【先入嫌悪感】「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」は人間関係において一番避けなければいけないことです | 【出口貴章(ターキー)のブログ】喋りで大切にしてほしいいくつかのこと

【出口貴章(ターキー)のブログ】喋りで大切にしてほしいいくつかのこと

CHANGE TALK,CHANGE LIFE
「話し方を変えたければ生き方を変えろ」
一般社団法人日本フリートーク協会代表理事
現役ラジオDJ
もっと自由に、もっと自分らしく、もっと自信を持って
小手先の技術(やり方)ではなくあり方にこだわって欲しい

先入嫌悪感


Change Talk,Change Life

"話し方を変えたければ生き方を変えろ" 


喋りは「生き方」が9割


「話がちゃんと”伝わる人”と 

    話をちゃんと”聴ける人”を増やす」 

「大事なのは、伝え方ではなく伝わり方」 


伝え方や話し方だけにフォーカスした 

自己満足、利己的思考は今すぐ捨てろ

大事なことは「どう伝えるか」ではなく

相手に「どう伝わったか」を考えること


27年間ラジオの現場で培った“DJ思考”を伝え

話し方、聴き方、生き方をイノベーション 

一般社団法人日本フリートーク協会代表理事 

Lifeskill Talk College 学長の出口貴章です 


こんにちは! 

僕のブログに来ていただき 

本当にありがとうございます!



 秋の全国交通安全運動


9月21日から30日まで実施中

特に最終日である30日は

『交通事故死ゼロを目指す日』

交通安全意識をさらに高めていこう


というわけで


喋りと思考を深めるオンライン大学

『Lifeskill Talk College』の勉強会

「朝のアドリブトーク研究会」

今朝も午前6時からZOOMで実施した


まず恒例となった『あさイッチ』

今朝のお題はこんな内容でした



《定番のパスタの種類》


自分の回答を他のメンバーと合わせ

メンバー全員の回答を一致させる目的

なので好き勝手な回答は許されない

自分なりの「一般的」な回答を出すこと


僕は瞬時に「ミートソース」かなと思った

なのでチャットにその回答を入力したのです


しかし


僕以外のメンバー

小さな子供が家族にいるのです


「子どもたちの好きなパスタかも」


そう思いチャットの「ミートソース」を消し

改めて「ナポリタン」という回答を入力した


結果


「ナポリタン」


これは僕だけ

その他のメンバーは


「ミートソース」


思わずツッこんだ


「ミートソースかぁーい!」


なかなか一致しません

同時に改めてこのワーク

「人の常識の違い」を痛感


自分が思っている「常識」と

自分の周りの人が思う「常識」は

必ずしも同じとは限りません


なのに僕たちは日頃から

こういう言葉が常套句になってる


「そんなこと常識やろ」

「そんなん当たり前やん」

「これが出来て普通やろ」


常識


当たり前


普通


これで物事をくくりがち

いや、もはやくくっています

この「あさイッチ」の目的はこれ

自分の常識は常識ではないと知ること


何度やっても

単純なワークなのに

考えるさせられることは深い

毎回メンバーとそれを痛感している


続いては



ただいま秋の全国交通安全運動実施中


ということで…



《クルマの運転で「恐怖体験」》


避けなければいけないヒヤリハット

でもやはりヒヤリハットはいつもある

そのたびに安全運転の重要性を認識し

そのたびにステアリングを握り直している


そんな「クルマの運転あるある~恐怖編」


意外と

というか

やはり

というか


めちゃくちゃ盛り上がった


雑談の醍醐味でもある


「そういえば私もね」


いつもはいくつかのワークを行いますが

今日は敢えてファシリテーターとして

「そういえば私もね」という話の展開にした

僕がその場の話題を転がす立場はそのままで


改めて普段のアド研の時間だけでは

なかなか見られない「意外な素性」

こういう体験談をシェアすることで

他のメンバーの「意外な一面」を知る


つまり相手の過去に触れることになる

体験談を聞くということはそういうこと

話し手が今まで生きてきた過程をチラ見し

話し手の生き様から考え方などを知ること


見た目は単なる雑談に見えるだろう

いや、現に雑談なのかもしれません

でもそこには最低限の「相互理解」

相手を慮り推し量る気持ちが芽生えます


例えそれが数年間の付き合いだとしても

話題によって「へぇー!そうだったんだ」

意外な一面を知ることでさらに仲間を知る

今の仲間の「原点」みたいなものも知られる


「だからこの仕事をしたのか」


とか


「だから普段そういう考え方なんだ」


とか


「だからそんな仕事のやり方なんだ」


というふうな「現在の根拠」を理解する


それが仕事では見せない家族への顔

こんなのは誰だって新しい発見になる

仲間のことを深く知ることの他ならない

それがまれに「誤解をとく」ことにもなる


さっきも伝えたが人の「常識」や「普通」

それらにズレがあると我々は違和感を持つ

そのズレが仕事に影響を及ぼすのなら一層

ズレが大きければ違和感は嫌悪感に発展する


そうなればさらにその嫌悪感が元になり

仕事への影響もさらに大きなものになる

実際こんな「誤解」が負のスパイラルとして

抱かなくてもいい「先入嫌悪感」に繋がる

(これはあくまでも僕の造語です)


 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い


袈裟には何も罪はないばすなのに

坊主が憎いというだけで袈裟も憎い

その根拠はまさに「先入嫌悪感」です

つまり「先入観」プラス「嫌悪感」のこと


今我々が取り組んでいる「アド研」

単に喋りのスキルをあげるだけでなく

取り組む仲間とのズレを無くしていく

そんなきっかけにも繋がっているのです


それこそが「違いを認める」ということ


心理学とかそんな専門的なことは知らない

ただ僕がファシリテーターをしている中で

関わる人の個人を含めた組織の変化を通じ

知識ではなく「体験」として知り得たもの


「みんな違ってみんないい」


この言葉だけがひとり歩きしている

そんな現状に危機感を強く抱いている

言葉の理解が「無関心」を生んでいます


「あいつと私は違うから」


こう考えて「線引き」をしてしまうこと

他人のことを理解しようとしないこと

そんな人間関係が生まれている現状を見て

この言葉の「解釈の怖さ」を痛感しています


線引きをして終わりにするのではない

この言葉はまさに「ゴール」でなく

あくまで相互理解の「スタート」です

「違うこと」を理解した上で「どうするか」


この「線引き」こそが「先入嫌悪感」です

違うからと相手を遠ざけ時には排除もする

これではコミュニケーションは成立しない

それこそ「自己満足」な現実が生まれるだけ


「あさイッチ」をはじめとするワーク

すべては敢えて「ズレ」を認識する

能動的に違和感をわざわざ生じさせる

まさに人間関係構築の原点を見据えている


「みんな違ってみんないい」


これはゴールではなくスタートです


僕が提唱しているのはこういうこと

これに大人も子どもも関係ありません

すべての人間が考えなきゃならないこと

アド研はそのポリシーを大切にしています


「アドリブトーク研究会」


あなたの組織でも取り組みませんか?

ファシリテーター養成も手伝いますので


今日も読んでくれてありがとう

ほいじゃまた明日!!


今日も少年野球観戦に行ってました!