やすいこうじどっとこむ in アメブロ -3ページ目

「閃きと熟考」について

仕事のことを常に気にかけています。

雛形があれば無駄を省いた作業ができるのに。と考えていたので、面倒なコードをその都度登録して、コピペで使えるようなプログラムを作ってみたりしました。
また、景色などは意識的に観察します。
色合いやデザインの種がそこに埋まっているからです。
人の関係、行動なども観察しています。
反面教師になってもらったり、付き合い方などの勉強になるからです。

日常の中に転がっている様々なものをアクティブに受け止めることから、突然閃きが生まれます。
いつも何かを意識していなければ、アイデアと出会うことはありません。
チャンスもしかりですが、自分の上を通り過ぎるときに、しっかりと掴まなければものにはならないのです。

閃いただけではもちろん意味がない。
次に為すべきことは展開です。
可能性を考え、そこ利益不利益を洗い出します。
さらに議論し、多角的に見ていきます。
この時点で閃きは一定の形を成すことができ、最初の価値が見出だせるようになります。
後は付加価値を加え、商品に仕上げる。

私はこんな風に考えています。

「ベッドと実感」について

昨日、義理の兄からいただいたベビーベッドを組み立ててみた。

なんて小さいベッドなんや!と完成品を見て感動。

ようやく実感が湧いてきた。
遅いかもしれないが、俺がパパになるんやと感じることができたのである。

今日は昼間に妻が干した赤ちゃんの衣類を眺めていたが、これもまた小さい!

生まれたらテンションあがりそうです。

しばらくは親バカぶりにお付き合い願いたい。

「夕立とゲリラ」について

ゲリラ豪雨という言葉を聞くと、雨に嫌悪感を抱く。
日本人は雨と共に生きるために、古くから洒落た名前で雨に様々な呼称を付けてきたのではないのか。

五月雨、梅雨、夕立、氷雨、時雨、お湿りさんなどなど、雨の表現だけでも多数ある。
これらは雨と共に生きてきた日本人だからこそ生まれたのだと思う。

夏の夕立にも似た局所豪雨をゲリラ豪雨と皮肉るような名称を付けた時代。
日本人の心から風流さが確実に欠如していっている。
自然と共に暮らしていた昔から、今は乖離してしまったのだろう。

いつかこの名称が変わる日が来ることを願う。