dick-karinさんのブログ -2ページ目

exit

私は小さい頃からよく動き回り、怪我が絶えなかった。
大きく跡が残る怪我も少なくなかった。
母の胎内で、心音が途切れ死んだと思われたが、何事もなかったかのように、生まれた。また、母の中にいる時には『絶対に男だ』と医者に言われ、父は喜びしきりだったが、生まれてみれば女の子で、生まれてすぐに父をガッカリさせた。
そんな私は、物心もつかない頃、走る車の助手席から落ちた。
顔面から着地し、大怪我を負った。
小さな唇は大きく腫れ口が開けられなくなった。恐らく運ばれた病院の、ベッドから起き上がりウガイをし、吐き出した異様に赤い色の水と、無機質なステンレスの流しに当たって響く小石の音だけが、私に唯一残る記憶である。
そんな記憶しかない私には、ただ夢のような出来事にすぎないが、大人になった今でも、隠しようもない傷跡が毎朝鏡を見る度に映るのだった。
『あと数センチ内側へ落ちていれば、今頃生きてはいなかった』と、アンタは運が良かったと言われた。

怪我はコレだけではない。
ガラス窓に腕を突っ込んだ。落ちている針を素足で踏みつけた。彫刻刀で1センチ近く刺した。
頑丈な体に生んでもらい、これだけの経験をした私には、多少の痛みは快感にも似た『楽しみ』となっていった。

明るかった昼間から皆既日食のように暗転したその闇の中を当てもなくさ迷っていると、薄い光が射してきた。
その先には、ドアがあった。
出口らしい。
そのドアノブを手にしたが、雷に撃たれたかと間違えるような衝撃に見舞われた。
その余りの眩しさに、一瞬目を瞑ったが恐る恐る目を開ければ、私の『今』の朝だった。

懐かしい夢を見たと、何気ない会話だけに留め、いつも通り自宅を出て仕事へ向かう。
毎日いつもと変わらない。時間だけは止まらず流れ、私の心だけが流されまいと必死にもがいている。

Bloods

数日後、兄が怪我をする。

小学校の校庭の前にある排水溝の大きな蓋で、膝の肉が割れる程の大怪我。

私は兄を心配していた。
しかし、一言では言い表せない『思い』が心配する裏側で巡っていた。

心配する気持ちもある。しかし、『嫉妬』にも似た気持ちが急に増えていったのも本当だった。

…『嫉妬』。

小学1~2年生の子供が抱く『嫉妬』は、母を盗られたような寂しい気持ち。
いわゆる『ヤキモチ』だった。



しかし、もう一つあったのは『怪我をした』ことを『羨む』気持ちだった。
私も怪我をすれば母が構ってくれると云う思いもあったし、『怪我をしたこと』事態を羨む気持ちがより強かった。
兄が高熱を出せば、真冬の寒い風呂場で冷たい水を浴び、私も熱を出そうとした。

小さな頃は、体も弱くすぐに入院することもあった。
家庭内では一番年少だったこともあり、常に誰かと一緒にいたかった。
常に構って欲しかった。
抱きしめて受け止めて欲しかった。

しかし、そんな気持ちと同時に、そんな幼い心と、尋常ではない『何か』が体の成長と共に大きくなっていった。

他にも、明らかに異常ともとれる行動が増えていった…。

ドアの向こう側

ドアを開けて、1歩を踏み出した。

なんだか、ふわふわした感じというか、地に足がつかない状態と言った方が早いだろう。
そしてまだ暗い。

子供の声がする。その方向へ行ってみる。
一体、どのくらい時間を遡ってきたのだろう。

私だ。
7~8歳くらいか。
今はなき祖父母がいて、私がいて、祖母の姉がいる。

彼女に、とある違和感を抱いたものの、私の表情にすぐに現れたのか、母が私をその場から立ち去らせた。

その人は、亡くなる数年前までは、1年に2~3回は祖母と顔を合わせていた。
彼女と会うたびに、その違和感に、私は興味を深めていった。
しかし、口に出してはっきりと聞くこともできず、ただそれを見つめては、わからないように視線を反らすことが、密かな楽しみとなっていった。
母にもわからないようにしていた。

それから、何日かたった頃、私は不思議な行動をするようになっていった…。