野田の城山は国道1号藤枝バイパスと島田金谷バイパスの境界になる野田ICのすぐ北側に盛り上がっているのが見える山で、山頂に城郭遺構がある。
来歴は定かでないが、南北朝時代に南朝方の佐竹氏兵庫入道が半年間にわたって籠城したが北朝方の今川範氏に攻め落とされた「大津城」の候補として有力視されているらしい。
登り口は複数あるらしいが、車での訪問時にもっとも駐車場に近いと思った南側から登ることにした。
城山への登り口は、野田ICの北西に隣接している。
中央公園の南側の駐車場が近く、ここを使えるだろう。
公園利用者以外の駐車禁止を謳っているけど、この城址も公園に含めてくれれば…🥺
何とも、手作り感いっぱいの登り口🤗
中央に、地形図に登城ルートや曲輪・堀切の位置が示された看板がデンと座る。
道は手作り感いっぱいの整備が行き届いている。
かなり急な斜面だが、直登ではなくトラバースしつつ少しずつ登っていて、急坂ではない。
途中では、かつて使われていたらしいモノレールが…
壊れてはいなかったので、放置されているわけではないっぽい。
斜面を直登するようなところもあるが、何しろ比高50メートルちょっとなので、10分も歩けば尾根に登りつく。
登ったところは、植林地と灌木のヤブが入り混じった、丸い尾根だった。
峠は十字路になっている。
左には「バラの丘」に続く道がゲートで閉められている。
直進すると尾根の反対側に降り、「バラの丘」に行けるらしい。
城へは、右へ登ってゆく。
木に黒マッキーで書かれた、手作り感いっぱいの案内😊
尾根上の道は、少しずつ登ってゆく。
少し登ったここ、なかなかにフォトジェニック✨
ここまで遺構らしいものは見えなかったが、もうじき頂上が見えてくるココ、どうだろう…?🤔
一見ただ尾根が少しだけ狭まったようにしか見えないけど…
左側…
これ、堀切だよね…?💦
右側は…ビミョ〜💦
遺構の残りとしてはかなり怪しいが、どうやら堀切のテッペンを土橋で渡っているらしい。
少し行くと、眼の前に人の背丈ぐらいの土壁。
このすぐ上が主郭で、右に折れて斜めに登ってゆく。
主郭は、植林の中の小さな平坦地で、中央部分は下草や切り出された枝などが積まれて、よく分からなくなっている。
それでも、入口にあったのと同じ案内があって、ここが主郭であることを教えてくれる。
東のほうは視界が開けている。
主郭から南東に続く尾根の東面だけ伐採されて、形がよく見える。
何となく、段郭が並んでいたような感じに見える。
こちら側も、主郭は人の背丈ほどの段で仕切られていたようす。
さて、南東の尾根に堀切があるというので、そこまで降りてみる。
少し行くと急な下りになって、つづら折れで降りてゆく。
下の方に平坦地が見え始めたところの斜面の付け根、堀切かな…?
降りてみると、確かにここは堀切だった。
それも…
外側に土塁を積んでいる🤯
空堀の外側には、尾根を削平したらしい細長い曲輪。
長さが30メートルほどもある。
見上げる主郭側、なかなかの迫力だな😮
電光形に登ってゆく道が見えるのがチャームポイント🤗
この曲輪の末端は鋭い土壁になっている。
西側に虎口にも見える動線が穿たれていて、ここから土の急坂を降りてゆく。
その裾、これも堀切かな…?
写真だとほとんど見えないが、実際にも深さ30センチあるかどうか。
この先は緩やかに尾根が下っているだけのようなので、主郭に戻る💨
主郭から北へは、最初はなだらかに降りてゆく尾根。
往時は段々が造成されてたのかな…?
末端は、これまた高さ3メートルちょいながら切り立った土壁。
上から覗き込むと、やっぱり裾に堀切か?
降りてから、段の裾の西側を…
これは、間違いない。
しかし、良いところに切り出した丸太を置いてる〜っ😭
丸太の向こう側…
ここにも枝打ちされたらしい枝がワンサカ積まれている…
けど確かに、竪堀状。
これは、間違いなく堀切だな😎
ここから見返す、主郭側の土壁。
これまた、なかなかの迫力で寄せ手の前に立ちはだかっている✨
ここからさらに降りてゆくと城山古墳があるらしいが、冬至間近の日はもう傾いて、辺りは薄暗くなってきている…
というわけで、ここで退散💨
城はこんな感じで、遺構は目が醒めるほどではなかったが、しっかりその姿をとどめていた。
主郭から出る3本の尾根の途中に穿たれた堀切が、どれも切岸加工されたらしい段の裾を這っていて、尾根線上に土橋が盛られていたらしいのに興味を惹かれた。
★野田の城山
静岡県島田市野田
島田中央公園の第3駐車場がもっとも近い。
山城
(2024年3月6日 記)