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大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

友人が50歳を過ぎて某生命保険会社の社員になりました。

厳しいノルマが課せられる職場です。弱きものは去れという仕事です。


「お客が金に見えるようにならないと」と上司(年下ですが)に言われ反発していましたが、実績を上げない限り「お客様のために良い商品を提供する」という自分の仕事のやり方が正しいとは言えないわけで苦しんでいます。


社会では、言ったり行動したりする人(自分勝手に)が有利になります。言わなければ又行動しなければ相手は要求を知ることができないからです。思っているだけでは相手に伝わりません。


それで、僕は友人を鼓舞しているわけです。


「遠慮なく生命保険に入ってくださいと言う」「会うときには用件をはっきり言う」「紹介してくださいという」

友人のことを大切な友人だと思っている相手なら、自分が入れなくても協力してくれるはずです。もっとも、長い間、付き合っていて友人と思っていても、そうじゃなかったと分かってしまうことはつらいことですが。


でも、50歳過ぎたら、はっきり物を言っても良いんじゃないかな。それで、無駄な人間関係もそぎ落としていけばいいのです。


消費社会というのは、お金で商品・サービスを買う社会です。

お金がないと始まりません。逆に言うとお金さえあれば人生は豊かになるということです。


戦後の繁栄で日本は飛躍的な成長をし、お金を得ることで豊かな社会を実現しました。

これからは、成長が見込めないどころか、実質所得は下がっていきます。


でも、お金がないから貧しい社会になっていくのでは寂しいですね。

豊かさと貧しさの基準はお金だけなんでしょうか。


金のやり取りである消費社会の部分とは別に、情のやり取りである思いやり社会を自分の周りに作れるかどうかが、自分の人生を豊かにすることではないでしょうか。


世の中の人のほとんどが、国と社会を同じものと認識していますが、本来国は金の再配分をすることで基本的な人権を保障しますが、豊かで充実した人生を保障するものではありません。

それは、自分自身が作っていくしかないわけです。


人生を豊かにするもの、その十分条件は金ではないし、もしかしたら金は必要条件でもないかもしれません。



空爆の歴史―終わらない大量虐殺 (岩波新書)/荒井 信一
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「空爆の歴史」という本を読みました。


戦いは、国と国、最近は国と反政府勢力の間で行われますが、空爆の被害者には非戦闘員も含まれます。現代戦が総力戦である以上、非戦闘員に大きな打撃を与えることも一つの戦略でした。


最近は、軍事目標への命中精度を上げ使用することで、非戦闘員を巻き込むことは少ないとして、焼夷弾・クラスター爆弾の利用を正当化しています。


最後まで読んで思うことは、軍事勢力と軍事勢力がおこなう戦いでは非戦闘員のことは配慮されないということです。


すなわち、平時には国を超えた軍事勢力と非軍事勢力との対立があるし、戦いの時も同じ国のなかで軍事勢力と非軍事勢力の利害は一致していないということです。


別の話をすると、オリンピックは国と国の競い合いですが、競技間の人気競争、オリンピック競技に入れるかの争いがあります。野球がオリンピック競技を外されたとき、某監督が日本が強くなることがオリンピック競技に採用されることにつながるなどと阿呆なことを言ってましたが・・・


非軍事勢力は国際間で連帯して、軍事勢力の過度の武器開発・武器使用を制限するようにしなければなりません。もっとも、第一次世界大戦のとき、国際間で連帯していたはずの労働者がそれぞれの政府の戦争を支持してしまいましたが。


最近、日経新聞で小林某氏の著作の広告が出ていました。読者の感想で、昭和天皇が名君であったので専制君主だったら日本が敗戦で打撃を受けることもなかったのにということが書かれていました。


歴史は、後世の人が書くしかありません。そして、後世の人の立場により全く違った歴史が語られるわけです。


ちょっと読書をする勉強家(全く本を読まない多くの人よりに比べれば勉強家といえる)は、作られた歴史を読んで、著者の都合の良い方向へ誘導されて行くわけです。歴女や坂本龍馬ファンは、その典型です。


そういう僕も、僕なりの歴史を作っているのかもしれません。僕の現代史は、人からは自虐史といわれるものです。


ですから、僕の歴史が正しくて、小林某氏の歴史が間違っているなどと言うことはできません。

ただ、歴史を考えるとき、こちら側と相手側の立場を反対にして考えてみることは必要だと思います。




最近、人間は、人を動かす力だなあと感心しています。世の中の人は、金や地位で人を動かしているのに、人間力で動かしていると勘違いしている人が多いですが。


私の畏友は、ある事情で海外でトラブルに巻き込まれ、10年余日本に帰ってくることができませんでした。

今、彼は無一文です。仕事もありません。


また、この10年の社会の変化を考えると、そこに身を置いていなかったことは大きなハンディともいえます。しかし、彼に接していると、そんなことは何でもないように思えます。


彼は僕に塾を作りたいと言います。人間力を磨き、人を、世の中を明るくできる人物を育てる塾です。

事務局長に任命されました。


僕は、ようやく人生の師を得た気分です。裏方として支えるに値する人物に出会えました。