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Bob Dylan&Jeans


Bob Dylan&Jeans

ぼくたちは暗鬱な否定者だ、召ぼうではないか、
夏の女から死を、
痙攣している恋人たちから力強い生命を、
海を紅潮させる美しい死者からディウ゛ィー灯のうえの眼輝く虫を、
種の播かれた子宮から藁の男を。

コレは1934年、ディラン・トマスという詩人が出版した『十八篇の詩』に収められた一篇「夏の少年たち」という詩の一節だ。

若干、二十歳のディラン・トマスが書いた「ぼくたちは暗鬱な否定者だ」という舌を巻くような、なんとも甘美な誘惑を秘めた語り口…

彼は1914年、イギリスの南ウェールズに生まれ、1953年、ニューヨークに客死した。

ディラン・トマスが39歳で亡くなった7年後の1960年“ロバート・アレン・ジンマーマン”という男がふらりとニューヨークへやって来る。

やはり二十歳の年だった。

ミネソタ州デュール生まれの彼は唄うコトが好きで、ことフォーク歌手のウディ・ガスリーに心酔していて、彼に一度会ってみたいと思ったからだ。

ジンマーマンはウディ・ガスリーに会えたが、その時ガスリーは重い病で床に伏していた。

会うという目的は達せられ、歌が唄いたいと言うと「しっかりやれよ」と、励ましてもくれたという。

ニューヨークにとどまりグリニッチ・ウ゛ィレッジのゲルドス・フォーク・シティという名のクラブで初めて唄ったのは、1961年4月11日のコト。

そう、若き日のジンマーマンが「ボブ・ディラン」の名前で。

もっとも彼が“ボブ・ディラン”を名乗ったのはこの時が初めてではなく、高校時代「ゴールデン・コーズ」というバンドを組んでいたが、その後、ミネソタ州立大学のカフェで演奏した時すでにその名を称していた。

もうお分かりだろう、詩人のディラン・トマスが好きだったからなんだよ。

そして彼はニューヨークに出て来た時も、クラブでの演奏の時もジーンズを穿いていた。

ウディ・ガスリーの影響もあったろうが、何よりもボブ・ディラン自身の心と身体に最もピッタリくるコスチュームだったのでは?

彼の名が人々の記憶に決定的に刻み込まれるようになったのは、1963年5月に出されたアルバム「The Freewheelin' Bob Dylan」以降のコトだろう。

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当時の若者たちにとって単なる人気者というんではなく、神格化された存在、自分たちの崇高な代弁者と映っていた。

いかに有名になろうと、いかに崇められようと、彼はジーンズを手放さなかった。

普段の恰好で、普段通りに唄うのが“フォーク”だと広く信じられるようになったのも、ボブ・ディランの影響が大きいだろう。

あのレコード・ジャケットの姿に惹かれた諸君も多いのでは?

それだけボブ・ディランの虚無的な表情にジーンズが、よく似合っていたワケだ。

戦後のジーンズスタイルというと、不良の制服や反抗の象徴として流行し、続いてカウンター・カルチャーのシンボルとなり、やがて平和な時代のカジュアル・パンツとして普及していった…

ボブ・ディランのジーンズとは、実はその流れのどれにも属さないように思う。

単に時代の反抗者であったか?

彼の穿くジーンズは、マーロン・ブランドのソレともエルウ゛ィス・プレスリーのソレとも違う。

厳密な意味ではジェームス・ディーンのソレとも。

特定のメッセージを持たないコトがメッセージであったかのように…

あの虚無的な気取りに憧れ、その存在は静かな美しい毒の花であった。

ディラン・トマスの表現を借りるなら、ボブ・ディランはまさにドワイルドな「暗鬱な否定者」だったのだろう。

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PIZZA-LA


PIZZA-LA

先週、珍しく週に2回もピザーラのピザを頼んだんだ^^

1度目はかなり久しぶりのコトで、どうしてもメニューが探し出せず、記憶に残ってた定番の「ピザーラ ライト」を。

その後、仲良しのaloha-momoちゃんのブログ読んだら偶然にもなんとピザーラの話♪

4つの味のピザのコト書いてて、とっても気になっちゃってサ(*^_^*)

メニューも手に入ったし、そのNewメニューの「カニとグラタンのクォーター」を迷わず頼んでしまった(^o^;

もちろん美味しかったし、4つの味を楽しめたのが何より楽しかった♪

ジャンクフードの王道ピザって無性に食べたくなる時ってあるよね?(チーズ嫌いな方ごめんなさい^^;)

本格ピザをお店で食べるのもいいけど、ソコは気軽に手軽にデリバリーでサ、ビールのお供に♪

「30分以内にお届けいたします」は、今やどこの宅配ピザチェーンも揃って掲げてるお馴染みのキャッチフレーズだ。

でも「ピザーラ」は宅配時間で有名になるより、ピザの美味しさを1人でも多くの人に実感してもらいたいと考えたんだよね。

PIZZA-LA

株式会社フォーシーズの社長、 浅野秀則氏が映画「E.T」の中でのドミノ・ピザ(アメリカ)のデリバリーシーンを見て、自ら宅配ピザチェーンを設立したのが始まり。

1987年4月、東京は目白に1号店をオープン。

次いで1989年12月、全国展開1号店としてなんと秋田県に。

1991年から始まったテレビCMにより「ピザーラお届け!!」の印象的なフレーズは今や知らぬ者はいないくらい有名だよね?

広告費が高くとも徹底したテレビCMを重視した結果、その知名度は全国的なモノとなり、売上、店舗数、宅配ピザ業界において 一躍日本一となったんだ。

名称の由来は「ピザ」と「ゴジラ」を合体させたという、映画好きな浅野氏らしいユニークな発想♪

どこよりも美味しいピザを作る、日本人のためのピザを作る、それが「ピザーラ」の出発点だった。

『日本人が毎日食べても飽きないピザを作る』

本場のイタリアやアメリカのピザを自由な発想で日本人向けにアレンジした全く新しいドワイルドなジャパニーズ・ピザなワケだ。

ドワイルドな諸君は、ハンドトス(レギュラー)派、スーパークリスピー派、どちらかな?^^

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The history of cocktail

The history of cocktail

普段はもっぱらのビール党だが、たまにバーでカクテルを飲むのもなかなか愉しい。

まるで料理のように作り方・レシピによって変幻自在にテイストが変わる素材・お酒。

美味しいカクテルとは、素材同士の美しいハーモニーによって生みだされるんだ♪

ところでカクテルとは・・・?
主な定義としてベースとなる酒に、他の酒やジュースなどを混ぜて作るミックス・アルコールドリンクの事。

最近ではノンアルコール・カクテルなんていうのもあるから、その定義の幅もどんどん広がっているといえる。

カクテルの歴史は実に古く、紀元前の古代ローマや古代エジプトまで遡るという。

その頃にもビールやワインが存在していたが、まだまだ味が悪くまずかったそうだ(汗)

それ故、古代エジプトではビールに蜂蜜を入れたり、古代ローマではワインを海水で割って飲んだ、という記録が残っている。

どんな味だったんだろう?
とても美味しいとは思えないが・・・(笑)

その後、中世ヨーロッパ(12~17世紀)ではワインやスピリッツに薬草などを入れ温めて飲むホット・ドリンクが流行した。

また、17世紀のインドでミックス・ドリンクの代名詞とも言えるパンチが誕生し、一気にヨーロッパ社交界に広まっていったんだ。

その頃「COCKTAIL」と呼ばれるようになったんだよね。

そういった歴史の末に、カクテルの普及を助けた3回の変革期が起こった。

まず最初に、蒸留酒(ジン・ウォッカ・ラム・テキーラなど)の誕生。

それまでのアルコール度数の低い醸造酒(ビール・ワイン)しか無かったのだが、アルコール度数の高い蒸留酒の出現によって飲み口の良い他のドリンクとミックスして飲むというスタイルが広まったんだ。

次に製氷機の発明。

それまでは川や湖に張った氷を利用するしかなく、氷は冬にしか手に入らない貴重なものだった。
(暑い季節にこそ氷が欲しいよね^ ^)

1870年代に製氷機が発明された事により、シェークやステアといった氷を前提にした技術が生まれ、キリッとした飲み口の現代的なスタイルが確立したんだ。

そして3番目には、意外だけどアメリカの禁酒法に関係しているんだ。

この時期に密造された質の悪い酒を何とか美味しく飲めないものかと非合法の地下酒場で試行錯誤した結果、カクテルの技術が発展していった。

禁酒法が新しいカクテルを生み出す原動力となったというのは、何とも皮肉な話だよね(笑)

また、この禁酒法によりアメリカのバーテンダー達が職を失い、次々とヨーロッパに移っていった。

その結果、ヨーロッパの酒の歴史とアメリカのカクテルの技術が融合し、質の高いカクテルとなった訳だ。

特にアメリカで普及したカクテルは第一次世界大戦とともに世界中に広まり、第二次世界大戦が終わるとヨーロッパでも盛んに作られるようになった。

「COCKTAIL」の語源は諸説ある。

アルコールが含まれているサインとして、また飾りの為に羽根をグラスに差す風習があった事から。
雄鶏の尻尾(cock tail)

また、雑種の馬(cock)は尻尾(tail)を短く切って純血馬と見分けたことから、混合酒の名前に転じたとする説。

そして、18世紀初頭にアメリカ南部陸軍とメキシコ軍の間で小競り合いが絶えなかったが、休戦協定が結ばれその酒宴の時にメキシコ王の娘コクチル(coktil)が自ら調合した酒を供した。
その美味しさと娘の美しさに驚愕したアメリカ軍の将軍は「この酒はこれからコクチルと呼ぶこととしよう」と提案したという説。

さらに、メキシコのユカタン半島の港町にイギリス軍の船が入港したとき、一人の海兵が地元でバーテンダーの少年が木の枝を使っておいしそうなドリンクを混ぜているのを見た。
当時のイギリスではお酒を混ぜるという習慣がなかった為、少年にその酒の名前を聞いてみたところ、少年は使っていた木の枝のことを聞かれたのだと勘違いし「コーラ・デ・ガジョ」と答えた。
これを英語に直訳すると「雄鶏の尻尾(tail of cock)」で、やがてカクテルとなったという説。

カクテルの語源には他にもたくさんの諸説が存在している。

ちなみにバーテンダーとは、Bar(酒場)とTender(相談者)を合わせてできた言葉で、お酒を提供したり優しく話し相手になってくれたりする人という意味なんだ☆

数千種類以上あると言われるカクテルの可能性は料理と同様に自由で無限大。

きっと今宵もどこかのバーでドワイルドなカクテルが一つ生み出されるに違いない☆

The history of cocktail

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SNOW PARK

SNOW PARK

西高東低の冬型の気圧配置、その翌日の予報では低気圧が緩み広い範囲で晴天が広がる・・・。

前日まで雪がガンガン降っていたコンディション、そして天気のいいこの日(一昨日)。

コレはもう、ゲレンデに行くしかない^ ^

まだ外が暗い早朝に出発し、高速・山道を走ること3時間。

向かったスキー場は沼田地区の奥地にある「スノーパーク尾瀬戸倉」だ。

約10年ぶりかな?ここに来たのは。

スノーボードを始めた頃はメインで通ったゲレンデだった。

決して生易しくないハードなコースと、本格的なハーフパイプやキッカー。

そう、ここはある意味"修行の場"だったんだ☆

久しぶりに訪れた尾瀬戸倉はあの頃と変わらぬ姿で嬉しかったよ^ ^

お世辞にも綺麗で設備が整ったスキー場とは言えない、古臭い雰囲気もそのまま(笑)

ちなみに毎週金曜日は"レディース・デー"で女性はリフト券が無料だそうだ(俺には関係ないけど・・・)

そして天気図予測はドンピシャ的中し、空の青と雪の白の美しいコントラストがワクワクさせる♪

SNOW PARK

日差しで照らされる白銀の世界は溜め息が出る程に美しい☆

8時のオープンと同時に滑り出し、まだ荒らされていないフカフカのパウダーに飛び込む。

これがスノーボードの醍醐味だよね。

抜群のコンディションと滑っていると暑いくらいの日差しが心地よく、思わず休憩も忘れ滑り続けてしまったんだ。

プロ・スノーボーダーがプロデュースしているパーク"Mix Up Park"も、どれもがドワイルドで最高に楽しい♪

夢中になって滑っていると、あの頃の気持ちがよみがえってきて初心に戻った感覚がしてきたよ^ ^

徐々に汗もかいてきて、程よい疲労感が身体を包み込んでくる。

そろそろ休もう、とレストハウスで休憩。

もちろんビールは欠かせない(笑)

SNOW PARK

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DEATH PROOF


DEATH PROOF

1年を通してけっこうな数の映画を観てる。

それもまたドワイルドな教養?を身に付けるため(笑)

60~70年代のアメリカには「グラインドハウス映画」と呼ばれ独立系の映画会社が作った低予算B級のジャンルムービーを、2本立て3本立てで上映する場末の映画館が数多くあった。

決まって上映されていたのは、チープなアクション映画やホラー映画などだった。

そんな世界観を愛して止まないクエンティン・タランティーノ監督が、盟友ロバート・ロドリゲスと共に製作した2本立てのオムニバス映画がある。

かつての“グラインドハウス”を再現すべく、内容はB級カーアクションとSFホラーアクション。

今日観たのが、そのうちの1本、さすがタランティーノ♪なクレイジーでキレた「デス・プルーフ」だ。

当初、フェイクの予告編を付けて上映時間は3時間の予定だったが、作っているうちに2本合わせて4時間の長尺になってしまったという。

タランティーノとロドリゲスは、アメリカ国内の契約に合わせ、泣く泣く3時間11分にまで再編集した。

日本では再編集前の2本の映画を2本立てではなく、独立した2本の作品として別々に上映されたんだ。

本来の気分としては、2本立てで観るのが正しいというワケ^^

タランティーノの「キル・ビル」もイカレた映画だったけど(笑)この「デス・プルーフ」も計算のうえ、あえてデタラメに作ってる感…そこがイイ♪

DEATH PROOF

映画前半に登場するセクシーなヒロインたちが、ホントおバカでムダな会話を繰り広げさんざん気を持たせた挙げ句、途中であっさり全員殺されてしまう。

そして後半、新たに登場するヒロインたちが前半で殺人を犯したカート・ラッセル扮するスタントマン・マイク(このネーミングもキテるね)を追跡して復讐するんだ。

見所は映画終盤のカーチェイス♪

アメ車好きも必見だ^^

チャレンジャー、チャージャーと、往年の名車が大爆走!

ココで事実上の主役として大抜擢されているのが、ハリウッドで大活躍中のスタント・ウーマン、ゾーイ・ベル。

キル・ビルでユマ・サーマンのスタントを演っていた女性だ。

映画に“女優”として出演するのはコレが初めて。

劇中ではそのまんま「女性スタントのゾーイ・ベル」本人を演じている。

ハコ乗りや、車のボンネットに掴まったまま爆走する命がけのスタントも全て彼女自身がこなしてるんだ。

なんといっても悪役のカート・ラッセルが最高にキュートだった^^

DEATH PROOF

彼の乗ってた車はデス・ループ(耐死仕様)に改造したブラックボディのシボレー、ボンネットのドクロ・マークがクールだったなぁ♪

DEATH PROOF

最後の情けない姿なんて、彼の役者としての新境地を見た。

タランティーノ自身が好きな映画や音楽をコラージュして、序盤のわざわざ擦り切れたフィルムノイズを表現したり、音の飛びやダブリまで再現してるあたり、彼の映画に対する愛を感じる。

ポップでドワイルドな極上B級映画だったよ。

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THE BLOB

THE BLOB


一昨日のTV番組「ザ!世界仰天ニュース」でこんなのやってた。

2007年7月、フロリダ州オーランドで、謎の殺人生物により少年たちが次々と犠牲になった…

その正体は、AMOEBA(アメーバ)=フォーラー・ネグレリアという微生物。

やはりこの地球温暖化がもたらした影響らしい。

で、話はガラリと変わるんだが、アメーバという言葉ですごく懐かしく思い出した映画があったんだ。

子供の頃、水曜ロードショウなんかで繰り返し放映されてた「人喰いアメーバの恐怖」(TVタイトル)のコトを。

そういえばここ10年以上いやもっとかな?TV放映も見ないし、忘れかけてたくらいだった。

衛星放送とかではやってたのかな?

本来なら50年代に乱作された低予算B級SFで、話題にもならないような映画に過ぎなかったろうが、なんと無名時代のスティーウ゛・マックィーンが主演していたコトで注目を浴びた作品なんだよ。

THE BLOB


アメリカのとある田舎町で、チンピラ役のマックィーンが、デートの最中に宇宙から飛来した真っ赤なゼリー状“アメーバ”を発見する。

不気味なその物体は、生き物を吸収する度に巨大化していく。

事態に驚いたマックィーンたちは、警察に通報するものの全く信じてもらえない。

やがて町の映画館に立てこもったアメーバは、ソコから溢れだすほど巨大化していて、とうとう軍隊が出動する…というような内容。

本家アメリカでは、B級映画マニアをはじめ、この映画に特別なノスタルジーを感じる人は多いようで、俺もやはりそんな一人なんだなぁ^^

あの大ヒットした有名な「大脱走」の8年後に公開され、邦題タイトルが「マックィーンの絶対の危機」(米題「THE BLOB」)と謳っている辺りがいかにもの便乗戦法だ(笑)

そういえば、この映画のおかげで「スライム」という玩具も流行ったしね♪

ティーン・エイジャーものとSFをミックスした軽いタッチながら、SFホラーの基本はしっかり押さえており、なんといってもマックィーンの若々しい姿共々、まだ観ていない諸君はぜひチェックしてみては♪

50年代B級SF映画のドワイルドな1本だから☆

アメーバだけに、その増殖する勢いは止まるコトを知らない(笑)

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KUA`AINA

KUA`AINA

昨日、用事があってちょっと出掛けたんだけど、そこの近くにハワイでよく食べていたハンバーガー・ショップ「クアアイナ」があったんだ^ ^

青山をはじめ日本でも出店しているって話は聞いていたんだけど、これまで身近な日本では味わったことがなかったんだよね。

どんなもんかな?って思ってランチに訪れてみたんだけど、懐かしい看板とハワイを感じる雰囲気にワクワクしてしまった。

メニューはさすがに日本語なんだけど、アッチの店と同じメニューが嬉しい♪

ツレは定番のアボカド・バーガー、そして俺はちょっと通な(!?)B.L.T&アボカド・サンドイッチをオーダー。

KUA`AINA

そしてサイド・オーダーにはオニオン・リングも欠かせない(笑)

レタスやトマト、オニオンにアボカドといった新鮮野菜を惜しみなく使用し、こだわりのバンズに挟まれたソレはまさしくハワイと同じテイストだった。

ハインツのケチャップやフレンチのマスタードなど、スパイス類もお馴染みの顔ぶれ^ ^

独特のビーフ・パティなど日本で調達できない食材はハワイと同じものを空輸している、ということだけあってオリジナルの味をそのまま提供してくれるんだ。

1975年、ハワイ・オアフ島の「OLD HISTORIC TOWN」と呼ばれる小さな田舎町ハレイワで生まれたクアアイナ。

オープン当初から宣伝は一切していなかったが、その味は確実に地元サーファー達の支持を集めていき、徐々にハワイ中にその名を知られるようになっていった。

今やハワイ屈指のハンバーガー・ショップであり、いつ訪れても行列の絶えない人気店となった。

10年位前に初めてノースショアを訪れた時にクアアイナと出合ったんだけど、その頃は日本人の姿はなくロコやサーファー達で賑わっていた。

あのテラスでのひと時が大好きだった^ ^

年々ノースショアには観光客の数が増えていき、俺らを含め日本人ばかりになってしまう時も(汗)

また、ハレイワの店も移転したんだってね、あのシチュエーションはもう・・・。

そんな流れを見続けてくると、ちょっと寂しいな・・・、なんて。

しかし実際にその実力は間違いなく本物で、1999年~2001年に3年連続でオアフ島で最も人気のあるレストランに贈られる「イリマ賞」ベストサンドイッチ部門を受賞。

そして、世界的に有名なレストランガイド「ザガット・サーヴェイ」では、ハンバーガー部門No.1の高い評価を得ているんだ。

ワイキキから70マイル、サーフィンで有名なノスタルジックな田舎町ハレイワ。

そこにはのんびりとした時間が流れ、古き良きハワイを感じさせるドワイルドな雰囲気が漂っている。

ハレイワ本店さながら、オリジナル・テイストとフレンドリーな陽気で明るいハワイアン・ホスピタリティで出迎えてくれるクアアイナが身近にあるって嬉しいよね♪

KUA`AINA

でも・・・
せっかくなら、アノ空気と日差しの下で味わいたかったな~。

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Guns N' Roses

Guns N' Roses

1980年代、人々は常に新鮮な新しい刺激を求めていた時代だった。

ミュージック・シーンでも日本のロックブームはもとより、世界中で個性的な"ロックバンド"が世に輩出され、そして消えていった。

そして、60年代のジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョップリン、ドアーズ、そして70年代のセックス・ピストルズのように、時代の節目には強烈な存在感のあるヤツが現れるもんだ。

80年代後半に彗星のごとく現れた「Guns N' Roses」
当時流行していたL.A.メタル勢と一線を画すスケールの大きなリアルなサウンドは一瞬にして世界中に旋風を巻き起こした。

また、噂話・ゴシップネタでも色々と話題が尽きない存在でね(汗)

MTVやFMラジオで「Welcome to the Jungle」、「Sweet Child O' Mine」、「Paradise City」と次々と紹介され、初めて聴いた時は衝撃だったな~♪

また、デビュー当時のライブを収録したアメリカのTV番組「LIVE IN RITZ」のビデオをその頃観たんだけど、ヤバイ程の"熱い"内容で・・・。

何といってもアクセル・ローズ(VO)とスラッシュ(G)がカッコよかった。

どっぷりハマってしまたよ^ ^

1985年に結成された「ガンズ・アンド・ローゼス」

バンド名はアクセル・ローズと結成当時のメンバーであるトレイシー・ガンズ(L.A.GUNS)の姓を元にした互いの前身バンド名「Rose」→「Hollywood Rose」+「L.A.GUNS」の組み合わせに由来する。

その後、トレイシー・ガンズが脱退し交友のあったRoad Crew(スラッシュ在籍)と合体し、初期の面子が揃ったわけだ。

自主レーベルにて擬似ライブ・アルバム「Live?!☆@ Like A Suicide」をリリースし、ほとんど口コミだけで1ヶ月に1万枚を売り上げる記録がある。

そして1987年にデビュー・アルバム「Appetite For Destruction」を発表すると、じわじわチャートを上げていき50週後に全米1位にまで昇り詰めたんだ。

Guns N' Roses

この頃、まさに"飛ぶ鳥を落とす勢い"があった。

エモーショナルでセンス溢れるスラッシュのギター・サウンド、そしてアクセルの変幻自在で魅力ある魔術的な声・・・。

ライブでもこの2人は絵になるコンビでさ、
レッド・ツェッペリンのロバート・プラントとジミー・ペイジ、エアロスミスのスティーブン・タイラーとジョー・ペリーを彷彿させ、カリスマを感じさせる存在だった。

アクセル・ローズの破天荒な行動やスキャンダルは問題児として悪名を高め、まさに"バッド・ボーイ"に相応しいロック・スターの姿が見えた。

当時そんなゴシップ・ネタばかりが先行していた感があるが、曲のクオリティやリアルなサウンドは"本物"だったと言えるよね♪

ハード・ロックやヘヴィ・メタルといったジャンルを超越した幅の広い音楽性は深く、彼らが影響を受けた70年代のサウンドを上手くミクスチャーしていると思う。

1980年代の最後に現れたモンスター・バンド「Guns N' Roses」

当時、彼らの醸し出したドワイルドなカリスマ性と毒々しい華やかさは、強烈に世界中を圧倒させ揺さぶるパワーがあったんだ。

Guns N' Roses

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PUMA 917


PUMA 917
久しぶりにスニーカーを買った^^

下ろしたてのおニューを履くのって気分も弾むよね♪

愛読してる「Free&Easy」という雑誌で3号に渡って特集してて、とっても気になってたヤツなんだ。

プーマの新作「プーマ917」

その名に冠された「917」という数字は、伝説のマシン「ポルシェ917」の形式番号だ。

PUMA 917

かつてF1以上の存在だった、世界スポーツカー選手権で圧倒的強さを誇り、'70、'71年に2連覇した名車なんだよ。

あのスティーウ゛・マックィーンも、映画「栄光のル・マン」で自ら駆ったマシンでもある。

PUMA 917

思えば映画が公開されたのが1971年、そしてプーマの2008年春のテーマはズバリ“70年代”

プーマが、アメリカに上陸したのは60年代末のコト。

欧州ではすでに確固たる地位を築いていたが、北米では無名に近かった。

そこで、知名度を上げるためアメリカで人気の高いモータースポーツに着目し、レーシングシューズの展開に力を注いだ。

人気、レベルともに最も高い「NASCAR」というレースがある。

かつて“The King”と呼ばれたリチャード・ペティという伝説のレーサーがいた。

シリーズ優勝7回、デイトナも7度制覇、通算で200勝を数える英雄ペティが、彼の全盛期である70年代前半頃に履いていたのがプーマのシューズだった。

余談だが、アニメ映画「カーズ」の“キング”の声を担当しているのがペティだ^^

そうやって実際に、70年代から長きに渡ってモータースポーツに携わってきたプーマ社だからこその技術と経験が凝縮されたスニーカーなんだよ。

たとえば丸い形状のヒール、今日はコレを履いて運転もしたけど、かなり容易にアクセルワークが出来た♪

アキレス腱があたる部分の深い切れ込み(俺の買ったのはミッドカットだから)足首を固定するためのテープetc…

履き心地は抜群だ(^^)v

単にデザインイメージだけじゃなく、そんなリアリティに裏打ちされたディテールが、このスニーカーに説得力を与えている。

なんといってもオーセンティックなローテク・スニーカーの魅力を持ち合わせてるのがイイ♪

見た目もそうだが、ソールとなるゴムを型に流し込んで成形し、アッパー素材と接合させる“バルカナイズド製法(ローテク・スニーカーによく用いられる方法)”により、ラフで味のある仕上がりになっている。

汚れを気にせずガンガン履き倒すコトができるリーズナブルなプライス設定もGood^^(6,825円)

最もレースシーンが熱かった時代…70年代にオマージュを捧げたスニーカーであり、まさにそのバックボーンにはプーマ社のドワイルドな遺産を背負っているような気がする一足だ。

PUMA 917

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Confederate Motorcycles

Confederate Motorcycles


ソレは、ハーレーともインディアンとも違う、得も言われぬ独特な雰囲気を醸し出しているアメリカン・Vツイン。

昨年の春頃、とある雑誌で目にして初めてその存在を知ったんだ。

「コンフェデレイト・モーター・カンパニー」

記事の内容は『2007年4月2日世界同時オープンしたウェブショッピング・サイト「20ltd.com」は、このサイトだけのために作られた“特注品”だけを数量限定で扱うサイトだ。』というモノ。

ココで扱われた商品は、そのブランドの直営店なども含めて一切販売されるコトがないという。

その中でコンフェデレイト社の「Hellcat“Combat”Motorcycles」も紹介されてた。
無論、スペシャル仕様だ。

ズバリ、カッコいい~♪の一言なんだけど、我々一般庶民にはその1千万近いプライスがどうにも現実的じゃなくてね(T_T)

まぁ、買う買わないは別として、いつもなら興味持った時点であれこれ調べたりする俺なんだけど、コイツのコトは右から左へ受け流してたんだ(笑)

そうして忘れかけてた昨日、新作で借りてきて観た映画「ローグ アサシン」の中でこのバイクが出るわ、出るわで(*^_^*)思わず今日この記事を書きたくなったんだ♪

Confederate Motorcycles


ジェット・リーがホイルスピンさせて走らせるシーン、ラストのヤクザの本部でのジェット・リーと石橋凌の格闘シーンでは、バイクが飾られてるのはもちろん、これでもかって位コンフェデレイト社のポスターが前面に映し出されてサ^^

そっちにばかり目がいってしまった^^;

詳しくは知らないんだけど、'91年にニューオリンズで創業されたメーカーなんだね。

CFRPのボディにオーリンズのサスペンションが特徴的なディテール。

2004年の東京モーターサイクルショーで紹介されてて、日本には同夏あたりから輸入開始してたらしい。

限られたオーディオスペースから響くエンジン音だけど、ただ者じゃないのはそのエギゾーストノートから理解できる。

走らせてる姿をこの映画で初めて見たんで、かなりコーフンした(^o^;

そうそう、あとから思い出したんだけど、エドウィンの広告でブラッド・ピッドが跨がってたバイクもココんちのなんだよね♪

未来的なフォルムでありながら、レトロ感とハイレベルなカスタム感がクールにマッチした本気ドワイルド印のバイクなんだよ。

いつか乗ってみたいなぁ☆
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