THROUGH MY FINDER -8ページ目

白から白への手紙

「こんにちは。
皆さんに重大な告白をします。実は、昨日よりまえの記憶というものを失ってしまいました。
僕の周りにはよく知らない人がいますし、なにやら深刻そうな顔をして僕の事を気遣ってくれるわけですが。どうも家族のようです。両親がいて、妻なる人もいます。妻らしい人はとても奇麗な人です。当の本人、さほど困っている訳でもありません。こんな奇麗な人がそばにいて僕を大切にしてくれる訳ですから棚からぼたもちと言いましょうか。
記憶が無いから、自分の顔を鏡で見ても、知らない人が目の前にいて不思議な感じです。
僕がこんにちはというと同時にこんにちはと言います。そりゃそうです。どうも僕らしいのですから。
僕が言うのもなんですが、僕らしい人は結構イケメンです。イケメンなので少々嫉妬します。

ところで、皆さんに質問です。あなたは僕とどういう関わりがあった人なのでしょうか?
差し支えなければ、どうか教えてください。僕の重要な一片となりますから。
それを信じるしかありません。

僕を形作るのはあなたです。どうぞよろしくお願いいたします。
敬具                                         」

という内容の手紙を全く知らぬ人からいただいた、いやいや過去知っていたのかもしれない。
というのも、僕には昨日より前の記憶が無いらしいのだ。どうも僕と同じ境遇の人がこの世には
僕以外に最低一人はいるようだ。この手紙がひやかしではないとすればだけど。
僕は記憶が無いが、おもしろ半分にこの手紙に返信しようと中身を考えている。
彼はきっとこの世の英雄、人間をあたらしい境地に誘った勇気ある英雄だったと伝えようか。
そしたら彼は自分の過去を誇りに思うだろうか。その名誉に押しつぶされこれからの第二の
人生を台無しにしてしまうだろうか。あなたはなにものですかと返信が来るかもしれない。
そしたらどう答えようか。なんだかわくわくと心躍る感じがする。

とにもかくも、僕にも彼にも過去は無いのだ。これからをどう生きるかぼちぼち考えていこうと思う次第である。

むき出しの内蔵を持った男

剥き出しの内臓を持つようになったら、人と接することを恐れるようになった。
そして僕は生粋の露出魔である。それはどうしようもない事なのだ。

僕は露出魔であるから、自分のコートを人の前で脱ぐ、そしてむき出しの裸を他人に見せようとする。
裸ではあるが、その裸も他人とはちがう、内臓がむき出しなのだ。

血と細胞液によって潤った内蔵が照明の光を反射させて、その隙間からイチゴジャムのような、なにやらわからぬものを垂れ流している。他人はそれを見て恐れて逃げてゆく。

僕は逃げる人の背中を観ながらまた深い傷を内臓に刻み付ける。そして、先ほどの粘液はまたその傷口からにじみ出て糸を引きながら垂れ流されるのである。
僕は露出魔であるが、それによって興奮するというたぐいの一般的な露出までは無い。露出してこうした事など一度も無い、むしろ苦痛だった。ただ露出する事が辞められないのである。

コートを脱ぎ捨てなければよいのだが、僕はやはり露出魔なので、どうしても人と会うと
露出してしまうのである。救いようが無いことは自分でもわかっている。でもどうしても
やめられないのである。

僕は自分自身をこの世の中から失ってしまわないように、苦痛から逃れる為に、このように、深い森の中、たった一人で生きることににした。傷もずいぶん癒えてきた。だが内蔵は剥き出しのままだ。この内蔵が分厚い皮に覆われるのはいつの日か。分厚い皮に覆われた時、露出することもなくなるだろうか。
どうであれ僕の人生は続くのであるが。
今日の晩ご飯はイノシシの照り焼きだ。


モンベル夫人

さて、僕の知り合いにモンベル夫人と呼ばれる女性がいた。その人は山登りを趣味としていた。

僕が山岳好きの知人と山登りをともにしたときに、「こちら上級者コース(←)こちら初心者コース(→)」と書かれた看板の前で出会った。モンベル夫人は山岳に詳しいわけではない。ただ、山に登ることが好きなだけだ。山に登っていても、実のところてんで風景など見ていない。登るときは次に自分が足を運ぶ一点のみを見つめ、一歩一歩ゆっくりと足を運ぶ。全身モンベルのアウトドアウェアに身を包んでいる。だからモンベル婦人と名づけた。名づけたちょうの本人はモンベルなんて糞だといっていた。

モンベル夫人は夫人といわれていはいたが未婚だった。過去に結婚していたのかもしれないが、その時はは独身だった。きっとずっと独身だったんだろうと思う事は失礼だと思う。

カノジョは美人でも不美人でもなかった。スタイルも良くも悪くも無かった。これといって特徴があるわけではなかった。ただ、カノジョは何に対しても一つのことに固執した。バッグはエルメスに固執し他のブランドのものは決して使わなかった。靴はgucciだ。カノジョはお金持ちのようだった。仕事は何をしていたかは僕の知るところではない。

カノジョは同じ山しか登らなかった。しかも同じルートしか上らなかった。それに固執した。我々がこちらのルートから上れた綺麗な滝が見えますよと助言しても、まったく聞く耳を持たなかった。彼女はいつも同じルートを、なるべく同じ一歩を踏もうと努力していた。そこにはモンベル婦人のわだちができるくらい。カノジョはこの十年間ずっと同じルートを登り続けた。一度モンベル夫人になぜこの山のこのルートしか登らないのですか?と聞いたことがある。モンベル夫人はこう答えた。「ここしかないのよ。これしかないの。」きっとすべてにおいて、同じような質問をしたとしても「それしかない」という答えがもどってくるのではないだろうか。カノジョはすべての選択肢の中から、それしかないと決定して、ずっと生きてきたのだろう。私の道は一本しかない。それ以外にないと。

カノジョは昼食はうどんしか食べなかったらしい。うどんしか食べないせいで、カノジョはうどんアレルギーになった。うどんアレルギーになっても彼女昼食の選択肢はうどんしかなかった。カノジョはうどんアレルギーによる、急性うどん中毒によってこの世を去った。彼女にはそのような人生しか歩めなかった。

モンベル夫人よ安らかに眠れ。