地球は狭い

photo by Itakura
みなさんこんにちは
来月パタゴニアのお店で、講演することになりました。
今僕が考えていること、日本の未来について、みなさんと一緒に考えていけたらと思います。
日程は、
6/13(金)パタゴニアサーフ東京(渋谷)
6/18(水)パタゴニア鎌倉ストア
6/20(金)パタゴニア仙台ストア(ゲスト:永田文夫 三陸を放射能から守る会 代表)
6/27(金)パタゴニア大阪ストア(ゲスト:小出裕章 京都大学原子炉実験所 助教)
6/28(土)パタゴニア京都ストア
詳しくは、パタゴニアのサイトのストアイベントのところを見てみてください。
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『プロサーファーと共に日本の未来について話そう』
スピーカー:木下デヴィッド(パタゴニアサーフアンバサダー)
僕は、プロサーファーとして世界40カ国を旅し、地球は思ったよりもずっと狭いことを痛感した。人口が増え続けていく中、地球の、そして日本の未来をどう築いていくべきなのか?目指すべきエネルギー政策とはどんなものなのか?原発のこと、自然エネルギーのことなど、震災のずっと前から原子力の反対運動をしてきた僕が今感じていることをひとりのサーファーとしてお話しながら、日本が目指すべきエネルギー政策や、政治システム、日本の未来、個人の行動と責任について一緒に考えていきたいと思います。
プロフィール:
木下デヴィッド
日本人の父とデンマーク人の母との間に生まれたデヴィッドは、幼い頃から世界を転々とし、16歳から鎌倉でロングボード・サーフィンをはじめる。その後、国内外での大会に出場しながらメディアの露出やファッションモデルとしても活躍。世界と日本を往復することで早くから日本の環境問題に取り組み、それらを解決するために社会に対してもサーファー代表としてその声を届けた。さらにJPSAの選手会長を3年務め、組織の改革にも取り組むなど幅広い活動を続けている。
参加費:無料
バリ島
に一週間ほど行ってきました。
バリ島は、僕が知っているこの20年の間にずいぶんと変わった。
空港はピカピカの近代建築で新しく、そばにはアクアラインみたいな橋が完成していた。
なにやら、こないだのG7の会合があったので、大本営のジャカルタからの要請で建築された様子。
インドネシアでは相変わらずゴミの分別を行っていないと同時に、人々はなんでも川や海に捨ててしまう。
特にバリ島では、焼却設備が乏しく、ゴミは山積みにするか、土に埋めてしまう。
その現状があるのに、各国の首相が数日滞在するためにあれだけの施設を建築したのであれば、お金の使い方が間違っていると僕は思う。
それだけインドネシアではゴミ問題が深刻なんだよね。
発展途上国から先進国になったら、注意する人達が増えると思うんだけど、あれはどうにかしないと大変なことになるよ。
実際、ロ—カルサ—ファ—の人達も言っていたよ、中心のジャカルタが動かないとどうにもならないって…。
日本の原発問題とそっくりで、結局、一人一人が変わるしかないんだよ。
時間はかかるけど、長いスパンで考えると、そういうことになる。
それが歴史で、歴史はみんなでつくるものだと僕は思っている。
これから先、狭い地球で環境問題を無視した政治家の支持率は、下がるに決まっている。
そうじゃないケ—スも多々あるのは知っているけど、そもそも、日本では、投票率があまりにも低すぎる。
床屋談義とも言われる、ただ空気中に言葉を発して文句を言っても政治家には届かない。
これから大事なのは、選挙に行かない人達をいかに選挙に行かせることだと思う。
さて、波乗りの話に移さなきゃね。
試合は散々な結果で、ただ、ただ、自分が情けない。
あと5戦ぐらい今年はあるので、試合後は気持ちを切り替え、翌日にレンボーガン島に行った。
この島はバリ島の東側に位置し、つい最近、日本人のダイバーが行方不明になって大騒ぎになったところ。
スピードボ—ドを4人でチャータ(320ドル)し、ダブルぐらいの極上ライトを堪能した。
そして帰国の最終日は、南アフリカと西オ—ストラリアの間で猛烈に発達したスト—ムからの本震のうねりが届いた。
2、3日前から、にわかに届きはじめた波長の長いうねりが大炸裂したのであった。
僕は、オ—ストラリアで高校を卒業したばかりのイエガンと言う名のガイドを雇った。
彼の父親はバリニ—ズ、母親はオ—ジ—と自分に似ていて、まだ19歳と若く、大学進学をオ—ストラリアにするか?バリにするか?を迷っていた。
そんな彼と目指したポイントは、迷いなく、別名『呪われた海』、そう!、ウルワツである。
サヌ—ルから一時間のドライブの中、僕は彼の進学の相談役になっていた。
まぁ、最後は、自分で決めな!と話を終え、約束の地と呼ぼうか?あの崖の上に着いた。
ラインナップを見ると、心臓がバクバクになりはじめた。
デカイ!セットはトリプル。
15分ほど観察し、Biggestセットのピ—クを入念に確認し、パドルアウトを決意。
ガイドのイエガンにどうする?と訪ねると、一緒に来ると言う。
でもイエガンは、目が悪い。
メガネをかけていて、おそらく、波の大きさを分かっていない。
『デカイけど、本当に行くのか?』と再度訪ねると、『行く!』と言う。
でも、僕は彼には無理だと分かっていたが、なにせ若い、男はど根性と思い、一緒にパドルアウト。
コ—ナ—から大回りし、安全地帯をパドル。
イエガンの顔色が変わったのを横目に、それまで合わしていたパドルのギアを僕は上げ、無言で彼を置き去りにした。
僕は、ピ—クめがけてパドルを続け、ようやくの思いで着いた。
最大セットを見送ったあと、岸の鉄塔の位置をインプットし、ピクリともそこから動かなかった。
なにせ、誰もいない。
遥か奥のピ—クに数人入っていたが、メインのピ—クは僕一人になってしまった。
そして、潮がどんどん上げているのに気ずいた。
その為、波がなかなか割れてくれない。
手前に戻ってミディアムの波に手を出そうと思ったけど、そんな勇気はなかった。
もし、最大セットが来て、喰らったら、リ—シュを切るのは確実だし、せっかくのニューボードは、折れるか、崖にぶち当たり、ぐちゃぐちゃになるのが落ちだし、あの距離を一人で泳ぐなんて、、。
いろんなことが脳裏をよぎり、手前には戻れない。
30分ぐらい待って、ようやく、最大セットが来た。
だが、潮が上げたせいか?割れるポジションが変わっている。
セットがあまりにも少なく、なかなかファ—ストウェイブをつかめない中、一時間が過ぎ、さらに粘っても、結局、一本もつかめない中、僕はあきらめた。
猛パドルで上がろうと決め、手前にもどると、イエガンを発見。
イエガンは、潮の流れが速すぎて、ピ—クにはたどりつけないと言う。
僕達は、別のポイントに行こうと決め、上がろうとしたが、あのサイズのハイタイドのウルワツをパドルで上がるのは不可能で、海がなすがままに、パダンのほうへ流され、ようやく小さな浜に打ち上げられた。
そこには、小さな階段があり、その階段がまた怖くて崖を50メ—トルぐらい登るんだけど、炎天下で頭を長時間焼かれた後なので、登るのがキツかった。
ようやく、頂上に到着したら、おばさんが『トランスポ—ト♪』『トランスポ—ト♪』と言っている。
僕は、こんな距離!歩いて戻るに決まってるだろ!と思い、首をふった。
ところがどっこい、ここから、本当の難関が待ち受けている。
まず、ガイドが道を知らない。
とりあえず、右でしょ!と思い、歩き始めた。
ところが、時間は真っ昼間。
炎天下で道路がフライパン状態。
僕達は、日陰を見つけてはダッシュを繰り返し、日陰がないときは、草むらに裸足で入り、日陰を見つけてはダッシュ。
結局、ウルワツに戻るのに40分近くかかった。
着いて飲んだ水は、とても美味しく、何よりも無傷で生還したことに喜びを感じていた。
一本も乗れなかったけど、トリプルの狭間に一人だけの2時間は、心臓がバクバク状態で、他のポイントへ逃げず、攻めて行った自分のことが好きになった。
若き日の9年前、あの最大級のウルワツを攻めた自分を思い出しながら、複雑な心境だったが、今は今、誰でも老いはくる。
あの波を攻めるには時間が必要だ。
おそらく、あのコンディションをあと2、3回やれば、だいぶ慣れてくると思った。
車に戻ったあとはもう体力がなく、試合、レンボーガン、そして、あのウルワツ、僕はイエガンに戻ろうと告げ、戻る途中に観光スポットがあったら、寄ってとお願いし、そこで昼飯でも食おうぜと言った。
サヌ—ルに戻ったら、沖で少し波が割れているので、軽くやり、その後は、10リットルのワインパ—ティ—が待っており、ぐいぐい飲み、サヌ—ルロ—カルと飛行機に乗るまでバカ話をしながら、再会を誓い、僕らは、ガラガラの飛行機に乗り込んだ。
当然、席は4つを確保、
離陸後、速攻、爆睡。
きずいたら、5時間寝ていた。
今回のバリトリップ、最大の思い出は、ロ—カル達と酒を飲んだこと。
思ったことは、人間皆兄弟で、たいして変わらない。
そして、赤道直下の発展途上国の未来は、どう変わるのかぁ~?
何人かのロ—カルは、あまりの物価上昇で、他の島に引っ越すと言っていた。
それでも、自殺者ゼロのバリ。
まとめると、発展途上国で自殺する人達はいなく、先進国ではいることになった。
日本では、相変わらず経済成長を連呼する政府。
月々の給料がうん千円あがって喜ぶ人々がかわいそうに見えるのは僕だけだろうか?
やっぱり、発展途上だった4、50年前の日本が一番楽しかったように思えるよ。
久しぶり!
更新がないけど、そういう時期もあるよ~。
ドライス—ツのおかげで、冬の波乗りは充実しており、僕の中では『冬の革命』と呼んでいる。
まだまだテスト中なので、ストアにはないけど、今年の冬には並べるかな。
こないだの大雪は、じつは勝浦は雨で、雪はあんまり積もらなかった。
低気圧に吹き込む暖かい暖気におおわれたのと、海の海水温度は14度ぐらいだから、雪は溶けて冷たい雨となってしまう。
勝浦でも少し内陸に入ると大雪だったよ。
それほど、沿岸部は暖かく雪は降りにくい。
こないだの大雪の要因は、なんといっても低気圧のスピードが遅かったこと。
遅いことによって長い間、雪が降りつづいた。
遅い要因は、東海上の高気圧が行く手を阻んでいたからだと思う。
近いうちに図を書いて説明しようと思っている。
まぁ、最近は更新がないけど、僕は元気だよ~☆
North swell
東海上で発達した大きな低気圧は、地球上でもっとも大きな低気圧で、そこから北うねりが届いている。
波の間隔は広く、待ち時間は長いけど、ひとたびセットがくれば、そのうねりは分厚く、水の量が多かった。
もうひとつの低気圧が関東の南海上を夜半に通過、明日も波は良く、僕にとってBirthday swellとなる。
やったぁ~☆
そして、ついに40歳になる。
40歳か~! でも、あんまり関係ないね。
でも、やっぱり一つの節目みたいな感じはある。
来年も試合に出る予定で、持てるすべての力を振り絞り、みんなをやっつけようと思っている。
もうすぐスポンサーのパタゴニアのドライス—ツが出来上がる。
最強ドライス—ツに、最強インナーに身を包み、冬の間は、たくさんサ—フィンをすることが出来る☆。
いろんなことが起きたここ数年だけど、僕は波乗り屋であり、普通に波乗りがしたいよ。
たくさんの人達が、僕にいろんなことを期待するけど、僕には僕のぺ—スがあることをわかってね。
最近は、あんまりニュースとかを観ないようにしているよ。
邪念が多くなるから…。
本気を出せば、わかることは山ほどあるし、むかつくことも山ほどある。
体がむかつきすぎれば、スポーツには良くない。
なので、波乗りに集中します。
NO BUT WAVES
訳すと、悪い波は、ない。
凄い!凄すぎる!!
この言葉は、僕にとって原点に戻る言葉だと思う。
コンペ思考、、、勝てばハッピー、負ければアンハッピ—。
正直、海に申し訳ないよ、あれだけ優しく包んでくれたのに…。
前にも書いたことがあるけど、僕はミッキーさんを心の底から尊敬している。
尊敬する理由は、彼の心の広さ。
僕は、たくさんのレジェンドサ—ファ—と言われる先駆者と交流してきた。
その中で、ミッキーさんだけは違ったんだよ。
人生を心から楽しんでいると言うか…嫉妬心みたいなのがない人だった。
僕が、ミッキーさんと初めて合ったのは高校生の時で、その時の写真だよ。
この写真は、僕の宝物さ~☆☆☆☆☆☆
そんなミッキーさんが最近本を出したんだよ。
その本がうちに送られてきて…題名を見たら、悪い波はない…ありがとうね☆…この言葉とうまく付き合うよ…。








