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大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

少し前に大阪のジャーナリストが、「市長と知事がともに維新で協力体制ができているのだから、制度の改革を待たなくてもできることがたくさんある」という主旨の発言をしていました。


維新は、都構想など制度を整えれば、自ずと改革はなるというような幻想をまき散らしていますが、市長になってだいぶ時間がたつわけですから、知事と協力して実績を上げてそれを示すころではないのかと思うのですが。


地方で実績を上げた政治家が、それを背景に中央に進出することはよくあります。

ところで、維新って、大阪で何な実績を上げたのですか。


大阪は、全国で言えば、最劣等生の部類に入るわけで、ちょっと勉強すればすぐにでも成績が上がると思うのですが。

大阪はこれだけよくなったという事例を挙げてほしいものです。

刺青をしている公務員を調べたというのが何かの役に立ったのですか。


対した実績もない維新が、国政で何かをやれると期待する国民が多いようです。

選抜高校野球で言えば、21世紀枠ですかね。まあ、21世紀枠といえども優勝する可能性はありますが。


消費税を上げる前に景気回復。←改革官僚出身だったら景気回復ができるようです

地方に財源。

外交と軍事以外は、地方に権限を。


スペインのように、立ち行かなくなる州政府が続出、夕張みたいな町が全国に出現、となるのが目に見えるようです。


道州制は、もしかしたら、日本を根本的に破壊することになるかもしれません。

その破壊から新たなものが出現するという意味では、明治維新、敗戦に続く第3の維新になるかもしれませんが。二度と立ち上がれない維新に。

ニュースを深く掘り下げるという、TBSラジオのディグ、月曜日を除いて、ジャーナリストなどの男性パーソナリティーとあまりモノを考えない女子アナが組んでいます。


専門家のゲストを呼んで議論を戦わせても、女子アナの役割は知識の無い一般人として的外れな質問をすることです。


女子アナは、一昔前の会社のお茶くみのようなものですね。

男社会そのもの、男性パーソナリティーは、何を言っても反論される心配がないので、持論を好きなように撒き散らしています。


こないだの金曜日、少年犯罪の裁判の話でした。

重罰化に反対という主旨の議論でゲストもそういう方でした。


でも、少年が立ち直る可能性があるとして取り上げた事例がわかったようなわからないような。


「殺人を犯した少年たちのうち、1人は最初の殺人事件の後でつかまって刑期を終え、立ち直りまともな生活を送っていて、残り3人は更に人を殺して死刑判決が確定しています。

更生している少年はたまたまつかまったために死刑を逃れた、死刑が確定した少年たちも更生する可能性があるのに、その機会は与えられない。」


というものです。


この話で、少年の死刑を回避すべきという事例になりますか。

良くわかりません。


こんな話には、きちんと突っ込みを入れてあげないと、言った本人がかわいそうだと思うのですが。

どんな話でも、聴取者は唯々諾々と聞くと思ってしまうんじゃないでしょうか。





中国や韓国では、日の丸が燃やされたり奪われたりすることは、日常茶飯事に発生しています。

その国の国民も、それが当然であると思っているようです。


私は自虐史観とされるような歴史観を持っています。

そのことには何ら揺るぎはありません。


ただ、日の丸を侮辱して平気な人々、国民には激しい嫌悪感をもよおします。


日本がかつて犯した過ちについて、その事実を認め謝罪することには何ら躊躇しませんが、日の丸を燃やして当然視している人間やそれを容認している政府は軽蔑するしかありません。


中国や韓国の今の世代の国民には、日本の併合や侵略によって直接被害を受けた人はごく少数です。大多数の国民には意図的に日本を侮辱するような教育が施されたわけです。


かの国では、教育により日本を侮辱する意識が植え付けられ続けているわけです。

日本を憎むべしの拡大再生産が行われています。


そういう教育によって育てられた人たちとどうして友好親善が可能なのか僕にはわかりません。


だから、友情を育てるなどときれいごとを言わずに、金のためには切っても切れない関係というので十分でしょう。それで問題ないのですから。



先日、シリアで銃撃され死亡したジャーナリストのパートナーが、在日シリア大使館に銃撃について抗議したという記事が出ていました。


そこには、シリア大使館の担当者からはビザなしで入国した人のことは責任を持てないというような返事があったとも書いていました。


不法に入国した人が死亡した件について、一緒に不法に入国したジャーナリストが、その国の行為に文句を言うという図式です。


シリア政府の対応に抗議する前に、最初に不法に入国したことをお詫びすべきではないですか。


内戦状態とわかっていて、反政府側の手引きで入国し、政府軍に銃撃されて死亡した、いったいどこに抗議の正当性があるのでしょうか。


シリア大使館の人に、ビザなしで入国した人間と言われたら、普通の人なら何も言わずに引き返すでしょう。

最近、議論の場に出て自らの意見を言いたがる人で、全く自分の意見を変える気の無い人が多いですね。


最初から相手の話など聞く気もない、自分の意見の再点検をするつもりもない、ただただ自分の意見が絶対無二であるという人です。


でも、話し合い、議論の場と言うのは、意見をぶつけ合った結果、自分の意見の脆弱さが露見することもあるはずで、その場合は意見を変更しなければならないリスクもしょっているわけです。


原発再稼働反対でデモしているのは結構ですが、首相に会わせろと要求するからには、議論をするという事でしょう。

こないだ首相と会ったデモ参加者の言い分を聞いていると、聞く耳など全くない一方通行言いっぱなしというしかありません。

あれなら、街頭で叫んでいるのと何ら変わりません。


震災のがれき受け入れで大阪市長を非難している人たちも一緒です。

ついでに、北陸電力の原発を見たいという社民党の代表も。


公の場で意見を言うということは、自らの愚かさが露見するかも分からないということです。


そう考えると、デモ参加の人々だけでなく、メディアで偉そうに政治や社会を批判している人達が、はなから人の意見に耳を傾けないのは、当たり前かもしれません。

自らの過ちなど誰も認めたくないでしょうから。


だったら、そのような輩が出てくる場を、議論の場とか話し合いの場とかいうのは止めましょう。