COTTON HAT
ドワイルドな皆さんは普段、帽子って被りますか?
街行く人たちを見ていると、老若男女問わず実に帽子を被っている人が多いのに目がついた。
春の温かい空気の中、軽快な服装でラフに帽子を被って歩く姿はアクティブでとてもサマになっている♪
みんなそれぞれに帽子をファッションに欠かせないアイテムとして、ちゃんと考えてコーディネイトしてるようだ^^
スタイルによって使い分けるコトはもちろん、どう被ればカッコいいかも研究しているようだしね(笑)
俺もね、キャップ、ハット、ニット帽など、様々な帽子を持ってるけど、我ながらつくづく物持ちがイイなぁって思う愛用品がある♪
約20年前、とあるサープラス・ショップで購入したコットン製のハットだ。
たぶんノンブランド、内側にロットナンバーとMADE IN U.S.A.のタグが付いてるだけのモノ。
実はその店の店主がいつもさりげなく被ってるのがカッコよくてサ、それが動機(*^_^*)
店柄やはりミリタリー系のアイテムなのかな?と、気になりはしたものの、残念ながら詳細は不明…
ただただ潔いくらいシンプルなデザイン、そしてなんといっても被り心地が最高なんだよ♪
綿100%だから通気性もよく、シーズン問わずヘビロテで活躍してるんだ(^^)v
当時、かなり気に入って黒、白、ベージュとあったソイツを三色とも手に入れてしまった^^;
そのうちのベージュは奇跡的に(笑)ほとんどデッドストック状態で残ってて、去年masayaにあげたんだ。
チープなもんだけど、本当は惜しいと思うくらいのお気に入り…そこは兄弟分だしね^^
ホント20年近く経ってるのに虫食いどころか、全然ヘコたれてないほど丈夫な作りをしてるんだ。
さしずめ被る時は「セルピコ」のアル・パチーノ、「ワグ・ザ・ドッグ」のロバート・デ・ニーロの気分で♪
ほんの100年ほど前まで、帽子はあくまで特定の人々に限られたファッションだった…
たかが帽子、されど帽子…思い思いなスタイルで、ファッションの名脇役としての帽子、ドワイルドに被ってみませんか☆
こんな感じで(*^_^*)
dowild.s
BALL BAND
ジーンズの足元に似合い、アメリカの雰囲気を感じるスニーカーといえば、コンバースをはじめとするクラッシック・ローテク系が最もしっくりくるんじゃないかな?
もともと靴底の堅い革靴と違い、柔らかいラバー製のソールが"後ろから静かに忍び寄る(Sneak)ことができる"という事がスニーカーの語源。
地面との摩擦を最適に保つ為の機能であり、その歴史はもちろんスポーツと密接な関係があるんだ。
この"忍び寄る"というイメージを当時の良識ある大人(笑)は嫌い「テニスシューズ」と呼び、英国人は「トレーナー」と呼んでいたという。
1893年にすでにキャンバス地にラバーソールの運動靴はボート競技のために発明されていた。
その後、陸上競技やバスケットボール、テニスなどの競技用シューズとして発展していったスニーカー。
1970年代にナイロンをアッパーに採用したジョギングシューズが台頭、それまでキャンバス地や革のスポーツシューズを好んで履いていた若者達がそれを注目し一気にスニーカー・ブームとなった。
その後、時代の中心はNBAでありマイケル・ジョーダン…、ご存知のようにハイテク・スニーカーが大ブームになるんだよね。
ところが時代が一回りしたのか、その70年代までに輩出されていた俗にいう"ローテク・スニーカー"であるクラシックタイプが今や雰囲気だ♪
当時のスニーカーに欠かせない製法がバルカナイズド(加硫釜)製法。
これはアッパー部分にラバーソールを高温で圧着させたもので、今では一般的な接着剤を使用している製法よりも丈夫なんだ。
ただしこの製法では接合部にテープを巻く必要があるので、どうしても手作業が必要だった。
その為、残念ながら接着剤の進化と共にバルカナイズド製法を行なう工場はアメリカ国内には一つも残っていないそうだ。
そんな現状だが、70年代に消滅した「ボールバンド」のスニーカーが、かつてと同じ製法で復刻されたのは嬉しかった。
1940年代~1970年代に、インディアナ州北部に位置するミシャワカの"MISHAWAKA RUBBER & WOOLEN MFG.CO.,"によって製造されていたブランド"BALL BAND"。
70年代以降、他のアメリカンシューズファクトリーが次々と消えていく中でこのボールバンドも消滅してしまったのだが、昨年ここ日本でこだわりの復刻を遂げたんだ。
バルカナイズド製法を更に発展させ、クッション性を高めたダブル・バルカナイズド製法はしっかりとした厚手のソールを形成している。
また、インソールには足の形に合わせたイボイボが付いており、もちろん履き心地は抜群^ ^
何といっても、古きよきアメリカの雰囲気を醸し出しているレトロなデザインにヤラれたんだ。
キャンバスとレザー、そしてハイカットとローカットがあるんだけど、やっぱりキャンバスのハイカットを手にしてしまう(笑)
細身のシルエットがジーンズはもちろん、どんなコーディネートにもピッタリ合うんだ。
スニーカーの歴史を象徴するこだわりの一足で、ドワイルドな足元を飾ってみてはいかがでしょうか?
dowild.m
TIMEX
先日、とある時計店で懐かしい腕時計を見かけたんだ。
それは、中学校の入学祝にと親戚からプレゼントされたデジタルのスポーツ・ウオッチと同じモノ。
デザインも当時と全く変わっていないこれは、発売20周年を記念した復刻モデルだとか。
なんだかもの凄く嬉しかった♪
それはタイメックスの「アイアンマン トライアスロン 8ラップ」
まだG-SHOCKが時代に全く見向きされていない頃、このモデルは当時大ベストセラーだったんだよね^ ^
デジタルの文字盤と無骨なデザインがクールでカッコ良くってさ(笑)
"アイアンマン"はその名の通りトライアスロン用に開発され、デザインやスペックを進化させながら今でも継承されているんだ。
かつて世界最高精度を誇った"アキュトロン"を生み出したブローバ社や軍用時計で有名なハミルトン社と共に、アメリカの時計産業の代表的な存在であったタイメックス社。
その歴史は古く、1854年コネティカット州で「ウォーターベリー・クロック・カンパニー」として創業した。
当時としては低価格な懐中時計を製造し成功を収めたこの会社は、大量生産によって"誰にでも手の届く時計づくり"をモットーにタイメックス社として発展していった。
1933年にはウォルト・ディズニーとの提携により「ミッキーマウス・ウォッチ」を発売。
1970年代以降はスイスや日本のメーカーの急激な伸びに押され苦しい経営状態が続いたが、先に書いた"アイアンマン トライアスロン"や"サファリ"、光る文字盤"インディグロナイトライト"など、斬新でユニークな製品コンセプトと手頃な価格でアメリカン・スタンダードとしての地位を確立している。
低価格な時計なのにアメリカブランドであることから、クリントンをはじめアメリカの歴代大統領や有名人が着用している事でも有名だ。
アウトドア・ウォッチの"サファリ"もトム・クルーズが映画「7月4日に生まれて」で着用した事で注目を浴び空前の大ヒットをしたよね。
個性的な編みこみのレザー・ストラップがアフリカの大地を思わせるサファリ、当時アメ横の路面店でぶら下がって安売りしていたのを買ったな~。
リュウズを押すと文字盤全面が光ってさ「スゲー!」なんて(笑)
ちなみにモデルもしばらく市場から消えていたが、最近復刻されているんだよね^ ^
タイメックスの140年を超えるドワイルドな歴史に培われた高いクオリティや機能性、デザイン、そして大衆性はアメリカの雰囲気にぴったりマッチしているのかもしれない。
いま改めて手にするとその個性は老舗の風格さえ感じる、アメリカNo.1ブランドなんだ。
dowild.m
1 shot BAR
昨夜は(も)帰宅途中、馴染みのBARで軽くひっかけてきた。
カウンターだけの小さな店だが、明る過ぎない暖色のライティングも心地よく、マスターとジョーク交じりの会話を愉しんだひととき、時間にしてほんの30分くらいだろうか…
飲みに行くってより「今日はどう?」みたいな、挨拶に顔を出す感じかな^^
ミラービールをボトルで一気に飲み干し、オールドクロウのロックを2杯、ナッツを頬張りながら♪
たま~にやる、このスタイルもワリと好きでね^^;
禁酒法が敷かれた時代のアメリカじゃあ「Speak Easy(もぐりの酒場)」が幅を利かせてて、労働者たちはソコで1杯の酒を流し込むと、逮捕される前にすぐに引き上げてた…なんて、そんなコトも考えながら(笑)
実際、「酒を飲む」という行為において、懐かしくも旧き良き習慣?は、現在のアメリカでも受け継がれてるようだ。
まず、良い酒飲みは長居しない…(^o^;
ハードワークで疲れた体を癒すにはビールだけでは物足りず、テネシーウィスキーやバーボンといったハードリカーがもっぱら主流。
BARの良し悪しは、アメリカンウィスキーのラインナップと、気の利く女性バーテンダーがいるかどうかで見分ける。
疲れた男を癒せるのは、その女性バーテンダーの「ウェルカム・バック」の一言と笑顔なんだ^^
場をわきまえた男なら、カウンターの端に陣取り、バーテンダーの手が空くのを待って酒をオーダーする。
酒1杯にケチるのも禁物だ、5ドル札を渡し「アップトゥミー(釣りはいらない)」のセリフくらい吐けないと(^^ゞ
大きな氷が1個入ったジャックのロックでノドを軽く焼きながらナッツを頬張り、会話を楽しむ…♪
バータイムは、ジョークやユーモアのセンスを試す大切な時間だからこそ、仕事、政治、宗教の話は一切抜きだ。
その楽しみを知ってる男たちが、毎日仕事終わりに“1ジョーク”を持ってバーテンダーのもとへ足を運ぶというワケ。
BARとはまさにドワイルドな男を磨く場所でもある☆
昨日、行ったとこは男性バーテンダーなんだけどね…あしからず(^o^;
dowild.s
SPERRY TOPSIDER
アメリカ、マサチューセッツ州に住む、ひとりのヨットマンにより創り出されたシューズがある。
考案した彼の名は“ポール・スペイリー”
1935年、彼は氷の上にもかかわらず、滑らず走りまわれる愛犬テリアの姿を見て、ヨットの甲板上で滑りにくいソールを作れないものかと考えた。
そうして生まれたのが、デッキシューズの代名詞ともいえる「スペイリー・トップサイダー」だ。
犬の足裏に近い構造に近づけた“レーザーカットソール(スペイリーソール)”コレはモールド(鋳型・金型)で形成されるのではなく、カミソリで無数の切れ込みをヘリンボーン状に入れたようなソールで、そのグリップ力は抜群♪
ソール自身で薄い膜になっている水の層を切るとともに、ソールの接着面をできるだけ大きくしたスリップしにくい理想のソールというワケだ。
しかしながら、犬の足の裏を見て研究しちゃうんだから…発明って偉大だよね^^;
ちょうど雨降りの今日、トップサイダーのスニーカーを履いて出かけてたんで、この話書いてみました。
実際、濡れた路面でもそのパフォーマンスを遺憾なく発揮してくれるんだよ♪
開発から70年以上経った現在も、デッキシューズといったらトップサイダーというのは誰もが認める事実で、他社の多くのデッキシューズが同様のソールを採用しているコトがソレを証明している。
また、米海軍学校指定ユニフォームや、アメリカ代表セーリングチームなどにも正式に支給されているコトも、その素晴らしさを裏付けているんだ。
日本でトップサイダーのスニーカーといえば、'80年代に流行ったプレッピーやアイビーファッションの足元として、お洒落に敏感な人々にかなり支持されていた。
ボタンダウンシャツやポロシャツにチノパン、そして素足にトップサイダーというスタイルは定番で、街のあちこちで見かけたもんだ。
ヨット好きだった故石原裕次郎も愛用してたスニーカーで、見に行ったコトはないが北海道の小樽にある裕次郎記念館にその形見は大切に展示されてるそう。
当時の俺はというと…白いスーツに白のキャンバス地のスリッポンタイプを素足で♪
わかる人にはわかっちゃうと思うが(^o^;そう、永ちゃんのコンサート用スタイルだ(*^_^*)
本来はね、量販店なんかで売ってる安価なのが雰囲気なんだけど、本物を知ってるだけにイメージ優先で俺はトップサイダーを合わせてたなぁ^^
まぁそれはなりきり用というコトで(笑)普段はもっぱら8ホールの紐付きを愛用♪
革靴のリリースもあったり、キャンバスもカラーバリエ豊富だけど、トップサイダーっていったら、やっぱり先が細身でスタイリッシュなホワイトキャンバスがドワイルドな定番だなぁ☆
素足じゃ、今日はちょっと寒かった…(笑)
dowild.s
Stairway to Heaven
昨日は大変失礼いたしました…。
早い時間(午後3時)から飲み始めたから「まだまだゆっくり飲めるな~」と腰を据え、気付けば丑三つ時(汗)
ま~、ドワイルドらしいって感じで許してください。
さてさて、気を取り直して(笑)
去年の12月に再結成コンサートを行なったレッド・ツェッペリン。
さすがにロンドンまで観には行けなかったんだけど、そんな元気なニュースを聞くとやっぱりファンとしては嬉しいんだ♪
プロモーションで来日したジミー・ペイジはTV・ラジオに出まくっていたしね^ ^
そのレッド・ツェッペリンを最も象徴している名曲といえばご存知「天国への階段」だよね。
1971年にリリースされた4枚目のアルバム「レッド・ツェッペリンIV」に収められた、美しく熱いバラードなんだ。
陰影に富むアコースティック・ギターのアルペジオとリコーダーで静かに始まるこの曲は"ロック史上に残る名曲の一つ"として世界中で愛聴されている。
「静かに始まって徐々に盛り上がってゆく長い曲」という構想から作り出された通り、単調なメロディーを繰り返しながら曲が進むうちにパートが加わりテンポが上がっていき曲調は大胆に変貌していく。
フォークからポップス、そしてハードロックに変化していくって感じかな?
延々と続く繰り返しの中で旋律がさりげなく変化をし、風景が広がってく様は綿密に計算されておりクラッシック音楽的な構成を持っている。
また、その緊迫した緊張感と壮大な曲調に負けないくらい詩的で深い歌詞なんだよね。
ロックファンからは賛否両論だと思うけど、この曲は当時レッド・ツェッペリンの世界的な地位を確立したとも言われている。
この曲をもってしてそれまで彼らを酷評した批評家たちを黙らせた、それほど高い完成度でレッド・ツェッペリンの音楽的独自性を見出すきっかけともなったんだよね。
メンバーの意向でシングルではリリースされていないんだけど、アメリカのFMラジオで最も頻繁にリクエストされる曲であり、収録アルバムはこれまで1,000万枚以上!の売上げを記録する大ロングセラーとなっている。
完成度の高いスタジオ・バージョンはもちろん間違いないが、ステージでの演奏も最高なんだ。
ジミー・ペイジはSGのダブルネック・ギターを弾き「ライブでの演奏はスタジオ・バージョンの再現ではない」という信条の通り公演ごとに少しづつ演奏が変化していっている。
ところで"「天国への階段」を逆回転で聴くと悪魔崇拝を勧めるメッセージが聞える"という噂がかつてあったんだけど、どうなんだろう?
レッド・ツェッペリンのエッセンスを結晶させた「天国への階段」は音楽史に残るドワイルドな名曲。
聴けば聴くほどその深さにドップリ浸かっていく、"永遠の詩"なんだ。
dowild.m
NIKE WAFFLE-SOLE
今日は残念ながら雨…
本当は今日、毎年恒例のお花見を行なう予定でした。
とはいえ天気には逆らえないので予定を変更し、昼間から歌舞伎町の地下に潜って飲む事になった。
こう書くと怪しいな~(汗)
ところで最近すっかり春めいた気候で心地良い♪
冬の間重宝していたブーツを脱いで、軽快なスニーカーで出掛けたくなるのは毎年この時期じゃない?
履きやすい軽く疲れないスニーカーはカジュアルなファッションには欠かせない。
俺が愛用しているのは、どれもがローテク・スニーカーばかり。
純粋なゴム底である古臭いスタイルは、今となっては逆にファッショナブルで永遠の定番だよね♪
ゴム底と一口に言っても各ブランド・モデルごとに様々なスタイルがあるが、ひときわ独特の個性を醸し出しているのはナイキのワッフルソールじゃないかな?
このワッフルソールは前からshigeが好きでね…、勧められて教えてもらったんだ^ ^
ナイキの創業者であるビル・バウワーマンが、朝食時にアメリカの食卓ではお馴染みのワッフルを作る調理器具を見てデザインを思いついたという、このワッフルソール。
約5mmの正方形の突起物(スタッド)が並んでいるのが特徴で、滑りやすい路面をグリップするにはピッタリの構造なんだ。
この形状や足跡を見ても、何だかカワイイしね☆
それだけでなく、クッション性にも優れ固いアスファルトを走る際の衝撃を和らげてくれる。
また、アウトソールに向けて末広がりになっているフレアソールの形は接地面を広げ安定性を向上させたんだ。
その機能性により、履き心地は最高に良く長時間の着用でもホント疲れないよ。
このソールを使用したモデルは1972年に発表された「ムーン・シュー」を皮切りに、1973年「オレゴンワッフル」1975年「ワッフルトレーナー」1976年「LD1000」1977年「ワッフルレーサー」1978年「LDV」と、ヴィンテージスニーカー市場でも名高い名作ばかりだ。
これらのモデルと共に、それまでのアウトソールとは一線を画すこのワッフルソールは、ナイキを一流企業へと成長させたといっても過言ではないインパクトを持つ大発明だったんだよね。
というのも、当時のアメリカは空前のジョギングブームの真っ只中であった。
ブームが追い風となり「ワッフル・トレーナー」をはじめこれらのモデルは驚異的な売上げを記録し、NIKEブランドを世間に知らしめることになったんだ。
70年代当時のナイキの先進性を味わえるドワイルドなスニーカーで、春の足元を彩るのもいいんじゃないかな?
dowild.m
Kamaka
ちょうど1週間前の日曜の夜、テレビ東京「みゅーじん」にジェイク・シマブクロが出演してましたね♪
ご覧になりましたか?
時にはジミ・ヘンを彷彿させるエレキを激しく演奏するような、そして時にはバイオリンで優しい音色を表現するかのようなそのウクレレ・テクニックは、さすが“若きウクレレの革命児”そのものだった。
そして先日、いつもヘアースタイルをお世話になってる美容師の友人dowild.TことTAKAんとこに髪を切りに行ったらば「ウクレレ買っちゃいました♪」という(°0°)
高木ブーのシグネイチャー・モデル「BOO CHAMP」をちゃっかり購入していたんだよ^^
小さく軽く、ジャズやクラシック、タンゴなど様々なジャンルに対応できて扱いやすいため、世界中で親しまれている楽器、それがウクレレだ。
弦に触れれば素朴な音で鳴いてくれ、気分はもう一気にハワイア~ン♪
「アロハ・オエ」を作曲したリリウオカラニ女王らハワイ王朝の王族にも愛されたいた。
古代ハワイの音楽は、精霊や神々に捧げる歌と踊り(チャント&フラ)が中心で、発達した弦楽器はなかったんだ。
そんなハワイに1800年代後半、ポルトガル移民によって持ち込まれた“ブラギーニャ”という小型のギターが改良されて生まれたのがウクレレだ。
以来、ウクレレ作りはハワイに根付いた伝統の技だったが、年月が過ぎるごとに、技術の継承者は少なくなっていった。
そんななか、当時の技を現在に伝えているのが唯一「カマカ」なんだよ。
他の多くのメーカーからも様々なウクレレが作られてはいるが、その道筋を辿るコトはできない。
脈々と受け継がれているからこそ、カマカはハワイアンスピリットの象徴として、最高峰という地位を他に譲らずに現在へと至る格調高いブランドなんだ。
ジェイクの愛用しているのもこのカマカのウクレレで、アンプなしに音を会場中に響き渡らせるコトができるのはカマカだけだと彼は言う。
カマカは昔から製作に耳の不自由な人を起用してきたというのは有名な話。
耳で聴くのではなく、指先の感覚で楽器を作る方法を実践し続けているというワケだ。
創業以来“神の木”と呼ばれる「コアウッド」を使って作られているのも伝統の証。
コア材のボディに反響して生まれる音色には、ジェイクも言うところの、他の材からは決して得られない独特の魅力があるんだ。
木目の間に樹液が複雑に絡んだコア材の模様は「カーリーコア」と呼ばれ、模様が複雑なほど珍重される。
その美しい木目は特別な存在感を醸し出す。
本当のところ俺も昔から欲しいとは思っているんだけど、masayaと違って弦楽器は苦手でサ(^o^;
買っても、ただのディスプレイ・コレクションになりそうで…(汗)
ともあれこうして古代ハワイアンが、山々に対して抱いた畏敬の念と感謝の気持ちは、ドワイルドなウクレレとしても今もしっかり受け継がれているんだ。
MAHALO☆
dowild.s
Palaka Shirts
穏やかな気持ちの良い天気でしたね^^
今日は日中、お気に入りのチェック柄の半袖シャツを着て出掛けてました♪
特に変哲もないシャツだけど、ハワイでコレを着ていると「ツウだねェ~」なんて眺められたり、実際に声をかけられたりしたコトもあるんだ^^;
アロハシャツ以外で、ハワイに昔からある「パラカシャツ」というモノ。
20世紀初頭にかけて、多くの中国人やフィリピン人、そして日本人たちが、夢を求めハワイへ移民として渡った。
その彼等が、サトウキビ・プランテーションで作業着として着ていたのがパラカシャツなんだよ。
「パラカ」とはハワイの言葉で“何もしないでボーっとしているコト”や“四角”の意味から派生したチェック生地のコトをいう。
もともとは16~17世紀頃に、ヨーロッパの農民たちが着用したフロック(Frock)と呼ばれる長袖の丈の長い服を、船乗りたちがハワイへもたらした、すなわちスコットランドにその起源があったようだ。
そのチェック柄の生地を使い、高い仕立て技術を持つ日本人や中国人の移民たちが作業服を縫いはじめ、そして愛用し「パラカ」として広めていったというワケ。
アロハシャツには数多くの俗説があるが、パラカシャツの生誕はハッキリしている。
そういった意味でもハワイアンシャツ(いわゆるアロハシャツ)の原型とも言われているんだ。
今では日系人のおじいちゃんたちの普段着だったり、ハワイのミュージシャンたちが好んで着ている姿をよく目にする♪
ちなみに現在はもうないんだけど、かつてワイパフにあった「ARAKAWAS STORE」という会社が作っていたモノがある。
1904年に日系移民としてハワイへ渡った“Zenpan Arakawa氏”が、1909年に設立し、1920年にパラカシャツの縫製を始めたブランドだ。
現在このブランドのパラカシャツはコレクターズアイテムであり、とても希少価値の高いシャツになっている。
とはいえ、もう何年も前の話にはなるが、品揃えは豊富だけどプライスが高いなぁ~という印象の(笑)「ベイリーズアンティーク&アロハシャツ」で20ドルほどで買った思い出もある♪
最近のハワイではお洒落として見直されており、ロコ向けのブティックなんかで、パラカを使ったシャツやバッグ、ショーツ、帽子などが商品化されたり、ムームーの新素材としても注目されたりもしてるんだ。
カラーも豊富だし、なにしろチェック柄がキュートだよね♪
男女問わず誰にでも着易いデザインだし、なんならペアルックで(笑)
ある意味パラカシャツこそ、リアルなハワイアンシャツなのかもしれない…
かつてハワイへと渡ったジャパニーズ・スピリットの象徴とも言えるドワイルドなシャツ、一度は袖を通してみませんか?
MAHALO☆
dowild.s


























