2022年11月6日(日) ![]()
事前申し込み不要でしたので、聴講することにしました。![]()
13時過ぎにはもう行列ができていて、ちょっとびっくり。![]()
講演会「河鍋暁翠展に寄せて―父と娘の絆―」
日時 11月6日(日) 午後2時~(開場:午後1時30分)
講師 狩野博幸氏(美術史家、京都国立博物館名誉館員)
定員 60名(先着)
参加費 無料
申込み 不要(当日直接会場)
会場 一宮市三岸節子記念美術館 1階 講義室
下の写真は、ネットからお借りしました。講演中は撮禁止でしたので。
【講演メモ】河鍋暁翠展に寄せて―父と娘の絆―
・司会 大村 学芸員
・講師 狩野博幸(かの ひろゆき)氏
日本近世美術史家、前京都国立博物館名誉館員。名前は狩野(かの)で、狩野(かのう)派とは無関係。
・河鍋暁翠の孫の河鍋 楠美氏(眼科医で、特許をもっており財力あり)にたのまれ暁斎展を開催。
河鍋 楠美氏は、河鍋家に伝わる画稿・下絵類を中心に暁斎とその一門の作品を収蔵・展示する河鍋暁斎記念美術館を開館。
・「狂の意識」中国の芸術家思想。18世紀半ばから日本に入ってきた。
葛飾北斎、画狂人、画狂老人
初め狂斎と号したが、明治三年明治3年に新政府ににらまれ上野の書画会で逮捕され、名前を暁斎と改める。狩野派の絵師の誇り、徳川側、新政府への不満があったかも。
・『暁斎-Kyosai展』京都国立博物館(2008年4月8日〜5月11日開催)江戸の人、暁斎の展覧会がなぜ京都国立博物館で行われたのか。
特別展示館(旧帝国京都博物館本館)を設計した片山東熊は、辰野金吾とともに建築家ジョサイア・コンドルの弟子。そのコンドルは、実は狂斎の絵の弟子で、暁英という名をもらっている。暁斎の没後120年記念展は、奇しくも孫弟子の建てた明治建築で行われたことになる。
コンドル:イギリスの建築家。工部大学校(現・東京大学工学部)の建築学教授として来日。河鍋暁斎に師事して日本画を学び、与えられた号は暁英。鹿鳴館やニコライ堂を手掛けた。
片山東熊:明治大正期の建築家。宮内省で赤坂離宮など宮廷建築に多く関わる。
辰野金吾:辰野金吾は東京駅や日本銀行本店を設計したことで知られる建築家。
・河鍋暁斎は、根無し草。当時のお雇い外国人と同じ。(デラシネのところにデラシネがあつまった)
”デラシネ”の哀しみを生き抜いた画家。
”デラシネ”とは「故郷喪失者」(フランス語=déraciné)とのこと。
・牢屋に入った罪人、できれば触れたくないと多くの日本人は思った。→名前を忘れられる原因。(カラヴァッジョは殺人の罪で投獄されているが絵画の巨匠。)
外国人が帰国時に暁斎の作品を持ち帰る。それで欧州では有名な画家、日本では忘れられた画家。そのよな名前を受け継いだ「暁翠」。大変な決意。本来は狩野派の絵師。
15時40分ごろまで講演が延長。時間が足りなく、暁翠の話が短かったのが残念です。
『星落ちて、なお』(澤田瞳子著)を読まねば…。







