他人を見て思うこと | スイス突撃奮闘日記☆ロードオブ移住

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スイス生活14年目突入。
スイス人パートナーと2019年、2022年生まれの息子達と2024年生まれの娘の5人家族。
スイスでの日常生活、
面白いこと、腹立つこと、
いろいろ日記として書いてます。

いつもそうですが、今日は完全な独り言記事です。


みなさま、いかがお過ごしでしょうか。



私はというと、ちょっと、最近疲れています。理由は不明。
週に何回も街に出なければならなかったからでしょうか。
雨が多くて、どんよりした天気ゆえでしょうか。
あと、最近ドタバタして、燃え尽き症候群的な何かなのかもしれません。



その他、先週は頭痛で、2日間を無駄にした。後悔・・・


とはいえ、マイナスのパワーに包まれているのではありません。
相変わらず、元気です。
遊びに誘われたら、割と都合が聞くお気楽な主婦ですが、やることが無いわけではないので、それなりに多忙です。




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最近、言葉が出来ないとは、どういうことなのだろうと考えます。


ドイツ語ネイティブ
×
ドイツ語勉強中日本人
×
ドイツ語勉強済み日本人
×
ドイツ語勉強済み外国人



で集まることが、最近多々ありまして。

飛び交うのは、ドイツ語または、英語。
こちらの人はみな、だいたい英語が話せますしね、外国人でも英語が話せれば、コミュニケーションに苦労はしません。



言葉の壁がなくなると、相手が容赦なく、分かっているものとして話してきます。
これはまぁ、自分に自信を持てる嬉しいことではありつつも、逆に自信喪失にもつながったりするのですが、全体的に、人と会った時の楽しさは、格段と増します。



しかし、結局のところ。
言葉を学べるか学べないかは、母国語でも話し上手かどうかも関係している、と思うのは私だけではないはず。


言ってしまえば、大人しくてドイツ語が多少できるよりも、話すのが好きで英語がものすごく堪能であれば、ドイツ語は難ありでも、いいわけです。


よく、語学留学で、外国で英語を学ぶ時、失敗することを恐れて、発言することが億劫になってしまう、といいます。


確かにそれは良くないわけですけど、自分も歩んできたドイツ語学習を今、歩んでいる人を見ると、臆さずに話す姿勢は、自分には無かったなぁと思ったり・・・
別にドイツ語が流暢でなくでも、コミュニケーションがとれている姿を見ると、間違えたって、相手は理解してくれようとする、その相手の優しさも透けて見えたり・・・


どの言葉を話していても、人と人が話すというのは、あまり言葉は関係ない・・・
言葉そのものよりも、話す力というものが求められてるんだなぁということを、他人を見て再認識しましたね。



とはいえ、表面上はそれでオッケーでも、つっこんだ話をしようとなると、雰囲気だけでは乗り切れないし、分かったふりをしていたら相手をイラつかせるだけだから、考えものですが・・・(経験済み)



言葉ができるようになったら、もっと話せるのではなく、関係が構築されるから、いろんな話もできる。



日本語なら当たり前なことを、今更再確認。



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 そして、もうひとつ。
年の取り方についても、最近考えます。


先週、飲みに言った時のこと。

素敵な年の離れた先輩の言葉の中で、「女が一番良いのは、いくついくつで・・・」

という話になったんです。
そのままの自分を受け入れらる時期、一番穏やかに人生を送れる時期・・・

そういうものが、女にはあって、まぁ、仕事の有無、結婚の有無、そういうものがいろいろ絡んできて、方向性の違いはあるにせよ、実際に良い年の取り方をしている方を目の前にすると、カッコいいと同時に、同性なのに、惚れてしまいそうです。


そういう美しさは、内面から溢れ出てるものなんだなぁと、思わされたのでした。



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あまり先の事考えるのは好きじゃないけど、なりたい像みたいなものは、持っていた方がいいのかなぁと、学んだ