《特別編》~聖なる夜でも奇跡はおきず~
子供の頃には、無邪気に、この日が来るのが楽しみで仕方なかった。
誕生日以外でプレゼントを貰えるのは、この日だけだった。無邪気でいれた日には、『サンタはプレゼントくれるかな?』『欲しいものは、靴下には入らないから』などと、夢も希望もいっぱいだった。プレゼントを貰えるのが単純に嬉しかった時期は、あっという間に過ぎてしまった。
無邪気で居られる幸せは、無邪気な時には気がつかないなんて、誰も思いはしないだろう。
大人に近づくにつれて、プレゼントをねだることが、どんなに親に負担をかけているか、理解出来るようになっていった。欲しいと思っても、決して手に入れることができなかった。経済的な余裕もなく、ステレオタイプの考え方であった両親には、強請ることが出来ないから、自分で手に入れようとしたこともあった。
無理だった。
チキンを食べて、ケーキを食べて、クリスマスツリーを飾り、プレゼントを交換する。
仏教徒なんだからと祖父母は否定した。
子供には理解出来ない理由でも、実権を握っていたのは、大人だったから、諦めざるを得なかった。学校のクリスマス会など、お祭り騒ぎ、祝う行事があるうちは、まだ救われた。
大人になって、世間がこんなにお祭り騒ぎな季節に1人で過ごすことが、辛くて寂しくて。強がっている自分がどれだけ悲しいか。
家族で過ごせる時間があるだけでも、よいのだと、思えるようになってきた。
1人寂しい聖夜には、イエス・キリストも微笑んではくれなかった。
どれだけ寂しい思いをすれば、世間一般の幸せは手に入るのだろう。
どれだけ悲しい思いを心に溜めたら、この悲しみは幸せに替わるのだろう。
神はこの世界には存在しないとわかっていても、私には、どんなに辛い思いを心に溜めても、分かち合える相手はいないのだと思い知らせるつもりなのだろうか。
下を見ればキリがない。上を見ればキリがない。
私はどこにいればよい?
幸せはどこにいる?
聖なる夜でも、私には、奇跡はおきないのである。
神は、罪深き私を決して許しはしないのだと。
誕生日以外でプレゼントを貰えるのは、この日だけだった。無邪気でいれた日には、『サンタはプレゼントくれるかな?』『欲しいものは、靴下には入らないから』などと、夢も希望もいっぱいだった。プレゼントを貰えるのが単純に嬉しかった時期は、あっという間に過ぎてしまった。
無邪気で居られる幸せは、無邪気な時には気がつかないなんて、誰も思いはしないだろう。
大人に近づくにつれて、プレゼントをねだることが、どんなに親に負担をかけているか、理解出来るようになっていった。欲しいと思っても、決して手に入れることができなかった。経済的な余裕もなく、ステレオタイプの考え方であった両親には、強請ることが出来ないから、自分で手に入れようとしたこともあった。
無理だった。
チキンを食べて、ケーキを食べて、クリスマスツリーを飾り、プレゼントを交換する。
仏教徒なんだからと祖父母は否定した。
子供には理解出来ない理由でも、実権を握っていたのは、大人だったから、諦めざるを得なかった。学校のクリスマス会など、お祭り騒ぎ、祝う行事があるうちは、まだ救われた。
大人になって、世間がこんなにお祭り騒ぎな季節に1人で過ごすことが、辛くて寂しくて。強がっている自分がどれだけ悲しいか。
家族で過ごせる時間があるだけでも、よいのだと、思えるようになってきた。
1人寂しい聖夜には、イエス・キリストも微笑んではくれなかった。
どれだけ寂しい思いをすれば、世間一般の幸せは手に入るのだろう。
どれだけ悲しい思いを心に溜めたら、この悲しみは幸せに替わるのだろう。
神はこの世界には存在しないとわかっていても、私には、どんなに辛い思いを心に溜めても、分かち合える相手はいないのだと思い知らせるつもりなのだろうか。
下を見ればキリがない。上を見ればキリがない。
私はどこにいればよい?
幸せはどこにいる?
聖なる夜でも、私には、奇跡はおきないのである。
神は、罪深き私を決して許しはしないのだと。
Red Moon
中学にもなって、ある程度『教育』が進み、私のこの『感情』は決して表には出してはならないと思った。
20年も前だから、まだ『性同一性障害』も『うつ病』も日本の社会ではタブー視、いや、あってはならないものだった。
私は中学生になってよく『イジメ』られた。小学生の頃には、『イジメる』ことも経験したのに…。
「死んでやる」と、枕を涙で濡らしながら唇を噛み締めた夜もあった。
いろいろと死ぬ方法も考えた。
手首を切る。痛いし、私はそこに美を感じない。
飛び降りる。自宅周辺には手頃な建物はなく、死体はぐちゃぐちゃになる。学校の4階くらいから落ちても、死にはしない。
電車に飛び込む。今でこそ自殺の主流だが、バラバラになるのは嫌だった。
人生の最後くらい美しくありたいと、自分勝手にそう思った。
とある先生は、雪山がイイと授業で言っていた記憶がある。雪の中で眠るように死に、春になると雪解けと共に綺麗な姿で出てくると云うのだ。
そして、いろいろな方法を頭の中で思い描いているうちに、ふと思ったのだ。
イジメていた人たちは、私が自殺したとして、何を考えるだろうかと。
私が死んでも流れたのは、私の血と涙だけ。『あんなヤツ死んで良かったね』と言われたら、私の死には意味がなくなる。家族・本人のみが苦しむのは理不尽だと、逆に怒りにも憎しみとも思える感情が沸いてきた。
そう思い始めたら、『アイツラの為になんか死んでやるもんか。生きて、いつかギャフンと言わせてやる。』『私の死を笑わせたくない。』と死ぬ気が失せてきた。一人でそう思ってはいても、一人だからこそ辛かった。
また挫けそうな時は、同じように思い出しては思いとどまった。その繰り返しで中高6年。
生きるも地獄。死ぬも地獄だった。
私にとってせめてもの救いは、言葉の暴力だけだったこと。物を隠されたり、打たれたり、水をかけられたり、金銭を脅し取られたりは、なかった。
私の心は強かったのだと、今は思える。そのまま死んでいれば、「心が弱かっただけ」と打ち捨てられ、葬り去られただけであろう。
毎日死ぬことと生きることを考え、やっと人の目が気にならなくなるのには、さすがに時間がかかった。
多感な時代。本当ならオシャレに着飾って男の子とデートなどして、楽しく過ごす筈だった。
毎日地獄がやって来れば、男に現をぬかすなど、興味が減るのも当然だった。
20年も前だから、まだ『性同一性障害』も『うつ病』も日本の社会ではタブー視、いや、あってはならないものだった。
私は中学生になってよく『イジメ』られた。小学生の頃には、『イジメる』ことも経験したのに…。
「死んでやる」と、枕を涙で濡らしながら唇を噛み締めた夜もあった。
いろいろと死ぬ方法も考えた。
手首を切る。痛いし、私はそこに美を感じない。
飛び降りる。自宅周辺には手頃な建物はなく、死体はぐちゃぐちゃになる。学校の4階くらいから落ちても、死にはしない。
電車に飛び込む。今でこそ自殺の主流だが、バラバラになるのは嫌だった。
人生の最後くらい美しくありたいと、自分勝手にそう思った。
とある先生は、雪山がイイと授業で言っていた記憶がある。雪の中で眠るように死に、春になると雪解けと共に綺麗な姿で出てくると云うのだ。
そして、いろいろな方法を頭の中で思い描いているうちに、ふと思ったのだ。
イジメていた人たちは、私が自殺したとして、何を考えるだろうかと。
私が死んでも流れたのは、私の血と涙だけ。『あんなヤツ死んで良かったね』と言われたら、私の死には意味がなくなる。家族・本人のみが苦しむのは理不尽だと、逆に怒りにも憎しみとも思える感情が沸いてきた。
そう思い始めたら、『アイツラの為になんか死んでやるもんか。生きて、いつかギャフンと言わせてやる。』『私の死を笑わせたくない。』と死ぬ気が失せてきた。一人でそう思ってはいても、一人だからこそ辛かった。
また挫けそうな時は、同じように思い出しては思いとどまった。その繰り返しで中高6年。
生きるも地獄。死ぬも地獄だった。
私にとってせめてもの救いは、言葉の暴力だけだったこと。物を隠されたり、打たれたり、水をかけられたり、金銭を脅し取られたりは、なかった。
私の心は強かったのだと、今は思える。そのまま死んでいれば、「心が弱かっただけ」と打ち捨てられ、葬り去られただけであろう。
毎日死ぬことと生きることを考え、やっと人の目が気にならなくなるのには、さすがに時間がかかった。
多感な時代。本当ならオシャレに着飾って男の子とデートなどして、楽しく過ごす筈だった。
毎日地獄がやって来れば、男に現をぬかすなど、興味が減るのも当然だった。
different or same?
朝起きて、歯を磨き、食事をし、家を出る。いつもの朝の風景だ。
目を覚ますことは当たり前だが、「生きていた。昨日と変わらない。」と思うことは、そんなにない。
今の私には「昨日と変わらない」のが不満だ。いつも通りがっかりする。何も変わらないことに。
「変わっていて欲しい」と、夜、床につく前に期待と不安を抱き、目を閉じる。
なかなか寝付けない。現実と期待と不安が交錯し『本当の自分』が現れる。夜行性の動物というわけではないが、その姿が世間一般には到底受け入れてはもらえないので、夜人々が寝静まった頃にノコノコと来るのだ。これも、『いつも通り』になった。
この行動は小学生の頃からだが、泥のように眠る日以外は現れるようになった。
しかし、ある日からは、その行動は昼間にも現れるようになっていった。
幼いながらも、昼でも決して覗かれることのない、究極のプライベートスペースを発見したからだ。
公然でありながら、一番私的な時間と場所。
『トイレ』だ。
しかも、ちょっとハズれた場所のトイレ。体育館裏や特別教室が並ぶ棟の4階の端などの、更に人目に付きにくい場所を選んだ。
その頃は、まだ「良心」というものが、幼心にも働いていたのだろう。誰にも見咎められないとわかっていながらも、小さな物音1つにも怯えていた。
そんな私が個室で何をしていたかというと、トイレットペーパーを細く折り『包帯』に見立て、手や足に巻いて喜んでいた。
さすがに手に巻いてそのまま外に出れば、何と言われるか、理解は容易にできたから足に巻いた。
足に巻いたまま、上から靴下を履いて、わからないようにした。
満足したらトイレに流し、痕跡はない。端から見れば、何とトイレの近い子だったろう。しかし目的が違ったのだからムリもない。
今は安価で良質な包帯も2~300円も出せば簡単に手に入る。しかし、昔の田舎の子供には、100円すら大金であった。
手っ取り早く味わえる子供らしい『快感』だったのだ。
しかし毎日という訳にもいかなかった。靴下を脱がなくてはいけない日には他の子に見つかってしまう。プールの日。
しかも夏はサンダル履きの日も多く、靴下は履かない。さすがに諦めた。
同級生に他の子とは違う『特徴』を持つ子が何名いた。彼らは学校の作文で「ジロジロ見ないで」と訴えていたが、私には彼らが羨ましかった。
そんなこともあり、私は『体』に対して特別な『思い』を持ち、人と違うと認識し始めた。
目を覚ますことは当たり前だが、「生きていた。昨日と変わらない。」と思うことは、そんなにない。
今の私には「昨日と変わらない」のが不満だ。いつも通りがっかりする。何も変わらないことに。
「変わっていて欲しい」と、夜、床につく前に期待と不安を抱き、目を閉じる。
なかなか寝付けない。現実と期待と不安が交錯し『本当の自分』が現れる。夜行性の動物というわけではないが、その姿が世間一般には到底受け入れてはもらえないので、夜人々が寝静まった頃にノコノコと来るのだ。これも、『いつも通り』になった。
この行動は小学生の頃からだが、泥のように眠る日以外は現れるようになった。
しかし、ある日からは、その行動は昼間にも現れるようになっていった。
幼いながらも、昼でも決して覗かれることのない、究極のプライベートスペースを発見したからだ。
公然でありながら、一番私的な時間と場所。
『トイレ』だ。
しかも、ちょっとハズれた場所のトイレ。体育館裏や特別教室が並ぶ棟の4階の端などの、更に人目に付きにくい場所を選んだ。
その頃は、まだ「良心」というものが、幼心にも働いていたのだろう。誰にも見咎められないとわかっていながらも、小さな物音1つにも怯えていた。
そんな私が個室で何をしていたかというと、トイレットペーパーを細く折り『包帯』に見立て、手や足に巻いて喜んでいた。
さすがに手に巻いてそのまま外に出れば、何と言われるか、理解は容易にできたから足に巻いた。
足に巻いたまま、上から靴下を履いて、わからないようにした。
満足したらトイレに流し、痕跡はない。端から見れば、何とトイレの近い子だったろう。しかし目的が違ったのだからムリもない。
今は安価で良質な包帯も2~300円も出せば簡単に手に入る。しかし、昔の田舎の子供には、100円すら大金であった。
手っ取り早く味わえる子供らしい『快感』だったのだ。
しかし毎日という訳にもいかなかった。靴下を脱がなくてはいけない日には他の子に見つかってしまう。プールの日。
しかも夏はサンダル履きの日も多く、靴下は履かない。さすがに諦めた。
同級生に他の子とは違う『特徴』を持つ子が何名いた。彼らは学校の作文で「ジロジロ見ないで」と訴えていたが、私には彼らが羨ましかった。
そんなこともあり、私は『体』に対して特別な『思い』を持ち、人と違うと認識し始めた。
