2014年8月5日
中日春秋
 ♪きょうしつの まどの むこうに わたしたちの うちがみえる わたしたちの うちをのせて ゆうゆうと ちきゅうは まわる めをみはり おおきな ゆめを みよう…。詩人の谷川俊太郎さんが、東京都内の小学校のために書いた校歌だ
▼世界中の子どもたちに歌ってほしい言葉だが、悲しいことに、教室の窓から見える光景そのものが、夢を打ち砕くような街もある。イスラエルの空爆で廃虚だらけになったパレスチナのガザも、そんな街の一つだ
▼学校はいざとなったら、地域の避難所になる。ガザには国連が運営する学校もあって、今は九十校に二十六万人が身を寄せているという
▼そんな学校や周辺にも攻撃が繰り返され、おとといもまた、死傷者が出た。国連が何度も何度も学校の位置をイスラエル側に知らせ、攻撃しないよう要請していたにもかかわらずだ
▼パレスチナに限らない。国連機関や国際人権団体などでつくる「教育を攻撃から守る世界連合」によると、世界では去年までの五年間におよそ三十の国で学校が繰り返し攻撃され、数百人の生徒らが殺された。教育の機会を失った子らは数十万人に上るという
▼「連合」は学びの場を戦場にせぬため、学校を軍事的に利用することを禁止していこうと訴えている。こういう動きに加わり、引っ張っていくことこそ、「積極的平和主義」ではなかろうか。
中日春秋
2014年8月4日
 <凄(すご)いという字には/妻がいる、女がいる/子育て、親の介護/夫の介護/女はやっぱり凄い>。河田日出子さんという方がお書きになった『俺はこわれちゃったんだよ』(市井社)は認知症になった夫を介護した八年間を「五行歌」で綴(つづ)る
▼認知症の肉親やパートナーを介護した経験がある方ならその歌のひとつひとつに自身の苦労や思いが重なるだろう。<四十六回目の/結婚記念日よ/と言っても反応がない/思い出を共有できない/淋しさ>。介護も辛(つら)いが、身近な人間と過去を笑って語り合えない、心が通わぬ生活のなんと味気ないことか
▼半面、病気によってその人の飾りのない心が時折のぞくものか。<判(わか)らない言葉ながらも/おまえが一番/好きなのだと言う夫/正気だったら/言うまい><痴呆(ちほう)の夫と/日に何度も/抱きあって/背中を/撫(な)であう>
▼昨年の日本人男性の平均寿命が八十歳を超え、八〇・二一歳になった。悪い話ではないが、大切なのは介護を受けずに生活できる「健康寿命」をいかに延ばすか
▼特に男性である。平均寿命の男女差は六・四〇歳で前年からわずかながら縮まったが、その差はやはり気になる。先に弱っていく男性を女性が介護する
▼<夫のために/時間を/費やす/日々/これでよし>。きっぱりとした詩だが、いつまでも女性の「凄さ」にすがっているわけにはいくまい。
中日春秋
2014年8月3日
 一九六〇(昭和三十五)年、週末のたびに、百貨店には黒いビニール人形を求め長い行列ができたという。「木登りウィンキー」が正式名だが、もちろん「ダッコちゃん」
▼百貨店の行列には整理券を高く売るダフ屋やそれを取り締まる警官が出たというから、大騒ぎである。佐藤ビニール工業所(現タカラトミー)が生産したのは二百四十万個だったが、大量の偽物も製造され、合わせて約一千万個の黒い人形が出回ったという
▼生産がなかなか追いつかなかった。従業員が子どもに一個買いたいと願い出たが、当時の社長は「朝から並んでいるお客さまに一個でも買ってもらうため、われわれが先に買うわけにはいかない」。そんなエピソードも残っている
▼子が欲しいのなら猛暑も行列も気にならぬ親のならいは今も昔も変わらないようだ。小学生に人気の「妖怪ウォッチ」。関連玩具が二日発売され、早朝から家電量販店などに行列ができた。暑い中、子のために並んだ人にはご同情申し上げる
▼親は子を喜ばせたい。「ダッコちゃん」にせよ、親の方にも子どもの時、親が行列してでも何かを買ってきてくれた記憶があるもので、今度は自分がという気持ちになるものなのか
▼玩具を手にできた子どもへ。行列してくれた人への感謝を忘れずに。もう一つ。世の中にはどんなに欲しくても、手にできない子がいることも。