rattle and Hum(魂の叫び)」にはヤラれた。


ビートルズのカバー「Helter Skelter」のライブで始まるこのアルバムは、ブルース的なアプローチと共に力強く広大な世界を感じさせる、熱い作品だったんだ。


もちろん公開されたドキュメンタリー映画「魂の叫び」も真っ先に観に行った。


それに収録された「Desire」、そしてなんといっても「Angel Of Harlem」・・・。


それまでのU2のイメージを覆す位の、壮大なパワーを感じたんだ。


U2は高校時代に結成され、それから30年近く一度のメンバーチェンジもなく続けている奇跡のロック・バンドだ。


ギャラは貢献等に関係なく4等分され、いまだにプライベートでもメンバーの家族含めて連れ添っている、そんな良い関係を保っているそうだ。


1980年アルバム「Boy」でデビュー、その高揚感溢れるメロディアスなサウンドはアメリカでも受け入れられた。


そして生々しく歪んだ響きと鋭い質感を強調し、U2の個性を決定付けた3rdアルバム「War」が爆発的なヒットとなる。


80年代半ばにはプロデューサーにブライアン・イーノ、ダニエル・ラノワを迎え、より広大でアンビエントなサウンドに幅が広げられた。


その代表的なアルバム「ヨシュア・トゥリー」はメガ・セールスを記録し、全世界の頂点に登りつめたんだ。


しかしその座に安住することなく、90年代に入るとシンセサイザーやダンス・ビートの導入、ポップ・ミュージック・・・、大胆な変化を遂げている。


20年近く音楽的な探求ともいえる変化をしてきたわけだが、2000年のアルバム「All That You Can't Leave Behind」は原点回帰とも言える作品だった。


シンプルなバンド演奏により生まれるロックのグルーヴ、やっぱりこれがU2らしいな、と安心したよ(笑)


最近ではヒット曲の「Beautiful Day」やiPodのCM曲「Vertigo」なんてお馴染みだよね♪


常にシリアスな問題提起を掲げ、音楽的冒険を繰り返しながらも、ユニヴァーサルな支持を獲得したドワイルドなグループU2。


熱くクールなこのロック・バンドが好きなんだ♪


U2

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CHIMAYO WEAVING

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季節は秋、身も心も若い(笑)俺はまだ半袖で過ごしてたりするけど、肌寒い日にはこんなオシャレなアイテムも欲しくなる。

ネイティウ゛・アメリカンのファッションアイテムとして、真っ先に思い浮かぶ「チマヨ・ブランケットジャケット」だ。

チマヨとは1700年代初期にニューメキシコ州にできた村のコトだ。

そこでスペイン系の開拓移民たちが自国の羊を放牧し、衣類や毛布を作って生活を始めた。

毛が長いチュロという羊の毛でできた数種類の色の糸を使って織り成される幾何学的な模様は、ネイティウ゛・アメリカンの伝統的なパターンや色使いが盛り込まれたモノで、多種多様な表情を見せてくれる。

“RIo Grando”“Saltillo”“Vallero”“Chimayo”などと呼ばれる独特のパターンは世界的にも有名だ。

その中の1人、ガブリエル・オルテガという人物が、息子に手織りの技術を教えたコトが、現在に伝わるチマヨ・ブランケットの始まりであり、有名な「オルテガ社」の始まりでもある。

当初はもちろんその名の通り、生活必需品としてのブランケットを製作していた。

スペイン人の持ち込んだ技術と、ネイティウ゛・アメリカンの伝統がもたらしたこのチマヨ・ブランケットは、彼らの長い歴史からみると、ネオ・ネイティウ゛アメリカンアイテムの元祖と言えるかもしれない。

観光客が増えるにしたがいその需要は増え、アイテムもブランケットを応用したバッグ、ジャケット、ベストなど多岐に渡って製作されるようになった。

また、その需要に答えるべく技術を身に付けた職人たちは、次々と新しい工房を持ち独立した。

チマヨの村には、オルテガからいわゆる枝分かれしたテュフィロ・ファミリーが織物を伝えている。

オルテガの工房と、テュフィロの家系のCentinela(センチネラ)の工房があり、有名なのはもちろんオルテガだが、センチネラの方がよりアーティスティックで評価も高く、ニューヨークのモダンアート・ミュージアムに作品が展示されているほどだ。

因みにセンチネラは、あのラルフ・ローレンからも注文を受けて商品を作るなどの活躍もしている。

時代を経てアイテムやパターンは進化しつつも、その手織りの技術と伝統的な手法は現在もしっかりと受け継がれている。

100年を超える歴史を持つチマヨ・ブランケット、作品の技術の高さは一目瞭然だ。

生活用品としての製作からスタートしたため、それらの歴史は遡れば遡るほど不明確な部分が多い。

今シーズン、そんなミステリアスでドワイルドなネイティウ゛・アメリカンの魂を纏うのもいかがなもんだろう。

CHIMAYO WEAVING

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THE PINK PANTHER

THE PINK PANTHER

これまでも、いろんなアメリカン・キャラクターを紹介してきたドワイルド・ブログ。

やはり不滅のキャラクターといえば誰もがミッキー・マウスやスヌーピーを想像するコトだろう。

しかし…もう一つお忘れじゃなかろうか?

アメリカが北ベトナムを爆撃し、泥沼への一歩を踏み出したその年、とっても愛らしいピンクの豹が生まれた。

そう、ピンク・パンサーだ♪

なんといっても俺と同い年っていうのが、より親しみが湧いてしまう^^

ファンじゃなくとも家の中に、一つ位はグッズがあったりするのでは?

今はないけど、その昔ぬいぐるみかなんか持ってたなぁ(似合わないとか言わないでくれ^^)

当初は、宝石泥棒ファントムを主人公とし「ピンクの豹」の異名を持つピンクダイヤを巡るオシャレな感じのコメディ映画として制作された。

しかし、ピーター・セラーズ演じるクルーゾー警部が主役を食うほどの演技を見せたため、後にクルーゾー警部を主役にシリーズ化されたんだ。

一時期、セラーズが役の固定化を嫌ったためシリーズが途絶えたコトがあったが、1974年に再開、以降セラーズが他界するまでシリーズは続くコトになる。

またたく間に人気を博し、1980年にかけて映画とは独立したアニメーション作品が制作されてTV放映されていた。

そのオープニングのアニメーションに登場したのが、ピンク・パンサーなんだ。
THE PINK PANTHER

デビュー間もなく「TIME」の表紙になり、1965年にはキャラクターとしては初のアカデミー賞を受賞。

お馴染みのヘンリー・マンシーニによるあの楽曲は、グラミー賞を獲得している。

なんといってもあのヒョロっとした愛嬌のある姿、そしてちょっと悪のニオイがするところがピンク・パンサーの最大の魅力だろう。

因みに晩年、ピーター・セラーズは「ロマンス・オブ・ザ・ピンクパンサー」の脚本を自ら書いてたが、実現するコトなく54歳という若さでこの世を去っている。

ドワイルドキュートなピンクの豹は、世界のアニメ史を語るうえで欠かせないキャラクターとして、今もなお世界で愛されている。

THE PINK PANTHER

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SANDWICH


SANDWICH


食欲の秋、何を食べても美味しくて、思わず幸せを感じてしまう(笑)


特に1日のエネルギー源として大切な朝食は大切だ。


数年前までは朝のコーヒーだけで何も食べなかった自分。


しかし、朝食抜きでは脳のエネルギー源であるブドウ糖が不足し、
頭が働かない、記憶力や集中力の低下、だるく疲れやすい、ボーっとしてしまう・・・等の障害が起こるそうだ。


そんな話を聞いてから、ちゃんと朝食をとるようにしている。


ご飯に味噌汁っていうのも大好きなのだが、慌ただしい朝にチャチャっと作れるサンドイッチを食べる事が多いな~。


トーストした食パンにバターを塗り、ベーコン・レタス・トマトの定番BLTサンドを始め、ハムやエッグ、ツナ、チーズ、コンビーフ、ピクルス・・・。

そしてマヨネーズやマスタード、ブラックペッパーも欠かせない。


これらの組み合わせにより、毎日食べても飽きないバリエーションが生まれる。


俺のこだわりはパンの耳を切り落とさないでトーストする事。


より香ばしいこの仕上がりが大好きなんだ♪


サンドイッチの名前の由来は、18世紀イギリスの貴族サンドウィッチ伯爵というのは有名な話。


彼は無類のクリベッジというトランプ・ゲーム好きで、食事にかける時間をも惜しむほどだった。


そこで、ゲームの合間に片手で食事がとれるよう、パンに具を挟んだものを用意させていた事から、いつしかこれがサンドイッチと呼ばれるようになったとか。


ご存知のように一口にサンドイッチといっても、そのバリエーションはたくさん存在する。


ここ日本で一般的なのは耳を切り落とした食パンをトーストしないで挟むサンドイッチだろう。


コンビニでも定番のスタイルだ。


他にもフランスパンやベーグル、ロールパン、デニッシュ、はたまたバンズに挟んだハンバーガーもサンドイッチの1種と言えよう。


また、アメリカン・スタイルのカフェでよく見かけるクラブハウス・サンドも欠かせない一品だ。


クラブハウス・サンドといえば、トーストした食パンを二層に重ねて4等分位にカット、そのボリュームある具材が崩れないようにピックで留めてあるスタイルが一般的。


ターキーを使用しているのも特徴と言えるだろう。


やっぱりトーストして、っていうのがポイントで、これがやっぱり好きなんだ~♪


毎朝、目覚めるとこのサンドイッチが楽しみでね・・・(笑)


まだ寝起きのポ~っとした頭を目覚めさせてくれる、サンドイッチとコーヒーの組み合わせ。


しっかりと美味しい朝食を食べる事、そこからドワイルドなライフスタイルが始まるんだ。


SANDWICH


p.s. 二日酔いの朝は・・・
ゴメンなさい(汗)


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ALL YOU NEED IS LOVE


ALL YOU NEED IS LOVE


67年前の昨日10月9日にジョン・レノンが生まれ、ジョンの35回目の誕生日に息子ショーン・レノンが誕生した。


70年代後半ハウス・ハズバンドに専念していた頃、ショーンが偶然友達の家で観た映画「イエローサブマリン」の中でジョンを見つけ

「パパは本当にビートルズだったの?」と問いかけた、というエピソードは有名である。


ビートルズを主人公にしたアニメ映画「イエローサブマリン」は"All You Need Is Love"のメッセージで統一された作品。


おとぎ話やサイケデリック、シュールリアリズムなどがミックスされた、ポップ・アートを含めた芸術性の高い作品なんだ。


その「All You Need Is Love」は、ジョンが世界で初めて実践された衛星生中継番組「アワ・ワールド」のために書いた曲だった。


1967年6月25日に世界31カ国で同時放送された生放送で、この新曲を演奏し世界に愛のメッセージを伝えたのである。


演奏はストリングスが中心で、イントロに流れるフランスの国歌「La Marseillaise」、エンディングには「Greensleeves」、「In The Mood(レッドロブスターのアレ♪)」、そしてバッハのブランデンブルク協奏曲のフレーズがさりげなく登場。


プロデューサーのジョージ・マーティンの遊び心が伺える、粋な演出だ♪


レコーディングにはゲストにローリング・ストーンズのミック・ジャガーとキース・リチャーズ、エリック・クラプトン、ザ・フーのキース・ムーン・・・、
彼らと友好のあったミュージシャン達もコーラスで参加している。


覚えやすく簡単そうな曲調であるが、変拍子を巧みに使用し凝ったアレンジのこの曲。


ジョン曰く「この曲を作るのに30分とかからなかったが、歌いこなすのに2週間かかった。」そうだ。


実際の放送を観てもジョンがヘッドホンを耳に押し当て、他のメンバーとは違い慎重に歌っている姿が印象的であった。


ちなみに、この本番での自分の歌に満足できなかったジョンは、放送終了後にボーカルのみを録りなおしたそうな。


優しく華やかな雰囲気を持つこの曲は、永遠の名曲として世界中で愛され続けている。


40年前にジョン・レノンが世界に向けて発信したこの曲には、ドワイルドな"LOVE"が込められていたんだ。


ALL YOU NEED IS LOVE


LOVE & PEACE
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ROCKY BALBOA

ROCKY BALBOA


ポップコーンを頬張りながらバーボンを飲ってる夜に感動を与えてくれたのは「ロッキー・ザ・ファイナル」だった。

シルウ゛ェスター・スタローンを無名の俳優から一躍スターダムに押し上げた「ロッキー」シリーズの第6弾、事実上の完結編だ。

31年前にアメリカン・ドリームを起こしたロッキーは、常に時代と戦ってきた男のように思う。

1と2でベトナム戦争の闇を突き破り、3では健康と富しか求めない80年代アメリカの象徴、4ではソビエト帝国を殴り倒し、5では当時のボクシング界を徹底的に批判した。

今作でロッキーは何を訴えようとしたのか?

大人になり、幸せを掴めずあきらめた感じの元不良少女と、懸命に今のアメリカ社会についていこうとする息子。

ロッキーはこの二人に、不器用ながらもおせっかいを焼く。

二人を大国の合理主義の犠牲者として捉えたかは想像の域だが、世の中コレでいいのか?過去の思い出に浸ってばかりいる自分自身はコレでいいのか?と目覚めた。

心の中にある熱いファイティング・スピリットが甦り、再びリングへと上がる。

現代社会の強者たちが、人間性を失っているコトを訴えたかったようにも感じる。

中学生の時に初めて見たロッキーは、60歳となった今もちっとも変わってなかった♪

ROCKY BALBOA


息子との会話の中に、いい言葉がたくさんあったなぁ。

『世の中はバラ色じゃない。厳しくて辛い所だ。油断したらどん底から抜け出せなくなる。

“人生より重いパンチは無い”

大切なのは、どんなに強く打ちのめされても、こらえて前に進み続けるコトだ。

自分の価値を信じるならパンチを恐れるな、他人を指さして自分の弱さをそいつのせいにするな。

自分を信じなきゃ人生じゃない』

10代でもらえた感動を、30年経った今も同じようにリフレインしてくれた♪

精神は肉体をも凌駕し、心は年取らないというドワイルドな生き様をロッキー・バルボアは証明してくれた。

ROCKY BALBOA


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POPCORN

POPCORN


昨夜、普段そんなには食べないんだがポップコーンをツマミにハーパーソーダ飲りながらDVDを観ていた。

そんなワケで今日は昨日のmasayaに引き続き、食べモノネタを♪

アメリカの遊園地や映画館、あるいは様々なスポーツイベントには必ずあるポップコーン。

ポップコーン大国アメリカ、その消費量は世界一だ。

現在、世界のポップの生産のほとんどがアメリカにあり、25州でコーンが生産されている。

中でも4分の1以上がネブラスカ州で生産され、次にインディアナ州がそれよりすこし少ないくらいで生産をしている。

その他の生産州としてイリノイ、オハイオ、ミズーリとある。

コーンとポップコーンは、アメリカ大陸に起源があるコトは学者も認めるトコだが、正確な起源となるとまだまだ議論の残る話題らしい。

数世紀にわたり、野草から栽培され交配されて出来たと多くの専門家がそう信じている。

ただし、アメリカ原住民がポップコーンをどう考え、利用していたかに話が及ぶと、多くの見方があり、考古学的な探究結果もあったりする。

因みに、ポップコーンをヨーロッパに初めて紹介したのは、西インド諸島から戻ったクリストファー・コロンブス。

彼によると、アメリカ大陸の原住民たちはポップコーンを食べモノはもちろん、儀式用の装身具に付ける花飾りにしたり、占いに使ってたという。

最も古いコーンの花粉は、メキシコ・シティの地下で発見された。

8万年前の化石で判断されたらしいが、この花粉と近代のコーンの花粉とでは、ほとんど見分けがつかないという。

ポップコーンを新しく定着させたのは植民地時代の人々といわれる。

その時代の家族は時々、ポップコーンを砂糖やクリームと一緒にして朝食にしてたらしい。

当時はそうやって一部の家庭で作られるモノだったんだ。

一般に世に登場したのは1890年代のコトになる。

時は大不況、そんな中、大変な人気を呼んだ。

とはいえ、当時ポップコーンは一袋5セントか10セントだったらしく、少数のお金持ちが買うシロモノだったらしい。

街中の路上の屋台で、蒸気やガスを押し出して使うポッパーで、群衆が集まる所にはどこかしこにあったという。

この軽いフワフワしたスナックが、お祭りや公園、展示会やレストランなどで売られ始め、普通に見られる光景となっていったワケだ。
POPCORN


1930年代、それまで映画館の外で売られていたポップコーンだが、ほどなくして映画館内で売られるようになった。

コレは、映画館のそばにあるお菓子屋が儲かっているコトに映画館の関係者が目を止めたからだ。

のちに世界中の映画館にも普及したスタイルだ。

近年では、コカ・コーラやモートン・ソルト社が組んだ宣伝効果により、家庭での消費が最も大きく伸びた。

そう、黄金の1950年代。

ラージサイズのコークと、これまた超ビッグサイズのカップに入ったポップコーンを手に映画を観る…それこそ映画でよく見るお馴染みのシーンだよね。

アメリカの原住民の民謡では、ポップコーンの芯の中には精霊が住むという。

その精霊は、いつもは自分の生活に満足して静かにしているが、住んでいる家が熱せられるとたちまち怒り出す。

家の中が熱くなって、ますます怒ると、熱でいっぱいになるまで芯を揺する。

最後には家から蒸気と一緒に空中に飛び出すと…

まさにポップコーンが出来るまでのサマだ。

アメリカのそんなドワイルドなスタンダード菓子は、秋の夜長のバーボンのツマミにちょうどいい。

POPCORN


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