仙台新港 patagonia cup
スタジアム風にそびえ立つ駐車場から見えるラインナップ。
おそらく日本の中で最もサーフィンのコンテスト会場に適した場所が仙台新港。
その駐車場を整備した会長さんが開会式の時に隣に座っていたので、少し話かけてみた。
『サーフィンの試合はどうですか?』 ・・・ 会長さん 『ここの駐車場は私が整備をしたんです、初めは砂利をひいてロープでいいかな?と思ったんですけど・・・・??? でも・・・ 』。
この短い会話には、日本のサーフィンの立ち位置が集約されている。
もし、これが野球場やテニス会場だったら、初めからアスファルトに白い線となったが、いかんせんサーフィンとなると70歳代の会長さんには砂利でいいんじゃないとなる。
でも、結果的にはアスファルトに白い線となった。
これは、仙台ローカルが行政に地道なコミュニケーションをして通じたことと、サーフィンへの社会的理解度が上がったことだと思う。
かつてサーファーは60年代、70年代はバカ製造機とまで言われたこともあった。
そこから50年が経ち、いまではオリンピックやメディアに取り上げられるようになり、ようやく普通にスタートラインに立てた感がある。
実のことを言うと、長年サーフィンしている人達はとても頭が良い人達が多い。
僕は、政治家や役人、芸能人や他のプロスポーツ選手と多々あったことがあるが、やっぱり、世界中を旅して、異文化の交流や地球規模の自然の循環を肌で感じた経験はとてつもなく大きな学びで、それはなんていうか? 場数をこなしているというか? 未来が見えるというか? 日本に居ても味わえない特殊な経験が人を成長させることだと思う。
そこに横乗りという非人間的な動きは、右脳や左脳を同時に使ったり、水の動きや天候を予測してトライアンドエラーを繰り返すことで客観的に物事をとらえる能力が養われるように思える。
波乗りや旅をしていないと、違う視点で物事をとらえる直感力を養うことができないじゃないかと思う。
話がだいぶそれたが、日曜日の仙台新港にはエントリー数が300人近くで、僕の目から見ると真面目なサーファーが多く、東北の人達の温厚な人柄が垣間見えたコンテストだった。
本当は、檀上でもっと話たかったが、試合前に重たいことを言ったりして、引かれてもとか、いろいろと考えて短くしました。
仙台新港
2年ぶりの新港。
その名のとおり、昔、新しい港ができたことによって生まれたポイント。
10時頃千葉を出発し、夕方、17時に到着。
ホテルチェックイン前に、軽くサーフィン。
水温は千葉より全然暖かく、やろうと思えばトランクスで30分ぐらいは入れそう。
最近の自分は目まぐるしく忙しく、おとといは東京にも行って、高級なウナギをごちそうになりながらいろいろな話をした☆
帰路は、勝浦市営無料駐車場が夜22時以降車を出せない為、最終特急の御宿で降り、お化けトンネル(サンドラ)を深夜に30分歩いて自宅に到着した。
直線距離にして御宿のほうが自宅に近いんだよ。
今日の朝はホテルの温泉に入り、疲れを取りたかったが、まだ、背中がバキバキしている。
あとで長時間ストレッチだね。
今年の夏は忙しく、帰ったら、今度は千倉で大学生と1日ライフセービングが待っている。
大学生に海の知識や経験の話をするのかな~…
水戸のディスコ
サーフィンスクールの為、大洗に出張していた。
そしたら、今日、シニアのディスコイベントがあるから行こう!と誘われ、最初はえっ?!と思ったが、何事も社会勉強ということで行ってみました。
自分をどれだけ壊せるか大会と言うか?
恥ずかしがらずに楽しむのがコツなのは知っているけど、やっぱり最後まで踊れなかったな。
参加者は50代60代がほとんどで、3割ぐらいが40代、30代。
ざっと見るとお金持ちの人が多かったのかな~…皆さん、青春時代再現と言うか?
もしかしたら、青春時代は考えようによっては自分で作るものかもしれない。
ディスコに行ったのは20年ぶりで、確かフランスのディスコ、あとは、オ—ストラリアとか、日本では20代前半に2、3回程度行ったことがある…。
何事にも興味を持つことが大切なんじゃないかな~と思っている。
仙台新港 patagonia cup
コンテストにあまり興味がないパタゴニアでも、東北の人達を応援しようと震災後に協賛した経緯があって、今回は冠スポンサーを務めることになった。
天災と人災の違いを人々はそれぞれ複雑な思いで体感したあの日から、。
あってはならない事故というより、作ってはならないという意識が日本国民に芽生え始めた出来事。
人々は学習し、未来に進んでいく。
このコンテストには自分もお手伝いで参加をします。
仙台新港には、友人もたくさんいて、思い出深い場所。
僕は昔から東北好きで、東北の人達の温和な心が本当に肌に合うんだよ。
写真の彼は、アイザック。 (インド人と日本人の両親に生まれ、福岡在住)
何回か一緒にサーフィンしたことがあるんだけど、 He is good !!
ほたるぶくろ
ホタルが入ると幻想的に光る花。
夏になると下の小川からホタルの群れが庭に押し寄せる。
初めてその光景を見た瞬間は、急に庭で光っているから、焦ったね~。
よく見るとすべてのホタルは光る瞬間が同じで、一匹、一匹、すべてのホタルがお互いを確認して光らしているとは考えにくく、人間にはわからない虫のテレパシーか?…地球のリズム(磁場とか?振動?)に合わせているか?は不明だけど、同じタイミングで光るんだよ。
話変わって、ここ数日は房総半島でも本格的な梅雨入り。
九州の線上降水帯は去年もこの時期で、弱い台風が駆け足で抜けた後に中国地方や九州で豪雨になったね。
この時期に速度の早い弱い台風が抜けた後は、九州方面や中国地方で豪雨になるパターンがあるかも?
弱い台風や熱低は、発達した台風みたいに回りの雲や空気を巻き込まないから、中途半端に大量の湿気を残す傾向がある。
それと、台風(上昇気流)の発生数が少ないことにより、赤道付近の上昇気流が弱い。
地球は丸く、自転しているため、低緯度地方で上昇した空気は中緯度地方へ下降する。
ハドレー循環。
この中緯度で下降する空気が多いほど太平洋高気圧を強める傾向があるから、台風の発生数が少ないことにより、今のところ太平洋高気圧が弱い。
太平洋高気圧が弱いと、梅雨前線を押し上げる時期が例年より少し遅れるかもね。
それとこないだの6月20日に見た夢。
その後、24日の震度4二連発。
野島崎~熱海ラインは、元禄地震や関東大震災ラインだと思うから、こないだ、液状化どうのこうのと回りが騒ぎ始めた夢は、。
タイミングが、、、。
夢はすべてを見せてくれないけど、震災前と似ているんだよ。
2019 SURF SCHOOL
大貫海岸は、日本屈指の遠浅の海。
条件が揃うと初心者でも50メートル近く滑れる日もある。
サーフィンでいいライディングをするには、波選びが最も重要。
かつてASPのロングボードコンテストでワールドチャンピオン達が自分のことを、
最もいい波をつかむやつとよく言われていた。
僕の中では目が良かったのと背が高いから遠くまで見えるのと、我慢強く待つことと、しつこく入念に誰よりも下調べをしてたからだと思う。
それしか勝つ方法がなかったんだよ (ニヤ笑)。
水の惑星に生まれ、自然が作り出す波に乗る。
そうすると、波はどこから来て、どのように作られ、風はなぜ吹き、なぜ収まるのか。
地球の循環に疑問を抱き、自然のサイクルを勉強する。
サーフィンは、【 キング・オブ・スポーツ 】と、世界ではそう呼ばれている。
異次元の楽しさはもちろんのこと、自然の偉大さや大切さも同時に知るからなんだよ。
5輪の山ゆり
今朝は、おかしな夢を見た。
今朝というより深夜、その夢は砂浜の上に居て…そしたら…小さな地震が起きた。
だいたい震度4ぐらい。
液状化どうのこうのと回りが騒ぎ始め、そして、目が覚めた。
そしたら、数秒…ん~?3秒遅れぐらいで、今度は現実に勝浦直下で震度2の地震が発生。
タイミングが…???
なんだろうね~…この感じは震災前の摩訶不思議現象に似ているから書きました。
話変わって、今年も7月、8月の毎週末、茨城の大貫海岸でサーフィンスクールをやります。
近日中にスケジュール等を発表します…それと7月21日は、仙台新港でパタゴニアカップがあり、スピーチをお願いされました。
話すことは、お願いされた瞬間に決まったよ…
試合前だから、45秒ぐらいで完結に、でも、深く残るように…
梅雨入りしてから
雨の日は少なめ。
2日前の低気圧はこの時期としては異例な低気圧で、梅雨時期には見たこともない低気圧かも。
日本列島周辺で寒暖差が激しいからだと思う…。
強い南風により海はかき混ぜられ、深層の冷水が海面まで上がってきて水温は低い。
今日は7年乗っていた愛車(キュ—ブ)を手放し、大きめの車に変えた。
キュ—ブは燃費も良く、車内も広く、乗り心地が良かったが、去年の今頃にエアコンが壊れ、エアコンなしで去年の猛暑を過ごしたんだよ。
マフラーも錆びて、ガタガタうるさくなり、いろいろと修理代が重みそうだから車を買い換えた。
買い換えたというより、友人から授かったという言い方が正確かな。
僕は若い頃から車にお金をかけない人で、日本では中古車で十分。
世界一の車を作るのが日本だから、中古車で十分♪
今度の車はマメに洗車して大事に使お。
特に車の下。
海の前は潮ですぐ錆びるからね。
北うねり
きのうは警報レベルの大雨に気温は11月並と寒かった。
海はこの時期としては珍しく北うねりが入っていて、2、3日続く見込み。
話変わって、こないだス—パ—に買い物に行ったら、エコバッグやかごを持参している人達を多く見かけた。
レジ袋有料化の効果だね。
サーフィンしている人達は、25年ぐらい前から海のブラスチック問題を訴えていて、ようやく、行政が少しづつ動き出した感がある。
自分も昔、選手会長だった時に試合を中断してビ—チクリ—ンをやろうとよく指示をしたもんだ。
おそらく、日本プロサーフィン連盟でそうゆう事を最初に指示したのは自分で、今では普通に定着した。
まぁ、レジ袋を有料化してもプラスチックゴミのすべてはなくならないけど、人々の捨ててはいけないという意識は少しは上がったと思う…。










