なぜ広宣流布を目指すのか?
その前にそもそも広宣流布って何なのか?
先の記事で、チコちゃんから「なんで?」と質問を受けたとき、
ちゃんと応えるべきだと書きました。
チコちゃんをわざわざ例に出さなくても
新入会者の方がいれば、おのずとこういった質問は出てきますが
最近は殆ど居ない、新入会者がとんと少ない昨今では、
こういった疑問をたずねる方が居なくて
だから明確にこの問いに答えることがなくなって、
広宣流布って何なんだ?と考えることもなくなった。
そして組織に「そんなこと聞けない空気」が蔓延し、
そうなると言葉だけが先行して活動する理由がわからなくなって
心がだんだん離れていってしまう。
そういったことからも折伏精神は必要だと思うのです。
あるいは、私の体験上非活の方を起こすことによって、
いろいろな質問に応えられるようになったりします。
では、広宣流布とはなにか?なぜ広宣流布を目指すのか?
私の考えはこうです。
「戸田先生は、かつて関西で、こう指導されたことがあります。
『なぜ、私は関西にやって来るのか。それは、この関西から、大阪から、
貧乏人と病人をなくすためである』
先生は、この一言で、広宣流布の目的が、
どこまでも宿命に泣く人びとの救済にあることを教えてくださった。
(新・人間革命第2巻先駆の章)
少なくとも私と縁する方々から私の地域から、不幸と悲惨の二文字を追放する。
これを目指すのです。
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