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心理カウンセラー 奥園 清香 の日記

心理カウンセラー 
奥園 清香 の日記です。


心理カウンセラーとして、
日々感じること、出会った人、
感動したことなど、綴っています。

私は、今年のGW中、お休みを取ろう・・・と思っていましたが、

結局、休日を作ることはできないまま

例年のことながら、大型連休の時間は流れていました。


GW中しか、お会いできないクライエントさんからの

ご予約は、断ることが出来ず、カウンセリングが

終わると、お会いしてよかったと、思う自分がいると

やはり、休むことが出来ない、譲ることが出来ない性分です。

今年は、東京まで、カウンセリングへ向かう日もありました。


でも、GWが始まる前に普段出来ないことを

いろいろと、やろうと思っていたことを出来ないままでは

自分の心が納得しないと思ったので

一つ、気になっていた場所へ出かける時間は、取りました。


気になっていた場所は・・・

自分がとっても大事に思っている女性が

新しいお店をオープンしたので

そのお店に顔を出すということです。


彼女は、今年で還暦を迎え

還暦で新しい飲食店(鉄板焼屋さん)をオープンしたのです。


彼女は、私のよき理解者で

いつも、応援してくださっていて

彼女の雰囲気に包まれると心と体が優しい気持ちに

なることを、いつも感じています。


私は、職種や生き方は違いますが、

彼女は天然のカウンセラーだと思い

いつも、憧れの女性・尊敬の人物だと思っています。


10年位前に初めて彼女に出会ったとき

なんて美しい手をしている女性だろうと思った記憶が

鮮明に残っています。


以前の彼女は、いつも赤いマニキュアをして

そのマニキュアの色はいつも変わらず

真紅の、シャネルのマニキュアでした。

そのマニキュアがとても美しく手に似合っていて

彼女の雰囲気にもぴったり。


その手には、いつも大きな宝石が彼女の美しい手を

さらに、高貴な手に仕立て上げていました。


彼女は高級車に乗り、お商売をしていましたが

外から見ると、お嬢様がそのまま歳を重ねて

キレイに幸せに歳を重ねているように見えました。


しかし、彼女には見えない場所でいろいろなことがあり

持っていたものや環境を変化させなくてはならない

状況が3年位前から起こり始めました。


彼女の変化は、その美しい手にも現れていました。


再会した彼女の手には

赤いマニキュアも大きな指輪もひとつもなく

その手で、お料理をしたり洗い物をされていました。


それが、決して不幸になったとかそういうことではなく

以前よりも美しさを増していて

イキイキとお仕事をされているのです。


今の彼女を見ると、彼女の昔からの友人は

嘆くそうです・・・。

「どうして、こんな年齢になって、こんなことをしてるの?」

「身体は大丈夫なの?」


新しいお店のお客様から「お母さん、お母さん」

と、呼ばれて「は~い」なんて返事をしている彼女は

昔からは、確かに、想像できない。


でも、彼女は・・・


今とても幸せ。


前は、もっと違った種類のストレスがたくさん合ったけれど

経営していたお店もすべて手放し、物もたくさん持たず

シンプルに生きるようになって、すごく幸せ。

家族が一番大切で、こうやって家族が健康で

お友達も、ここに来てくれて、本当に幸せ。


人生は、すべて受け容れることなんだと


話してくれました。


昔から彼女を知っている人は

彼女の事を不幸だと思うかもしれない。

でも、それは、見ている方の価値観という枠であって、

見えているものと、その奥にある心の中の声は、

違うこともあると思うのです。


彼女は、この数年で、たくさんのものを手放したおかげで

たくさんの新しいものを手に入れたと

本当に、思いました。


今まで、お料理は作ってくださるところで食べていた彼女が

自分の手で、仕入れをし、自分で出汁からソースからドレッシングまで

手作りで愛情を込めて作ってる姿を見て感動し

そして、その味の素晴らしかったこと。


お店のオープンまできっと、目に見えないところで

「料理を創る」ことにも努力をしたと思うのですが

「料理を作る」という行動ではなく

「料理を創る」過程にいたる乗り越えたものを

頂いたお料理から感じました。


憧れの女性が、あんな風にキラキラして

仕事をしている姿を見させていただいたこと

大変幸せな時間でした。


幸せは、その人の心が決める。


いつも、そう思います。


お店を出るときに、「いつまでもお友達でいようね!」って

笑顔で、見えなくなるまで手を振って

見送ってくれる彼女に、やはり彼女は「美しい」と改めて、思いました。



前回のブログでカウンセリングに訪れる

海外の方について書いたのですが

今回は、少し、具体的に私自身が

思っていることを書こうと思います。


カウンセリングルームを訪れる

海外の方で、よくお越しになる方の境遇として

「日本人と結婚をされた海外の方」が

多くお見えになります。


彼ら(彼女)の中には、

自分の生まれ育った国から離れ

新しい環境で、パートナーだけを頼って

日本に来て、日本の文化風習になじめないことが

二人の問題の大きな原因であると

思われて、カウンセリングに来られることがあります。


私自身は、この問題(文化の違いや国の違い)は、

価値観や考え方にも違いが出てくるので

もちろん大きいと思うのですが


常に、その問題に囚われていると

本質的な問題から目を背けてしまうことが

少なくないと思っています。


「自分が日本語がわからないから

パートナーをサポートできない」


「自分が日本の文化がわからないことが

どれだけ、自分のストレスになっているか

パートナーにはわからない」


「言葉の深い部分はわからないから

伝えたいことが最終的には伝わらない」


出来ない理由や、無理なこと

変えられないものに固執していると

問題の原因ばかりに目がいってしまい

犯人探しをしてしまうように思います。


犯人を探しているうちは

自分の問題として、本当に考えていくことは

難しいように思うのです。


カウンセリングの中では

なるべく英語ではなく日本語で

私に自分の気持ちを伝えてもらうように

努力をしてもらいます。


日本語でも充分に意思疎通が出来る体験を

してもらうことで、実は大切なのは

伝える「言葉」ではなくて

伝えたいと思う気持ち

伝わったときの嬉しさ

感じる力なんだということを

体験してもらいます。


だから、カウンセリング中に同時に

嫌いだった日本語を使って

日本語で思いを伝えるトレーニングをして

もらっているような気がします。


そんな時間の中で

クライエントさんは、気づき始めます。


「国を捨てて、この人の為に自分は犠牲になっている」と

思っていたけれど、自分で選んでいたんだって。

「運命」ではなく、自分で「選択」したんだって。


人の為という言葉は、「偽」という漢字になります。

だから、私は普段、この「為」という漢字を使いません。


「人のために・・・」と思っているときは

きっと、「自分がこんなにしてあげているのに」という

裏メッセージが隠されているような

気がしてならないのです。


どんなことも、

「自分が好きでやっている」

「自分が選択している」

「自分事」・・・と、思うことが出来たら

きっと、覚悟できるのだと思います。



クライエントさんが、こういう気持ちになり

自分で、乗り越えようと

動き出す瞬間に立ち会える瞬間

カウンセリングという時間を

共有できることは、私にとって、感動です。


意識しないと感じられない幸せもある。

意識を変えれば幸せに変わる不幸もある。


幸せは、気づけばきっとすぐに手に入るものだと思います。

カウンセラーは、ただ、ただ、そのキッカケのために

ここにいるのだと思います。

私のカウンセリングルームを訪れる方は

日本人の方だけではなく、

今までもいろいろな国の方が訪れています。


アメリカやカナダ・オーストラリアの方は、

日本とカウンセリングに対しての意識が違うので

カウンセリングルームに入られてからの

カウンセラーとの信頼関係(ラポール)を作るまでの

時間が、日本の方に比べて非常に早いと思います。


それは、きっと、「カウンセリング」というものに対しての

「警戒心」がないからだと思います。


自分自身に何かがあったとき(問題が起こったとき)に

「友達に話す・気分転換をする・一人で考えてみる・・・」

いろいろな手段があると思うのですが

その一つとして、とても自然にカウンセリングを受ける

という手段があるのだと思います。


海外の方は、個人主義で、

「自分はこう思っている」

「自分の考えは・・・」「自分のパターンは・・・」

「周りがこう思っているから」とか

「普通」とか「常識」とか、

そういう概念で話しをされない感じが私は、します。


その考え方は「国の違い」

受けてきた「教育の違い」「世論の違い」なのだと

私は思っています。


それと同様に日本には日本人に合った

カウンセリングの方法があるのではないかと

いつも模索しています。


すべての方ではないですが

日本の方は、

「自分だけではなかった」

「みんなもそうだったんだ」

「こういう時期に、こういうことを悩むのは当たり前なんだ」


こう思うことで、安心し、心が楽になる方にたくさん出会いました。


これは、海外の方には

あまり効果がないと私は、思っています。


だから、日本の方にはグループカウンセリング的なことも

有効だと思うのです。


一人一人が持っている悩みに直接触れるだけではなく

同じような問題を持つ方々が、互いに支えあい

問題を課題に変えて、その課題を見つめていく。


時に、環境を変えることも重要だと思います。


私の元を訪れていたクライエントさんの中には

子ども、大人に関わらず、海外に出られて

その考え方の中に触れて

自分自身が自分であって良かったんだと

自己肯定できるようになり、

本当に、自分を見つけ

楽に生きられるようになった方がたくさんいます。


私自身も、そんなキッカケになるプログラムをいつも考えています。


◆今年の夏は、↓こんなプログラムを企画しています。

http://www.heisoku.com/work/2007_04/tree.htm


ハワイ島にて、ツリーハウスを建設するという体験を

親子で経験することで、いろいろな親子の親と子の関わりを

見たり、聴いたり・・・


人に「もの」を教えたり伝えたりするプロが

どのように、子どもに伝えていくのかを

体感することで、コミュニケーションのあり方を

学ぶことが出来たり・・・


「夏休みに自分の目の前で自分の手で

自然の中にツリーハウスが建設される」


その子どもにとって、自信につながり

自己肯定感につながっていけば良いと

心から願っています。

先日、出会った素敵な女性が、

歌を歌われるイベントに

参加させていただく機会をいただきました。


最初、私は、イベントの趣旨をあまり理解しないまま

参加したのですが、

私たちが心を豊かにするための要素が

たくさん盛り込まれたイベントでした。


丸テーブルで、お話をしながら

心に優しい食事を取っていると

自然と、優しい会話が生まれます。


一人一人に配られたカードに記載されている番号で

陶芸の作品を頂いたのですが

不思議なことに頂いたコップは

どれもその人の雰囲気に合っているものでした。



<私の心とご縁のあった作品>
陶芸


偶然にも(決められているかのように)

きちんと、物→人が、繋がっていく事がわかります。


そのような必然が起こるのは、

作者の作品に込められた対する

「思い」「エネルギーが高い」からだと思います。


美しい歌声に心が癒され

皆さんの表情が溶けていく感じがしました。


今日は、たくさんの作品を見せていただきました。


会場も作品でした。

美しい食事もアートだと思います。

陶芸も、音楽ももちろんアートです。


今、見えるもの、見えているものは

見えないものによって支えられている。


そんな感じがした時間でした。


アートは、人を優しくします。


私には、芸術的な才能はないけれど

自分の出来る範囲で、

人と人とをつなぐ、出会いの場を作ったり

時には、作品と人との出会いを創ったり、

自分の出来ることを考えて、

アートと心理を結ぶような

可能性をこれからも見つけていきたいと思いました。


私には、17年前に出会い、

お姉さんのように、師匠のように、

家族のように、友人のように・・・

私にたくさんの事を教えてくださる女性がいます。


彼女は、生まれたときから進行性のある

筋ジストロフィー・ウエルドニッヒフォフマンという障害持っていて、

どんどん、筋肉が萎縮し最終的には

心臓の筋肉を止める・・・と、


彼女に出会った頃、聴きました。



私は、日本にいるときは、いつも必ず一週間に

一度、彼女の元を訪れます。


彼女は、私にとって自分に帰る場所だからです。



先日、彼女と話したとき

彼女が、1年半前に、車イスに乗れなくなった日の事を

話してくれました。


彼女は、もともと、車イスに乗っていましたが

今は、乗ることが出来ません。


1年半前に、座位を取ることが難しくなり

車イスに乗ると体位を変えることから

呼吸まで苦しくなってしまうので

車イスをあきらめるという決断をしなくてはならなくなりました。


今は、ストレッチャーといって

寝た姿勢で移動できるものを移動手段として

使い外出も仕事もストレッチャーで行います。


私は、彼女が、車椅子になっても

ストレッチャーになっても

何も変わったように思っていなかったけれど

彼女自身にとって、「座れなくなる」ということは


残存能力を1つ失うことになり・・・


もう2度と座れなくなることだ・・・。


大好きなおしゃれも出来なくなる・・・。


周りの人の目も、ストレッチャーに寝ている人と

車イスに乗っている人では違う・・・。


自分の姿を見て、驚く人もいるかもしれない・・・。



こんなことを考えて、考えて・・・

その結果、彼女の出した答えは、

「車イスに乗ることをやめる」という決断だったようです。



彼女は、とても強い女性で

自分は、寝返りを打つことも

身体を動かすことも出来なくて

24時間ヘルパーを必要とする生活をしているのに


自分より、もっと重度の障害を持つ人のために

施設を3つ経営し、事業所も立ち上げ

いつも、ポジティブで輝いている。


私は、毎週、彼女に会っているのに

彼女は、こんな決断を、私の気づかないところで

していたんだと思うと、心が苦しくなりました。


障害が進行するということは

苦しいことです。


でも、見方を変えると間違えなく

私も「死」に向かって、毎日、毎日生きているし

「老い」に向かっているのですから

同じことだとも思います。


彼女は、1年半前の決断の話と同時に

でも、今は、車イスに乗れなくなって良かったと

思ってると話してくれました。


こだわっていた事(車イス)も

手放してみると、大したことではないと・・・。


今、車イスのときよりも呼吸が続くようになったから

講演会の講師で話をしても苦しくないし



車イスの人間よりストレッチャーの人間が

世の中に出て行ったほうが、目立つ(笑)



彼女と話していると

自分のポジティブな感情の原点は

彼女の側で生きた時間から始まっているんだよな・・・と

強く思います。


この日、最後に彼女が教えてくれた言葉。


与えられた力量にふさわしく

働く力によって

互いに結び合わされる。

アフリカで医療についての研究に

出かけられた先生のお話を聴きました。


【正常の定義】


正常とは、他と変わらないこと。

ふつうであること。

狂ったところがないこと。


国語辞典ではそのように書かれています。


それでは・・・

しわのない老人は正常なのでしょうか?

寄生虫のいない野生動物は、正常でしょうか?


何が、正常?


と、始まった講演会。


私もカウンセリングをしていていつも思います。

「普通・・・」

「常識では・・・」

「みんなは・・・」


このような考え方が、自分を苦しめてしまうことが

少なくないと思うのです。



「正常」「普通」「常識」・・・

この概念は非常に難しいと思っています。



先生が、研究に出かけられた

アフリカのムワチンガ村では、

お水を汲むためにも

山を一つ超えなければ水を汲むことが出来ず

普段は、雨水などが溜まった池の水を

生活用水として利用しているから

伝染病が絶えない・・・。


その水溜りには、ボウフラや巻き貝が棲んでいるのです。

衛生的には、とても良くないお水です。


でも、生きていくためには仕方がない。


先生は、その伝染病の実態調査に出かけたのです。


その地方では、ほとんどの人が伝染病にかかっていて

日本人が、もしその状態になっていたら

生きていくことが出来ないような状態なのに、

その土地の方は、免疫力があるから生きることが出来る。


そして、伝染病にかかっているから、血尿が出てしまい

貧血になっている方がたくさんいるのです。


それなのに、血尿が出たら、その土地では

「大人になった」ことを意味していると

伝えられていて、血尿が出た人は

お祝いの儀式をしてもらい、

学校へ行かなくなり、大人と同じように

仕事をするようになるそうです。


価値観や、考え方の違いによって

「病気」だと、私たち日本人が認識することですら

国が変わり、考え方の違う人の中に入ると

そのことは「病気」ではなく、大人になったこと

「成長」したことと、捉えられる・・・。


この研究報告は、とても興味深く

心理にもつながっていると思いました。


「病は気から」という言葉がありますが

病気を作っているのは

私たちの考え方や心の持ち方なのかもしれない。


今、どうしても新しい症例が出ると

その症例に名前(病名)をつけて病気・病人を作ってしまうような

気がしてならないです。


病気も、病気ではないと思えば

何か答えが変わってくるのかもしれないと

深く考えさせられました。


先日、経営者セミナーに参加しました。


セミナーに参加したかった理由は、

宗次徳二さんのお話が聴きたかったからです。


1ヶ月くらい前に、TVで、宗次さんのお話を

偶然、お聴きしたときから

エネルギーの溢れる方だと思い、機会があったら

お会いしてみたいと、思っていたら

すぐに、お話をお聴きする機会は、訪れました。


強く願っていれば機会はすぐに訪れます。


宗次さんのお話の中で印象的だったこと・・・


経営者の成功があるのは、


遊ばず、休まず、ごまかさず、やり続けること・・・

小さな目標を追い続けていくこと・・・。


こんな言葉から始まって、最後まで

このことを言い続けられた講演会。


小さな喫茶店からスタートされて

今では、自社で上がった利益は

すべて社会へ還元していく。

自分のところで上がった利益は

社会から一時預かっているものだから・・・。


どんなに、厳しいときも、社会福祉に対して

目を向けていて、余裕があったら何かをするのではなく

常に、貢献をしてきた。


その心は、自分の幼少期に向けられる。


持ち続けているものは、


「優しさ・親切・思いやり」


幼少期、苦しかったときに

たまたま、聴いたクラシックが忘れられず

音楽によって人は癒されることを知った。


だから、今年3月に宗次ホールを中区にオープンして

若い音楽家の活躍の場を作り

音楽で、人が癒される「場」を創られた。


http://www.y-angel.jp/


贅沢は恥ずかしいこと

人のために、お役に立てること

これが、究極の贅沢。


今も、毎日送られてくるお客様からのアンケートを

2000通から3000通、読んでいて

これを神の声だと思っている。


会社へ4時に、出かけトイレ掃除をする。


仕事のストレスは、仕事を通じて解消する。



キラキラ輝いた話をしてくださる

いろいろな方のお話を聴いていると

共通項があることを感じます。


◇原点を忘れないこと


◇答えはすべて現場にあること


◇自分の好きな仕事をしていると

何よりもそのことに携わっている時間が

かけがえのない時間になっていく・・。


まだ、まだ、自分は甘いなと感じました。


教えていただいたことを大切に活かしていける

自分になりたいと強く思った日でした。

私は、携帯電話や、携帯のメールがあまり好きではなく・・・・


携帯電話で話すよりは、会ってお話がしたい。


携帯のメールをするよりは、声を聴いたい。


手紙のほうが良いな・・・と、


そんな風にいつも思っているのですが

自ら、携帯電話のメールがあって、本当に良かったと思う経験を

ここのところ連続でしています。



3月から4月にかけて、私のカウンセリングルームを訪れる

継続でのカウンセリングを受けている

クライエントさんは、状態が不安定になる方が多くおみえでした。


毎年の事ですが、新しい環境・季節の変わり目・・・

特に、今年は気温の変化も大きく、繊細で、敏感な方にとって

苦しい時期でした。


2月・3月は、私のクライエントさんの中では

それぞれの新しい道に進むための

「受験」という大きな壁を抱えている子どもも多く

私の元を訪れる子ども達もたくさんの試練を乗り越えました。


本人が、安心するまで何度も繰り返す面接練習。


私も出来ないのに、一緒になって悩んだ数学の問題。


どれを、思い出しても、私たちにとって一つ一つ大切な経験です。


こうやって共に進む歴史が積み上げられることによって

クライエントさん(子ども)とカウンセラー(私)との

信頼関係が強く、深くなっていくことを日々感じています。


しかし、受験が終わったら安心・・・

合格したから良かった・・・ではありません。



4月になり、新学期が始まって

中学生だった子どもは、高校へ進学したり

高校生だった子どもは、大学へ進んだり・・・


本人は、新しい環境へ向けて準備もしたし

前に進もうと努力しているのに

なかなか、心がついていかないことがあって・・・


教室へ入れなかったり、学校へ行くことができなかったり・・・




そんな日があってもいい。


焦らなくていい。


って、伝えながらも、本人は気になることがたくさん・・・。


気になることを気にしないで・・・なんて

気になるから考えているので

その気になっていることに、どれだけ共に向かい合えるかが

重要だと私は思っているので徹底的に一緒に気にします。




その「徹底的に気にする!」ことをするために

今年、私たちを、つないでくれて、

特に、大きな役割をしてくれたのが携帯のメールでした。


夜になると不安になって、子ども達からメールが入り始めます・・・


◇実際のやり取りのメールは、守秘義務のため載せられないので

下記メールは、大体のイメージですが・・・

こんな風に、やり取りをしています。


メール:1 「先生、不安で寝れないよ」

返信: 「どうしたの?何かあったの?」


メール:2 「何もないけど、明日の学校どうしよう」

返信 「焦ることは、ないよ。一日休んでも大丈夫だよ」


メール:3 「でも、行きたいよ」

返信: 「どうする?」


メール:4 「どうしよう・・・」

返信: 「朝、学校までは行ってみて、考える?」


メール:5 「そうしようかな・・・でも、教室には入りたくない」

返信: 「教室以外の場所なら入れる?」


メール:6 「うん」

返信: 「それなら大丈夫だよ」


メール:7 「でも、お母さんになんて言おう・・・」

返信: 「お母さんに、話せないのは、どうして??」

       ・

       ・

       ・

       ・

       ・


こんな感じで・・・

このメールが、まるで、カウンセリングルームで

会話をしているみたいに繰り広げられます。


1時間・1時間半と・・・。


このメールが重要で、いろいろな意味で

今年は、本当に助かりました。


メールだと、家族にも聴かれないし

考えながら、送ってくれるし、あとから読み直してくれていて・・・。


今までの経験から、

夜になり、本人が、不安になっているときは、

一番、動揺しているときなので、

電話だと、ただ、ただ、電話口で私の声を聴きながら

泣いてしまって、感情が抑えきれなくなり

余計に眠れなくなってしまうことも少なくありませんでした。


でも、メールなら、自分を保ちながら

自分の心の中で言葉を探しながら

文面を送ってきてくれます。


子ども達は、すごい速さでメールを返信してくれるので

それについていけないときはありますが・・・(苦笑)


ちゃんと、サインを出してくれる。



だから、私の携帯は、最近、特に、夜になると、メールが鳴り始めます。


「苦しいよ!不安だよ・・・」ってメールに乗せて

声が、聴こえてきます。


それを、私は、今、とても幸せに思っています。


こうやって、彼ら、彼女達が、サインを出せるようになったこと

こんな風に苦しいときに「苦しい」って

メールを送れるようになるなんて・・・。


前は、苦しいことを「苦しい」って伝えることも出来なかった・・・


私は、この成長を嬉しく思っています。



「3歩進んで2歩下がる」


せっかく前に進んだのに、後ろに下がったように見えるかもしれない。

でも、3歩進んで2歩下がったら、5歩、歩いているのです。


1歩も動けないときが一番苦しい。

本人が、一番わかっていると思うのです。


だから、前に進んだり、下がってみたり・・・

その動きが、私には、逞しさに見えます。



「携帯なんてないほうがいい」って思ったことも何回もあったけれど

携帯は、あって良かったと、本当に思います。


こんな、コミュニケーションを取れることも

携帯のおかげだと思うとすべてを否定する必要も無いな・・・と思います。


私は、携帯のメールを送ること、

とても苦手で文章を作るのに、時間がかかっていたけれど

子ども達に鍛えてもらいました(笑)


今夜は、子ども達からの「心の声・携帯メール」が1つも入らなかったです。

そろそろ、安定してくれているんだと思い安心しています。


みんながそれぞれに自分の場所を見つけ始めたんだと思いながら・・・。


今夜は、私も安心して眠れそうです。

Do Counseling Centerで、

これからカウンセラーとして

本格的に活動していこうと

日々、努力している後輩がいます。


彼女は、カウンセリングの中にマクロビオテックを

取り入れることを考えたり、

「食」について学んでいて、

積極的に自分の道に向かって進んでいる女性です。


先日、彼女は、自ら「半断食の場」へ出かけて

10日間を過ごして戻ってきました。


名古屋に戻ってすぐオフィスに顔を出してくれました。

なんて、すっきりした美しいお顔をして戻ってきたんだろう・・・と

彼女の顔を見て、とても、良い体験をしてきたんだろうと

すぐに、わかりました。


彼女は、半断食の間・・・

水も飲まず、食事も摂らないで

ただ、ただ、「苦しいなぁ」と、

毎日、思っていたそうです。


そんな中、彼女の心に浮かんできた言葉・・・。


「人生を悔い改める」

「悔い改める」


この日本語の意味がわかったと話していました。




完全な断食までしてしまうと、

元の生活に戻すのに大変なので

ここでは「半断食」

・・・夕食は食べるのですが

『玄米・梅干・漬物』のみで、あとは何も摂らない。


体中のいろいろな溜まっているものが

本人の身体の状態によって、いろいろな形で

出てくるそうです。




食べること=生きること

良い身体は、良い心を育てる


食を変えることは、人生を変えること。


彼女から出てきた言葉です。

経験した人から出てくる言葉は

いつも、違うなぁ・・・と感じます。


自ら、体験し、感じることは大切なことで

自分で、良いと思ったものは、とことん追求し

中途半端にやるくらいならやらないほうが良いと

私は思っています。


彼女の勉強し続ける姿勢や

感じる力を研ぎ澄ませている行動力は

大変、素晴らしいものだと後輩ながら

頭が下がる思いです。


共に学び、共に考えたり、将来を語ることが

出来ることを幸せに思いますし、

また、違った場所でそれぞれに学んだことや

感じたことを「シェア」出来ることを嬉しく思います。


身体は、一つしかないので、

すべての事を一人でやろうって思うと、限界があり

とても、大変です。


様々な分野にネットワークがあることで

情報をいろいろな形で、学ばせて頂くことが出来る。


自分も、自分の追及したいことを

学び続けたいと思います。

4月9日にDo Counseling CenterのHPが新しくなりました。


http://www.docounseling.com


大変な作業で、約1年の歳月をかけて構成を考えたり

会議を重ねて、やっとの実現でした。


その間にも、いろいろな方向性を考え

改めて、見直すことも出来た毎日でした。


HPを作成する作業で

特に良かったことは、自分がさせていただいている活動を

文章化したり言語化することで

明確になる部分が多かったことです。


日々の生活の中で、時間が流れていくと

立ち止まって、自分の役割やセンターの役割

どのように社会と関わっていくのか?

そのようなことを考える時間すらないまま

毎日が流れてしまうことも少なくありません。


自分にとってカウンセリングとは?

自分が今まで歩いてきた道は?

自分が、これからどの活動領域で講師を行っていくのか?


自問自答する時間も持つことが出来ました。


そして、Do Counseling Center設立の際に

最初に思い描いていたこと「初心」を、思い出すキッカケにもなりました。


忙しい時間の中で、HP作成に、協力してくださった方たちに

本当に感謝しています。


ありがとうございました。


このHPが、また新しい方との出会いをつくる

キッカケになれば幸せだと思っています。