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この城は高低差にして最後の80メートルほどが道のない急傾斜の直登になります。崩壊地っぽい所もあるので地形図とGPSを使って慎重にルートファインディングする必要があります。単独での入山は避けたほうが良いでしょう。

 

瀬戸谷城は国道1号藤枝バイパスの谷稲葉インターチェンジから瀬戸川沿いを登って、滝ノ谷不動峡の東側にそびえる城山の山頂にある。不動峡は両岸の崖が迫るなかなかの峡谷で、このあたりの山容が険しいことを教えてくれる。

峡谷を挟んで西に滝沢西城、東にこの城がある。対を成していることから「滝沢東城」とも呼ばれる。歴史は全く不明らしいが南北朝時代に北朝の今川方に対抗した南朝方の城と考えられているらしい。

観応三年(1352年)に佐竹兵庫入道が今川範氏に抵抗するも陥落した「大津城」の有力候補とされているとか…

(滝沢西城のほうか?)

(電子国土webの図上に筆者作図)

 

この城の存在を知ったのは野田の城山の記事を書いていて、この佐竹兵庫入道の足取りを知ってからだった。それなら滝沢城とチャンスがあれば本ボスたる徳山城もまとめて攻め込んでやろうと思いたち、平日休みが取れて三連休になったこの日に、まず瀬戸谷城から攻めることにした。

 

車は麓の「滝ノ谷もみじ公園」の駐車場へ。

そこから東の尾根に登ってゆく林道歩きから始まる。

 

現在位置(Googleマップで) 

だらだらと林道を登って、城よりもだいぶ北の方に進んだところで、峠のような場所にたどり着く。

ここから右へ入る。

 

傍らに立っているハイキングコースの案内には、林道から外れる瀬戸谷城方面にはしっかりと「✕」のマークが…💦💦

ワタシのような一般人は入っちゃいけない山らしい🥶

 

一片の罪悪感を覚えつつ、突入💨

 

入ってみると、最初はてっぺんの丸い、たおやかな尾根。

軽トラらしい轍も刻まれている…

この道は1:25000地形図に描かれている。

 

100メートルも進んで森の中に入ると、いきなり二又の分岐😮

きれいに真っ二つだが、ここは右へ。

 

道は300メートルほど先まで下ると登りに変わる。

登りにかかってしばらくで、また真っ二つの分岐。

 

ここは、地形図に従って右に入った。

しばらく進むと、枯れすすきが多くなって道が狭くなるが構わず進むと、城山と北隣の小ピークとの間の鞍部に出る。

 

林業用のモノレールの脇から登っていけそうな踏跡らしきが伸びているが、何しろ山頂まで比高80メートル💦

途中まで50メートルばかりの間が等高線密集💦💦

 

さすがに一瞬躊躇したあと、無理そうだったら引き返すつもりで突入💨

(電子国土web中に筆者作図)

 

この山は、取り付き点の左側、山頂の北東側に大きくて急峻な谷が刻まれていて、中に入り込んでしまうと身動きが取れなくなるだろう。

取り付きの鞍部から、この谷を避けつつ離れすぎないよう針路を取って登る。

場所によっては斜面に立っていられないほど急傾斜なので、掴まる立木や木の根などを探しながら登ってゆく。

けっこうな腕力が必要。

 

斜度がだいぶ緩くなってくると、ピークが近づいてきたしるし。

滑らぬよう慎重に登ってゆく。

 

そして…

 

あったど〜🙌

じつに薄っすいけど…

 

登りついたのは、城山のピークから少し東の方だった。

目の前に、幅4メートル、深さ1メートルというミニサイズの堀切が尾根を横断していた😮

そして、真ん中にキレイな土橋🤯

 

ちっこいけど、教科書に出てきそうな土橋と虎口の組み合わせや〜🤗 

 

土橋は天端の幅が1メートルちょいで、しっかり平坦。

 

北へ伸びる竪堀状は、10メートルほどで急斜面に突き出て終わっていた。

 

南側は猛烈なシダのヤブに覆われて、奥行きを見通すのはムリっ💦

 

この土橋を渡った先は丸いピークになっていて、城の遺構らしいものは見えない。

 

今渡ってきた土橋、振り返ってもカッコいい✨

 

城山は、ここが城かだったかと疑ってかかりたくなるほど、自然のまんまの丸い山頂だった。

今登ってきたところと同じぐらい急傾斜の南側にしても、どこまでが曲輪でどこからが外なのかが全く分からない…

 

ピークには三角点があった。

「城山」という三等三角点。

 

この三角点の前が少し盛り上がり、その西側にわずかに削平地らしいところ(?)

 

ここから西は、わりと平坦。

このあたりが主郭だったか?

 

三角点から50メートルも西に行くと、尾根は下り始める。

 

傾斜の緩い尾根上に段郭が造成されることもあると思ってかなり注意深く観察したつもりだったが、それらしい跡は見つけられなかった…

 

やっとそれらしいものを見つけたのは、だいぶ下った340メートルの等高線から少し上の、この段郭のように見える平坦地だけだった。

広さは六畳一間ほど。

 

もっとも、山頂からは50メートル近く下ってるし…

 

その北側の山腹には、これまた六畳一間ほどの帯曲輪っぽい所も…

 

どちらも、シロウトのワタシにはちょっと分からんわ…😅

 

さらに下って標高320mあたり…

コレは堀切だろうか?🤔

 

西の方を見ると、いかにも掘られたような感じ…

 

しかし、東側は…

 

う〜ん、違うか🤔

 

ここから下に何かあっても登り返すのは大変そうだから、ここまでにして下山っと💨

 

ここまで降りてきた西に降りてゆく尾根は、下の方が等高線密集していて、降りられなそう。

今いる標高320メートルは、ちょうど林道から城山へ直登を始めた地点より少し高いぐらい。

ここから取り付き点までわずかに下りながらトラバースで行けるか、やってみた。

(電子国土webの図上に筆者作図)

 

この斜面、傾斜はそこそこで立木も適当な間隔で生えているところが多かったが、中央あたりから東の方はガレ場が多くなる。

岩石むき出しではなく落ち葉や草が混ざっているのだが、浮き石だらけで立木も少ないので慎重に横断して行き、取り付き点より少し上に出た。

踏跡などは全く無いので、地形図とGPSを使いながらルートを探せない人は踏み込んではいけない。

 

今のところ登城道や案内などは全く無いので、山慣れた人向けの城だろう。

ともかくも南北朝時代ぐらいに使われた南朝方の城と考えられているようなので、城の進化を考えるうえで貴重な遺構、ということになりそう。

 

★瀬戸谷城

静岡県藤枝市瀬戸ノ谷

山城

 

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(2024年3月13日 記)