歴史のことば劇場99
インフレや不況時に不可欠な「歴史的な見方」
昭和48年秋、日本経済は既に年率2割の物価上昇にあり、そこに石油危機が襲い、化学製品、鋼材、セメントなどが不足し、トイレットペーパーや洗剤が店頭から消える騒動が起きます。
また前年の日本列島改造ブームで、土地投機から地価暴騰が生じ、卸売物価や消費者物価が急騰し、所得格差も広がった。
「企業家が投機利得者profiteersとなるとき、資本主義は存続できない」(ケインズ)
香西泰によれば、田中角栄内閣は発足後、
金利引下げ、新幹線計画、2兆円減税、福祉拡充、国債増発の大型予算も打ち出した。
これは歴史的前進である一方で、ニクソンショック、円切上げでも、石油危機により年率4割超の「狂乱物価」の通貨インフレを招き、結果、財政緊縮、金融引締めに転じ、49年度は戦後初のマイナス成長に陥ります。
石油危機から安定成長への流れとは、意外にも「古典的な資本主義のルール」に導かれ、
官庁主導というよりも、企業や家計、地域が草の根レベルで敏活に反応したことが決定的に重要でした。
公共部門拡大への依存はむしろ危機を招き、その見通しは容易ではなく、
「この選択は経済的な問題であるだけでなく、広く社会観・個人観など倫理(エトス)にかかわる問題」でした。
かつてシュンペーターは
「繁栄を人々の幸せとして、不況を生活水準の低下と結びつける見方が一般的」であるが、
しかし「その相関そのものは存在しないか、それどころか相関関係は逆かもしれないと信ずべき根拠がある」(s・ナサ―)と述べました。
経済危機や不況は歴史上たびたび起きるが、生産力や生活水準は何倍も高くなった。それは「成長は断続的に起こる」が、技術革新が「時間軸上に均等に配置されず…不連続に…時には一時に大量に起こるからである」
国家が進歩を求めるなら、不況は受け入れなければならない。「不快に感じられる出来事は、全て一時的で…技術革新が生み出す不安定さは、自らを修復させる傾向があり」、資本主義は「安定した経済の仕組みであり…その安定さは増していく」
トクヴィルによれば、
民主主義社会では人々は自由への欲求を圧倒して平等への情熱が高まり、合法性や人間の独立などより、物質的な幸福への欲望に熱中する。
人は誰しも自分と他人を比較するが、物質的繁栄は平等には手に入らない。
もし自由な制度が悪く機能し、財産がおびやかさせる事態になっても、人々は自由を犠牲にしても幸福を確保しようとする(R・アロン)と。
要するに、一時的で、場当り的な経済構想が目立つのは、民主主義社会が「落着きのない、騒々しい社会」であり、自由な精神より平等で物質的な条件を愛する傾向が強いからである。
けれども、この「宿命的な欠陥」を補い、自由と繁栄を守るには、
現今の人口減少ながらも多様性が求められ、過剰な公的債務がありながら巨大な金融資産を有する状況では、
いわゆる高い所得中心よりも、むしろ通貨や価格の安定のもとで新たな革新や成長を見出す時代となるのではないでしょうか。


