
ハードバップに見えるウエスコーストジャズの影
クリフォード.ブラウンとマックス.ローチのクインテットは50年代東海岸のハードバップ期における屈指のコンボであるのはみなさんご承知の通り。このバンドが誕生した由来や契機は色々な方が色々なところで書かれているだろうからここでは細かく触れませんが、そうした方々があまり書いてないことがあります。そもそもこのクインテットが立ち上がったのはLAでした。Emarcyのアルバムも半分以上西海岸の録音です。ここでリンクを貼ったのはズート.シムズの4管セッションにクリフォードが呼ばれたものです。ここでのジャック.モントローズのアレンジのアイディアはAt Basin' Streetに収録されたlove is many splendid thingsに直結しています。ハードバップと言えばマイルスのDigあたりも黎明期のものと言われたりしますが、マイルスがパーカーなどと共演した後に作ったBirth of The CoolはClaude Thornhilのダウンサイジング版であり、その録音メンバーの多くはケントン周辺とかぶったりもしていました。つまり、いわゆる東海岸のハードバップはあまりにも決め事がなくある意味やっつけになりがちなビバップではなく、テーマなどのアンサンブルに当時流行りまくっていたウエストコースト的なものを加味して作られたように思えるのです。こうした考察をいわゆる日本のジャズ評論家の方々が書かれてるのはまず記憶にないのです。日本でのウエストコーストジャズのイメージは(評論家が作ったもの)、スイングしないとか頭デッカチ、みたいなものでした(その割にはチェット.ベイカーとか特定少数には諸手を挙げてたりもしますが)。今はどうか知りませんが、昔のジャズ評論家って単なるマニアなんだけど、あの時代にたくさんの音源を聴くことができる経済状況にあった方々に過ぎなかったのではなかったかと思えてならないのです。それが証拠にジャズ以外は聴いてなかったり毛嫌いしてたりしましたから。ジャズ、特に1940-50年代前半くらいはアメリカの楽壇でクラシックとジャズの交雑が行われていた時代で(ガンサー.シュラーがthird streamを提唱するより10年以上早い)、ジャンルで聴かないなんて姿勢では絶対わからないことがあるはずなんです。ハードバップが面白かったら同時期のウエストも結構楽しめるはずなんですが、日本では忘れられてるのはもったいないなぁ、と思わずにはいられません。エヴァンスもハンコックもオーネットもドルフィーも出身はウエストコーストなんですけどねぇ。日本だと演奏する方も聴く方もコンボ一本槍とかフルバン一本槍みたいな感じでどっちも聴く人の比率が少ないのはもったいないなぁと感じていますが、東海岸、西海岸というくくりにも同じものを感じてしまいます。聴かず嫌いはもったいないですよ。
アート.ファーマーとディジー.ガレスピー
アート.ファーマーという人は、ジャズトランペットの歴史の中でちょっと変わった位置にいるような気にさせられる人なのです。ガレスピー以後のビバップトランペットの紳士録の中に組み込まれない感じなんです。そしてファーマーは自分のアルバムでほとんどガレスピーの曲を録音していないように思われます。パーカーのは多いですが。
で、先日なんとなく調べていたらwikiかどこかにファーマーがガレスピーのビッグバンドのオーディションに落ちたという一節が目に入りました。ファーマーの読譜力は強力で、50年代のジョージ.ラッセルでは鉄壁の職人仕事をこなす力があるのになぜガレスピーが落としたのかはよくわかりません。でも、ファーマーがガレスピーの曲を取り上げないのはこんなところに理由があるのかなぁ、という気にはさせられました。
ファーマーのソロのスタイルは他の同時期のラッパ吹きに比べるといわゆるビバップフレーズ的なものが少ないように見えます。50年代前半のクインシーやジジ.グライス、ジョージ.ラッセルらとの交流の中で独自のスタイルを築いていったようにも思えます。ファーマーが書いたエチュードがあります。この時代のレジェンドが書くこの手のエチュードではメジャー、マイナー、ディミニッシュ、オーギュメント辺りのパターン練習がお約束なのですが、ファーマーの本には「リディアンドミナント」が書かれています。この辺りにもジョージ.ラッセルとの関係性を感じます。
ディジーのフレージングやコードに対するアプローチが多弁で華やかなイメージが強いのに比べると、ファーマーのソロはどちらかというと訥弁な感じで聴いた感じの派手さは希薄です。が、「本当に凄いプレイは凄く聴こえない」という部分もジャズにはあるのです。ファーマーを聴いているとそういうことをよく考えます。
