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大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

気象庁長官が、熊本地震で、余震があるかもとしたあとで、本震が来たことについて、「これまで経験がない」と釈明しました。


地震の予知について、気象庁が特段の能力があるというならともかく、我々一般人と同レベル、予知など全くできない現状にあるわけです。


その気象庁が、地震が起きるたびに、担当課長が出てきて、誰でもいえるような、「1-2週間は強い余震があるかもしれないので警戒するように」とか言います。


NHKなどは、その模様を伝えるわけですが、なにか有益な情報でもあるのでしょうか。


今回の熊本地震でも、いつものように「余震に気を付けて」といってたら、後からもっと強い地震が発生したわけで、長官が釈明したということです。


これまでは、余震があるかもと言っておけば安全パイだったのです(あってもなくても)が、今回は本震がきちゃったというわけです。


従って、これからは地震がおこったら、「数か月間は余震または、本震が発生するかもしれないので警戒を」というんでしょうね。


東大の某教授がいつもいってますように、「地震予知は不可能」なんですから、いいかげんに、気象庁出てくるのを止めたらどうですか。


株と為替と地震は、あとからの説明(原因とかの)を聞くのは、それなりに興味のあることですが、予知はできません。

巨人選手の賭博関与とバドミントン選手の違法カジノで語られないことがあります。


先輩や仲間から誘われた時、何も考えずに行動してしまうことについてです。


昔、ツービートに「赤信号みんなで渡ればこわくない」というネタがありました。


今回、誘った側の人には、赤信号を渡るという意志があったでしょうが、誘われた側には先輩や仲間がいっしょだからやってしまったという言葉しかありません。


スポーツの指導者や先輩やいうことについて、批判めいた言葉は厳禁、それを長い人は、大学卒業までの16年間続けるわけです。


メディアも、学生スポーツで、監督やコーチに対して意見をいうような選手は否定的に、たとえばわがままとか言って、それを尊重することはありません。


インタビューを聞いていると、優等生回答ばかり。自分の考えや言葉とはとても思えないようなことばかりです。


まあ、スポーツ界ばかりではなく、企業でも、東芝やセブン&ホールディングスの例のように、似たり寄ったりかもしれません。

一般に世の中で嫌われる人てどんな人なんだろう。


周りの人の欠点ばかり見つけ、それを言い募って、自分の方が偉いだろうという顔をしている

 → 第三者から見れば、人の悪口を言っているだけで、いやな奴だとおもわれるだけ


何か問題があると俺だったらできるのにと才能の自慢ばかりしている

 → 得意分野あるだけで、何においても秀でていると勘違いしている、井戸の中の蛙


他人が事故を起こすと、技術や管理がなっていないと非難して、安全の専売特許をもっているかのような振る舞いをしている

 → あんな大事故をおこしたのに、本物の健忘症だ


ちょっと高いマンションに住めるようになったら、人の住居をぼろアパートと馬鹿にしている

 → ちょっと前まで、自分もそこに住んでいたのに、生まれついての上流階級だと思っている


社会的地位が高くなったら、教えてやろうという態度ばかりで、他人から学ぶことなど何もないという

 → こんな奴のところに来たってためにならないので、優秀な人は近寄りません


親戚や知り合いが立派なことをしたのを自分のことのように言っている

 → お前がやったのかよ、お前がやれよ


自分の利益ばかり考えて他人のことなど興味がないのに、表面だけとりつくろっている

 → 人にいい顔をするのは、得をするときだけ、というのを見透かされている


こんなところです。




大リーグで、本塁でのブロックを禁止するルールが昨シーズンから実施されています。


NFLでは、選手の脳震盪が大問題になっていて、野球でも不要な激突を避けようとしているのだと思います。

確かに、これまでならアウトやクロスプレーになっていたのがセーフになることが多かったようです。


ラグビーでも、脳震盪の恐れのある選手を一時退場にして経過をみる時間を長く取る方向にあります。

また、試合で脳震盪を起こした選手は一定日数を経ないと試合に出場できません。


選手の健康を優先しているのか、高額選手のパフォーマンスが落ちて莫大な年俸が無駄になるという経営的な理由なのか、引退した後の訴訟による慰謝料を恐れているのか、本音がどこにあるのかはべつにして、世界のスポーツの流れは、大きな怪我を避けることにあります。


日本の野球でも、今シーズンから、本塁ブロックが禁止されます。

その是非で、クロスプレーがなくなり、面白くなくなるとかの議論をしている人がいます。

本塁ベースの職人ということですかね。

1年後にそんな話をしている人はいないのがわかっているのに。


昔、ラグビーでは倒れた選手がいると、プレーを止めて、やかんの水をかけて選手が起き上がると観客席から大拍手というのがよくありました。

それで、テレビ中継では、やかんの効能をひとくさり。


でも、ルールが変わって、選手が倒れてもプレーは普通止まりません。メディカルが入って重症とおもわれる場合はレフリーに合図して、とまります。

だから、今はやかん(奇跡の水)も観客の拍手もありません。すぐに起き上がれるの寝ている奴は、パフォーマンスの悪い選手ということです。


今、スポーツの途中で水を飲むのは当たり前ですが、1980年代までは、普通に禁止されていたわけです。特に部活では。

水を飲まないほうが良い理由は、何のかんの言ってましたが覚えていません。要は水を飲むという欲求を抑えることで強い意志が生まれ、それがスポーツに取り組む根性を育てるということでしょうか。

まあ、麦踏みたいなものでしょう。


今もあちこちで、スポーツにわけのわからない理屈をつけてしゃべっている専門家?がいっぱいいますね。







昨日の日経の書評で、著作権の拡大に警鐘をならす本が紹介されていました。


そのなかで、コピーが可能なものの一つに、アメリカンフットボールの戦術というものがありました。料理のレシピなども。


TPPではアメリカの著作権延長要求というのがありましたが、アメリカのいいところは、著作権の本質にかかわる議論もおこなわれているところです。

実際にインターネット技術の進歩はプログラムの公開にあったわけです。


東京オリンピックのロゴデザイン騒動で明らかになったのは、人の著作を平気で利用して作った作品を自分の著作としてその権利を強く主張するのがデザイナーだということです。


オマージュだとかインスパイヤーだとか言ってますが、過去の作品がなければ創作?できなかったわけですから、著作権の権利を主張するのもほどほどにということですね。


コピーが許されているものに、体操の技があります。

最初に技を開発・実演した人には、技の名称に自分の名前がつくという名誉が与えられます。

コールマン・ディアミドフの名前はよく聞きました。

著作権があるなら、やるたびに実演料を払うんですかね。


落語の話にも著作権はありません。

歴代の落語家が、話をマイナーチェンジしながら時代にあわせながら演じているわけです。そして洗練されていくわけです。もっとも、後代の落語家の方が上手いという保証はありません。


閑話休題


ただ、厄介なのは、名跡というのがあって、これには権利があるようです。

権利者に連なって力もないのに大看板を名乗っている人がいますが、名前に負けて恥をかいているだけですね。

いろんな家元とか伝統芸能の演者は、その道にある程度精通していなければ、その力量はなかなかわかりませんが、落語は聞いて面白いかだけですからね。力士と一緒ですね。名前だけでは勝てません。