東京ビックサイトで
2月28日~3月2日まで再生可能エネルギーもしくは自然エネルギーの展示会が行われるね。
うちに招待状がたくさん届き、行こうと思っている。
この招待状は北海道から送られてきたもので…じつは去年亡くなった父が、15年ぐらい前に釧路にサ—カ—場半分ぐらいの安い安い土地を購入した。
その後、誰も使わないから、北海道の仲間を通じてその土地を売ろうとした時に、太陽光発電をコラボしてやろうという話が持ち上がり、その仲間が釧路市役所にいろいろ申請を申し込んだ。
しかし、その時に『例の送電線問題』が発生したのである。
例の送電線問題とは、日本各地の送電線の容量がいっぱいになるから、再生可能エネルギーの電気は通せないというのだ !
それはおかしい!と京大の教授と関係者が調べたところ、数%からせいぜい19%しか流れてないと言う。
ようは、8割以上の送電線が空いているという話。
何でこんな事が起こるのか?
そこで、僕もいろいろ調べて勉強したがややこしい。
わかったことは日本列島は縦に長く、日本の送電線網は『クシ型』と言われるもの。
一方、再生可能エネルギーのお手本となるドイツの送電線網の回路は碁盤状の『メッシュ型』。
送電線に関しては僕も勉強中でよくわからないけど、川で例えると、『クシ型』は一ヶ所に水が集中すると洪水になりやすい。
洪水が停電で、いろいろたくさん電気がいっきに流れると不具合がおこるらしい。
ドイツは、碁盤状に送電線網が張り巡らせてあるため、いろいろと調整ができるという話だ。
洪水は起きにくく、水がまんべんなく流れるしくみ。
このクシ型とメッシュ型の違いによって、新規参入してきた再生可能エネルギーの受け入れを止めるという問題が起きている。
それと原発を再稼働した時に、再生可能エネルギーの電気も通せば、送電線が一杯になって、いろいろと支障が起きるらしい。
でも、皆さんに考えて欲しいのは、日本ではずっとずっと長い間、原発がなければ電気は足りないと教えられた。
やがて、震災が起き、原発の稼働がゼロになっても、普通に電気は足りていて、長い間ついたその 『嘘』 がバレた。
まぁ、停まっていた火力発電とかを稼働させたと思うけど、それでも再生可能エネルギーの普及がまだまだの中で普通に電気は足りていた。
原発や火力の発電量にはかなわないが、震災後、日本の自然エネルギー比率は6%(主に太陽光)増え、全体の15%までに成長した。
まだまだ、地熱、洋上風力、小型水力、バイオマス、が控えている。
これから全世界で再生可能エネルギーが普及していく中、日本では送電線問題で、再生可能エネルギーが滞るとう展開が起きている。
まったくもって世界の潮流に逆行している。
おそらく、電力会社はこう考えていると思う。
送電線の『クシ型』問題に加え、原発を再稼働させないと、廃炉や核のゴミや福一の事故処理やいらない再処理の費用等、、、もろもろの採算が合わないから原発を再稼働させたいと。
本当は、ようやく最近小泉元総理が頑張っているように、まず、与党が再生可能エネルギーに舵を切り、日本の底力で自然エネルギーを日本各地に普及させる。
そして、世界が圧倒する再生可能エネルギーの製品を海外に輸出すること。
廃炉や核のゴミを保管する費用は、こうなった以上、電気代に上乗せするしかないと思う。
時間を巻き戻し、1960年代後半から将来日本がこうなると国民が知っていれば、全然違う政策が出来た。
あまりに電力を一つの会社が独占してきたことによって、アイデアが片寄り、後戻りできなくなった政策のように思える。
それと長年いた国会議員が、一番大事なエネルギー政策に目をつぶってきたつけと言っていい。
確かに1970年頃に再生可能エネルギーで工業国日本を支えることはできなかった。
でも、時代は変わり、世界が求めている再生可能エネルギーの普及を日本の送電線問題で滞らせるのは、絶対に違う!!。
経済産業省は、ドイツやヨーロッパの仕組みを勉強して、なんとか送電線問題を解決して欲しい、いや!世界で一番有能な日本人ならできると思う。
原発がなくても電気は足りる…そんなことは、ハジメカラワカッテイル。
静かな日曜日
波もなく、ひときわ静かな日曜日。
窓越しに見える海からの浮き出る光は、このガラケ—のカメラでは撮れないかな。
この写真はトイレから撮っているんだけど、朝日が海面を照らした際の反射した光が木と木の間から見え、そこに薪ストーブの熱が空間をゆがめると言うか? 光が浮き出て見えるんだよ。
引っ越してきた時には、海が全部見渡せるほど木の高さが低かったが、今は木がどんどん成長して海は半分見れなくなった。
その反面、防風林の役目を担ってくれて助かっている。
火曜日の南岸低気圧は、沿岸部は雨で内陸部で少し雪が降るぐらいかな。
金曜日の雪予報はくもりに変わり、低気圧は発達しない模様。
やっぱり、週間天気まではかなりの確率(8割以上)で当たるけど、その先は、難しいね~。
ヤモリ
今年の3月末までにリフォームを完成させ、新しいホ—ムペ—ジをオ—プンする。
きのうはボード部屋を綺麗にしていたら、ヤモリが5匹ぐらいベニヤとベニヤの間に張り付いていた!
冬眠中起こしてごめんよ~と思いながら、手のひらに乗せ写真を撮った。
そのあとは急いで壁の隙間にリリ—ス。
ヤモリはとてもおとなしい生き物なのかな~…モソモソとゆっくり動き、暗いところを好む生き物で、なにげに足に吸盤がついている。
昔、小学校の時、鎌倉山にある夫婦池にブラックバス釣りに行った時、よくヤモリが土管の中にいて捕まえては逃がしていた。
その池の山の上のほうに、全長200メ—トルぐらいの防空壕があって、もしかしたら今だにその防空壕を知っている人は少ないと思う。
発見した時には入り口が半分埋まっていて、ほふく前進で入ったんだけど、あまりに深く暗いので、そばにある駄菓子屋でマッチを買ってきて、枝に火をつけながら進んで行ったんだけど、あまりに深く入組んでいた為、マッチ箱1つがあっという間になくなって、その日は退散したのを覚えている。
数日後、家にある懐中電灯とテ—プを持ち出して、再びチャレンジ。
テ—プは何に使うかというと、何本も小さい枝に巻き付けて、分かれ道のところに置いた。
入り口の方角を知るために、矢印として置いたのである。
その防空壕の中には、当時使用した錆びた椅子やら机があり、長い間誰も踏み込んでいなかったように思えた。
なぜなら、足跡がなかったから、。
きのうはヤモリが出てきて、そんなようなことを思い出した。
僕がなぜ!?こうゆう冒険話をよく書くのは、子供の頃は学校の勉強も少し大事だけど、それよりスポーツして冒険して、肌でいろいろ感じたほうが、脳が活性して5感を養えると思うから…。
大人になって社会に出て、応用、応用の連続になる時、学校の勉強より、いろいろ経験したほうが役に立つ場合が多い。
波は、土曜日の夜、南風が吹いて、日曜日の朝、少し残るね~、その後のバックスウェルは今回はなしだね。
西、南西の風の日々が続き、再来週末に低気圧が発達して北うねりが入る?かもね。
最近は、週末に低気圧が通る。
日曜日
南西の風にシフトし、北うねりもおさまってきたので久しぶりに九十九里方面へ。
水温は勝浦よりマイナス6の8度。
千島海流と黒潮が激しく入り乱れる複雑な潮の変化は、房総半島ならではの生きた海。
沖に出るとセットは頭半を越えており、ダブル近くあった。
夕陽が眩しくよく見えなかったのと、リ—フブレイクと違い、ビーチブレイクはピークがシフトするから、直感で動くことが大事だね。
今は、勝浦からバスでメガシティ—の東京へ向かっている。
ホ—ムペ—ジを進める打ち合わせ。
僕のホ—ムペ—ジを今、作成している方は、あの吉田さおりん(レスリングチャンプ)のページも作成していて、とても気さくな面白い人。
しかも、無料で作ってもらっていて、ありがたい事だ。
おっ♪富士山が見える。
久しぶりに富士山を見た。
あっ!?日曜日は、パタゴニアのふじさん(61歳)と一緒に沖に出たんだよ~。
The day☆
僕は、この日を待っていた。
なぜなら、冬の時期の勝浦は混雑がひどく、地元の人達に合うとほとんどの会話が、…『部原はどうしちゃったの!?…人が多くてサ—フィンができない』…といった具合だ。
リ—フポイントは、波のサイズが頭を越えても簡単に沖に出れてしまうので初心者だらけになってしまう。
特に、2000万人以上住む大都会から2時間しか離れていなく、冬の時期は北うねりの北東の風をかわすポイントがほとんどない。
スキー場のゲレンデで言ったら、急勾配がきつい上級者用にビギナーが殺到し、途中で転んで雪だるま状態。
こないだは、勝浦の海で35年もサーフィンしている仲間の顔面にボードが当たり、顔が思いっきり腫れあがった。
女性の方が、ドルフィンスルーを出来ずボードを離してしまったらしい。
僕も、間一髪で人をよけることが多々ある。
自分の体重と馬力で人をひいたら、大怪我どころか?打ちどころが悪ければ、、、、。
僕は、この記事を書くのに10年も、何度もためらった。
でも、もう、怪我人続出なのと18年も家から様子が見えるから、仕方なく書いている。
地元の人達やうまい人達は、ただ指を加えて見ている状態の日々が続いており、人が少ない空きをみて海に入っている。
僕も目の前に住んでいるけど、土日はよっぽどいい時しかやらない。
平日でも、本当はやりたいんだけど、入るとイライラするから、冬の時期は南房総へよく行く。
特に僕は部屋からラインナップが見えるから、混雑がひどい時は、見ていてイライラするから、カ—テンを閉めてしまう。
綺麗に滑ってくれれば良いのだが、…。
かつて、かずゆきさんが生きてた時に僕はこう言われたことがある…『デヴィッド、部原は好きにしろ!!』…僕はこう言った…『僕は引っ越して来た人…そんなこと言われても…』。
かずゆきさんはこう言った…『部原は、一人一人に注意をしなければいけないから、俺はやらない!』…と。
それと、こうも言ってきた、「松部はロングボード禁止だよー、本当はお前みたいに乗れる人はいいんだけど、問題はそれを見て、他のロングがくるんだよと」…。
サ—フィンには、ルールがある。
それは、沖から滑ってくる人のライディングを妨げてはならない。
手前で待つ場合は、よけるスキルが必要。
まぁ、僕がいくらここで書いても、改善されることはないと思うけど…。
日本ではオリピックも決まり、やがて、楽しいサ—フィンはうなぎ登りで人口が増えることだろう。
サ—フィン大国オ—ストラリアでは、国が腰を上げ、各ポイントにきちんと看板を出した。
危険なカレントや岩の場所、沖に出る時は大回り、きちんとしたル—ルづくりを行った。
それを提案した人はあのナット・ヤングで、僕はその時たまたま1週間以上もナットさんの家に泊まって、毎日、毎日、その打ち合わせを横で聞いていた。
息子のボウやブライスと毎日一緒にサーフィンをしながら…。
実は、あのボウをコーチングして世界チャンピオンに導いたのは僕だった。
その話も、今度書きます。
その打ち合わせには、あの世界4連覇のマ—ク・リチャ—ドさんもそこにはいて、僕は緊張しまくりで、正直、居心地が悪かったのを覚えている。
でも、ナットさんが僕のことを凄い気に入ってくれて、おまえはうちに泊まれ!と半分強制状態だった。
僕は、なぜか?よくわからないけど、そういうところに昔からよくいるんだよ。
その昔、JPSAの創設者の家にも、5年居候していて、組織のいいところ、悪いところを僕はほとんど知っている。
今、思えば、それも凄いことである。
話は少し飛ぶが…やがて…
僕は、JPSA選手会長(ロング)になり、いろいろ理事の人達と大喧嘩が続き…新組織立ち上げ計画まで浮上した。
日本のサ—フィンを築き上げた先輩理事16人といろいろ議論した結果、年輩の方々は僕にこう言った…『俺らは引退するから、おまえが理事になってやってくれと』…。
そんな矢先…青森の再処理工場の話を知り、僕はそれどころではなくなった。
いろいろと怒りが頂点に達し、言葉では説明できない何かに取り付かれたように反対運動を繰り広げた。
この話を始めるときりがないから、話題を戻して…選手会長時代にしたことは、まず、
1ヒ—トを15分から20分にした。
ラクラク連絡網を作成したこと。
女子のロングをつくったこと。
選手会を設けたこと。
ジャッジと選手のミ—ティングを行ったこと。
スリランカでASPみたいにマンオンマンヒートを設けたこと。
あとは、なんだっけ?ノ—トを見れば、いろいろ出てくるけど、探すのがめんどくさいから、。
そして、一番の業績は、新団体を作ると僕が言い出して、大喧嘩をし、当時の理事16人が、その後引退を表明し、引き継ぎの理事長が動きやすくなったこと。
あんまり書くと悪口になるので、あとは想像におまかせします。
とにかくいろいろやったんだが、なかなかわかってもらえないから、書いている。
あれ!?話が違う内容になっちゃった。
そうそう、スポーツ庁に相談して、メジャースポットだけ、ルールが書いてある図式の看板が設置されるのも時間の問題かもよ。
今は、ネットや横流しで簡単にボードを買えて、昔みたいに、サ—フショップや先輩の教えがないまま、海に飛び込んじゃうから、勝浦に限らず、日本各地の海岸でこれから人が増えて、もっともっと、もめるよ。
じつは、部原の階段のところにも昔、コ—スをふさがないようにとみんなで看板をつくったんだけど、いつの間にか、風や潮でなくなった。
今日は都会では雪、海の中は10人もいなく、こんなに滑りやすい部原は初めてだった。
新品のドライをおろし、5時間も海に入ってしまった。
波は頭半ぐらいで、北うねりはパ—フェクトなレフトをプレゼントしてくれた☆
ふと、
思ったから書いた。
《仮説》
この間の続きで、地球は丸く、大気は繋がっている。
ここ数年の活発な海底火山の噴火や年々増加している温排水で海水温は上昇した。
海水温が上がると、当然その周辺の大気も暖まる。
地球は温度差を解消しようとするので、高緯度付近の冷たい空気がより南下する。
そうすると、いろいろ複合的に偏西風が蛇行する??
ふと!?思ったのは、この偏西風の内側の面積や温度分布の範囲って、毎年どれくらい違うんだろうか?
それとも、ほぼ同じなのか?
毎年ごとを比べれば、何かわかると思う。
共通点と違いを分析して、、、、。
話変わって、気合い入れて偏西風の蛇行の原因を考えていたら、青森沖で大きな地震。
やだ、やだ。
あっ!?そう言えば2009年頃、国会の横の議員会館で再処理工場の是非をめぐって、岩手の『三陸海岸から放射能を守る会』の永田さんが原子力保安員にこんな指摘をした…『あなた達が用意した資料に1800年代後半に八戸周辺で起きたデカイ地震』が記載されていないじゃないか??』。
永田さんは、当時、高校の理科の先生もしていて、僕が尊敬する中の一人の人間で立派な人である。
実際に当時残された貴重な写真を議員会館に持ち込んで抗議したのである。
その写真は、八戸のお寺がぐしゃぐしゃに崩れている写真だった。
原子力保安員は、いつものように下を向いて、ただ、ただ、黙っていた。
日本各地のいくつかの原発の直下に活断層があるのになかったことにするのはニュースや新聞でもやっているが、以外に再処理工場の直下にも活断層があることはあまり知られていない。
まして、原子力保安員が用意した再処理工場についての資料の中に、実際に八戸周辺で起きた大きな地震が記載されていない。
それは東京に原発を建造して、関東大震災がなかったと言っているようなこと。
最近の相次ぐ火山噴火や先日のアラスカ沖の大地震、環太平洋プレートは繋がっているから、いつ北海道沖の巨大地震が起きても不思議ではない。
この話は、決して大げさでもなんでもない。
そういう時代に生きていることを忘れてはならない。
発達して
通った昨晩の南岸低気圧は、関東に大雪をもたらした。
東京は積雪20cmを越え、沿岸部の勝浦でも5cmの雪。
波はセットで頭半。
しかし、今回の低気圧、三陸沖から北西方向に進路をとった為、関東ではこれから南南西の風が強く吹く。
せっかくのうねりも風が合わないところが多く、サイドオンショアのところが多い。
もし、低気圧が三陸沖から北、北東方向に向かえば、北西の風にふって、いわゆる『ザ・デイ』になったけど今回は残念。
先週はポルトガルのナザレや特にカリフォルニアのマ—ベリックでは、ここ20年で一番の大波になった。
その波の高さは15メ—トルを超え、アンタッチャブルな世界。
大波が立った理由は、地球の中緯度地方の海水温が高いから、その上の外気温も高く、その温度差を解消しようと、北極地方の冷たい空気が中緯度まで引っ張られ【大寒波】、暖かい空気と冷たい空気が激しく混ざり会う。
この激しく混ざり合う時に大風が【長距離】に渡って吹く。
偏西風の蛇行は、南北の温度差が激しければ激しいほど起きる現象のように思える。
北極の氷の減少によって変わる気圧配置やブロッキング高気圧の発生も、この南北の温度差から生まれるように思える。
海水温の上昇は、海底火山や発電の為の大型湯沸し器を各海岸に設けたりして暖かくなっているように思う。
今のところ、はっきりした答えを提唱している人はいなく、あまりに複合的に絡み合う気候変動はわからないことが多い。
でも、気象学者はじめ、たくさんの学者さん達は、必ず…『海水温が高くなっているから極端な気象になっている』…と言うことは間違いない。
太陽の黒点の強弱によって地球に降り注ぐ宇宙線の話もひっくるめて…。
極端気象は、海水温の変化から始まっている。
春の陽気
ここ最近、暖かいね~。
昨日抜けた低気圧は速度が速すぎた為、波はあまり上がらなかったかな~、セットで肩ぐらい。
でも、月曜日に南岸低気圧通るね~。
この月曜日の低気圧も速度が早い為、あまり上がらないと思うけど、今回の低気圧より上がると思う。
速度が早いと、沖で吹く強い風の時間が短いから、なかなかうねりまでは形成されなく、セットの波も1、2本止まりだね~。
でも、2月、3月は期待大かもしれない。
理由は、黒潮が蛇行すると、関東で多く雪が降るというデータがある。
ここ最近40年で、黒潮大蛇行期間中に南岸低気圧が58回あらわれ、東京で雪が降ったのは12回。
一方、黒潮が大蛇行していない直進期間中に発生した南岸低気圧は25回で、その年に東京で雪が降った日は0だと言う。
低気圧は中心より南側が暖かく、北側はより寒いので、陸地から離れるコースを進めば、より寒くなる。
正確に言うと、低気圧の中心が八丈島の南を通ると雪で、北側を通ると雨が多い。
ということで、南岸低気圧が離れて進めば、大小のうねりが旅する距離も増えるから、大きなうねりが小さなうねりに追い付き、合体して、より大きなうねりとなるから、いい波が立つだろうね~。
そこに大雪が重なれば、海の中はガラガラ状態(ニヤ笑)。
都会は、交通マヒで大変になる月かも?









