戦国乱世の優しい奇跡〜北条早雲の二十一の教え〜 | 天地温古堂商店

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北条早雲は、戦国大名のハシリだと言われている。
下克上が戦国大名なら、彼は油売りでも素浪人でもない。
近年の研究では、室町幕府の要職者の子弟であり、自らも将軍近侍の文官だったことがわかっている。
また、比較的早く歴史に登場した斎藤道三よりも38歳、毛利元就よりも41歳年上である。
 
 
北条早雲が戦国大名である理由が濃厚にわかることが、ひとつある。
伊豆、相模という縁もゆかりもない土地にやってきて軍団をこしらえ領民の支配者になったからであるが、彼はもうひとつこしらえたものがある。
 
戦国大名は、自分の領国を統治するためにいろいろな基本法を制定していることが少なくない。
 
分国法という。
 
分国法をもって国内法とするあたり、領国支配が前代より強く深い。法の対象は自分の部下または領民で、部下だけの場合もあったし、両方の場合もあった。
分国法のベースとなるのは、鎌倉時代の武家法である御成敗式目だ。
 
条文の内容は、訴訟のこと、税の徴収のこと、喧嘩禁止、軍役、寺社の保護など、様々だ。
 
北条早雲も、それをこしらえた。
早雲寺殿二十一箇条といわれる早雲が伝えたとされる家訓は、全部で21箇条。いずれも簡潔でわかりやすく、日常生活における注意点や心得が事細かく具体的に記されている。
 
これを見ると、戦国を生き抜くための狡猾さや残忍さ、腕っぷしの強さは少しも感じられない。文章のなかの早雲は、微笑ましいくらい優しげで面倒見がよいのだ。
 
早雲寺殿二十一箇条は、早雲の作とする確証はないというが、早雲が日ごろ家臣に語ったものがまとめられたものと言われている
 
「梟雄」などと言われる北条早雲であるが、この条文を読むかぎり、戦国大河ドラマのどの武将の顔も思い浮かばない。
あたかも慈悲深い教会の神父か、物静かで親切で世話焼きなご隠居の話を聞いているようだ。
 
以下、現代語訳。
 
第一条
仏神を信じなさい 
第一に、仏や神を敬い信仰しなさい
 
第二条
朝は早起きしなさい
遅く起きると、家来も気が緩んで用事が果たせなくなり、主君の信頼を失う。
 
第三条
夜は早く寝なさい
夜は8時頃までに就寝し、早起きして6時までには出勤して時間を有効に使いなさい。無駄な夜更かしで薪を無駄にし、寝しなに夜盗の被害にあえば世間の評判を落とす。寝坊すれば公務も私用も果たせず、1日が無駄になる。
 
第四条
何事も慎み深くしなさい
無駄遣いや、無遠慮な態度は見苦しい。
朝は洗面の前に、邸内の厠、厩や庭、門外まで見回り、掃除すべきところを適切な者に指示し、それから素早く顔を洗いなさい。水はいくらでもあるからといって、ただうがいをして捨てたりしないこと。家の中だからといって大きな声を出したりするのは、無遠慮で聞くに耐えない。ひそかに行いなさい。高い天にも身をかがめ、固い大地にもそっと忍び足で歩くとういう教えがある。
 
第五条
常に素直で正直な心を持ちなさい
礼拝をすることは、身をただすことだ。心を正しく柔和に持ち、正直を信条にして上の者を敬い、下の者を思いやり、あるものを受入れ、ないものを求めず、ありのままの誠実な心掛けは仏神の思いにかない、礼拝をしなくても加護がある。礼拝をしても心が歪んでいれば天道からみはなされる。
 
第六条
分をわきまえて質素でありなさい
刀や服装は他人のように立派でありたいと思う必要はなく、見苦しくなければ十分と心得なさい。無い物を借り続けると、他人から馬鹿にされる。
 
第七条
身だしなみに注意しなさい
出勤の時はもちろん、外出の予定がない場合でも身だしなみを整えておきなさい。
見苦しい姿で人に会うのは不作法で、自分が油断すれば家来も倣い、来客にあわてるのはみっともない。
 
第八条
出仕したときの心得
出勤した時は、いきなり主君の前に顔を出さないほうがよい。まず次の間にひかえ、同僚の様子をみて状況をつかんでから御前に参上しなさい。そうしないと、不慮の事態に動揺してしまう場合がある。
 
第九条
拝命や復命の心得
主君から命令があれば、まず返事をしてから側に寄り、謹んで拝命しなさい。用事を果たしたら、ありのままを報告し、自分の才知をひけらかさないこと。事案によっては報告の仕方を思慮ある人と相談してから復命しなさい。独断はよろしくない。
 
第十条
主君の前で談笑などをしないこと
主君の前で談笑などをしないこと主君へお目通りの場で雑談などをする人のそばに近寄らないこと。まして、自分もそれに加わって談笑したりすると、上役はもちろん、同僚でも思慮分別のある人には見限られる。
 
第十一条
何事も人に任すこと
多くの人と交わって、かつ問題を避けろという。何事もしかるべき人に任すべきだ。
 
第十二条
読書をすること
少しでも暇があれば、本を読み、文字が書かれたものを携帯して、人目を遠慮しながら見るとよい。寝ても覚めてもやり慣れているようにしないと文字を忘れてしまう。書くことも同じ。
 
第十三条
重役が伺候した時の礼儀のこと
重臣方が主君の側にひかえている場面では、姿勢を低くして通りなさい。
無遠慮な態度で足音をたてて通るのは無礼なことだ。誰に対しても丁寧で礼儀正しくすること。
 
第十四条
嘘をつかないこと
上下万人に対して、ほんの少しでも嘘をついてはならない。どんな時でもありのまま正直でいるべきだ。嘘を言い続けると習慣になって一々つつかれ、いずれは人に見限られる。人から糺されるのは一生の恥と心得なさい。
 
第十五条
歌道を学びなさい
歌道の心得のない人は、品がない。良く学び、常に言葉遣いに注意しなさい。迂闊な一言で胸中が悟られてしまうものだ。
 
第十六条
勤務の合間に乗馬の稽古をしなさい
基礎を達人に習い、応用の手綱さばきなどは稽古を積みなさい。
 
第十七条
友人を選びなさい
良い友を求めるなら、学問の友人である。悪友として除くべきは、碁・将棋・笛・尺八の遊び友達だ。趣味は知らずとも恥ではなく、習っても害にはならず、無駄に日々を送るよりましな程度である。人の善悪は全て友人次第だ。三人よれば必ず師となる者があるから、その善人を選んで見習い、良くない者は吟味すべきだ。
 
第十八条
外壁や垣根を修理すること
帰宅したら家の囲いや垣根など周囲を点検し、必要な修繕を指示しなさい。下働きの未熟な者は、その場しのぎで用事を取り繕い、後のことに無責任だ。全てがそのようなものだとわきまえて注意を払いなさい。
 
第十九条
門のこと
夕方は、6時頃に門を閉じ、人の出入りのときだけ開けさせなさい。ぐずぐずしていると、必ず災難が降りかかる。
 
第二十条
火の用心のこと
夕方には台所などの火元を自身で見回り、家の者にしっかりと指示しなさい。よそからのもらい火への用心も習慣となるよう、毎晩指示すること。女性は身分の上下にかかわらずそうした気持ちがなく、家財や衣装を取り散らかして油断しがちである。多くの者を召し使っているとしても、全てを人にさせようと思わず、まず自分が行って状況を把握し、その上で後には人に任せてもよいものだと心得るのがよい。
 
第二十一条
文武を兼備しなさい
文武弓馬は常道である。記すに及ばないが、文を左、武を右にするのは古来からのきまりであり、兼ね備えなくてはならないものだ。
 
※小田原市ホームページより
 
こんな「梟雄」がほかにいただろうか。
 
 
また、新たな領地の長老や豪族を集めて、早雲はこう申し渡したともいう。
 
国主と民とは親子の関係にある。
これは昔から定まった道であるが、世の末となって、国主が貪欲となり、いろいろな税目を考え出し、百姓から徴収する習わしとなった。そのため、国主はぜいたく三昧の暮らしをしているが、百姓は餓死せんばかりとなっている。これが今日の国々の実状だ。まことにあわれである。
 
わしは一介の旅人の身でありながら、その方共の主となり、その方共はわしの民となった。浅からぬ前世の縁あればこそのことであろう。
わしの望みは他にはない。その方共が豊かに暮らすようになることを、ひたすら念じている。されば、わしの領内では、税は田租だけにして、他は一切取り立てるまい。しかも、田租は従来より五分の一を減らすことにする。
さらにまた、もと諸役人や知行主らが法にそむいてきびしい取り立てをしたり、そなたらを虐げたりすることがあったら、遠慮なく、直接来て、わしに訴えよ。わしは必ず諸役人や知行主らの罪をただすであろう。
 
※海音寺潮五郎「覇者の条件」より
 
昨今の為政者でも、これだけのことはなかなか言えまい。
 
北条早雲は、本来、伊勢新九郎、または伊勢盛時、伊勢宗瑞という。生前、北条早雲と名乗ったことがない。北条を名乗るのは彼の子の代からである。
早雲は、本心では、自身、誰でもよかったのではないか。
 
彼はむろん戦さもするし、謀略も用いる。
ひょっとしたら人一倍策謀家で打算家かもしれない。人の欲というものの機微に知悉してもいよう。
しかし、常にそれより少しばかり多量な誠実さや慈悲、利他の心を持っているのではなかろうか。
 
国主と民とは親と子。
こうした親のはぐくみのなかで過ごせる領民なら、たとえ戦国であっても一度は早雲の国へタイムスリップしてみてもいいかもしれない。