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おっちゃんの話Ver.0

バンドのこと。音楽のこと。普段のこと。思うこと。
思いつくことを吐き出していくコーナー。いよいよ、7年目になります。ブログも4つ目になります。

空論リリックというバンドでライブです。


ギターボーカルの佐藤くんとベースのエリーさんのバンドにサポートドラムとしてお邪魔します。

能力に対してもらう機会が良すぎてごめんなさいって感じ。おもたいおもたい。
最近は曲の構成が本番で飛ぶことが続いててちょっと嫌な感じです。今日は断ち切れるといいな。

エリーさんはこの日3バンド出るんだそうです。すげーすげー。



どうしてもメンタルケアが下手くそ。メンヘラちゃんな私は演奏にも見事にそれが出てきて良くもあり悪くもあり。元気がない時は変なもたりが出てきたり音の輪郭がぼやけたり。自暴自棄的な、ふぁーーーん!!みたいなしょっぱい感じの音になってしまう。

今日は活かした感じの音にしなくちゃ。


ばーんと。
昨日音声入力で文章を書いてみた。

なるほどすごい。かなりの精度で聞き取りもするし変換も良い感じ。


やってみて思った。

口にすることと、文字を打つことでは全く性質が違う。というか、性格が変わるレベル。


わかってはいたんだけど、実際にやってみて本当に思う。
音声入力で同じように打とうとすると、それを発声しなくちゃいけない。
何か発声してて変だなって思うことが沢山あるけど、そんな違和感は文字打ちのときは全然感じない。

ただ、こうやって打ってる文章を音読するのは無理。
恥ずかしい。意味わかんない。


ここに隔たりがない人がいる。
おしゃべりする時は俺の中でいう、オタクみたいな喋り方をする人。こういう人達は文字の時も言葉の時も差がない。ただ、文字の時の鋭さや面白さは格別なところがある。
そのまま会話にするから違和感を感じるだけで。


いや、逆に喋り言葉と打ち言葉に差をつけて違和感なくやってる方が変なのかな。


なんか、分からんけど。


この違いのせいで失敗したことがたくさんある。


見事に逃げながら、やってきましたからね。
発声の重さを知らないんだよオラは。


言葉にしろ。

もっと喋れ。

誓え。


逃げるな。
喜怒哀楽どの感情でも、人の人生に手を突っ込むようなら細心の注意を払う必要がある。

そのせいで友達を失うことだってある。
うん、あった。

仲良くなったつもりで、仲間意識のつもりで絡んでいたのが、突然すべてをひっくり返して二度と口を聞いてくれなくなった。

親しい仲にも礼儀あり。

その通りである。俺は礼儀や相手への尊重を取り払い、土足でづけづけと踏み込んだんだ。
その結果、あまり見られない「お前とは二度と話さない」という完全な敵意に晒された。苦しかった。


いざ、それをされる立場になってみて彼の気持ちがあの当時よりもはるかに良くわかる。
大人になってしまった以上、顔を合わせたら良い顔してなくちゃいけないのだ。でも二度と人生を絡めたくないくらいに嫌悪感で一杯になっている。


これは耐えれば消えるのか。

または飲み込んでもう一度近寄れるのか。

1度は仲良くなった仲、簡単には諦めたくない。でも自分の中の嫌悪感は拭えない。


真っ直ぐに伝えてやれないのは、自分が悪いのを自分が1番知っているからだ。
お前のせいだ、お前のせいだって耳鳴りがする。


自業自得。因果応報。

俺の頭はもう綺麗にはならない。
はぁ、なんか宗教にでも入信するか?(笑)


使い古したタオルは雑巾に生まれ変わることもある。
せめて汚れた俺で、正しくあろうとしてる人の埃を取ってあげたい。


これが老婆心ってやつか。

なんだかんだ体力がある方な気がする。

昨日は結構飲んだけど帰ってきた時間は早かったからそんなに体力的にきつくない。


ただ、とにかく眠い。



やらなきゃいけないことはたくさんある。



責任もあるから頑張らなくちゃね。


…全部音声認識で打ってるんだけど、凄いね。

何となく、余計なことを言いたくなって自分のことを知ってもらいたくて。
で、自分よがりな言葉を発信してしまう。

悪いことではないんだけど、自分に関して言えばとにかく醜い。
酒の勢いで送ったLINEなんてもう悲惨だ。少し薄まった感じで垂れ流してしまったTwitterの言葉も。


あとから見返すようなツールではないのがいいところなのに、クラウド上に雲のように浮遊してたまに酸性雨を降らせる。


恐ろしいもんだ。その時の気持ちはさっぱり消えて、ただ自分が犯した証拠だけが残り、苦悩に呑まれる。

その時の元気があれば弾き返してくれるのかもしれないが、プラマイゼロの状態から過去の自分が足を引っ張ってくる。ぐいっと。


転んで顎を打ち、ごめんなさいを繰り返す。
それでも学習しないのだから、おめでたい脳みそでもある。
悩めるくせに解決出来ないけったいな頭である。


こんな脳みそとの付き合いは、今年で満34年になる。
よくもまあ、長くやってるもんだ。