見事「まな板の鯉作戦」を成功させ、事業としても形ができ始めてきた2年目

とりあえず3年やって一人前、イチローがメジャーに行った時に言っていた言葉を思い出し

僕もまずは3年やってからだと思っていた。

ちなみにイチローと僕、タメです。。。(^^;)

1年目と違い2年目になるとガムシャラさだけでは体ももたなくなってしまうので
頭を使うようになってきた、いわゆる「仕組み作り」というやつだ

僕一人でやるには限界がある

そこで僕の手足となる社員を増やして行くわけだが

それはそれで問題が発生し始める

実際の手足とは違い、手足それぞれに頭があり勝ってに考え行動できてしまうからだ

しかも能力も個々で違うし

今まではプレイヤーとして思うままに行動しなり振りかまわずやってきた

サッカーで言うと本田のようなスタイルだ

そのノリのまま組織が大きくなり、そこに部下と上司という関係性ができはじめても

その時の僕にはそんなことに気づく余裕も思いやりもなかった

信念は1つ

「この会社を大きくして成り上がる」

そのために妥協はしなかったし譲こともなかった

社員には自分の考えをぶつけ、できていないことは指摘し、瞬間湯沸かし器のごとく説教をした

間違っていないと確信があったから

しかし

その結果、友達だった社員が朝僕のところに来て

「ごめん、もうついていけない、俺はお前みたいにはできないから辞めさせてほしい」と言ってきた

頭を鈍器で殴られた感じだった

会社を大きくしたい、そしてみんなでいい生活をして、将来は楽をしたい

そのために邁進してきた

友達にもあえて厳しくしてきた、彼のためだと思っていた

でもそれはひとりよがりだった。

僕はいつの間にかリーダーではなく支配者になっていたのだ。。。

それまで役者をやっても芸人をやってもいい結果がでなかった僕は社会に出て営業をやって
初めてと言っていいぐらい結果も出たし会社も大きくなりノリノリで突っ走っていたつもりでいた

後ろを振り返ったら仲間たちはついてきていなかったのだ

その日から本を読むようになった、リーダーとは何か、どうあるべきかを模索した

会社を去って行った彼とは今でも友達だ、友達というより数少ない親友と呼べる1人だ
彼が親友と呼べる存在だったからこそ、僕に気づかせてくれたんだと思う。

そして僕の中にかっこたるリーダーとしての覚悟と決意が産まれることになった

それは

「社員の個が活きる環境をつくる」
「社員の働く環境に最善をつくす」
「社員が幸せだと思える環境をつくる」

つまりリーダーとは環境をつくることが仕事なのだ

僕はよく高速道に例える

どこに高速道路を走らせるかを考え、道路を作るのがリーダーの仕事
作った高速道路にいかに多くの車を走らせて売り上げを回収していくかが社員の仕事

そのためにリーダーは働く環境を整備し戦える武器を作り社員に持たせる

そしてその道路に潤沢に車が走るようになってきたら、リーダーはまた次の高速道路をどこに走らせるかを考える。

そうやって組織はいつの間にか太く長くなっていくものなんだ。

そのことに気づいてから組織は輝きを取り戻した

2年目が終わったとき

売り上げは前年の200%、2億4千万になっていた。

僕のお給料は45万、賞与190万 年収は700万を超えた

社会人2年目、もうコンビニで値段を見て買い物をすることもなくなっていた。

続く

芸人の夢を31歳で諦め


初めて社会人としてのスタートを切った僕


入社2ヶ月目で唯一の先輩が突然会社からいなくなり


僕と僕が呼んだ友達の二人で新事業部を進めていくことに・・・・


入社当時僕は社会人としてビシっとしてなきゃいけないし


スーツのネクタイというのも格好いいなと思い


31歳という年齢もありかなり格好つけていた


ビジネスマナーも仕事内容もほとんどわかっていないくせに


わかったふりをして隙を見せないようにふるまっていた


しかし


早くもそれに限界がきた


僕を誘ってくれたA氏がいきなりいなくなったので


なんの引き継ぎもされていない


例えばクライアントとの請求のやりとりとか、契約書の種類とか


今までみたいに口からでまかせでは通じない業務が出てきてしまった(。。:)


そこで僕が取った作戦


それが「まな板の鯉」作戦だ


もうこうなってしまったのに格好つけていてもしょうがないので


クライアントに連絡し


「僕ずっと芸人をしてまして、社会人の経験がないんですよ、請求書ってどうやってつくるんですかね??」


!?


まさかのぶっちゃけにクライアント茫然・・・


と思いきや


クライアントさん大爆笑!!


逆に「どうりでお話が上手だと思ってましたよ」と感心気味に


なんと請求書のフォーマットを作ってくれてメールで送ってきてくれました!


「これにハンコ押して持ってきてくれればいいですよ」


なんて親切なんだ(涙涙涙)


そこからこの作戦を各クライアントに実行


するとみなさん可愛がってくれるしなっか守ってくれるかのように仕事を振ってくれるように


そんなクライアントが3社、4社、5社と増えていき


とりあえず恩返しと思い我武者羅に応えて仕事をしていたら


事業部設立1年目で売上なんと1億2千万!!


仲間にも恵まれ社員は4人に


事務所も品川の雑居ビルからお洒落タウンの吉祥寺に移転


広さも1.5倍ぐらいになり派遣会社っぽくなってきた(^^)


吉祥寺の土地柄がいいのか登録スタッフも増え始め気付いたら派遣スタッフ20名

登録コンパニオン150名ぐらいに


とは言え最初の1年はまともに休んだ日が6日、家に帰ったのが8日という無茶苦茶な生活だったけど

この1年があったから今の僕があるんだろうなと凄く感じます。


そして勢いだけでやってきた1年目から戦略的に事業を展開していくこと

プレイヤーからマネージメントに移行していく中での新たな壁が出てくることになる2年目を迎えるのでした


続く

このタイトルも最近打つのに慣れてきた(^^)



さて、いよいよ社会人としての生活を始めることになった僕


とはいえ、何もわからないし、何も持っていない


まずは形から


ということで


スーツを買い、腕時計を買い、カバンを買い、ノートに計算機に名刺入れの手帳に・・・・


なんだか楽しくなってきた


仕事用の携帯も手に入れた(自分名義で自分支払いだけど・・)


とにかく何もかも1から作る状態だったのでほぼ毎日徹夜、会社に泊る状態だった


でも、なんか部活の合宿のような感じで楽しかった(^^)


朝から夕方まではクライアントの対応に追われ


夕方からは資料作成


人材派遣会社なのでスタッフの登録シートや面接用、研修用などの資料

タイムシートやスケジュール管理の表、通常の業務が走り始めながら社内のルールや資料を作る状態だった


もちろんスタッフもそんなに沢山いないので僕も土日は現場に出るのが当たり前だった


日曜日はイベントが終わってから会社に戻り報告書を仕上げクライアントにメール


他の現場の分も目を通し月曜の午前中までにメールしていた


新鮮ながら慌ただしい日々を送っていた中問題が発生した


僕を誘ってくれた彼(A氏)だ


A氏は当時付き合っている彼女がいた


とても可愛らしい子でA氏はベタ惚れ、完全に尻にしかれている状態だった


ところがその彼女が我がまま我がまま


しかも大学生ときている


毎日のようにA氏とデートしたがり、朝も「離れたくなーい」コール


立ち上げで業務がメチャメチャある中


なんとA氏、彼女の言いなりに・・・!?


しばらくすると


朝会社に来ない


クライアントとの打ち合わせにも来ない


連絡は取れない


社会人初めての僕が打ち合わせに1人で参加することも・・・


派遣会社での経験はバイトながら10年ぐらいあったのと

芸人をしていたことのトーク力が活き、なんとかしのいでいたのだがさすがに我慢の限界!


ある日A氏を呼び出し


「お前やる気ないんなら辞めれば!」


!?


1か月前に僕から電話して会社に誘ってくれた彼に


完全に切れてしまった!


しかし、その場では謝るもののまた同じことを繰り返すA氏


それに対して切れまくる僕


入社2ヶ月目の時だった


突然彼が会社に来なくなった・・・


その日以来


彼とはいまだに連絡を取っていない




入社して2カ月



僕は事業部のトップになるはめになった(・・;)


その頃、一緒にやろうと言っていた仲間が1名入ってきていたので

たった2人の事業部だが・・・


2人とも社会人初経験


名刺の渡し方と、ビジネスメールの送り方をようやく覚えたぐらいのレベル


ただ人に恵まれていたためか取引先は通信関係の大手商社や広告代理店ばかり


そんな中請求書の立て方もわからない僕ら


結構冷や汗でました


しかし


時間も仕事も止まってくれません



そこで僕は奥の手を使うことにしました


題して


「まな板の鯉作戦」


これがズバリあたり、ずいぶん楽になりました(^^)


続く



芸能界の厳しさを目の当たりにし、その道を諦めた僕


心を決めて社会に出ようと思ったものの


31歳、社会人経験ゼロ、大学中退


そんな僕になにをやればいいと言うの!?


かと言って親切丁寧に導いてくれる施設も人もいないし・・・


結局この10年間バイトをしてきた派遣で何か携わるしかないと思い


とても安易な考えで


派遣会社を経営しようと考えた(マジ超安易;;)


当時同じお店で働いていた仲間と3人で話をして


なんの根拠もないのに3人ともノリノリで


でも


やるっていっても何をすればいいの??


・・・


・・・


いきなり行き詰まった僕たち


そこで


僕は働いていた派遣会社の営業さんが独立したという話を聞いていたので

彼に連絡をして起業の仕方を教えてもらおうを思った


すると彼は「今一人でやっているから本気でやるなら一緒にやらないか」と誘ってくれた


そして彼の話を聞くために会社へ


場所は品川の雑居ビル


入るとホントに昭和のニオイのする古ーーーーい感じの事務所だった


それでも社会人未経験の僕にとっては新鮮だった


色々話をしていると途中から1人の60ぐらいのおじさんが入ってきた


ビルの掃除でもしていそうな感じの人だった


経理か何かやってる人なんだろうか


あまり気にせず話しを進めていると


俺を誘ってくれた彼が突然


「あ、そう言えばこちら社長さん」


!?


経理のおじさんじゃなかったの??


まさかの社長だった!


彼はこの社長さんが作った会社の中で新しく派遣の事業部を作り


それを僕と進めようとしていたのだ


ちょっとビックリしたがよくよく話を聞いてみると


実は大手上場企業の社員さんで副業でこの会社をやっているらしい


確かにかなりの思いつきで派遣会社を始めようと思ったが

起業することも収支に関することもなにも考えていなかったものだから


とりあえずこの会社にお世話になることにした


「お給料はいくらぐらいがいい?」


と聞かれたので


これまた無知だった僕は


「30万ぐらいあれば」


何のキャリアもなく実績も経験もない31歳の人間が初任給でいきなり30万ほしいなんて

今の僕だったら恐ろしくて言えないが、知らないとは恐ろしいものだ・・


しかし社長はそんな僕の言葉に疑問ひとつなく


「じゃあ30万で」と一言


こうして僕の初めての社会人生活が始まったのだった


今思えば、これが僕にとって1つ目の大きな出会いだったのかもしれない。


そしてここからドラマのような波乱万丈が待っていたのだ。


当時31歳 この年の年収30万×12カ月、賞与10万 370万


続く

芸人を始めてから3年が過ぎ、今だ見えないトンネルの中をさまよっていた


ライブには出るが別にギャラが出るわけではない


むしろ顔を売る場として、たいていは出演料を払って出してもらっている側だった・・・


事務所にも所属はしていたが名前のある事務所でもない


そんな中、チャンスというかピンチというか


現実を目の当たりにさせられる仕事が入ってきた


テレビ出演だ


TBSの深夜枠でダウンタウンの浜田さんが司会をしていた番組だった


テンションが上がった!


3分程度のネタをやるということで


自身のネタを練習しまくっていきようようと赤坂のTBSへ


楽屋に入るとプロデューサーらしき人とカメラマンさんが・・・


「はい、じゃあブイ撮りしますんでショートコントを2、3本やってください」


!?


ここで撮るの??


スタジオに入って浜田さんとかと絡めるんじゃないの??


しかもショートコント?しっかりとネタをやれるんじゃなかったの??


頭の中を?マークがいくつも飛び交っていたが


無名の僕らにそんなことを質問することも答えをもらうこともできる状況ではなかった


「ん?早くしてよ、時間ないから、はいやって」


プロデューサーから催促の声


普段のネタでショートコントなんてしたことのなかった僕らだったが


その場で考えいくつかやった


「大丈夫、使っても10秒ぐらいだから」


ほんの10分ぐらいの滞在時間でテレビ局を後に・・・


結局、スタジオに入ることもなくタレントと絡むこともなく、VTR出演ということだった


しかも10秒程度のショートコント1本


わざわざ局に行かなくても当然僕らじゃなくても済むものだった


行きのテンションとはかなり差のあるテンションで帰った


芸人としてプロとして食べていくことの過酷さを思いしらされた瞬間だった


それから程なくして僕らは解散することになった


そして8年間のフリーター生活にピリオドをうち


社会人として生きていく決心を固めた


当時31歳、年収200万


この5年後に1500万以上稼げていることなど想像もしていなかった


続く