愚痴です。
自分が小学生の時にもいたのだが
大風呂敷を広げたがる子どもっているじゃないですか。
「お母さんは女優で、お父さんは映画監督。お姉ちゃんはヨーロッパで暮らしていて
私の自宅はお城」
と吹聴してまわって、低学年~中学年くらいだとガチで信じてしまうやつ。
散々、お母さんはなんて名前でテレビに出てるの?お姉ちゃん、地元中学の制服着てるよね?と子どもだけが大混乱するパターン。
長女が小学生の時もクラスにいて
華やかバージョンではなく、苦労話バージョン。
「お父さんともうすぐ離婚して会えなくなるから(離婚してない)」
「バカって書かれた手紙が机に入っていた(自作自演)」
これをやられて、当時、長女がこの子のペースにまんまとハマり。
長女自身が、私が離婚経験有りなので親身になってしまい
毎日毎日、嘘の話に振り回されて
パパの荷物がないだの、パパから手紙が届いただの更に真実味を帯びるたわごとにさすがに私、キレましてね。
「あの父ちゃん、毎日コンビニで漫画立ち読みしてから帰宅してるよ」と現場を見せてようやく納得。みたいな。
それが令和の時代も健在で
長男のクラスの女の子が
「私、ピアノ習っている」と過去記事でも書いたが。
習っていないのに音楽会のピアノに立候補し、息子に「音符読めないからドレミで書いて」と譜読みをさせて、昼休みは鍵盤のどこが「ド」から聞きにくるのに対し、
親バカ承知で書くが、2年生なりに息子は必死で教えていたわけです。
ピアノ教室に行っているのになんでと不思議に思うが本人がそう言う以上、信じてしまう。
近くになりやっぱり弾けないからやーめた。の一言で終わり、華やかな金管楽器に立候補。
なんなの。というモヤモヤが正直ありましてね。
それがまた、学校でピアノを弾ける子を募り6年生の卒業を祝う会的なものの伴奏を決めるときにその子が立候補。
前回のはなに。と親としては思う。
祝う会は6年生の保護者も来るので学校としては適当なことはしたくないわけです。
だが、教育者として「自主性」を重視という名の下で却下は出来ないらしく。
担任が、その女の子がドタキャンしてきたら息子が弾くように。と裏で楽譜を渡してきた。
これ、前回同様、200%の確率でそうなるわけです。
担任の頭脳では「練習しなくても習ってるなら弾けるだろう」的な軽い依頼。
ひらがな読めるから本が読めると同じ感覚というか。
実際はピアノ教室で本来のレッスンとは別枠でやるので教本や課題曲の進行も変わってくるわけです。片手間にやるものではない。
息子的には、本人はいまだにピアノ教室に行っていると主張するので信じている。
だが、担任からは別途依頼が来て他言するなと。ここの間に今、挟まれている状態。
あくまでも主体は、言い出しっぺの女の子で、出来なくても責任は取らない。もちろん本人がついた嘘で誰かがカバーしている。という認識は突きつけない。自主性重視した結果、出来ないならしょうがないよね。立候補してくれてありがとう。という結びになる。
毎回、尻拭いに息子が借り出される構図。
この子、ピアノ習っているの他に、テニス、バレエ、英語も自称習っていて
ハムスターも飼っていてととにかくすごい。
(書いていて次元の低さに泣けてくる)
ハムスターの写真をタブレットで撮ってと言えば、お母さんが撮ったらダメという。
名前はと聞けば、二転三転。
子ども同士のことなので、本人がなにを思って吹聴しようが構わないのだが
ホントに他人を捲き込む嘘だけはやめて欲しい。
この子に一発、「ええ加減にせい!」と言ってやりたいが、虚言癖の原因は親子の問題でもあるわけで。
この子の将来を私が案じる必要も無いので静観するが、お願いだから大人の事情に子どもを捲き込まないで欲しい。
ここでまた学校に「他言するなと言う指示を出さないで欲しい」と言えば過保護、クレーマー扱いになる。
クレーマー扱いでもいいのだが、もうすぐ3年生になる我が子には自己解決能力を付けたい。親が出来ることなんてほぼない。
この子が立候補し続ける度に、様々な子が捲き込まれ、子ども同士、薄々気づき始める日が来るまで続く。
息子が担任からの楽譜を受け取ってしまったのであとは本人に任せるが。
真実を知る力、自分で考え解決する能力を付ける。今は息子がどう乗り切るかを見守り、話を傾聴するしかない。
親が親になるための試練は疲れる。
こちらは名書
この校長先生の考え方が浸透すれば教育現場は変わるといつも思う。