議論や意見を言う時に、相手の話を聞かないのはメリットが大きいといえます。
政治で言えば、党同士が議論するときに、相手の意見を聞いて、その内容をよく吟味して良いところもあるのではなどと考える姿勢が、私は好きです。
が、今の日本では、たぶん戦前の日本でも、相手の意見など考慮せず、自分の言いたいことだけいう方が、国民に支持されるわけです。
それも、日本は美しい国だとか、世界に尊敬されている、技術が優れている、おもてなし、クールジャパンなどと言っておけば間違いないわけです。
アメリカのサンフランシスコで地震があって高速道路が崩壊した時、当時の日本の専門家は、日本の高速道路は耐震構造だから大丈夫と誇っていました。
神戸の地震で高速道路が崩壊したら、あわてて首都高や阪神高速などの支柱を強化する工事をしていました。
日本では、ことが起こる(起こす)前に、警告や準備不足だなどというと、臆病だとか消極的などと言われて、大いに評価を下げてしまうのです。
それで、何かが起こって大きな損失を蒙ったあと、評価が逆転するかと思いきや、そんなことはなく、起こったことはしょうがない。前を向いて頑張ろうとかいって、教訓になることもないのです。
そんな社会ですから、いつも無責任で非論理的で無茶をする人間がのさばってしまいます。
だから、原発事故を起こしているのに世界一安全基準の厳しい原発審査といったり、難民を全く受け入れないのにおもてなしの国といったりということに、何の矛盾も感じないわけです。
日本だけかと思っていると、アメリカの茶会、イスラムの過激派など世界中にわけのわからない人間がいっぱいいます。これから世界は、非理性・非論理の時代に入り、やがて猿の惑星のようになるのかもしれません。