SING/シング | 映画物語(栄華物語のもじり)

映画物語(栄華物語のもじり)

「映画好き」ではない人間が綴る映画ブログ。
読書の方が好き。
満点は★5。
茶平工業製記念メダルの図鑑完成を目指す果てしなき旅路。

★★★★☆

 人の物を盗むことに罪悪感を感じないコアラの話。

 

 基本的にはなかなか面白かった作品である。歌も良かったし、アメリカのアニメ映画らしいテンポの良さも、映画鑑賞が苦手な私にとっては非常に良い点であった。「飽きずに観られる」という点は、映画鑑賞において実はもっと評価されてよいポイントだと個人的には考えている。この点に関しては抜群に優れていて、誰が見ても70点以上の作品となる由縁である。

 が。

 例えばこれを20代の前半に観ていたら、文句なしで「おもしろ~い」と評価したであろう。しかし、今はもう悲しきミドル。職場でも若手が起立をして私と話をするようになった昨今、単純な目ではすべての物事が観られなくなってしまったのである。昔は考えもしなかった点が気になってしまい、気になってしまうと不快になってしまう。人はこうして頭の固い頑固おやじとなってゆくのだろう。。。

 ストーリーとしては、劇場支配人であるコアラが、経営が傾いた自分の劇場をどうにか立て直そうと歌のコンテストを企画するものの、優勝賞金を手違いで2ケタ多く広報してしまい、それを目指して応募してきた候補者たちと揉めるものの、地球に隕石がぶつかる可能性よりも珍しいくらい奇跡的な人の良い候補者たちの集まりによってその辺をうやむやにし、自分で文字通り崩壊させた銀行差し押さえ済みの劇場跡地で不法侵入によって違法に開催されたコンテストが大成功し、大富豪のスポンサードを受けて劇場を再建するというものである(毒のある概要)。

 本作の私の不満点は、主人公である劇場支配人コアラの人柄である(動物柄?)。その経営姿勢に全ての根本的な問題があると考える。

 私がこの年まで働いてみて強く実感するのは、「不正はうまくいかない」ということである。これは、「正義が必ず勝つ」とか「お天道様は見ている」とかそういう美しい話では全くない。美談は抜きにして、事実として、手を抜いたりズルをしたりする人は、全てのことに対してそうした姿勢で臨んでしまう、ということである。そして、そういうことを積み重ねる人というのは、浅はかなのである。

 例えば極端な話、たった一度の不正であれば、それは誤魔化し通せるかもしれない。その一点のみを隠ぺいすることに全力を尽くし、あとは誠実であるなら、誠実である日々の姿で唯一の不正を覆い隠すことができるだろう。

 ただ、ズルをする人というのは、いろいろとズルをする。ズルを更なるズルで切り抜けようとする。そういう日常の態度から、いろいろな歯車が嚙み合わなくなってゆき、最終的には何もかもがうまくいかなかくなるのである(ついでに言えば、うまくいかなくなったことを、自分のせいだと思えない。常に周りに不満をもつタイプである)。

 本作の主人公であるコアラも、大体こんな感じの人柄であった。

 劇場支配人である主人公が、出演者にギャラを支払わずにバックレるところからまずストーリーが始まる。劇場から抜け出し颯爽と街を駆け抜ける姿を爽快感をもって描いているが、私はまず「こいつクソだな」と思った次第である。「公演が儲からなかったら出演者にギャラを払わなくてもいいや」という態度で劇場経営をしていたら、それは経営が傾くのは道理である。まともな出演者ならわざわざ出たいと思わないだろうし、逆にこういう劇場でも出演しようと判断する是も非もないような追い詰められた出演者の公演で客が集まるわけがないのもまた道理なのである。

 またこのコアラは、電気を止められると、平気で隣の建物にコンセントを繋ぎにいき、電気泥棒をする。水槽を使ったステージを作るときには、これまた隣の建物に水道管を繋ぎにいき大量の水を盗む。水槽にホタルイカを入れたいと高級レストランの水槽にいたイカを連れて来る(まあこれは勧誘であったが)。つまり、人の物に手を出すことに一片の躊躇もないし、判断の行きつく先が常に「人の物でどうにかする」なのである。「お前の物は俺の物、俺の物は俺の物」でおなじみの剛田武さんかと思った。

 

 ↓剛田武さん

 

 

 この劇場も昔は繁栄を誇っていたことが主人公の回想シーンなどでそれとなく描かれているのだが、廃れた理由はよくわかるのである。そして本作のラストシーンでは感動的な劇場再建シーンが描かれるのだが、恐らく末路は同じであることが容易に想像できる。

 仕事というのは、箱ではなく中の人間が作り出すものなのだから。

 そんなわけで、コアラの浅はかさに辟易してしまったため不満ばかりを述べてしまったが、前述のとおり楽しい作品ではあった。いや、マジで。

 まず、もちろん歌が良い。洋楽の大ヒット曲を基本的に採用しているので良いのはそりゃ当たり前なのだが、歌詞を見て「あっ、こういう曲だったのね~」なんて勉強になる。秀逸なのはゴリラで、ビジュアルと繊細な歌声のギャップが笑えた。せつね~と思うこと請け合いである。

 また、本作の一番のお気に入りシーンは、主人公のコアラが、劇場が崩壊した後、父親の家業を受け継いで洗車屋を始めるシーンである。コアラの洗車の仕方が全くの予想外だったので、すげー笑ってしまった。これはぜひ観て欲しい点である。むしろ、私もやってほしい。

 そんなわけで、つまらない大人になるといろいろとツッコミたいところが出てきてしまうのだが、純な気持ちを失わずに「フィクションを観る」という初心を大切にして鑑賞すると、とても良い作品である。子供と一緒に観ていて「あのコアラの経営姿勢がさぁ~」とか言い出すと恐らく嫌われることだろう。