無知の知。
こんな時間まで仕事中。
暇ではないが退屈。
ひたすら手だけ動かすこの無為な時間を
わたし以外の人は何を考えてすごしてるんだろう。
わたしが考えてるのはいつもだいたい
食いてーか、眠てえかのどっちかだ。
「甘栗むいちゃいました」の工場で働く人とか、
毎日どんな気持ちで
あの甘栗の皮を剥き続けているんだろう。
(たぶん手作業ではないと思われるが)
さっきまで一緒に仕事してたチーフは、
「こういうの、バイトにでもやらしときゃいいんだよー」と
投げ出して帰ったので
とうとうフロア内には
わたしとバイト君だけになってしまった。
なんでも知ったふうな振る舞いをするのは
本人にしてみたら必死なんだろうけど、
端から見てると
ただの小者と思わせるだけだなあ。
偉い人ほどわかんないことをわかんないと当たり前に言えるものだよ。
ソクラテスさんも確かそう仰ってた。
次また この仕事をやらされるときは
もっとまともな人の下で気持ちよく働きたいもんだ。
無駄に多い。
ええい!
シャンプーもリンスも化粧水も
どれかを選ぶのがどんどん面倒になってきた。
どれも大して変わらんのだったらもう
なんのヒネリもないやつでいいよ。
それでいいよ。それがいいよ。
そう考えると市場において
デフォルトの位置を占めてしまった商品というのは強い。
無印良品の強さというのも、
きっとそのへんに理由があるのではないか。
わたしなんかもう
どうでもいいことは口半開きで
よだれ垂らしてやりすごしたいなあと思う。
嗚呼、気付いたら鬱。なんでや。
そういえばさっき行った駅前の薬局屋の店長は
日に日に顔が黒ずんでいってる。
だいじょうぶか?
人に薬 提供しとる場合か?
■Nara Leao 『Ela Desatinou』
黙祷。
遠く離れた故郷の空にも、
わたしの頭上にも同じように広がる空。
あの12年前のことを思い出しながら、
しばらく空を見上げた。
風が吹いて
星が瞬いて
光がさす間、
大切なものが増えていった。
悲しんだり
驚いたり
喜んだり。
人生はそのくりかえし。
月日の流れは 確かに早い。
あれから10年も経たないうちに神戸の街は復興し、
街から震災の傷跡は癒えたとしても、
10年経った今でも
人々の傷が癒えることは決してない。
ある日、あの朝
突然起きた あの出来事。
どこに住んでいても、
誰もが 他人事ではなくなる日が
もう すぐそこに やって来ているのかも知れない。
二度とあんな光景など見たくないのだけど。
今日気付いたこと。
ちょっと前まで
「欧州」と書こうとすると、
必ず「殴州」と書き間違えていた。
いつの間にかその癖が治ってました。
まあそいだけの話。
書き間違いは深層心理が表れたものだと
フロイトだかユングだかが言っていた気がするが、
わたしは何か
暴力的な抑圧の要素を抱えていたのだろうか。
まあいいや。
そういえば、さっきから繰り返しこれを聴いている。
- 美輪 明宏, 山本雅臣, 池多孝春
- 美輪明宏の世界
笑える。
でも『ヨイトマケの歌』は泣ける。
最近テレビで観る美輪さんは
手塚治虫の漫画の「火の鳥」にそっくりだと思う。
火の鳥の実写版を映像化するときは
是非 火の鳥役は美輪さんでお願いします。
フィルムの中に。
時代錯誤だとはわかっていても
やはり写真はフィルムで紙焼きがいいと思う。
記憶は不確かなものだから、
少しでも確かに触れられるものとして
残したつもりになって
手元に置いておけたらいいんじゃないかな。
ピンボケして何を狙ったのかよくわからないもの、
手ブレして人の表情がはっきりわからないもの、
デジカメではその場で確認できてすぐに撮り直せるけど
フィルムカメラではそうはいかない。
でもそれがいいのだ。
いろんなものから逃げまわるように
山やら海やら行くことで、
わたしはわたしに
世界はこんなに美しいのだということを
教えたいのだと思う。
それにしては
ずいぶん説得力に欠ける写真しか撮れていないけれど・・・・。
どうか、110フィルムが製造中止になりませんように。
花とか買って帰る月曜日。
老人ばかりの病院には
なんか独特のなんとも言えないグルーヴが漂っている。
嫌な感じはしないけど、
幸せな感じでもない。
とりあえずは とても静かだ。
小さなおばあさんを前に
わたしは優しくしたいとは思うが、
実際に優しいかどうかはまた別の問題で、
無理に微笑みをつくりながら
ああ これは嘘だなあと思うこともしばしば。
でも嘘をつく以外にどうしようもないのだ。
嘘でゴメンね、と思う。
そうやってわたしは嘘をつくから、
せめて「また来るね」という約束くらいは守ろうと思う。
ひとりになった帰り道は、
いつものことながら
わたしにもっといろいろな力があればいいのにと
情けなく、悲しい。
どうかどうか
彼女が穏やかな気持ちで毎日を過ごせますように。
■Ben Watt 『Lucky One』
現実逃避。
なんかやっぱもう
人に混じって生きるのはいやだなあと思う。
人や人のつくったものは
視界の3割以下くらいがちょうどいいな。
人に苦しむより、そうでないものに苦しんだ方が
人を恨まずに済む分 まだ苦しくない。
いや、そう思ったところでどうするわけでもないですが
なんとかする方途を考えてみようかなと。
足りない頭でごちゃごちゃ考えたってしょうがないんだけど、
自分は他人に絶望しつつ渇望しているのだなと
何の脈絡もなく考えつきました。
まあただのレトリックと言われればそれまでなんですが。
絶望してなきゃ渇望することなんてないし、
渇望なんかしなきゃ
絶望もしないで済みそうなんだけどねえ。
人間と風景とどっちが好きかっつったらどっちかな
風景かな。
きれいだし。
山行きたくなったなあ。
登りたいなあ。
足下で鳴る礫の感触。
稜線をわたる風。
ほとんど絶望的な疲労と無意味な高揚感。
今年はどっかアルパインな感じのところにいきたいなあ。









