事業仕分けの限界 | 大器は早成し、小器は晩成する

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50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

予算の配分を受けた団体が事業の実績・効果を問われるわけですが、一般的には彼らはそのことばかりを考えていて(仕事としている)、うまく説明ができるはずです。多少のお土産を出してうまく納めることになります。


ところが、長い間、政治家や国民の監視が届かなかったので、多くの団体は大胆に隠すこともなく金を無駄に使っていたようで、それが第1弾で糾明されました。


しかし、第2弾では不用意な予算支出はないでしょうから、これを削るのは難しくなっています。


民主党はそもそも「コンクリートから人へ」に象徴される予算の再配分を唱えていたのであり、事業仕分けはその一つの手法でしかありません。


再配分を実現するには、個々の事業が有効であるかどうか、熱心にやっているかどうかに関係なく、予算の配分を決定する大胆さが必要です。

「XX独立行政法人」が良い仕事をしていても、やめるものはやめるのです。


織田信長が比叡山を焼き討ちにしたとき、某僧侶は有能・善良である、某建物は貴重であるとか言っていたら実行できなかったに違いありません。その場合には、僧侶の政治関与を断つことはできませんでした。


今予算が付いている事業には、多くの人が関わっています。恩恵を受けている人がいます。生活の糧を得ている人がいます。それを断ってしまうのですから、政治家は次の選挙で当選するなどとは考えてはいけません。


民主党が、単に自民党の居た場所に代わりに座っているということでは、変革はとても望めないでしょう。