離婚体験記:わたしが「バツ2」になったわけ

望まなくしてバツ2になってしまいました。裁判所から呼び出し状が届き、これから養育費や慰謝料の話し合いが始まります。離婚というものは、自分がその状況に置かれ、初めて知ることが多いと感じました。これから何が起こるのか、書き留めてみたいと考えました。


できるだけ平等な内容で書こうとは思っていますが、文章は必ず自分寄りになると承知しています。わたしが見たことは、相手からは鏡に写したかのように真逆のことに見えるはずです。わたしは男性の立場から書きますので、女性から見ると許しがたい部分も多々あると存じます。ですが、正直に書くしかありません。なにとぞ、ご容赦ください。

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意外に低い養育費受給率

妻子の居場所がつかめないまま1カ月半が過ぎたころ、市役所へ離婚届をもらいに行きました。



「子どもさんはいますか?」


「はい。います」


と答えると、子どもの親権を定める場合の離婚届の書き方について教わりました。


離婚届を封筒に入れて持ち帰ったとき、気付かないうちに封筒に入れてあったチラシが養育費にかかわるものでした。


養育費のパンフレット

ごらんのように、「あきらめないで! 」と大きく書いてあります。



「あの人は養育費を払う気も能力もないだろう」

「あの人とは、もう一切かかわりたくない」 

かもしれません。

でも、いろいろな方法があります。


という部分が強調して書いてあります。





さらに下のほうには、


「親権者とならず、子どもと一緒に暮らさなくても子どもを養う責任は分担しなきゃいけない」


「父母の話し合いで養育費の負担額が決まらなければ、家庭裁判所の調停や審判を利用できる」


「離婚後に取り決めをするのはなかなか難しいので、できるだけ離婚前に決めよう」


「具体的に明確に書面に記載して、父母が署名などもして。のちのち争いが起きないようにしよう。公証人役場で作ってもらう『公正証書』、家庭裁判所で作ってもらう『調停調書』『審判書』など公の証書があると、支払いがとどこおったときに有効」


「支払いがとどこおったら、家庭裁判所に申し出れば支払いを促す支援を受けられる」


「公の証書があれば、義務を果たさない親に対し、給料からの支払いを強制したり、不動産などを差し押さえることもできる」


「婚姻期間中は、別居していても子どもや母親自身の生活費の支払いを求めることができる」



長々と書いてしまいましたが、主に、こんなことが書いてありました。






「給料からの支払いを強制できる」

「不動産を差し押さえできる」

「別居中のお金も支払いを求めることができる」


このあたりの文言は、男のわたしからすると大変怖ろしいきまりごとです。

「法外な額を、裁判所を通して強制されてしまったら…」

そんな自分を想像すると、冷や汗が出てきます。



でも、「あきらめないで! 」と一番大きく書いてあるくらいだから、あきらめる女性が多かったり、途中で男性が支払わなくなったりするケースが多いのでしょうか?








こんなに厳しそうな きまりごとなのに、とても意外です。











さらに調べてみると、厚生労働省の調査結果を見つけました。



平成18年の調べによると、

「養育費の取り決めをしている」割合は、全体の38.8%にとどまっているそうです。



さらに、

「養育費を現在も受けている」家庭は、全体の19.0%


「過去に受けたことがある」は16.0% 
(途中で払わない、または払えなくなったケースでしょうか)

「受けたことはない」が59.1% (一度も受けなかった家庭のことでしょう)


実際に養育費の支払いを受け続けている家庭は2割にも満たないのですね。

養育費にかかわる法律は、男のわたしから見ると大変厳しく、逃れようのないものに見えるのですが…

意外な数字ばかりが並びます。










「養育費の取り決めをしなかった理由」という質問項目も見つけました。


「相手に支払う意思や能力がないと思った」が47.0%

「相手とかかわり合いたくない」が23.7%


3番目の「取り決めの交渉をしたが、まとまらなかった」は9.5%なので、


上位2つが主な理由のようです。



なるほど。


「あの人は養育費を払う気も能力もないだろう」

「あの人とは、もう一切かかわりたくない」 

かもしれません。

でも、いろいろな方法があります。


と、チラシで強調してあった部分が、養育費を受けない2大理由だったのですね。







これらの理由があるにせよ、養育費の取り決めは法的にはこれだけ厳しいのに、実際に養育費を受け続けている家庭は19.0%というのはわたしには低すぎる数字に見えました。


離婚というものは、一件一件に複雑な事情があるでしょうから、結局のところ、それらの影響でしょうか。


ただ、データには見えてこない、ほかの事情がありそうな気もします。

わたし自身がこれから養育費の取り決めを体験するなかで、新たに知ったり、気付くことがあるのかもしれません。




養育費は「子どもの権利」

妻が家を出て行って、「離婚やむなし」と決意したころ、「ところで、養育費って何だろう?」と思ってネットで調べてみました。



「離婚によって夫婦の縁は切れるけれど、親子の縁は生涯切れることはない」ということが養育費を考える際の大原則。養育費は、離婚した妻ではなく、わたしの子どもが持っている権利で、自分が生きていくための費用負担をわたしに責任持ってやってもらうことなのだと知りました。


「親子の縁は一生切れない」というのは、なるほど、動かぬ事実です。たいへん恥ずかしながら、そう言われるまで気付かないでいました。 ←バカな親です


子どもの居場所さえ分からず、ずっと会えない状態が続いていた(現在も会えていませんが…)わたしにとって、「縁が切れない」という事実は、じつはうれしい再発見でもありました。


そういうことなら、「養育費の負担ゼロ」というわけには行かないと思いました。





わたしたちは3月末に離婚だけ成立していて、養育費の話は何もしていませんでした。先方が何も言って来ないので、「このまま支払わなくていいのかな?」と思っていたのですが、もちろんそうはいきませんよね。


今回、4月の末に裁判所から呼び出し状が届いて、調停という形で取り決めをする運びとなったわけです。





ただ、すんなり話し合いが進めばいいのですが、そうは行かないでしょう。


なにせ、相手方はわたしのことを憎み切っています。言動にはひとかけらの情けもなく、わたしを苦しめることも重要な目的のひとつになっているようです。





離婚したのだから当たり前と言えば当たり前なのでしょうか? そのことに改めて気付いたのは、離婚成立後、妻が自分の持ち物を搬出するため、共通の知人を介して日時を決め、わたしが家を空けたときでした。


子どもを撮ってあげるために妻が持っていたデジカメはわたしのお気に入りだったのですが、これからも子どもを撮ってくれるなら、と思って「必要なら返してもらわなくても構いません」と書き置きしてわたしは家を出ました。


搬出作業には、まだ1歳にもならない子どもを連れてくるかもしれず、負担は軽いほうが良いだろうと思って台所の鍋と皿類は、割れないように緩衝材を使って前夜のうちに荷造りしておきました。




約束の時間が過ぎ、家に戻ってみると、がらんとした妻の部屋には、わたしが子どもにあげたものとわたしの両親が子どもに買ってあげたものすべてが突き返されていました。


両手の指を器用に動かし始めるようになったころ、わたしの子は弁当箱で遊ぶのがマイブームニコニコでした。職場の人が神社の大祭でもらった景品に弁当箱があったので、子どものためにもらってきてあげると、喜んで遊んでくれました。部屋に置いていかれたものの一番上には、この弁当箱がありました。


初孫が生まれ、うれしくてたまらなかったわたしの両親が野球観戦に行った際、乳児用と思い込んで買ってきてくれた犬用のユニホームも、実家から持っていったでんでん太鼓も、どんな小さなものでさえ、わたしにかかわるものはすべて置いて行かれました。


お風呂で子どもが泣き出してしまったとき、わたしがそれを手に持ち、なり代わって「あら、○○くんは泣いてるのかなっ!」なんて話しかけると、急に「ぎゃはぎゃはっ」と笑い出して泣き止んでくれたフラミンゴヒヨコの形をしたピンクのボディブラシを持たせたくて、荷物の中に入れておきました。ですが、これも風呂場のタオルの中に顔からねじ込まれていました。


それを見たときは心が「ずん」としました。




離婚というものの重大さを認識できない男というか、状況が読めない男というか、わたしが甘いのでしょう。ただ、もう離婚してしまったのだから、これ以上執拗に傷付け合うこともないだろうとわたしは思っていました。


ですが、この一件でわたしも気持ちが決まりました。相手がどういうつもりでいるかもはっきりつかめました。






相手はわたしの身を削りにかかってきています。

明らかな嫌がらせをするし、わたしが苦しむ方向にすべての物事を持っていこうとするでしょう。「デジカメは持って行っていいよ。しっかり撮ってあげてね」なんてことをやっていた自分は、なんと感傷的で、ばかばかしい人間か。



これからは、“お人よし”みたいな中途半端な面を見せては、絶対にだめだと思いました。




養育費を負担すべきことは、わたしは理解したつもりです。ですが、お人よしで、中途半端な態度で臨んでは極めて苦しい目に遭うことは間違いないでしょう。わたしが「子どものため」と思って負担額を上げて譲歩したって、相手からはわずかばかりも感謝されることなどなく、妻はわたしたちの離婚を裏でコントロールした母親と手に手を取って「勝った、勝ったにひひ!!」と喜ぶだけでしょう。




正直、兼ね合いがムズいです。




養育費は金額の決め方に「算定表」もあり、相手が無職を通して収入がなければ、その分わたしの負担額が大きくなることも知りました。


これらの話は、次回に譲ります。


弁当箱


この弁当箱を見ると、喜んで遊んでくれた子どもの顔を思い出して、なんと心が苦しいことか。「苦しい」という言葉さえうまく当てはまらず、自分の心が切れて血のようなものが出てくる感覚を覚えます。離婚は、しないで済めばそれに越したことはありません。


写真を撮って気付きましたが、「a Little Smile」と書いてあったのですね。日常の、小さな家庭の何気ない笑顔さえわたしは守れず、わが子に「ほんとにごめんね」と伝えたいです。申し訳ない気持ちでいっぱいです。

調停呼び出し状の文章

こういう話って、更新するのにけっこうな気力が要るものなのかもしれません。第1回の記事をアップしたのち、調停でどんな話が出るのかとても不安なままに日々を過ごしていて、パソコンに向かう気力がありませんでした。


第1回目の調停が終わり、概要も見えてきたので少し気が楽になりました。第1回の調停のあたりまで、少しずつ書き進められたらと思います。




前回ご紹介した呼び出し状ですが、裁判所の文書というと、とてもお堅いものだと思い込んでいたのですが、わたしはこの呼び出し状を読んでとても救われた気がしました。



呼び出し状を突きつけられたとき、わたしは正直言って、頭に血が上りました。

「自分たちが無茶苦茶なことをしておいて、慰謝料だと!」と激しく怒りがこみ上げてきました。


それと同時に、 「何百万円も支払いを命じられたら、どうしよう…」

すーっと血の気が引いてきて、目の前が真っ暗になったというか、生きた心地がしなくもなりました。


もし慰謝料を要求されたら数百万なのか?数千万なのか? 相場も分かりません。不安ばかりが大きくなります。



わたしは、初めて子どもを授かり、生まれて初めて「幸せだ」と実感していた矢先、ある晩急に妻に子どもを連れ去られ、親戚ぐるみで居場所を隠されてしまいました。


「このうえ『金をよこせ』とは何の話だ!」と憤ってみたり、「『生き地獄』があるなら、まさに今の自分じゃないか…」と気力を失ったり、こんな考えが何日も頭の中をぐるぐる回りました。




わたしはまず、「調停に行くのをやめよう」と考えました。


警察に逮捕されるような法律に触れることをしたわけじゃなし、離婚はすでに成立しているのだから、行かずに無視し続けることができるかもしれない。


さっそくネットで調べてみました。




【段階その1】 調停に行かないと、そのうち「勧告」のようなものが届いて、それでも行かないと5万円の罰金になるとか。


【段階その2】 さらにずーっと行かないと調停から一歩進んで家庭裁判所で審理にかけられ、養育費や慰謝料の額を一方的に決められてしまう流れになりそう。


【段階その3】 わたしが支払いに応じないと、強制的に会社給与から天引きもできそう。




どうやら、行かないと自分の言い分も聞いてもらえないし、一方的に話を進められてしまいそうです。

これは行くしかないっすね…




ある日、

キッチンカウンターに投げ出したままの呼び出し状を手にとって、「調停についてのお知らせ」という文章をもう一度読み返してみました。


調停では、「訴えた」「訴えられた」というような区別はありません。


調停が申し立てられると、よく世間では「何も裁判に持ち出さなくてもよいのに」と憤慨されたり、嘆いたりされる人がいらっしゃいますが、それは大きな誤解です。


ここに書いてあるとおり、わたしは、「訴えられた!」という気持ちになって頭に血が上ったし、同時にお先真っ暗になって嘆きました。まるで、この呼び出し状が届いたときのわたしの反応を事前に分かっていたかのような文章で、動揺するわたしを丁寧になだめてくれている気がしました。


双方から言い分や実情をよく聴いたうえで公平、円満に解決を図るとも書いてあります。「実情」を聞いて「公平」に考えてくれるのなら、妻が何カ月も無言を続けた事実もカウントしてくれて、「お前だけが悪い」と決め付けられることもないかもしれません。


読めば読むほど、少しずつ状況がつかめて、心が落ち着いてきました。



全国一律の文章なのかもしれませんが、とても分かりやすく書いてあるし、呼び出しを受けたほうの動揺を少なくさせようという配慮が伝わってきます。裁判所ってお堅いだけの所ではないのかもしれません。文章から伝わる不思議な「人間らしさ」に、とても救われた気がします。



調停についてのお知らせ状


写真はお知らせ状。呼び出しを受けたわたしにとって、一言一言の心遣いが身にしみます。