今週末、大学時代のサークルの後輩が1週間ベルリンへ遊びにくるそうだ。

そういえば彼は学生当時から魚が死んだ目をしていると様々な世代からイジられていたことをふと思い出す。




さて目が死んでいるといえば、この国の人形がそうである。


この国ドイツにおいて、ある意味最も怖いスポットはナチス犠牲者の墓よりも防空壕跡よりも、あまり知られていないがデパートの玩具売場である。と私は確信している。


今日は11月ごろからクリスマスプレゼントを求める客でにぎわうベルリンは某デパートの玩具フロアをご紹介しよう。


まず幼児コーナーで普通の日本人ならまずヒザが震える。

日本でもよくある「おままごとセット・まばたきする赤ちゃん人形&小物付き♡ 」、小物や人形が着ているものは日本とそう変わりはしない。 

問題はその表情というか顔つきである。目つきが尋常ではない。 この世に生を受けてからわずか1年ほどしか経っていないにもかわらず、完全に生気を失っている。


会社はクビになり、嫁にも捨てられ、夢も希望も尽き果てた50代半ばの全く光の宿らない目である。頭に巻かれたベビーバンドが昨夜の深酒で悪ノリしすぎたネクタイにも見える。

半笑いでじゃっかん前方に突き出した右手が失ったものの大きさを表していて、余計に見る者をせつなくさせる。


画像をお見せできないのが非常に残念であるが、この姿を見て現に多くのドイツ人たちは、ぜひこの人形を娘に孫にと列をなして購入しているのである。


何度か里帰りの土産に友人の愛娘に買って帰ろうかと迷ったが、子供が確実に泣く上に処分にも困るこの人形、ネタというよりも友情にヒビが入りかねないと断念した。


このベビー人形シリーズ、適当な写真を掲載できないのが残念であるが、極道映画やVシネマによく登場する俳優の六平直政氏にそっくりの赤ちゃん人形も多数発売している。


なかでも一番衝撃的であったのは、よだれをたらした六平直政人形であった。大人の事情により写真をお見せできないのが何より悔やまれる。




次に、小学生対象コーナーへ足を運ぶと世界のBarbieがどーんと幅をきかせている。


こちらでもバービー人形は大人気で、さぞ可愛いのだろうと期待も膨らむ。・・・が、どのバービー嬢もみな一様につり目で化粧が濃く、つけまつげまでしている。

そしてこの銀髪はあきらかに親に逆らってブリーチで落としたものである。

ちなみに小学生バービーも基本は同じ顔である。ここまでひとの、もとい人形の顔を性悪に変えられるものなのか。


ひとや人形を見た目で判断するのは気持ちのいい事ではないが、あえて判断するなら同じ小学校にいても彼女とは友達にはなれないであろうし、彼氏を紹介するとおそらく寝取られるであろう。


彼女がただ街を歩いているだけでもなかなかパンチが効いている。

彼女のはくジーンズはリーバイス社とのコラボ商品のようだが、これははたして企業イメージにプラスに働いているのか、大いに疑問である。


しかしもっと疑問なのは、先に書いたようにこの性悪バービー、たいした売れ行きだそうである。  




最後は俗にいう、「趣味の人形」。

これは年齢層としてはぐっと上がって60代以上の女性達が主に自分で収集したり、孫に贈る為の高級なコーナーにある。

品によっては本物の毛髪(!!)や、手作りの衣装などを身にまとい、手触りも質感も全体的にしっとりしている。

それもそのはず、お値段なんと1万円前後である。ちなみにこの国の一般階級の人たちは一回のプレゼントに5千円はまず使わない。

結婚指輪も、聞いた話では2万円もすれば胸をはって自慢できる。


彼女らの見つめる前方上空は虚無で、ともすれば精神医学的にかなりの末期症状であることがうかがえる。

いずれにせよ見ている者をそこはかとなく悲しくさせる一品である。


高級人形には黒人バージョンや中国人バージョン(NIPPONと書いてあるが服装からおそらく中国人)もそろっている。

みな前述のように目がうつろで卑屈にほほえんでいるか、あるいは極端なつり目である。    




ではいったいなぜこの国の人形はそうなのか。


まず第一に、彼らが求める美の理想像が、単に日本人と真逆なのである。

日本人が概して大きく丸い瞳にスッと鼻筋の通った、顔の小さい女性を美人と言うとすれば、この国の(おそらく欧州全体とも言える)今風のキレイな顔とは目は細く(ドイツ語でも「切れ長の目」という)そしてやや目尻が上がり気味で鼻はできるだけ小さく上向きが理想なのである。


この時、顔は肉付きがよく平面であればあるほど良い。いわば平安時代風の美人がモテ顔である。

現に平安美女の画集のコレクターも多くいるし、そのままで十分キレイな女性が、わざわざアイラインを太めに尻上がりに引いて魔女のようになっている例も少なくない。


著者自身も彼らに何度も「平面的な顔がうらやましい」と言われ続け、自我の崩壊寸前にまで陥った事がある。



もうひとつ考えられるのは、模造段階でのミスである。

とはいえ西洋の乳幼児はほとんどの確率で日本人受けする可愛い顔立ちをしている。


ビー玉のような丸くて大きな青緑の目におでこが盛り上がって鼻より高い。

描写するとイマイチだが、日本なら即紙おむつのCMデビューが可能であろう。


昔、ドラえもんをそのままの寸法で実物化すると、なんとも可愛さに欠ける為、寸法データを一部改略してあるという話を聞いたことがある。

もしかしたらそれと同様なのかもしれない。実物の赤ちゃんをあまりに忠実に再現すると、彼らは意外とグロテスクになってしまうのか。


そして生来まっすぐなドイツ人たちは、これが完璧な再現であるからこれが可愛いに違いないと信じて疑わないのだろう。


まぁ原因がなんにせよ、自分が母親や祖母ならまずこれを買い与えようとは思わない。



*これらの人形、ご希望の方には住所を添えてご一報いただければいつでも郵送いたします。

 (まことに残念ではありますが、昨夜半をもって応募は締め切らさせていただきました)


                                                            かしこ

こんにちは。ひさびさのブログ更新です♪


さて、今日は数あるドイツの甘味のなかでもケーキのお話。

ドイツ菓子、とりわけケーキの部類で日本人がまず思いつくのはバウム・クーヘンだろう。これは直訳すると「木(木目)のケーキ」。


日本ではユー○イム社のがんばりのおかげで他にも「フランクフルター・クランツ(フランクフルトの王冠)」なども昨今知名度を伸ばしてきているようだが、個人的には後者はユー○イムで売られている日本製の方が美味いと思う。


これらの他にもドイツで1年中食べられる、わりと有名なケーキがある。「モーン・クーヘン」、訳して「けしの実のケーキ」である。


食感や味わいとしては高級あんぱんに似ている。あんこがたっぷり入って外皮の生地が極薄タイプの高級あんぱんよろしく、このケーキには薄いタルト生地にけしの実で作ったあんがたっぷり挟まっている。

黒けしの実が一切れあたりどーんと100g入っているので切り口は驚くほどドス黒い。けしの実の宝石箱である。あまりクセのない味で、コーヒーにも紅茶にも合う。旬の果物やドライフルーツのケーキにも飽きた頃に登場する、定番ケーキと言ってもいいかも知れない。


この度、そんな庶民の味モーン・クーヘンが御用となった。ホームパーティで出された手作りのけしの実ケーキを4切れ食し、帰途についた男性の体から麻薬反応が出たらしい。


帰る途中でたまたま検問に引っかかり、飲酒を控えめに抑えたドライバーは(ちなみにこの国のドライバーの許容飲酒量は、ドイツ人平均生中8杯までである)胸をはって検査を受けた。ところが飲酒反応は出ないものの微量の麻薬反応が出たというので彼は即、身柄を拘束された。


必死の否認もむなしく免許証を没収され、有無を言わさず署に連行され尋問を受けた気の毒な彼は、結局数日間の精密検査の末、原因は例のけしの実ケーキであったことが証明された。それ以降、けしの実ケーキはできるだけ一度に3切れまでに抑えましょう、というおふれが非公式ではあるが発表された。



日本でけしの実なんて、それこそあんぱんの表面に20粒ほど乗っているのを見かける程度である。20粒を集中的に食しても味がほとんど感じられないけしの実であるが、実は100g食べても正直、そんなに特徴的な味はない。と思う。あずきの味がしないあんこ味である。



話のタネに4切れ食いに挑戦したが、一切れが厚さ10cm・長さ15cmの紡錘形であるうえに、もともとそんなに甘党でもない私には1.5個が限界であった。



読者の中で、我こそは甘党でかつ素敵な夢心地を味わってみたいという方はぜひ、当方へお越しください。明朗で安全なルートにて手配させていただきます。

(残念ながら昨夜夜半すぎに締め切らせていただきました)                        かしこ

彼らはイカを「タコ」、タコを「イカ」だと言う。  


こう自信ありげに言われると、単に私の単語レベルの記憶ちがいかとも思うが、時折、イカをイカだとも言う。                                 



なぜか…。   例によって私の苦悩は尽きない。


内陸の国ドイツで貴重な海産物を入手する際に、ここを誤るとまず立ち直れない。いや、誤っているのは基本的に彼らの方である。 

帰宅して誤りに気づき愕然としながらも予定の献立料理の製作を強行すると、結果としてタコ墨スパゲティやイカ焼き(注:球形)、タコ素麺等、非常にユニークな代物ができあがる。 


日本の食文化とは偉大なもので、現代まで受け継がれていない料理というものは、まず美味くない。一見似ている食材を用いただけで、こうまで不味くなるものかと思うほどのできばえである。

また、レストランでメニューにある「イカのマリネ」をこれは珍しいと思って注文し、普通にタコのマリネが出てきた位では、日夜人生のなんたるかをちまたで学び続ける私にとってはもはやたいした問題ではない。箸が転んだようなものである。
 



さてさて、ではなぜ彼らはイカとタコを間違うのか。しかも魚屋店員まで。
10本と8本、白色とえんじ色を見分けられないわけではなかろうに。まぁ揚げ衣に包まれていたり、ぶつ切りにしてトマトソースで煮込まれているとそれらも判断しにくいだろうが、それでも私たち日本人には大抵、瞬時に判別できる。一度、遊戯施設の片隅の売店で売っていたイカリングをめぐって、ある友人と軽く口論になった事がある。

今でもはっきり憶えているが、あれはイカリングであった。日本人1億3千万人全てがイカリングだと主張するにちがいない。

それを売り子は「タコリング」だと言って売っていた。


隣の友人に「いや、これイカやんなぁ。」とささやいたところ、

「タコやで。ほら、『タコリング』って書いてる。この”OKTOPUS”ってタコっていう意味。知ってる?英語でもそう言うのよ!」的な返答をしてきた。

―いやいや イカにも「OKTOPUS」は「タコ」である。

でもこのタコはタコではなくイカである。

イカもイカとしてのアイデンティティーを確立していて、タコの場合も以下同様であるから、その辺を混同されると両者とも不本意なはずである。


そして最終的には「おのれの言語ではイカは『ティンテン(墨orインク)・フィッシュ』と言うんとちがうんかいっ!!」 と、相手のあまりにタコへの過信がすぎる態度に少々キレ気味に反論してしまったのは当時私が若かったせいであろう。べつにイカの気持ちを汲んだわけではない。


しからば彼女はすかさず、「タコもイカも墨を吐くでしょーよっ だからどっちもTINTENFISCHって言うの」だと実もフタもないセリフ。 

ではほんの1分前に彼女が述べたオクトパスという単語の存在価値と、目前の「オクトパス・リング」の看板の是非はどう処理されるのか。



しばし考えている間に彼女は「どっちにしろ魚介類は嫌いだから私は買わないわ。」と先に行ってしまった。 

その瞬間、はたと気づいた。彼らには元々興味がないのである。SUSHIブームもイギリス経由でここ数年の間に定着してきたところであり、まだまだ食材としての魚介類は家庭レベルでは受け入れられていない。彼らにとって魚は観るものであって、食べるものではない。


20年ほど前に某番組『世界ま○ごとHow much』で聞いた

「お好み焼きのカツオブシはナゼおどってるンデスカ?」「ちりめんじゃこの目がコワイネ~」というセリフは実際に何度も耳にした。 


今にして思えば、そんな彼らにむかってイカにイカとタコが違う生き物であるかを一心不乱に説明したところで興味がわくはずもなく、まったくもって時間と労力の無駄であった。



このイカタコ論、いつぞや日記に記した様に議論を日課とするドイツ人が後にも先にも唯一、自ら議論を放棄したテーマである。



ところで「タコなぐり」という言葉は何に由来するのだろう。