ネイトという20代前半のちょっと見た目のかっこいい患者が入ってきました。金髪で青い目、さらに体のあちこちにあるtattooが、彼をどことなく近づきにくい感じにも見せるのですが、実際話してみると、とても話好きの気さくな人で、そのギャップがまた彼をより魅力的に見せていたのだと思います。

ネイトはなぜこの施設に来たのか、とても詳しく話してくれました。もともと彼には彼の子を妊娠した婚約者がいたのですが、2年前にあったHarricane Katrinaによって、彼女を失いました。それにショックを受けたネイトは、自殺をする寸前でした。そこへ、普段から仲良くしていた近所に住む人が、気分がよくなるからと言ってドラッグを持ってきて、そのまま中毒になりました。しかしこのままではいけないと思い、止めようと努力を始めた頃、亡くなったはずの婚約者から電話がありました。実は、彼女は別の男性と前から浮気をしており、妊娠していた子供もネイトのものではなかったのです。とりあえず彼女はハリケーンを利用して一度ヨーロッパへ隠れ、出産し、浮気相手との仲が終わった頃、またネイトとよりを戻したくて連絡をしてきました。その事実に、より大きなショックを受けると、ネイトはまたドラッグへと走りました。そんな彼を支えたのが、最近知り合った、年上の彼女でした。彼女はとても親切で、ほとんどホームレスに近い生活をしていたネイトをレストランへ連れて行ったり、住むところを手配しました。そして、ネイトは新しい彼女のためにも、完全に中毒から立ち直るために、この施設を訪れました。

彼の話は、もっととても長いもので、ここには書ききれないような苦労もたくさんあり、私もつい同情してしまったのがいけなかったのです。特に、婚約者に浮気をされたところの話になると、彼はとても辛そうな顔をしていたので、つい、”気持ちはわかるよ。だって、私の婚約者も今、浮気をしてるもん。”と言ってしまったのです。同じように浮気されたという事実に、ネイトはとても私に親しみを持ってくれ、いかに私の婚約者を苦しめるべきかを語り始めました。ネイトのいたプログラムは7日間で、その間、顔を合わせる度に、”僕がこらしめるいい方法を教えてあげる”とか、”そういうことにとても便利な人を知っている”とか話しはどんどんエスカレートし、とうとう最終日になると、”連絡をくれ”と言って電話番号を置いて帰って行きました。

カウンセリングの基本のひとつは、絶対に自分の抱えている(いた)問題を話さないということです。患者と同じような経験をしていて、つい、それを伝えればもっと心を開いてくれるかもなんて思いたくもなりますが、それでは患者のためにもならないし、前進しないのです。よく患者が、”君はドラッグを使ったことはあるの?”と聞きますが、精神科医に言わせると、正しい答えはひとつではないのですが、”どうして、私が使ったことがあるかということに興味があるの?”と、即答を避け、できるだけ関心を別の方向へ持っていくことだそうです。結局、カウンセリングされているのは患者であって、カウンセラーではないからだということだからです。傾向として、患者がまだ自分の問題に立ち向かう準備ができていないときには、こういう質問が多いみたいです。

つい言ってしまった余計な一言で、連絡先までもらってしまいましたが、これが見つかったらクビか、そうではなくても大問題になるところでした。ひとつまた勉強になりました。
マークという、30代前半、大卒で高校の数学教師をしていたという男性がやってきました。
質問に対する答え方もハキハキして、物腰もとても感じが良いというのが彼の第一印象でした。しかし、彼はとてもずる賢かったのです。

彼はちょうど裁判にかけられているところでした。
ある家にこっそり侵入し、その家の人に気づかれ警察に捕まったそうです。彼に言わせると、武器も持っていなかったし、物も取っていない、ただ、他人の家に入っただけだということですが。ところが、他にも話を聞くと、どうやら自分の生徒達にドラッグを売っていたらしいのです。これも彼にとっては、たまたま分けただけで、たった1度のことだから、と反省の様子はありません。でも、これらの重大な罪により、私たちのいる施設で治療をしてから、法廷に行くことになっていました。ところで、この法廷に行く日が問題になったのです。彼の予定では、解毒(detoxification)して、終了したことを示すパスをもらってから、法廷へ挑むつもりだったのです。ところが、パスをもらうには数日施設で時間を過ごさないといけないのですが、出廷の日はその前なのです。彼はあわてて弁護士に連絡を取ろうとして、日程を変更してもらうようにお願いしようとしていたのですが、弁護士は忙しいのか全く連絡が取れません。もし彼が予定通り出廷しないと、どうやら刑務所行きが決まってしまうようで、彼はもう必死で、いろいろなカウンセラーにすがりつくようにお願いしていました。もちろん、カウンセラーは、施設のポリシーを変えること自体は違法になるので、無理だとつっぱねました。

ここに、ベッキーという、マークにとっては天使のようなカウンセラーが現れます。彼女は、他の多くの患者と違って、大卒で教師をしていたというこの患者に対して、少し特別な思いを抱いたようです。涙目になっているマークに対して、彼女は、本来ならやってはいけないようなこと、弁護士に直接連絡を取ったのです。カウンセラーはあくまでカウンセリングをするだけなので、弁護士と患者のケースについて入り込むことは厳禁です。でも、このマークは、他のカウンセラーと違って、彼女は自分に対して親切だということを見分けると、急に態度を変え、”彼氏いるの?”、”いるんだぁ。残念だなぁ。”とか、甘えたような声で親しげに話し始めたのです。私はただのインターンだからなめられたのか、彼のそういった態度は、私の前ではまったく隠されることはありません。ベッキーもベッキーで悪い気はしていないようでした。

これに気づいた他のカウンセラーはものすごく怒りだし、とうとう、もっと上の上司まで出て来て、私の前で、耳がおかしくなるかと思う程の大声で、ベッキーに対して怒鳴り始めたのです。ベッキーはやっと言われて気づいたようですが、それでも、次の日懲りずに甘えにやって来たマークに対して、オフィスを閉め切って彼の話を聞いてあげていました。どうやら、施設に入ったとたん、マークは彼女に振られたようです。子供のように泣いていました。

この直後、私の本来のスーパーバイザーである精神科医とのミーティングがありました。彼は、カウンセラーと患者の良くない関係を母と子に例えました。時々、カウンセラーというものは、カウンセリングをしているうちに、つい母親のように振る舞い、患者も子供のように甘えることがあるようです。そうすると、そこには感情移入のようなカウンセリングにはよい影響を与えないものが生まれてしまうのだそうです。そして、この患者はこのカウンセラーの自分に対する特別な感情を利用し、自分が欲しいものを上手い具合にねだるのです。
ベッキーとマークの関係はまさにそれだと思いました。ベッキーはソーシャルワーカーとして何年も働き、経験も豊富なのにもかかわらず、こうやって大きなミスをしてしまうというのは、直接近くにいた私にとっても大きな勉強になりました。というのも、私もあるひとりの患者に対して、特別に心を開きすぎてしまっていた事実があったからです。それについてはまた別の時に書くつもりです。



今回このブログを始めようと思ったきっかけは、ダイアンというホームレスの女性患者との出会いでした。

ダイアンは50代前半で、受付で提出してもらった質問表によると、躁鬱病を患っているということでした。躁鬱病患者は、授業の時にビデオで見た事があるのですが、”躁”と”鬱”の時の違いには本当にびっくりさせられ、ダイアンをまかせると言われたときには、正直なところ不謹慎ながら興味津々でした。

ダイアンの部屋へ行くと、彼女はベッドに腰をかけたまま上半身のみを思いっきり反らせたまま眠っていました。起こして声をかけてみると、ぼーっとはしていましたが、反応はありました。カウンセリング室まで付いて来て欲しいと伝えると、鈍い動きながらも一生懸命靴を履こうとしています。結局上手く履けなかったため、そのまま諦めると靴下のまま部屋を出てきました。いくつか質問をしないといけないのですが、彼女のインタビューはとても大変でした。まず、呂律が回っていないし、ひとつひとつの質問の答えを書き留めているほんのわずかの間に、眠ってしまうのです。どうやらヘロインの治療に使っているMethadoneの作用のようです。突然、彼女が体を震わせ始めました。寒いのかと聞くと、足がとても寒いというので、そのまま待つように伝えると、私が彼女の部屋から靴とジャケットを持ってきました。靴は、子供に履かせるような感じで、私が彼女の足をもって履かせてあげました。彼女は恥ずかしそうに何度もthank youと言ってくれました。

次の日の朝、シャワー室でダイアンと顔を合わせました。挨拶をして、気分を聞いてみると、昨日よりはずっといいと言いました。確かに、表情も明るくなって笑顔も見せてくれました。じゃあ後で、とその場を離れようとすると、ダイアンがいきなり、"I think...you are beautiful..."と、とても柔らかい素敵な笑顔を見せながら言ってくれたのです。その時の気持ちは、何と言うか、胸の奥の方が温かくなって溶けてしまいそうな感じでした。何でかというと、それは外見が美しいという意味ではなく、私の内面について言ってくれた言葉だと思うからです。ずっとホームレスで、今までもたくさんの暴力を受け、人間としてまともに相手にされないできた彼女に対して、直接靴を履かせてもらったという行為がとてもダイアンにとって特別だったのだと思います。

ダイアンはまだ躁鬱病と薬物中毒による治療で、精神的にも荒れていたり、無口になったりとまだまだ不安定ですが、あの時見せてくれた彼女の素敵な笑顔は、きっと本物なんだろうと信じています。