<教科書検定>「英語で授業」基本に 現場に戸惑い

毎日新聞 3月26日(火)21時1分配信


 文部科学省は、今春から完全実施される高校の新学習指導要領に「英語の授業は英語で行うことを基本とする」という新ルールを盛り込んだ。26日に検定結果が公表された英語教科書も、多くがスピーチやディベートなど「コミュニケーション重視」を前面に出し、日本語の記述を減らしている。だが、教員からは指導の不安や疑問の声が聞かれ、実際には「文法重視」の従来型教科書の人気が高まるという皮肉な現象も起きている。


 中学と高校で6年間も勉強してなぜ話せないのか--。危機感を強めた文科省は「英語」「オーラルコミュニケーション」「リーディング」「ライティング」に分けていた科目を「コミュニケーション英語」「英語表現」「英語会話」に再編。英語を使うことを重視し、教科書作りも進められた。


 今回の検定で合格した教科書は、文章を速く読んで大意をつかませ、理解度を穴埋め問題などでチェックするスタイルが目立つ。さらに、そのテーマで生徒にスピーチやディスカッションをさせるが、文中の文法事項は、それらの合間に挟み込む形で付随的に学ばせるものが多い。


 ある東京都立高の50代の女性教諭は「文法が体系的に学べない。これでは生徒の頭の中に英語の形が整理されない」と危惧する。読む・聞く・話す・書くの4技能を総合的に学べるのが「コミュニケーション英語」の売りだが「すべてがグチャグチャに混ざって中途半端になる」と生徒の混乱を予想する。


 高1対象の多くの教科書は11年度に検定を終え、今春から使われる。このうち「英語表現1」(全17点)の採択では、特定の1社の2点がシェアの46%を占めた。従来のタイプに近い文法重視の教科書だ。


 この教科書を使うことを決めた都内のある進学校の男性教諭は「レベルの高い大学に生徒を入れるには、特に1年生できちんと文法を教えざるを得ない」。別の教科書会社の編集者は「まるで文法のワークブック。新指導要領の趣旨からかなり外れているように見えるのに、なぜ検定を通ったのか疑問だ」と話す。この会社は、今回も「英語表現2」で1点が検定を通過した。現場の支持が集まれば、追随する教科書会社が出ることも予想されるが、文科省は「各校が最も適切な教科書を選んでいるのだろう」と静観する構えだ。

【苅田伸宏、加藤隆寛】



 ◇教師の意識や力量が問われる  鳥飼玖美子(とりかいくみこ)・立教大特任教授(英語教育論)の話 


会話や文書で英語を使うには文法など言語構造の知識が不可欠。教科書に文法の説明がほしい教師の気持ちは理解できるが、文法を日本語で一方的に解説するだけで生徒が英語を使えるようにならないのも明らかだ。使える英語の習得のために文法を教えるという姿勢が大切で、教師の意識や力量が問われる。




以上。引用終わり。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130326-00000098-mai-soci




来春から、とあるが、現場はこれに対応するのだろうか??


なんか、私としては、現場はこんなお達しは無視するんじゃないかと思う。


それは、愛光の授業を見に行けばわかることである。




でも、文科省のお役人さんたちは、英語のみの授業が成り立つと思っているのだろうか?


高校の英語教師は全員、英語で授業をできるとても思っているのだろうか?


そもそも、それは生徒にとって本当に効果があるのだろうか?


文科省は、ちょっと楽観しすぎじゃないだろうか?




以前から述べていることであるが、私は反対である。


というのも、コミュニケーション重視の英語をすれば、英語を話せるようになる、という理屈があまりにも安直だと思うから、である。


コミュニケーションは、基本的には技術よりも気持ちの問題で、どんなにマジメに英語を勉強してきても、相手とコミュニケーションをとろうという気持ちが根本から欠けていたらダメだし、その逆も十分成り立つ。



自分としては、アメリカに行って、日本の英語教育でよかったと本当に思っている。文法や単語、正しいスペリングなどで、みっともない思いをしたことは、何回かはあったが、それでも諸外国の人たちのいい加減な英語に比べたら、すごく上等な英語だったと思うし、回りの人からもそういう評価を得られたと思う。


なんというか、文法というベースが確かにあったので、だからそれに基づいてちゃんとしたコミュニケーションスキルを鍛えていくことができたと思っているし、やはり外国語を学ぶ順番としてふさわしいのは、必要な文法を学んでからそれを応用していくという、それが効果的だと思う。外国語である以上、母国語と逆の順番を行くのが、効果的だと思うのだ。



なんか、長い目で見たら逆効果、という気がしないまでもない。うわべでは英語をペラペラしゃべっているものの、中身がなく、しかも細部にわたりミスの多い教養のない人の英語とみなされるような、そんな人が増えてしまうような気もするが。



例えば、日本語を外国人対象に教えるとして、どう教えたら効果的だろうか?


例えば、「私は…」と、「私が…」の違い、つまり助詞の違いを放置してもかまわないのだろうか?


「…です」と、「…なのです」の違いは、どうするのだろうか?


こういうのは、やはり最初のうちにきちんとニュアンスを、外国人の母国語で伝えてあげたほうが、その後のコミュニケーションスキルを伸ばしていく上で大切だと思うのだが…



それは、関係詞の選択ができない、同格節と関係詞節の違いとか、that と what を区別しない、できない日本人を放置するのと似ているのではないか。




ともあれ、


DJでも、英語の授業を英語を増やしてやってみようと思います。


もしかしたら、新たな発見があるかもしれないので。


やってみてから批評してみようかと、そんな風に思います。


違憲無効判決は、おかしい。真っ先に思ったのは、広島高裁がアホだ、ということ。


結構世論はうろたえているが、というかマスコミが昨日からさわいでいるが、、自分は全くうろたえていない。なぜなら、こんなアホ判決は、すぐに最高裁が覆すから。最高裁が覆してくれるという安心感があるから、全くたじろぐことはない。


最高裁がもしも事情判決出さなかったら…


日本は三権分立さえムリなアホ国家だと思う。


昨日塾生が、日本が落ちぶれていくのを見たくないから死にたいとバカなことを言っていたが、自分も全くそのとおりに共感すると思う。





これまで一票の格差をめぐる司法判断は数多くあった。違憲判決も腐るほど出ている。


が、出せるのはせいぜい事情判決。裁判の無効を言ったことはなかった。


自分の三権分立の考え方として、司法が選挙の無効を言い渡すのは、権力の濫用だと考る。もう少し控えめに言ったとしても、踏み込みすぎ、という意見を述べている人がいたが、そんな感じだろう。


たとえ選挙制度が法の下の平等をなしえていないにしても…、主権者が選んだ代表を司法が覆すのは、あまりに司法が政治的になりすぎている、そう考える。



司法が政治に染まったら、法の番人になりえない。



裁判官は法と「良心」に従うものとされている。


もしも法に従うだけなら、コンピュータでも判決を下せるかもしれない。が、そうできないのは、良心の部分があるから。


良心を発揮して、法の精神を遵守した判決を出せる裁判官こそ、優れた裁判官であり、法の番人である。



そもそも、私は裁判官制度に猛反対していた。それは、自分の司法府の期待感からである。司法に民主的な統制を及ぼしてはいけないと考えていたからである。


もちろん、裁判官として呼ばれることがあったら、行く。だが、それとこれとは話が別。裁判官制度は、根っからの反対論者だ。民主的な統制を及ぼしたら司法はアホになるだろうから。言い換えると、世論や国民は往々にしてアホなのである。


民主主義国家である日本において、三権のひとつには民主的統制を及ぼさない、それは非常に価値のあることだし、権力抑制の知恵だと思っている。その民主的なバカな統制が及ばないところは、司法試験によって、つまり非民主的な手段で選ばれている優秀なエリートたちが良心を発揮して、他の二権への抑制を効かせることができるのである。


つまり、裁判官はエリートで、マトモであるべきなのである。


が、今回の判決には、参った…。裁判官が、アホだと思った。というか、スタンドプレー???




あと、報道を見ていると、違憲状態の選挙で選ばれた代表は、正当性が無いかのような印象を国民に与えている感がある。


メディアは、よほど現政権が気に入らないのだろうか。


だが、2年間、この違憲状態の選挙制度を変えなかったのは、民主党政権である。


誰に責任があるかといえば、どちらかといえば民主党じゃないか。今回の選挙で選ばれた自民党にあたかも責任があるかのような報道は、筋違いもいいとこ。というか、確信犯じゃないか、とすら思える。



もう、何から何まで、情けない。



それにしても、気になるのは、民主党政権が選ばれたときは、一体どれだけ格差訴訟があったのだろうか。昨晩、報ステで、「選挙のやり直しが言いたいがために、訴訟を起こしているわけじゃない」と原告の弁護士が豪語していたが、自分としてはそれ以外の何物でもないと考える。3年前、民主党が圧勝した選挙のあとで、格差訴訟がどれだけあっただろうか。



あと、一票の格差について。


小選挙区でいくとして、自分は3倍以内で合憲だと考える。法の下の平等の精神を遵守するとしたら、2倍以上はおかしいのかもしれない。が、そこは現状との兼ね合いから、3倍までは許す、3倍以上からは違憲でいいと思う。


そもそも、拳法が保障する平等とは、同一選挙区内における平等を謳ったものであるとも解釈できる。そのほうが、自分は事情に見合った合理的な選挙になると思う。過疎化と人口密集が進む現在、2倍以内の選挙区の割り振りは難しく、2倍以内を守るとしたらそれこそ、年がら年中選挙区の割り振りを変えていかなくてはなりそうだ。それは、行政府への負担になるし、その負担は結局は国民に跳ね返ってくる。



まぁ、こんなところです…。




とにかく、一言でまとめるとしたら、



裁判所が政治判断を下すのは、極力、最大限控えてほしい。


裁判所は世論にブレーキをかける唯一のマトモな機関。良心に基づき、マトモな判断をしてほしい。


選挙結果を無効などと言い渡すのは、やりすぎ。



最高裁がどういう判決を下すか、よく見ていたいです。

大学受験資格にTOEFL 国内全大学対象 自民教育再生本部、1次報告へ



自民党の教育再生実行本部(遠藤利明本部長)が国内全ての大学の入学試験を受ける基準として、英語運用能力テスト「TOEFL(トーフル)」を活用する方針を固めたことが20日、分かった。月内にまとめる第1次報告に明記し、夏の参院選の政権公約に盛り込む。


 対象は、全ての国公立大学と私立大学。大学の学部ごとに点数基準を定め、クリアした者に受験を認める。たとえば、東京大学文科一類(主に法学部に進学)の受験資格は「TOEFL○○○点以上を獲得した者」と定め、公表する。点数基準は各大学に自由に定めさせる。TOEFLは英語圏の大半の大学で留学志願者の英語能力証明として使われており、留学の活発化を通じて国際社会に通用する人材を育成する狙いがある。


 TOEFLの導入は、実行本部が、安倍政権の大学入試改革の目玉に位置づける施策の一つ。英文読解を中心とした現在の高校の英語教育のスタイルを一変させる可能性もある。このため、教育現場に混乱を来さないよう平成30年度ごろからの導入を想定している。


 日本では英語能力試験としてTOEFLのほか、受験者が最も多い「実用英語技能検定(英検)」や、英語によるコミュニケーション能力を測る「TOEIC(トーイック)」などが実施されている。実行本部は、結果がそのまま海外留学の申請に転用できるTOEFLを採用することにした。


 TOEFLは、東京大学大学院の大半の研究科で入試の際に成績の提出を義務付けられている。また、政府は15日の産業競争力会議で、平成27年度から「キャリア」と呼ばれる国家公務員総合職の採用試験にTOEFLを導入する方針を打ち出している。


 実行本部では、英語で意思疎通できない日本人が多いことを問題視する議論が出ている。2月の会合では楽天の三木谷浩史社長兼会長が「英語ができないため日本企業が内向きになる」と述べ、大学入試へのTOEFL導入を提案していた。



以上。引用終わり。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/130321/edc13032101310000-n1.htm




私は、反対。



理由


1.TOEFLは、高校生には難しすぎる。

2.TOEFLは、受験料が高すぎる。

3.そもそも、英語は大切じゃない。



以上です。


大学受験以上に気になるのは、



『平成27年度から「キャリア」と呼ばれる国家公務員総合職の採用試験にTOEFLを導入する方針を打ち出している。』



などとあるが…、


自分としては、英語がしゃべれなくても優秀な人はたくさんいると思うので、そういう人をキャリアにして全然良くて、


むしろ専門職員が語学をできれば十分であると考える。




また、


『楽天の三木谷浩史社長兼会長が「英語ができないため日本企業が内向きになる」と述べ、大学入試へのTOEFL導入を提案していた。』


とあるが、関係ない。因果関係がさっぱり理解できない。




英語ができないから、日本企業が内向きになるとして、だったら、


なぜセンター試験じゃダメなの???




センター試験と2次試験で十分じゃないのは、なぜ?




TOEFLを主催するETS(educationalo testing service)へとお金が流れるシステムを国を挙げて作る、


ただそれだけのことじゃないのか?




ああ、ハッキリいって、愚策、愚策…



もう、逝ってよし、って感じ。



もしかして、これもTPPの影響かって、勘ぐっちゃうよ。


もしかしたら、センター試験と2次試験は、教育サービスの国際間自由競争を阻害していますか???

例えば、英文を読む前に、


「何が書いてあるんだろう、楽しみだなぁ…」と考えているか、


「めんどくせぇなぁ…」と思っているか、



前者と後者では、結果は全く違うのです。



英語の勉強とはいえ、基本はコミュニケーションです。


ですから、コミュニケーションをとろうとして接するかどうか、それは英語力の成長に大きく影響してしまうのです。



英語力は技術的なものもありますが、それ以前に気持ち的なものが大切です。


まずは、人の話を興味を持って聞く態度、興味を持って読む態度、それが大切です。


それは、自分が言うこと、書くこと、それを他人に理解してほしいという欲求の裏返しです。



コミュニケーションをとる前に心を閉ざしてしまわないように、


どんな人と接するときでも、どんな英文と接するときでも、


分かり合いたい、と思ってください。それが英語力向上のカギです。




上に書いたことは、英語の話ですが、


学問全般に言えることは、好奇心を持っている人ほど学力が高いと言うことです。



あらゆる科目において、好奇心をもって学んでもらいたい。


子どもが好奇心を持っていないとしたら…、それはすごく残念なことだと思います。



世の中にはいろいろなことがあって、


多くのものは自分にとってゴミみたいなものかもしれませんが、


そのゴミ山の中のどこかに金塊みたいなものもあるのです。


何が金塊かはすぐにわからないかもしれませんが、


何もかもが磨いたら金塊になりうると思って、主要5科目、または多くの本に接してほしいです。

<安倍首相>「東京裁判は勝者の断罪」…米から批判の可能性


毎日新聞 3月12日(火)21時23分配信

安倍晋三首相は12日の衆院予算委員会で、第二次世界大戦の戦犯を裁いた極東国際軍事裁判(東京裁判)について「大戦の総括は日本人自身の手でなく、いわば連合国側の勝者の判断によって断罪がなされた」と述べた。首相は第1次内閣で東京裁判を「受諾しており異議を述べる立場にない」と国会答弁しており、この方針は維持するとみられる。しかし東京裁判に懐疑的な見方を示したことには中韓両国などのほか、戦勝国の米国から批判が出る可能性もある。


 また首相は、幣原内閣が敗戦原因を調査するため設置した「戦争調査会」が短期間で廃止されたことに言及。連合国軍総司令部(GHQ)の諮問機関・対日理事会が「やめさせようとした」と述べた上で、「連合国にある種都合の悪い考え方も議論されるのではないかということで、議論を封殺したのではないか」と指摘した。


 ただ一方で「歴史に対する評価は専門家に委ねるべきだ。政府が研究を行い意見を述べることは外交問題に発展する可能性もある」と強調。政府による大戦の総括は行わない考えも示した。


 歴史認識を巡って首相は今回の就任前、従軍慰安婦問題をめぐる93年の「河野談話」見直しを示唆。就任後は外交面の配慮から見直しに関与しない考えを示しているが、米国内ではなお懸念の声がある。首相は第1次政権では「(A級戦犯は)国内法的には戦争犯罪人ではない」と明言しており、今回の東京裁判に関する発言が日米関係に影響する可能性もある。【小山由宇】



以上。引用終わり。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130312-00000079-mai-pol





なんだこれは…、毎日のマッチポンプ記事か?



米から非難の可能性、とあるが、そんな見出しは、余計なお世話。


日米関係をぶち壊したいのか?




東京裁判が勝者の断罪であることは、法的には明白。


仮にこの見解がマズイのなら、


だったら、同じことを仮に日本がやったとしても、それが正当化できたというのだろうか?




日本が第二次大戦で、


アメリカの市街地に爆弾を落として銃後の市民を殺して、


原爆2発も試し打ちして、


あくまで無条件降伏にこだわって、


そして勝者による裁判を起こして、


事後法でっちあげてアメリカの戦争指導者たちを戦犯として殺していたとして、



それでも許されるんですかねぇ?




東京裁判を正当化できるとしたら、


日本が今後同じことをやったとしても、それが正当化できると言うことだし、


アメリカが次に同様の被害を受けたとしても文句は言えないということになろう。






時が熱狂と偏見をやわらげた暁には

また理性が虚偽からその假面をはぎとった暁には

その時こそ正義の女神は その秤を平衡に保ちながら

過去の賞罰の多くにそのところを変えることを要求するであろう


パール判事の言葉



いまだに第二次大戦は歴史化しておらず


政治でしかないのですが、


時が熱狂と偏見をやわらげた暁には、


日本が名誉回復するものと信じています。

話題:大分市議会「覆面着用ダメ」/レスラー議員に「品位損なう」と


2月24日投開票の大分市議選で覆面プロレスラーのスカルリーパー・エイジさん(44)が初当選したが、市議会6会派による代表者会議は6日、11日から始まる定例会の議場で、エイジさんの覆面着用を認めないことを決めた。「表現の自由がある」とした共産以外、「議会の品位を損なう」とした。エイジさんは「覆面は脱がない」と反発している。


 エイジさんは大分県中心に活動する「プロレスリングFTO」代表で、九州初の覆面レスラー議員となる。  大分市議会会議規則は「議会の品位を重んじなければならない」「議場、委員会室に入る者は帽子、外とう、えり巻の類いを着用してはならない」と規定。代表者会議は覆面着用が規則違反の恐れがあるとして開かれた。


 エイジさんは「(脱ぐことは)考えようがない。覆面のまま登庁する。議場に入れるか判断してほしい」と話している。


 覆面レスラー議員では、03年に岩手県議になったザ・グレート・サスケさん、昨年9月に大阪府和泉市議に当選したスペル・デルフィンさんとも議場での覆面着用を認められている。【佐野優】



以上。引用終わり。


http://mainichi.jp/area/news/20130307sog00m040004000c.html




覆面着用は、ダメだと思う。


例えば、葬式に、まわし姿で参上したらいけないだろうし、


友人の結婚式に、モヒカン狩りで参加してもいけないだろう…


やはり、公共の場にはそれなりの品位というものがあり、


ましてやルールを作る人はルールに従わなくてはならず、


従った上でルールを変えていくようにしなくてはいけないのだと思う。



というか、この議員は、名前については通称名の使用が許されているのだから、


それで十分じゃないか。


それだけでも、議会は十分寛大だと思った。



もっとも、共産党が表現の自由を主張しているのには笑った。


てことは、共産党の党大会は、まわしにモヒカンで参加しても、かまわないということか??






「品位損なう」と書いてあったが、


まさにこの人は今、品位損なう、だと思った。

朝日記者、尖閣諸島を中国名で質問 自国での呼称が一般的なのに… 


中国外相会見9日の中国外相会見で朝日新聞中国総局の記者が沖縄県・尖閣諸島について、「中日間の釣魚島問題での対峙(たいじ)は半年に及ぶ」などと、2度にわたって中国名である「釣魚島」という表現を使って質問した。


 領有権主張などで相手国との対立がある場所は、自国での呼称で質問することが一般的だ。日本での記者会見でも、中国人記者が「尖閣諸島」、韓国人記者が「竹島」(韓国名・独島)を使うことはほとんどないとされる。


 しかし、反日感情が高まっている中国では、全国にテレビ中継される場面で「尖閣諸島」と口にすれば、身に危険を及ぼす可能性もあり、最近、島の名前を触れずに質問する日本人記者が増えている。4日の全人代開幕前の会見でも、共同通信の記者は「中国はいかに日本など周辺国との摩擦を緩和させるのか」と質問していた。



以上、引用。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130309/chn13030920480009-n1.htm




上の記事がスルーしていることとして、


中日間、という表現も、自分としては聞き捨てならないのだが、他の人はどうなのだろうか。



少なくとも、自分もボキャブラリの中に、中日間、というタームはない。



もっとも、シナ側がそれを言うとしたら、意味はわかるが。




新聞記者とはいえ、国際の場で勝負しているわけである。


国際の場で、自分が自分のことをいかに考えようと自由だが、外国人からしてみれば、どこまで行ってもその人は日本人に他ならないのである。たとえ、自分が反日感情バリバリで、そして世界市民であって日本人じゃないとか考えていたとしても、外国人からしてみれば日本人、なのである。



つまり、国際の場ではつねに日本代表、になるわけであって、こんな相手に媚びへつらうような態度は不要というか、一切とってはならないのである。


そんな単純なこともわからないのか、バカめが。




尖閣、を口にすると身に危険が及ぶ、とあるが、だったらとっとと日本に引き返すか、記者をやめればいい。そこまでの覚悟がないまま記者を続けて相手に媚びへつらっていたら、国益を損ねるのである。




ひるがえってみて、自分の身の回りには、命を危険にさらしている保守派の活動家はいくらでもいる。チャンネル桜の水島会長も、とっくに命の危険を感じつつ、あのような活動をあえてなされていると聞く。


自分にはその覚悟ができていないから、えらそうなことをいえないかもしれないが、



自分が仮に新聞記者だったら、記者を続けながら中日間、などというタームは死んでも口にしないと思うね。

朴槿恵大統領、日韓関係「加害者と被害者。千年の歴史が流れても変わらない」 


【ソウル=加藤達也】

韓国の朴槿恵大統領は、朝鮮半島の日本統治に抵抗して1919年に起きた「三・一独立運動」から94年にあたる1日、ソウルで開かれた式典で演説し、日本について「われわれの同伴者として21世紀の東アジアの時代をともに導いていくためには、歴史を正しく直視して責任を負う姿勢を持たなければならない」と述べた。島根県の竹島に関する問題や「慰安婦」など、具体的懸案には言及しなかった。


 朴大統領は2月25日の就任式当日、麻生太郎副総理との会談で日本に歴史問題への対応を求めたが、演説で日韓関係への認識を示したのは初めて。


 朴氏は日韓関係を「加害者と被害者という歴史的立場」と表現。「(この立場は)千年の歴史が流れても変わることはない」と語った。その一方で、「両国の未来世代にまで過去の歴史の重荷を持ち越してはならず、現世代の歴史指導者の決断と勇気が必要だ」とも強調し、自らの政権下での懸案解決に意欲を見せた。


 朴氏はまた、核実験を強行し緊張を高める北朝鮮について「北朝鮮は核開発をあきらめて挑発をやめてこそ、国際社会の責任ある一員になれる」と指摘し、核開発の放棄を北朝鮮に改めて促した。



http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20130301/frn1303011215004-n1.htm


以上。引用終わり。



やはり、1000年経っても加害者と被害者の関係は変わらない、とか言われると、すごくショックを受ける。



言いたいことは、いくつかあるが、


まずは、残念ながら歴史を正しく直視、なんていうのは無理。他者の歴史観を強制しようなどという試みは、全くもって無意味。韓国人がいかに日本を恨もうが、それは自由だと思う。が、日本人がそれを筋違いだと思っているのも自由。私個人としては、日本の歴史の中で、日本人が国際社会でどう生きてきたかということに関して、プライドを持つことはあっても、恥ずかしく思う部分は特にない。それを、他者から強制されたら、たまったものじゃない。


次に、1965年日韓基本条約で過去の清算は全て終わっているわけで、その時点で被害者も加害者もないわけである。過去の歴史の重荷を持ち越すな、と言っているくせに、そのあたりに矛盾を感じないのだろうか。


日韓基本条約を結んだあととはいえ、いくら日本を恨んでもかまわない。が、それはあくまで個人感情として持てばよいこと。国家元首が公の場でこんなことを言っていいわけはない。国家元首が国際法を解さないというのは、日本を除く極東アジアが端的に無知であることをさらしていることとなるだけ。


だいたい、言いたいことは上の2点に集約される。



私は、たまたま日本に生まれてきただけだ。で、現在日本を必死に恨んでいる韓国人も、たまたま韓国に生まれてきただけだ。たまたま韓国に生まれた人から、なぜたまたま日本に生まれた人が、自分がやってもいないことで今後1000年以上にわたり恨まれなくてはいけないのだろうか?



塾生には、こういうことを言う。「プライドを持て」と。


成績を上げるためには、まずは自分にプライドを持つこと。プライドを持つから成績が上がり、成績が上がるからプライドを持てる、のだと思う。


自分にプライドがもてないヤツは、奴隷だと思う。いつも弱者の立場から、ルサンチマンを引きずって生きていくことになる。短い人生で、それはあまりにもつまらない。

概評だよ~ん。


簡単に解説をしますわい。


1(A) 英文要約

 クモの糸は柔軟な反応をする素材で、部分を損ねても全体の構造を守る仕組みになっている。これが他の工学に応用される、という内容。これを答にすればよい。

 1パラで、not just があるのを見て、but also にあたる部分を想定して読む。2パラにthe way...にあたる部分があるが、それがその部分。それを簡単に言うと、3パラの第2文、または、6パラの冒頭となる。ここで、クモの糸の特性がわかり、あとはそれが建築やネットワークの分野で応用できそうだという具体例を含めると、字数を満たす。

 要約のコツとしては、80字要約なら、40字くらいでまずは要約し、後は字数を満たすために付け足していく作業をする、という感じ。


1(B) センテンスの空所補充

 1.これは簡単! 

 2.tense が時制という意味というのを知っておきたい。コトバで時制を使い分けることによって、時間の連続性という感覚を養うことができる、という文脈。なお、3パラの最後のセンテンスにも着目する。この時点、4つの段階を経た時点で、時間の連続性という感覚が身についてしまっている、完了していることとなる。

 3.be subject to... の意味を知らないとできない。また、it = a sense of sequential time (a sense of sequence )と考える。4パラの文脈が、「…すればするほど、ますます時間の連続性を感じ、時間が速く経過する」のだから、 more and more ... の表現がしっくりくる。

 4.that is why の因果関係マーカに着目。そして、小学校の先生の例を読めば、答が出せる。

 5.either があるし、否定の連続が成立していることを考えれば、簡単に入る。時間の長さと、出来事の起こった順序、どちらもハッキリとした感覚がもてないという文脈。


2(A)(B) 英作文

 ともに、すごく自由度の高い英作文。

 あれこれ考える時間や校正する時間なんてないので、思いついたことをサッサと書いて終了。

 ちなみに、私は思いつかず、Aは台湾リスについて、Bは火のつけ方について、書きました。ともに全くの創作です。適当~♪に、しあげました。


3 リスニング


 塾生は、割合よくできていたようなので、解説は割愛します。


4(A) 並替英作文。

 たった3問しか出ていない。しかも、結構簡単。本文も簡単。

 ただ、冠詞と所有格の代名詞の置き場を慎重にしないと引っかかる。

 1.powers を動詞と考えることができて、that を関係詞と考える。で、the の位置に注意。意外と難しいかも。

 2.進行形の受動態。the の位置に注意。all the information としないように、またthatを関係詞と考えてもいけない。that の置き場は設問とは関係ないのが救いだったかも。

 3.controlled に着目。これで、want の第5文型と気がつけばよい。their の位置に要注意。ユーザーたちの情報だから、their information になる。


4(B) 英文和訳

 1.2パラ冒頭の具体例を読めていれば、普通に訳せる。their current ones は their former beliefs に対応する。つまり、後になって信じていること、になる。

 2.名詞構文と無生物主語。ここが問われている。

 3.they = signs を見抜く。兆候が後になってわかるものであって、最初はわからない、ということ。


5 長文

 1.不定冠詞aの用法。こういうところまで問われるのか…、という印象。

 2.a. 2者しかいない。

    b. 否定の文脈。全否定。全ての点において、…を全く変えず、という文脈。

  c. for all... の決まり文句。

 3.存在。つまり、死者の存在。room 無冠詞だから、つまり彼女が連れてきたユーレイのためのスペースということになる。

 4.couple A with B とか…、そんな表現はなかなか知らないはずなので、まぁ消去法で行くと良い。respect の派生語もうろ覚えでいると不利になる。結構難しい問題だと思う。

 5.消去法で速攻。第2文型の解釈をしているのはアとオ。オはcompany間違い。

 6.これは…、簡単じゃないかなぁ。相手はなにしろ霊能者だから、心を読まれないように、と。あと動詞fool の意味も知っておきたい。関係詞節を誤読しないように気をつけよう。

 7.the が副詞で、この副詞the には対応する「理由」の部分がある。それを答える。therefore の前が答え。比較でこの構文をしっかり勉強してこなかった人は、問題文の意図がわからなかったのでは。なお、alarming to hear と読み、文頭it を仮主語と読むことも大切。

 8.not possibly の形に注意。2つのcould の扱いが難しい。なお、最終2パラグラフの読解は結構大変。




だいたい、こんな感じです。

いやー、難しいですよ。制限時間内でこんだけやるわけですから…、


東大の英語は、大変です。面白いですけど…。

東大2次の問題を一応、さっと見ました。



問題数が随分減ったんじゃないか、と思いました。1(B)がすごく軽くなったおかげで、時間的に余裕が生まれたんじゃないかと思います。


しかも、4(A)も、並び替えとはいえ、たった3問。


語数も大幅に増えたとはいえないし。



解きやすかったんじゃないかと、思います。



また後日、解説授業をやりましょう。



それにしても問5の(1)には、びっくりしてしまいました。


別に盲点ってわけではないのですが、ただ不定冠詞aの用法を聞いてくるなんて…、


東大は油断なりません。本当、360度どこからも弾が飛んでくるような感覚ですね。




不定冠詞aの用法なんて、そう何度も学べるものではありません。


だからこそ、一度学んだものをきちんと定着させておかねばならない、さもなくば試験会場でとっさにアウトプットできない…



改めてそんなことを思いました。