米国債を売られると困る、それなのに日本の橋本龍太郎首相が「米国債を売りたい衝動に駆られることがある」と発言。アメリカは激怒して「(米国への)宣戦布告とみなす」と脅され橋本は失脚し殺された!

 

 

こんな話が米国債についていつも語られる。

「1985年のプラザ合意以降の急激な円高ドル安(260円から85円へ)が進むなかで、1997年6月23日、当時の橋本龍太郎首相が米コロンビア大学での講演のあとの質疑応答で、「米国債を売りたい衝動に駆られることがある」とジョーク交じりにコメントした。NYダウは192ドル下落、1987年のブラックマンデー以来の大幅な下げとなった。「もし売るようなことがあれば(米国への)宣戦布告とみなすと脅された」とささやかれた。米国が拡大する日本の対米貿易黒字に苛立ちを強め、円高誘導カードをちらつかせていたことなどが背景だった。」

 

これが一般的な当時の円高ドル安の状況の解説だ。

そしてアメリカの虎の尾を踏んだ橋本龍太郎は殺されたんだと。だから、アメリカには抵抗できないし、米国債を売るなんてできない、日本所有の多額の米国債は売れずに塩漬けにされていると。

 

 

しかし、国債発行の仕組みを知ればこんな説明は「変だ」ということが分かるはずだ。

しかし、あの茂木誠氏ですら次のように言う。

 

茂木誠の「ドル基軸体制の動揺(前半)/プラザ合意とペトロダラー」

 

「…アメリカがもうそれから慢性的な財政なんで、ベラボーな赤字を抱えてます。アメリカ政府ですよ。で赤字になった政府はどうするかっていうと国債発行します。アメリカ国債。

このアメリカ国債ですね、一生懸命買い続けてる国があって、これが日本っていう国です。ベラボーに長く国債もたくさん買ったって絶対に現金化できませんしね。

そうで今日本は外貨準備高が世界最高なんですけれども、そのほとんどはアメリカ国債です。金じゃありません。これは確か現金化するって言って退陣に追い込まれた方もいますよね。

そうそうアメリカ国債を売ってもいいかな、なんていう風に言った日本の政治家は大体変なことになりますね。非常に変なことに。

例えばあの橋本竜太郎って人がいまして、あの人がですね、私は米国債を売ろうという衝動にかれたことがある、なんて言ったらすぐに失脚しました。そうですよね、あれ早かったですよね。あれ言った瞬間ですもんね。

それで同じこと言ったのがあの中川昭一って人で、中川昭一さんは本当に残念ですけど本当にひどい目に合いましたよね。本当に日本のことを考えてた方だと思うんです。

だからどうもね、この問題に触れると命が危ないらしいです。でこれは財務省も絡んでいて財務省の特別会計なんですが、外為特会ですね。神谷さん(参政党)だったらそこに切り込んでくれるかなと思うますけどね。その状態まま要するにあのキャッシュ・ディスペンサーというかマネー・マシンというか…。(後略)」

 

このYouTubeを見ていると何でも知っているはずの茂木誠氏はいくつもの間違いを平気でしゃべっている。

「このアメリカ国債ですね、一生懸命買い続けてる国があって、これが日本っていう国です。」

「ベラボーに長く国債もたくさん買ったって絶対に現金化できませんしね。」

「この問題に触れると命が危ないらしいです。」

「要するにあのキャッシュ・ディスペンサーというかマネー・マシンというか」

などの説明は全くいい加減なのだ。

このような間違いが「米国債を売りたい衝動に駆られる」という橋本龍太郎発言をまともに理解できなくなる大元なのだ。

 

こういう見方は別に茂木誠氏だけではない。ここではその典型例として引用しているだけだ。

投資銀行家であったグッチーさんは少し前に東洋経済オンラインに次のように書いていた。

「橋本元首相があの発言をした1997年などは、日本が売り手に回ってしまうとそれを買い支える国はもうありませんでした。世界中に買い支えられるのは日本しかいないなかで日本が売ったらどうなるのか、という話ですね。

しかし、今なら中国が仮に本当に売却しても(あり得ない話ですが)その場合は、日本が買い手に回ります。」

 

(追加)

あの経済社会学者の西部邁ですら国債発行について分かっていなかったようだ。

伊藤貫氏との対談(2015年12月31日 西部邁ゼミナール)のなかで次のように語っている。

 

 

「西部邁 で、もう一つ(DPG(注)について)思ったのは、こんなこと出来るわけないだろうと。あまりにもover ambitiousであると。だって、世界中を自分たちだけが支配すると決めたら、世界中で戦争しなけりゃいけないわけですよ。

そんなこと、だって当時すでにアメリカは貯蓄率がどんどんどんどん減ってって、世界中からお金を借りなきゃいけないと。世界中の純貯蓄の毎年の新しい貯蓄の7割をアメリカの債券を買って貰わなきゃならないということをやりながら、世界中を俺たちが支配するんだって、これはちょっとオカシイなと。」

(注)DPGとは。

アメリカ政府が、1992年2月に書いた「Defense Planning Guidance」(DPG)という外交政策秘密文書のこと。

 

 ここで西部邁は「世界中の純貯蓄の毎年の新しい貯蓄の7割をアメリカの債券を買って貰わなきゃならない」と言っている。国債とは通貨の発行だと通貨発行権の行使だということを理解していないのだ。 

 

 ここにも国債は誰かが買うという発想をしている。アメリカには買う余裕がない、だから日本に無理やり買わせるのだと。三橋貴明氏のいうお金のプール論だ。国家による通貨発行権や国家による信用創造について全く分かっていないのだ。

 

みんな「米国債を売る」とアメリカは困ると思っているようだが、別に困らないのである。

でも何で困るはずだと思うのかつまり間違えるかというと、国債の発行は民間の預金・資金から買われていると勘違いしているのだ。

日本や中国がなぜ米国債を買うのかについては、過去のブログ記事で解説している。

 

 

「そもそも国債は民間銀行の預金や日本や中国が買い支えているわけではなく、国債発行時に同額のドル(自国通貨)が発行されているのである。だから民間銀行が買い支えているわけではなく、ましてや外国政府が買い支えているのではない。つまり、自国通貨建ての国債はデフォルトしない、というのは、通貨を発行して国債が買われているからデフォルトしないのである。

日本人のお金(預金)が米国債を買っているわけではないのである。

この点について米国MMT経済学者ステファニー・ケルトン「財政赤字の神話」という本で次のように解説している。少し長いが引用する。ここでは国債を買うのではなく、売るということから説明している。

 

なぜ中国が米国債を売っても問題ないのか(ステファニー・ケルトン「財政赤字の神話」より)

「貿易相手国について不安を抱く必要がまったくないわけではない。 第五章「貿易の勝者」で見ていくとおり、懸念を抱くべき正当な理由はある。しかし中国のお金に依存しているというのは、それに当たらない。理由を説明するために、そもそもなぜ中国(および諸外国)が米国債を保有するのかを考えてみよう。なぜ中国は2019年5月時点で1.11兆ドルに達する米国債を保有することになったのか。アンクル・サムがシルクハットを片手に北京を訪れ、借金を申し入れたのか? もちろん、そうではない。

 まず中国は自国の生産物の一部を、アメリカを含む海外で売りたいと考える。アメリカもそれは同じだが、アメリカの輸出額は他国からの輸入額を下回る。2018年にはアメリカから中国への製品輸出は1200億ドルであったのに対し、中国からアメリカへの製品輸出は5400億ドルだった。この差分の4200億ドルが中国の貿易黒字だ。(アメリカは、逆に中国に対して4200億ドルの貿易赤字を抱える)。

 アメリカは中国製品の代金を米ドルで支払い、それは連邦準備銀行にある中国の口座に追加される。米ドルの保有者がみなそうであるように、中国もドルをそのまま持ち続けるか、それを使って別の何かを購入するかを選択できる。FRBの当座預金に預けているドルには金利が付かないので、たいていは事実上の「貯蓄口座」にその資金を移そうとする。その手段が米国債の購入だ。

 「中国からの借金」の実態は、FRBが中国の準備預金勘定(当座預金口座)から数字を引き、有価証券勘定 (貯蓄口座)に数字を足す会計処理に過ぎない。

中国が米ドルを保有していることに代わりはないが、その中身は緑のドルから黄色いドルに変わったのだ。FRBが中国に債務を返済しようと思えば、逆の会計処理をすればいいだけだ。有価証券勘定の残高を減らし、準備預金勘定の残高を増やす。ニューヨーク連銀でキーボードを叩くだけで済む話だ。

 オバマ氏が見落としていたのは、ドルを発行するのは中国ではない、という事実だ。ドルの発行者はアメリカである。アメリカは中国から借金をしているというより、中国にドルを供給し、それを米国債に転換させているのだ。

だから問題は、実際に起きている事態を描写する言葉にある。国家の「クレジットカード」など存在しない。「借り入れ」という言葉や、財務省証券を「米国債」と呼ぶのも誤解を招く表現だ。現実には債務は存在しない。

ウォーレン・モズラーの表現を借りれば、「アメリカが中国に渡すべきものは、銀行の取引明細書ぐらいだ」。

 それでは中国(およびアメリカに対して貿易黒字のある国)が損をするだけではないか、という見方もあるかもしれない。労働者が貴重な時間とエネルギーを使って生産した財やサービスを、中国は自国民のために使っていない。貿易黒字は中国が生産した財やサービスを引き渡したのに対し、アメリカはその見返りとして受け取った財やサービスの会計記録しか渡していないことを意味する。しかし第五章で見ていくとおり、中国もアメリカとの貿易からさまざまな恩恵を享受している。

  中国は海外における米国債の最大の保有者だが、その保有額は本書執筆時点で財務省が公表する残高の7%以下に過ぎない。それにもかかわらず、中国はいつでも保有する米国債を売却し、その価格を押し下げ、利回り(つまりは金利水準)を高めることができるので、アメリカに対して途方もない影響力を持っていると懸念する声がある。中国が米国債の購入を止めれば、アメリカは低コストで資金を調達できなくなってしまう、というのだ。この考えはいくつもの点で間違っている。

第一に、アメリカに対する貿易黒字をゼロにしないかぎり、中国はドル資産を持たざるを得ない。アメリカへの輸出を削減すれば経済成長が減速するはずで、中国はそれを望まない。中国が現状の貿易黒字を維持したければ、ドルを持ち続けることになる。投資銀行出身の金融評論家エドワード・ハリソンの言うように、「中国に与えられた選択はどのドル資産(緑のドルか黄色いドルか)を保有するかであって、ドルそのものをボイコットするかどうかではない」。またたとえ中国が保有資産のなかで米国債(黄色いドル)の割合を抑えようと決めたとしても、それによってアメリカが資金不足に陥ることはない。すでに述べたように、アメリカ政府は通貨発行者であり、それは絶対に手持ちのドルが尽きることはないことを意味する。テレビ番組の人気コメンテーターで 「Making Sense of the Dollar (ドルを理解する)』という著書もあるマーク・チャンドラーが指摘するように、中国は2016年6月から同年11月にかけ 米国債の保有高を15%減らしたが、10年物米国債の利回りに「事実上変化はなかった」。

(引用終わり)

 

このステファニー・ケルトンの解説を読めば、橋本龍太郎の「米国債を売りたい衝動に駆られる」という発言が如何に意味のないことかよくわかるし、アメリカにすれば「売れば!」でお終いなんだ。

またぐっちーさんの「(米国債を)世界中に買い支えられるのは日本しかいない」というのもまた国債発行の仕組みを理解していないデタラメ発言だということも分る。

そして茂木誠氏が「国債もたくさん買ったって絶対に現金化できませんしね」は全くの嘘っぱちだということもよくわかる。アメリカにすれば「現金化したければどうぞ」というだけのことだ。

 

日本や中国が米国債を沢山所有しているのは、貿易黒字の結果にすぎず、現金で持つより米国債で持った方が有利だという経済評価の結果だ。ステファニー・ケルトンの解説の通りだ。

そして、円安是正のために為替介入してドルを売って円を買う際に、このドル売りとは米国債を日本が手放してドルを確保しているのである。「絶対に現金化できません」じゃなく、普通に現金化しているのだよ。

 

そういう国債発行の仕組みや米国債を持つ理由がわかれば、「米国債を売りたい衝動に駆られる」がアメリカを激怒させたなんてことが如何に嘘っぱちか分かるだろう。

橋本龍太郎が失脚したり、若くして亡くなったり、中川昭一氏がやはり疑惑の中で失脚したりしているのを見て、つい「米国債を売りたい衝動に駆られる」と結びつけたくなり、そのために安倍元首相のように暗殺されたと思いたいのだが、それは国債の仕組みについて無知から来るものと言えよう。

もうそれが神話化してしまっているのだが、MMTを学べば変な話ということがすぐに分かるはずだ。

 

つまり、仮に橋本龍太郎がアメリカに殺されたとしても、それは「米国債を売る」と言ったからではない。もしそれが理由で殺されたとするなら、殺したアメリカも国債発行の仕組みを知らなかったことになる。(そんなことあらへんやろう)また、もしアメリカが橋本を排除したとするなら理由は「米国債を売る」と言ったからではないはずだ。

もしそれを理由とするなら、財政や国債の仕組みを知らないおバカなCIAか、アメリカのおバカな闇の政府の間違った失脚又は暗殺指示に橋本龍太郎は殺されたことになってしまう。

そりゃ喜劇だ。悲劇的な喜劇じゃないか。

なので私は、橋本龍太郎はアメリカに失脚又は殺されたというのは間違いで早くそんな馬鹿げた神話から脱却したほうが世界(特に財政問題)をよりよく理解できるようになると思うのだが、どうだろうか。

 

因みに先に取り上げた茂木誠氏の金本位制の説明やドル基軸体制の動揺等の解説は、茂木らしくない低レベルに過ぎて、MMTを学んでおらず、信用を落とすのではないかと危惧するのである。これだけMMTが騒がれていても何にも知らないというのはどうしても解せないんだけど。

 

もう一つ。

因みに、ドル基軸体制についての本質的説明、MMTからみた説明をnoteから知った。

それは中村哲治氏(元参議院議員)「国際基軸通貨になるための条件 貿易赤字」「経済学者が気づいていない経常収支のしくみ」である。

この説明は非常に簡単なものなのだが、私にとってはよく理解できなかった国際基軸通貨について目からうろこの感じであった。といって少しだけだけど。これにより、中国やロシアの国際基軸通貨への挑戦について理解が進む可能性を秘めているので。

機会があればまた記事に取り上げたい。