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心理カウンセラー 奥園 清香 の日記

心理カウンセラー 
奥園 清香 の日記です。


心理カウンセラーとして、
日々感じること、出会った人、
感動したことなど、綴っています。

先日、久しぶりに、

岐阜県南木曽の「森のなぎそ塾」へ

瀬古先生に会うために出かけてきました。


私が、森のなぎそ塾へいくときは、

なぜか、いつも雪の深い冬で

暖炉を焚き、ストーブがあっても部屋の中の

吐く息が白い・・・なんていう経験をして

台所から、テーブルにお味噌汁を

運んだ瞬間に、冷たくなる・・・

こんなときにしか出掛けたことがなくて

今回、初めて夏に出かけることが出来ました。


でも、今回も暖炉に火が入っていて

煙突からは煙が、モクモクと出ていました。


これは、「獣よけ」と部屋に湿気があるから

焚いているんだよ。と話してくださった先生の言葉に

自然と共存して生きている姿が

逞しく見えました。


瀬古先生は、素晴らしいカウンセラーで

私から見ると大先輩なので

定期的に、自分の考えていることや

自分の気持ちを先生にお会いして

確認しているように思います。


カウンセラーとして

スーパーバイズを受けるとき

自分の明確になっていない部分や

自分の足りないところを

本当に鏡に映すように感じます。


今回は、先生とお話しているときに

自分の持っている力を最大限に引き出すためには

自分が、自然の力を借りて

心身ともに休息をとることが必要だと

強く感じました。


このメッセージは直接的には、先生から

言われていなくても、

自分の心に答えが出るということは

シンプルに求めていることが

そこにあるんだと思います。


自己を内省することの大切さを感じます。


瀬古先生に

ダスキン創業者 鈴木清一さんについての

お話を聴きました。

「喜びの種まき」創業者の経営理念が

会社に浸透していることの重要性を感じます。


一日一日と今日こそは
あなたの人生が(わたしの人生が)
新しく生まれ変わるチャンスです

自分に対しては
損と得とあらば損の道をゆくこと

他人に対しては
喜びのタネまきをすること

我も他も(わたしもあなたも)
物心共に豊かになり(物も心も豊かになり)
生きがいのある世の中にすること

先日、講演会に出かけた際に、

講師の先生が「万年筆について」お話してくださり、

そのお話を聴いて、大変、感銘を受けました。

『「無駄なこと」こそが大切』

現在、万年筆の需要は、年々減り続けていて

万年筆よりは、簡単に使い捨てのボールペンを

使うことが日常になっている・・・。

ただ、万年筆を使おうと思うと

インクの準備をしたり手間もかかる。

でも、「万年筆を持つ」という心の余裕が出来ると

誰かに手紙を書きたくなったり、

誰かを「想う」気持ちが出てきたりする。

そして、万年筆で手紙を書くと

インクが乾くまでの間、

ボーっとしたり、

その時間に、コーヒーを入れようかと思ったり、

待つことによって、豊かな時間が流れる・・・

と、いう話でした。

現代社会の中で、いろいろなことが便利になり

簡単に使えるペンがあって

簡単に送れるメールがあるところで

無駄なことはどんどん省かれていきます。

でも、本当はその無駄だと思われることの中に

大切なものが隠されている・・・。

隠されていたんだと。

人は、豊かな時間をかけるということが

心を満たしていく、ことに繋がる。

私は、その通りだと、思いました。

そんな話の中で、万年筆について

豊かな時間を提供しているお店が

南青山にあると、先生にお聞きして、

そのお店(書斎館)のコンセプトを知って、

是非、出かけたいと思いました。

コンセプト


■懐かしい時の空間


忙しい毎日だからこそ、

たまには万年筆にインクを入れたり、

時にはインクのついた手を洗ったり、

昔のように鉛筆を削ったり。


そんな無駄とも思われる時間を持つことで、

静かな時の流れにゆとりを感じてみませんか。
どうぞ、「懐かしい時の空間」にお出かけ下さい。


■アンティーク


昔々のヨーロッパの文房具一つ一つが

なんとも優雅で時の流れが

ゆったりしていたのが思い浮かばれます。


何故か郷愁に誘われる

昔のインクビん様々な形、
年代により微妙に違うガラスの色

部屋の窓辺に一つあれば、

文化の香りがするかもしれません。


そして、それらは、どこかにしまってあった

懐かしい記憶と思い出をよみがえらせてくれます。


この文章を読んで、その講演会の週に

私は、東京出張だったので

万年筆・専門のお店・南青山の「書斎館」に出かけてきました。

http://www.shosaikan.co.jp/

このお店が、また素晴らしかった。

本当に、豊かな空間・豊かな時間でした。

昔、叔父に、モンブランの万年筆を買ってもらったとき、

本当に、大人になった気持ちがしたのを思い出しました。

その万年筆を、もう一度、自分の側に置いて、

大切な人に手紙を出そうと思いました。




サハラ砂漠を

バイクで走る男性・山田周正さんに出会いました。


彼は、写真家であり、

3年間かけて、サハラ砂漠の写真を撮影して

パリダカをトヨタランクルで優勝するような選手であり、


パリ~ダカールラリーにて6000km以上、

環境対策のためのバイオ燃料の使用して走る


ことを考えているような方でした。



バイオ燃料、大変興味深い話でした。


家庭で出たてんぷら油(揚げ物をしたときの油)を

再利用して、車を走らせ

ガソリンに変わるエネルギーを開発しているのです。


走りながら、いろいろな国で

家庭で出るてんぷら油をもらって

走るのだそうです。


コミュニケーションもたくさん生まれることと思います。


その開発には、日本中の学者や研究者が携わっていて

そのために、彼は日本に、一時帰国し、研究をしていて

準備が整ったら、また、走りに出かけるために

いろいろな人とお会いしているというところを

私も、ご一緒させていただきお会いすることが出来ました。


周正さんは、自分のことを


大学の時に、自分は何がしたいんだろう?と

思ったら、サハラ砂漠をバイクで走ることしかなかった。


その時に、撮り溜めた作品(写真)が

雑誌社の目に留まり、写真家になった。


そして、そのまま走り続け

選手になって、スポンサーがついて・・・


簡単に、今までの道を話されていましたが

すごいことだと思います。



自分の夢は、いつしか形になり、

思いが強いから、周りに応援者が集まり

彼に、夢を重ねるのではないかと思います。


「イメージしたことは、必ず起こる」ということを

実践して生きている人でした。



今は、環境問題をも考えてお見えで

バイオ燃料の開発に一生懸命で

輝いた目で話をされていました。



砂漠を走っていると

自分のためだけに

そこに道があるような気がする。


なんて、自然に生きている人なんだろう、と驚き、

世界には、こういう人間がいるんだ・・・と大変、驚きました。


自分の知らなかった世界の話を聴き

自分の見ている世界の小ささを知りました。


彼と、日本の教育や今の子どもについて

考えていることをたくさんお話できたのですが

シンプルな考えの向こうに

大切なものがたくさん隠されていました。


是非、彼の生き方を考えを、

日本の子ども達に聴いてもらいたいと思い、

彼の今後の活動を応援して行きたいと思っています。

先月、ハワイ島に滞在した際に

60歳を過ぎて、初めての海外旅行として

「ハワイ島・コナ」へ来てくださった

素敵な男性をコナ空港でお出迎えしました。


彼が、コナ空港に着いたら、私に、


「雲が尖っているなんて知らなかったよ!!」


って、興奮気味で話してくださいました。



「雲が尖っている??」


彼の説明は・・・


雲というのは、地上から(下から)見ると

横に流れていて平面に見えるけれど


飛行機に乗って見ていると、雲の上を通るので

雲、1つ1つが独立しているように見えて

雲は、本当は横に広いのではなく

縦に尖っているような形だった!!


って、話してくださったんです。


なるほど・・・


そんなことで、こんなに感動するんだ・・・。



私は、今回のハワイ島・滞在は、15回目でした。

(自分でもパスポートを見て驚きました)


この3年間くらいの間で考えると

ハワイ島にしか行っていないわけではないので

何十回と乗った飛行機・・・。


でも、私は、一度も彼のように感動したことがない。

雲を見てそんな風に感じたことは

一度もありませんでした。


「飛行機の中=眠るところ」


というような、状態で、ひどいときには

セントレアを飛び立つ前に(席に座った途端に)

寝てしまっていることがある・・・。


彼の感性の鋭さと

表現の素晴らしさ・・・に

私のほうが新鮮でした。


彼が、何を言おうとしているのか

最初、分からなかった自分の鈍感さにガッカリです。


いろいろな方と関わっていると

いろいろな視点で、

いろいろな方向で物事が見えてきます。


その、様々な価値観に触れる瞬間が

自分の人生を豊かにする瞬間だと思うと

皆さんに教えていただく1つ1つの言葉に

本当に、日々、驚かされます。



当たり前に見える景色も

人の言葉の力によって、

当たり前ではなくなるので、不思議です。

テレビを観ていたら


最近、日本人がフィリピンに、

臓器移植の手術を受けるために

何千万円ものお金を支払って、

出国していることを知りました。


フィリピンでは、臓器を売る・買うという行為を続ける

ブローカーが減らないので


国を挙げて、臓器の売買を認める法律に

変わる法整備をしていて

日本では、臓器売買は、違法だけれど、

フィリピンでは、国の事情により認められることを

ニュースで観て・・・

そしてそれを求める日本人がいて・・・


私は、複雑な気持ちになりました。



私の大切な人の中に、

戦争や震災・津波などで医療を受けることが

出来ない地域・海外で医療に従事している

尊敬する先生がお見えになります。



彼と、臓器移植について話したことがあります。



私は、彼に質問されたことを今でも覚えています。


「日本で、臓器移植をするときの

臓器は、どこから来ていると思う?」


私は、そのとき、答えられませんでした。


きっと、その質問を

先生にされるまで、私は、臓器移植の臓器についてなんて

「考えることすら」したことがなかったんです。



「表に出ている臓器の数では

全く、ドナーの数、

現在の臓器移植の数には足りていないんだよ。」



貧困地域の子どもや、

戦争があって両親を失った子ども、

天災により両親を失った子どもがいる地域に

臓器売買をする人間がやってきて

子ども達を、さらって行き

その臓器は、先進国のお金を持っている人が

移植する臓器になる。


先進国の人間の命は、重要で

親を失ってしまった貧しい国の子どもの命・臓器は

そのような、必要としている人・お金持ちのために

奪われるのか・・・?


そもそも「臓器移植」という考え方を

一番最初に考えた人の考えたことや、

行った行為自体が

自然から、自然の循環から

大きくずれてしまったから

このようなことが起こるのではないかと

私は思っています。


自分が、生まれたときに

親からもらった臓器を大事に大事にして

その臓器が、もし、「もう動けないよ・・・」と

言ったのなら、そのことを受け容れて

それも自分の身体の一部だと乗り越えて

人から奪うことなんて、しなければ

こんな風に、人の臓器を使わなくてもいいのに。


「生きて欲しい人がいる」

その影で、何人もの子どもがさらわれ

殺されている。


そして、臓器が先進国に流れている。


私は、1つのニュースを見て、

今も、戦地にいる先生のことを思い出し

先生の支えている子どもの事を思い出しました。


自分のものを大切にして

今の自分の目の前にあるものに感謝する。


「足ることを知る・・・」

そんな風に、生きられたら・・・と思います。


先生は、医師として、子どもに医療を施しつつ

子ども達が、さらわれないように

戦うことも同時にしなくてはならない。


この、ずれてしまった現実を

社会は、世界は、どうしていくのかと思うと苦しくなります。


私一人では、答えの出ないこの問題を

戦地から帰国された先生とまた話がしたいと強く思いました。


先生が無事に帰国されることを祈っていたいと思います。

先日、新しい企画のワークショップを開催する打ち合わせのために

主催の先生方とお話しする時間を持つことが出来ました。


ワークショップの内容だけでなく、

お互いに考えていることを話すことが出来る時間は

刺激になり、自分の明日の活力へとなる時間です。


そんな時間の中で、「薬」についての話になりました。


最近、カウンセリングに訪れるクライエントさんでも

医療機関からたくさんの薬をもらっていて

薬の副作用に悩んでいる人が少なくありません。


薬とは・・・


「苦労をすりかえる」・・・「 ろうを スリ かえる」


と、以前に教えていただいたことがあります。



今回の打ち合わせの席では、先生に、


「クスリ」は、反対から読むと「リスク」になる。


『クスリはリスク』 だと教えて頂きました。



なるほど・・・。




コレステロールの話になり

私の家族でもコレステロールのお薬を服用していました。


そのことを、先生に伝えたら、すぐに止めるよう言われました。


コレステロールのクスリには

発がん性物質があることが分かっている。


コレステロールで問題が出てくるのは70才頃だけれど

そのコレステロールでの病が発病する前に

その薬の副作用である「ガン」でなくなる可能性が高い・・・


と、教えていただいて・・・。


驚きました。



問題は、どんなことでも一つの方向性から見ていると

本当の問題が、見えなくなってしまうことがあります。


身体から出ているいろいろな反応を

どのように受け止めるのか?


サインを見落とさず、どう受け容れていくのか?


そんなことを、強く感じながら

「薬を飲まなくてはならなくなる現実」を

クライエントさんと共に考えて行きたい。と

また、思った夜でした。

中学生時代、苦しいことがあったという高校生の

カウンセリングを行いました。


中学は、転校したことによって

後半は、学校へ通うことが出来ていたのに

新しい環境(高校)に飛び込んで行こうと思ったら

苦しくなった。

学校へ行けなくなった。


その高校が前の中学校と同じ空気だったから。

また、必ず いじめがある。


人を「落とす」ことでストレスを解消するタイプの

人が集まっている環境だった。


どうしてわかるの?


わかる。空気で分かる。


言葉では、なかなか表すことができないこの「感じる力」


心が弱くなると、

その心のエネルギーとは反対に

感じる力は、とても強くなると思います。


あの嫌な空気の教室に入って

いろいろなことを思い出した。


大事なことも思い出した。


中学時代、新しい学校に転校する前に

私の中には、二人の自分がいた。


「もっと、頑張りなさいよ!いじめから逃げるの?」


という自分と


「もう頑張ったから、いいんだよ」


という自分。


私は、両方の自分の声が聴こえていたのに

「頑張れ」っていう自分を殺した。


見ないようにした。


苦しかったから、殺した。


その殺した自分が、まだ心の中にいる。


大事な自分だったのに・・・。



彼女の感性。

彼女のこの表現力。

カウンセラーとして、人として、

この言葉を自分の中から

見つけ出す「彼女の力」に

尊敬の念を抱かずには、いられないです。

彼女の言葉を聴いたとき

何かが二人の間で「生まれた感じ」がしました。

目の前に見えているものは

見えない大部分のものによって支えられている。


彼女と、失った自分を探す時間を

大事に向かい合います。

「見えた」から、ここからが新たなスタートです。

本当に、感動の瞬間でした。

お店を経営している方から、

ある日の休憩室での話を聴きました。


20人弱の方が働くお店で

いろいろなルールがお店の中にあるそうです。


そのルールの一つ一つは

「みんなが気持ちよく働くために大切だ」と考えることを

ルールとして創ってきた。


例えば、「自分が使ったものは他の人のことを

考えて、あった場所へ片付ける・・・」など。


そのルールの中に

「自分の飲み物(ペットボトルなど)には名前を書いておくこと」

というのがありました。


ある日、彼は、自分が休憩室で飲み途中のペットボトルを

名前を書くことをしないで、冷蔵庫にしまうことを忘れて

そのまま店に入ってしまったそうです。


何時間が過ぎて休憩室に戻ったら

ペットボトルの下に紙が敷いてありました。


「このペットボトルの飲みかけは、誰のですか?

次に発見するまでに、片付けてなかった場合は処分します」


この紙を読んだ


彼の気持ちは・・・。

落ち込んだそうです。


なんで?なんで、こんなことを紙に書いて伝えるの?


「ルール」に違反したから?


100人いるような会社でもないのに

なんで、言葉で伝えられないの?


自分の飲み物を他の人に飲まれたら嫌だって

思っているのかな?


僕のだったらスタッフの誰であっても

飲んでもらっても構わない。


ペットボトルが机の上にあったことが

そんなに邪魔なのかな?


すごく、ショックだったと話していました。

ルールって何?


他のスタッフではなく自分に向けられたものだったから

まだ、良かったけれど、

自分以外のスタッフが、こんな思いを

自分の知らないところでしていたら許せない。


「みんなが気持ちよく仕事をするため」という目的のための

ルールのはずが、何が目的なのか?

これでは分からない。



私は、彼の気持ちが痛いほど分かりました。


「見直すとき」なんだと思います。


こういう現実を知ることが出来て良かったと思います。


人と人とが顔を合わさないでコミュニケーションをとると

いろいろな誤解を生むことがあります。


時々、立ち止まって自分の位置を振り返らないと

自分は、全然違うところに流されていることがあると思います。


少しずつのズレが、

毎日、毎日積み重なると大きなズレになることがあります。


1日、1mmの心のズレ。

でも1年で、365mmの大きな心のズレになります。


彼と話したおかげで、また、自分自身も「周り」を

見直そうと思い気づかせていただきました。


そして、彼が、今後、自分の店で「ルール」をどんな風に

変化させるのか、話の続きを聴きたいと思っています。

社会福祉法人の経営をされている女性から

珍しく相談がありました。


彼女は、経営者としても素晴らしく

とても強い女性で誰よりも早く仕事を始め

終日、夜中まで仕事をされている強い志と意志を持っている

私の尊敬のする人物です。


そんな彼女の元で働く

スタッフが精神的に不安定になっていて

とても、自分にとって大事なスタッフなのに

休職すると伝えてきた。

もう、現場には戻って来れないかもしれない・・・。


そのスタッフの事を自分は必要としているのに

どうやって、声をかけたらいいかわからない。


「頑張れ」とは言えないし

「休んでいいよ」と伝えると

自分は必要とされていない・・・と、思うのではないか?


なんでもないようなフリをして

いつもと同じようにすれば

「自分の存在なんて小さいんだ」って

自信をなくさないだろうか?


でも、大袈裟にいつもと違うようにすれば

スタッフにとってプレッシャーにならないか?


くるくる回ってしまう「思い」


話を聴いていて、

彼女のスタッフに対する大きな愛情を私は感じました。


でも、結論は

経営者である彼女にも私にも出すことが出来ない。


答えを出すのは、スタッフ本人だから。


待つことしか出来ない。


スタッフが苦しむと

同志も同じように苦しむ。


そのことが本人にもわかるから

余計に焦る・・・。


出来ない自分が悪いと自分を責める場合と


周りに迷惑をかけてしまう・・・って

周りのことを考えて苦しくなってしまう場合と

両方が考えられると思います。


今、自分がここにいることは

自分を必要としている人がいて

自分はかけがえのない自分なのだということ。


出口のないトンネルはないということ。

必ず光が見えると信じること。


もし、スタッフが出した結論が、

今は、別れになったとしても

出会えたご縁がまたどこかで重なる可能性もあるといこと。


「今」、「今」と考えるのではなく

長い時間で考えていくことが出来たら

互いに、穏やかでいられるのかもしれない。


答えが出ない、答えのないことを

ただ、ただ、考えること・待つということ

苦しい時間です。


彼女のスタッフに

「あなたは、かけがえのない存在である」

「待っている人がいる」

気づいていただけたら・・・と、心から思います。


彼女が最後に言った言葉が印象的でした。


そんなに探しても、青い鳥はいない。

青い鳥は、ここにいるのに・・・。



以前にカウンセリングを行っていた女の子(当時彼女は中学生)が

久しぶりにメールをくれました。


「カウンセリングに来たい」「先生に会いたい」という内容でした。


久しぶりに再会した彼女は、大学受験のために頑張っていて

あの頃の、子どもらしい彼女ではなく、少し大人になって

その姿に成長に、時の流れの速さを感じました。


めまいや偏頭痛がする。

やる気が出ない。

行きたい大学に向けてのモチベーションが上がらない。



話を聴いていると、いろいろなことを言い訳にして、

何かから逃げたいと思っているな・・・と

感じました。


私は、逃げることは悪いことではないと思っています。


ストレスから立ち直る方法は

「戦う」か「逃げる」か


彼女が抱えているストレスがどんなものであったとしても

「戦う」か、「逃げる」かは、彼女が選択することです。


彼女と長い時間話し合いをしました。


カウンセリングというよりは、

彼女とは、昔からの歴史があるので、

(信頼関係はしっかり取れているので)

見えない敵(ストレス)と戦う攻略方法を

考えている戦友のようです。


どうして、今こんなに心が苦しいのか?

いろいろな方向から二人で考え始めました。


自己分析・未来の自分・本当に願っていること?

何がしたくて、何がしたくないのか?

夢が、目標になっているのか?


彼女の答えは・・・

「感謝の気持ちを忘れていたこと」でした。


いろいろな方向で考えていたら

この自分の夢・目標を応援してくれている両親がいたことを

思い出したのです。


「自分の塾のお金・・・払ってくれたのは親だった。

○万円払ってくれた。塾の講座料金は年間で割ってみると

1講義:1200円だ。お母さんの時間給と同じくらいだ」



「お母さんは、私に、お母さんの時間をくれているのと同じだ」


ここに気づいたら、大きな彼女の瞳は涙で一杯でした。


私が、大学へ行きたいって言ったから

両親は、応援してくれているのに、迷っている場合ではないし

勉強できることに、感謝しないで、ただ、何となく進んでいた。



毎日の繰り返しに嫌になって、

勉強することが目的のようになって

本当に、勉強から逃げようとしていた。


「どんな道を選ぶかではなく

選んだ道でどれだけやるか」



彼女は、Do Counseling Centerの入り口に

書いてある言葉を覚えていて・・・

改めて、この言葉をノートに書き込んでいました。



志望校を選んだことではなくて

受験するって決めた道でどれだけやるか・・・頑張ってみる。



彼女の言葉は、私自身の学びです。



彼女は、自分が苦しいと思ったら

SOSを出す「カウンセリング」という手段を中学生の時に学んでいる。

このことも、彼女の強さだと思っています。


彼女の成長を嬉しく思うと共に、気づく力を持っている心に感動しました。