週に一度、supervisionといって、精神科医を中心としてカウンセラー・ソーシャルワーカーが集まりミーティングを開きます。Dr.がそこである女性患者について話をしてくれました。

その患者がDr.のオフィスに初めてやってきました。彼女のスカートは下着が見えるか見えないかギリギリの短さで、上に着ていたシャツは胸の大きく開いた、ピタッと体の線が見えるタイトなものでした。彼女がイスに座って最初に言った言葉は、”私の格好をどう思う?”、でした。Dr.は彼女が挑発してこようとしているのがわかったので、”とても、刺激的な格好だと思うけど、君は僕にどう思って欲しいの?”と、あえて彼女が求めている意見を避けました。”ここに来るまでの間、多くの外で働いている肉体労働者の人から声を掛けられたし、電車の中でも男性がみんな私を見てたわ。彼らは私のことを好き(ここで彼女はloveという単語を使います)なんだわ。”と続けます。

Dr.はここで、”どうしてその男性達は君を好き(love)だと思うの?彼らとは会った事もないし、君の事も何も知らないでしょ?”と疑問を投げかけます。それでも彼女はひるまず、”だって、みんなきれいだって言ってくれるし、親切にしてくれるし、注目してくれるし...”と言い返すのですが、少しそこで自信がなくなってきたように見えました。

この女性患者は、子供の頃から、実の父親に性的虐待を受けてきました。父親は再婚したのですが、義理の母親は、この患者が父親に異様に可愛がられているのを嫉妬し、虐待の事実を知った後も助けようとしませんでした。実の母親からは愛情を受けられず、継母からは意地悪をされ、頼れるのはこの異常な愛情を示す父親しかいません。次第に、彼女にとって、父親から、”きれいだね”と言われながら触れられることが愛情なのだと勘違いするようになります。そして、愛情に飢えていた彼女は、性的に興味を持ってもらえることで安らぎを覚えるようになってしまいました。

タマネギを例に、Dr.はこの患者について解説をしました。外側は堅くて、中へいけばいくほど柔らかくなる。これは人間の心理と一緒なのだそうです。この患者も歪められた愛情表現によって刺激的な格好をするようになったのですが、なぜそういう格好をするのかというところを洞察させることによって、彼女に一番芯の部分を気づかせることが大事だと言います。Dr.はこの患者にひとつひとつ質問をして、いかに彼女の認識がズレているかということを分からせていきました。セッションが終わる頃になって、彼女が急に小さく丸まり、”私、すごくむき出しの状態だわ。ジャケットか何か体を少しでも隠せるものを貸してもらえますか?”と切り出したそうです。彼女は自分の芯を見い出したからです。次のカウンセリングの時には、この患者はパンツスーツのような格好で現れたということです。

最後にDr.は性的虐待を受けた女性には、しばしばこういうことが見られるので、これがケースになった場合、法廷で挑発的な格好をした原告に対して、周りは彼女の格好のせいだと決めつけることが多くとても残念なことだと付け加えました。
”Memento"という映画をご覧になったことはありますか?
この映画の主人公は頭に受けた傷がもとで、short-term memoryがダメージを受け、新しい記憶を保ち続けることができません。今回出会った30代後半の男性、トニーは、この主人公とまではいきませんが、同じように記憶障害があります。

トニーはNYの地下鉄のホームで、ドラッグディーラーを夢中で追いかけていました。あまりにも追いかけることに夢中になっていたため、ついホームぎりぎりのところを走っていたところ、一部がもろくなっていたようで(NYの地下鉄に乗ったことのある人であれば、いかに古くて汚いかがわかると思いますが)、線路の上に落ち、頭を強く打つと そのまま意識を失いました。数週間して目が覚めてみると、彼は病室にいました。後から話を聞くと、落ちてすぐにある男性が彼をホームへ引き上げたのですが、トニーに意識がないのを確認すると彼が身につけていたジュエリー(大事な結婚指輪も)やお金を奪い、そのまま逃走しました。

インタビュー中に、トニーは頭の傷を見せてくれました。傷の大きさは、ほぼ頭の半周分くらいにあたり、前頭葉のあたりから始まり右側に向かって長い線を描いていました。この脳に受けた傷により、新しく入ってくる記憶はしばらくするとすぐに消えてしまうのだそうです。そういう事情もあり、彼に対するインタビューはかなり時間がかかりました。ひとつ質問をすると、トニーはとても丁寧に答えてくれるので、少し長く話すと今話していた話題を忘れてしまうのです。

昨日は彼の2才になる息子さんが訪ねに来たらしく、その子の話をしている時には、とても柔らかい表情をしたいいお父さんになっていました。ただ、その子が、”お父さんが僕のところから離れてここに泊まっているのは、僕が悪い子だからなの?”と泣いた、というところへ話がくると、トニーの目からも大粒の涙が落ちました。絶対してはいけないのはわかっていたのですが、周りにスーパーバイザーがいないこともあって、私もちょっともらい泣きしてしまいました。まだまだ未熟です。

毎日大体、3~5人のペースで新しい患者に会うのですが、トニーは私の目から見ても、多くの他の患者と違い、かなりの高い確率で立ち直ることができるタイプだと実感しました。
その理由は、第一に、奥さんとお子さんをとても大事にしていて、夫・父親として責任感がとても強く、今後はしっかり治療して家庭を支えていくという意志がはっきりしているということ。そして、彼のとても純粋で感謝を忘れないという性格。これは、トニーが、地下鉄の駅でのエピソードを話してしているときに、”確かにその人のやったことはひどいことかもしれない。でも、彼がいなければ僕はそのまま地下鉄に轢かれて、もう愛する家族にだって会えなかったかもしれない。僕は立ち直るチャンスを与えられたんだ。”というコメントからもうかがえます。

彼の真摯な態度は、カウンセリングオフィスにいた、すべての女性カウンセラーの心をつかみ、その中の一人は、”He is so sweet..."なんて言っていました。確かに、とてもsweetな人です。

最後にトニーはちょっと申し訳なさそうに、”もし、僕が明日sakiに会っても、たぶんどこかで見た事あるなぁとは思うかもしれないけど、君の名前や、ましてカウンセリングをしてくれた人だったとはきっと思い出せないと思うけど分かって欲しい。”と言ってきました。来週からは、毎日新鮮な気分で、彼に自己紹介をすることを日課にするつもりです。
専攻が犯罪心理学ということもあり、様々な精神障害の中でも、反社会的人格障害(Antisocial persoality disorder)を持っているという、ジェレミーがカウンセリングオフィスへ入って来た時には、とても興奮したと同時にかなり緊張もしました。

ジェレミーは40代前半、鍛え上げられた体と体中のtattoo、そして礼儀正しくも鋭い目をした男性です。今まで殺人を2回、後は数えきれないほどの傷害事件やドラッグ関係の問題を犯してきました。最初の殺人は13才の時で、同じくらいの年の友達やその友達が集まった時に、いさかいが起き、ナイフでその中の一人を刺し殺しました。まだ13才という年齢と、初犯ということもありしばらく特別な施設で過ごして、そこを出て2ヶ月後にまた人を銃で撃って殺しました。ジェレミーは、自分を馬鹿にする人や邪魔する人は徹底的に許さず、もしそういう人に出会うことがあったとして、さらに彼がナイフか銃を持っていれば相手はさっさと逃げないと命の保証はないと言います。しかし、自分の家族や女性・子供には絶対手を出さないそうです。

今まででジェレミーが受けた銃弾は合計11発ですが、彼が撃った数はその遥か上だと自慢していました。でも、彼に言わせと、数の違いはあるにせよ、自分も人を撃ったんだから、その分自分も撃たれたというのは当然で、何事も因果応報だということです。そして、彼を含め同じようなことをしている人たちの間には、暗黙のルールがあり、警察が来ても絶対に誰に撃たれたということは言ってはいけないそうです。

インタビューの中で、彼の趣味を聞いたところ、”人を切り刻むこと”、というので、適当に相づちしながらいたのですが(からかっているのがわかったので)、そうするとすぐに大笑いして、”ヤバい。こいつ、すごい狂ってるよぉ。どうしよう。って思ったでしょ?”なんて本当におかしそうに笑うのです。私が否定すると、”本当は、切手とコインの収集。集めることが好きだから。”と、意外なことを言いました。他にも、”連続殺人などを犯すやつは本当に狂ってる。自分に対して何も害がない人たちを殺して喜んでいるやつこそ気違いだ”とも熱弁していました。確かに彼の行動パターンは、いわゆる猟奇殺人的なものとは違っています。

しかし、人を殺す時の精神状態を聞いてみると、何かのきっかけで発生した怒りが頭の中で急速にふくれ上がると、もうそれが爆発すると同時に、何も考えずに相手を襲うと言っていました。もうこれはコントロールできないそうです。連続殺人犯は彼らの好みに合ったタイプの犠牲者を選ぶ事も多く(これはジェレミータイプの殺人とは違いますが)、やはり殺人を犯す時には、何かしらもやもやした鬱積するような気持ちがあったりして、それを追い払うために(コントロールできないため)人を襲うというパターンもかなりみられます。

本当は、インターンは診断をするわけではないので、聞く質問も限られたものになるのですが、どうしてもこの人格障害を持った殺人犯には、いろいろ聞いてみたくて、何度か廊下で立ち話も試みています。周りの目もあるので、多くは聞けませんが、いくつか気になる事を言っていました。まず父親がものすごく暴力を振るう人で、6才の時には首を銃で撃たれたそうです。幸い弾は貫通したらしく、しばらく入院しただけで済んだのですが、今もし生きていたら殺してやると言っていました。さらに、父親はアル中だったそうで、どんなに自分が落ち込んだりやけになったりしても、お酒だけは絶対に手を出さないということです。彼はトラウマ的な経験を否定していましたが、これはかなりのトラウマだと思いました。

これは授業でもよく教授が強調していたことなのですが、反社会的人格障害を持った人は、チャーミングな人が多くいます。ジェレミーにしても、見た目は怖い感じですが、私があるとき、部屋に閉じこもった非協力的な他の患者に手を焼いていると、”大変だね。でもここはアメリカだから、言うことを聞かないようなやつは思いっきり引きずり出してでも、言うことをきかせなきゃ”なんて心配そうな様子でアドバイスをしてくれました。”じゃあ、私の代わりに引きずり出して来てくれる?”と頼むと、すごくはにかんで、”それは、やっぱりできないなぁ。”なんて言っていました。

でも、こういったチャーミングさというのは、危険と紙一重ということも知っています。私の働いている施設ではありませんが、実際に、殺人犯をカウンセリングしていたある犯罪心理学者の女性は、心を許したときに患者の男性にみごとに殺されたという事件もあり、これは稀なことではないのです。私もそこを意識的に気を付けようと、毎日自分に言い聞かせています。