human being -111ページ目

epilogue

いま、イキガミが届いたら―余命24時間だと考えてみる/著者不明
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「虚脱」
気力をなくしうつろな状態になること。

「空虚」
真実味や内容がなくむなしいこと。


…………………………。



何も無かった。 
思考も。感覚も。視覚さえも………。

魂が抜けた。
抜け殻。
真っ白な灰………。
液体が流れ落ちる感覚が両頬を伝った。
そして両手に何かが当たっている。この感覚は…そう。

「冷たい」……「冷たい」という刺激だ。
ざあざあと言う音も鼓膜を刺激した。
水飛沫が見えた。

そうだ。
………「水」だ。 
先程から俺の手に当たり続けているのは紛れもなく「水」だった。 
風が俺のふくらはぎ、そして臀部を撫でた。 
視界を落とす。下半身には何も着けていなかった。 

水に打たれ続ける両手には布を握り、今までずっとそれを流れる水の元で
一定のリズムで擦り続けて居る。
握り絞められている布、それは俺が「ジャスコ」で買い求めた
「勝負下着・グンゼのボディーワイルド」だった。


ここは…何処だ…。



下半身の衣類に大きな不快感を覚えた俺は、下着を求めるべくコンビニエンス・
ストアに駆け込んだ。
「いらっしゃいませ!」
明るい声が降注いだ。
大学生とおぼしき女性が立っていた。
「コンビニがあったか………!」
しかしながら今の俺には全く、「後の祭」だった。
下着を………財布を探る。
ある訳なかった。俺は「身ぐるみ剥された」のだから。
それでも下腹部の違和感は如何ともしがたい。俺はレジに立つ女性にトイレを貸
して貰う旨を伝えた。
俺の風体に目を見開いた女性は
「ど………ど、どうぞ。」
怯えきった声を出した。
トイレに飛込んで鍵をかける。下半身の着衣を脱ぎ下着を洗い始めた。




………そして俺の全思考回路は停止した。







『イきがみ』………「国家繁栄維持法」のもと「国繁予防接種」によって六歳か
ら俺の体内に潜伏し続け、今朝、下腹部で起爆した「ナノカプセル」………。
その威力は絶大だった。 
駅前で炸裂したそれは、今まで見た事のない、大量の「性なる咆哮」を放出した。
下半身の着衣は起爆と共に一気に隆起し、そして風船が萎むかのように収縮して
前面を大きく濡した。ジーンズだったにも関わらず………。
俺が起爆と同時に見たもの…それは駅の大きな時計………の上、7時丁度に繰り
出された「鳩のオブジェ」だった…。 


今。

俺はコンビニのトイレで「下着」を洗っている。
レジの女性は未だ怯えている事だろう。下半身を大きく濡した男がトイレに籠っ
ているのだから。
ただ黙々と涙を流し、下半身を晒して。 


「藤本某」によってもたらされた『イきがみ』。その「発射予定時刻」に向け、
俺は丸一日、「有意義」で「無駄のない」「発射」を迎えるべく走って来た。
頭痛か、必死の行動か、はたまた「鳩のオブジェ」の為か…オルガスムスを迎え
る事なく俺は「イった」……。



水は蛇口から懇々と流れ続けている。
握られた「下着」を通り、そして俺の「白い息吹」を伴って排水口へと吸い込ま
れていく。

勢いのあるその流れは下水管を突進み、街を抜け、施設を抜け、きっとその先は
大海原へと続いているのではなかろうか………。


流れに乗って進め!

億単位を超える俺の『イきがみ』………『イき「ネ申」』達よっ!!!
「海」………それは生命の根源。生命の泉。生命体の聖なる母………。


そうだ。

その「母」なる「女体」の…………

女体の奥底の『子宮』へと………。


泳いで行け……………。




《おわり。マジおわる。》

イきがみ⑦

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頭の中を小鳥が囀りながら飛び回っていた。
瞼を閉じているはずだが光が俺の網膜を焼いているかのように眩しい。

俺は目を開いた。

光が俺の眼球を射抜いた。
驚いて飛び起きた。

朝日だ。日の光が俺を包んでいた。

頭が割れるように痛い。俺は顔をしかめた。今まで何処で何をしていたのか…………。


異臭が鼻腔をくすぐる。ビニールの擦れる音が耳を震わせる。
辺りを見渡した。
ポリエチレンの袋の山。
確実に「ゴミ収集所」に身を横たえていたようだ。

立ち上がる。頭痛は激しさを増す。意識が飛んだ前の事柄を忘れた訳ではなかった。
だが、それでも俺が一番に考えた事…………それは今の時間だった。
ポケットから携帯を………無い。全てのポケットを手でまさぐる。何も入っていなかった。

身ぐるみ剥された…………。




『イきがみ』さえ無くなっていた。
それでも衣服は着けてはいた。
下腹部に手をやり、まさぐってみた。



まだだ。
まだ「発射」はしていない!


俺は走り出した。
何時なんだ!今いったい………
時計。時計。
呟きながら辺りを見回す。
今何時なんだ…
いったい………


通りを駆け抜ける。

閉まった店の暗がりに掛かる時計が見えた。

…………6時50分!!!




嗚呼!
こうなれば通り掛かった女性に………!!!
辺りを見回す。
人っ子一人いない………。
しかし俺はあきらめない!
痛みが駆け巡る頭に思考の命令を下す。
そうだ!駅だっ!駅に行けば、駅に辿り着けば誰かがいるはず!
俺は走ることに全身全霊を傾ける。脈拍が上がり血液が身体中を駆け巡る。頭痛、吐き気が一気呵成に襲いかかって来る。しかし構っていられなかった。
だが俺は駅の場所を知らない。行きはタクシーを使ってここへたどり着いたのだから…………


「駅っ!………駅にいけばっ!」
俺は叫び出していた。


「駅っ!駅はどっちだぁ!!」
大通りに出た。
しかし道行く人は見当たらない。
俺は走り続ける。


すると急に前方の視界が開けた。真正面に建物を捉えた。
あの建物の感じは間違いない………駅だ!駅に違いないっ!

駅にはきっと早めの出社を決め込むOL、にこやかな客席乗務員、朝から元気な売り子のお姉さん、夜遊びを終え始発を待つ女、田舎から早くに上京して来た女、女、女、おんな、おんなあぁぁぁおんなあぁぁぁ……


「おんなあぁぁぁ!!!!おんなあぁぁぁ!!!!」


喉を突き抜けて腹のそこから絶叫した。

駅が間近に迫る。
改札だ。改札から女人が大勢吐き出されてくるはず!!
もつれる足を必死で繰り出す。


「改札!改札!おんな、おんなあぁぁぁ!!!!」


改札へと進む俺は駅の大きな時計を視界に捕らえた。


………… 長針が振れる………12の文字に重なる…………。





その時、

俺の下腹部で何かが弾けた。




《つづく……頼む。後一話だから。》

イきがみ⑥

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「きゃあ!本物初めて見たあ!…ねえ?一緒に呑まない?」


俺は一瞬耳を疑った。 しかし二人の女性は確実に俺の瞳を覗き込んでいる。
頷いた。
二人が手招きをする。どうやらそちらに席があるようだ。
何人かの若者が座っていた。


「今日のスペシャルゲスト!「イきがみ」さんでぇすっ!」

先程俺を誘った女性の一人が目の前に座る若者達に俺を紹介した。
皆一斉に俺を驚愕の表情で見つめたかと思うとその後拍手やら歓喜の声がその場
から湧いた。

「ま、まじっすか!?」

「ウケるんですけどぉ!!」

「うわぁぁ!どうぞ、どうぞ!!」

奥のソファに通される。

「見せてくださいよぉ!」

横に座る男が俺に近寄った。またも俺は『イきがみ』を差し出した。『イきがみ』が若者の手から手へと回っていく………。

「朝7時だって!ありえねぇ!」

一番そう思っているのはこの俺である。

「マジウケるんですけどぉ!!」

ウケている場合ではないのだ。

「どうやって『イきがみ』って来るんですか!?」

俺は藤本某が家へやって来た経緯をそのまま伝えた。

「うわっマジっすか!………恐ぇ!」

そうだ。恐いのだ。しかしながら何を言っても始まらない。どうやら若者達はカップル同士の集まりでもなさそうだ。
これは神が俺に与えたもうた千載一遇のチャンス。逃す訳にはいかない。何としても「パートナー」をここで調達しなくては………。

「で、今ここにいるってことは…………」

察しがいい。もう隠している時間はない。そうだ。俺はパートナーを………

「…………やけ酒かなあ?」

いや、違う!違うんだ!

「よーし!じゃあ『イきがみ』さんとの出会いを祝して…乾杯!」

俺の手にはシャンパンが握らされていた。

「さあ!飲んで!飲んで!」横に座った女性が勧めてきた。

先ずは酒で場の雰囲気を和ませそれから交渉に移ろう……俺はそう決め勧められるがまま、一杯、また一杯と酒を流し込んだ。

「やだあ!「イきがみ」さんお酒強ぉい~」

アルコールが回ったのか横にいた女がしなだれ掛かってきた。良い流れだ。もうすこし…

「もっと飲んでぇ…」

さらにシャンパンが注がれる。焦る気持ちを押さえようとさらに酒を煽る。

「『イきがみ』さん、男らしいぃ~」

さらに体重を預けて来る女。そろそろだ。俺もさすがに酔いが回ってきていた。
さあ交渉を………

「あれ?『イきがみ』さん飲みが足らないんじゃあ?」

始めに横にいた男がシャンパングラスにウイスキーのボトルを傾けながら酒臭い息と共に俺に吹き掛けてきた。

「すごいんだよ!『イきがみ』さん!お酒強いんだからぁ~ねぇ?」

寄り掛かった女が俺を見つめている。悪くはない。美人ではないが愛嬌がある。
この娘だ。この娘に決めた!

「飲んじゃうんだからぁ!ねぇ~」

顔を近付けて相槌を求めて来た。俺は注がれた液体を一気に流し込む。

「すごぉぉい!」

胃から喉にかけて火柱がたったような感覚に襲われた。しかしここで酔いつぶれる訳にはいかない。揺れる頭を軽く揺すった。

「『イきがみ』さん男らしいぃ~」

「あはは!朝まで一緒にいちゃえば?すごいもん見れるぜ~」

酒を注いだ男が囃立てた。

「うふ。そうしちゃおっかなあ~」


来た。
もう少しだ。もう少しでゴールだ。
藤本によってもたらされた『イきがみ』………俺は一日をこいつに振り回されてきた。だが、ゴールは近い。「有意義」で「無駄のない」最期はすぐ目の前にまで来ている……。
確認を取らなくては………この女に確約を取らなくては………

「さあて。次これいっちゃう?」

声を掛けようとした刹那男がジャケットから錠剤をテーブルに出した。

「うぁーい!!」

しなだれ掛かっていた女は飛び起き錠剤を手に取った。

「はい!『イきがみ』さんどぉぞ。」

ニッコリと微笑みながら俺に錠剤を渡す。

これは………。

「気持ち良くなってハイになっちゃうぞぉ!」

女は俺の腕に体ごと絡み付いて来た。女の体温を左腕に感じる。ゴールは近い。

「これ飲んで朝までイっちゃう?」


LOCK ON!
握っていた錠剤をシャンパンで流し込んだ。

笑い続けていた………いや、泣いていたかも知れない。
全身に心臓があるかのように大きく脈を打つ。視界が猥雑に、かつ妖艶に撓んだ。店のスポットライトが天から差し込んだ光に見えた。笑い声。嬌声。爆音で流れる音楽。全てが混然一体となって俺の全身を突き抜けていく……。

大きな脈拍の波が俺の脳髄を揺らした。


…………俺は意識を失った。



《つづく。………頼む。着いて来て。》