Red Moon
中学にもなって、ある程度『教育』が進み、私のこの『感情』は決して表には出してはならないと思った。
20年も前だから、まだ『性同一性障害』も『うつ病』も日本の社会ではタブー視、いや、あってはならないものだった。
私は中学生になってよく『イジメ』られた。小学生の頃には、『イジメる』ことも経験したのに…。
「死んでやる」と、枕を涙で濡らしながら唇を噛み締めた夜もあった。
いろいろと死ぬ方法も考えた。
手首を切る。痛いし、私はそこに美を感じない。
飛び降りる。自宅周辺には手頃な建物はなく、死体はぐちゃぐちゃになる。学校の4階くらいから落ちても、死にはしない。
電車に飛び込む。今でこそ自殺の主流だが、バラバラになるのは嫌だった。
人生の最後くらい美しくありたいと、自分勝手にそう思った。
とある先生は、雪山がイイと授業で言っていた記憶がある。雪の中で眠るように死に、春になると雪解けと共に綺麗な姿で出てくると云うのだ。
そして、いろいろな方法を頭の中で思い描いているうちに、ふと思ったのだ。
イジメていた人たちは、私が自殺したとして、何を考えるだろうかと。
私が死んでも流れたのは、私の血と涙だけ。『あんなヤツ死んで良かったね』と言われたら、私の死には意味がなくなる。家族・本人のみが苦しむのは理不尽だと、逆に怒りにも憎しみとも思える感情が沸いてきた。
そう思い始めたら、『アイツラの為になんか死んでやるもんか。生きて、いつかギャフンと言わせてやる。』『私の死を笑わせたくない。』と死ぬ気が失せてきた。一人でそう思ってはいても、一人だからこそ辛かった。
また挫けそうな時は、同じように思い出しては思いとどまった。その繰り返しで中高6年。
生きるも地獄。死ぬも地獄だった。
私にとってせめてもの救いは、言葉の暴力だけだったこと。物を隠されたり、打たれたり、水をかけられたり、金銭を脅し取られたりは、なかった。
私の心は強かったのだと、今は思える。そのまま死んでいれば、「心が弱かっただけ」と打ち捨てられ、葬り去られただけであろう。
毎日死ぬことと生きることを考え、やっと人の目が気にならなくなるのには、さすがに時間がかかった。
多感な時代。本当ならオシャレに着飾って男の子とデートなどして、楽しく過ごす筈だった。
毎日地獄がやって来れば、男に現をぬかすなど、興味が減るのも当然だった。
20年も前だから、まだ『性同一性障害』も『うつ病』も日本の社会ではタブー視、いや、あってはならないものだった。
私は中学生になってよく『イジメ』られた。小学生の頃には、『イジメる』ことも経験したのに…。
「死んでやる」と、枕を涙で濡らしながら唇を噛み締めた夜もあった。
いろいろと死ぬ方法も考えた。
手首を切る。痛いし、私はそこに美を感じない。
飛び降りる。自宅周辺には手頃な建物はなく、死体はぐちゃぐちゃになる。学校の4階くらいから落ちても、死にはしない。
電車に飛び込む。今でこそ自殺の主流だが、バラバラになるのは嫌だった。
人生の最後くらい美しくありたいと、自分勝手にそう思った。
とある先生は、雪山がイイと授業で言っていた記憶がある。雪の中で眠るように死に、春になると雪解けと共に綺麗な姿で出てくると云うのだ。
そして、いろいろな方法を頭の中で思い描いているうちに、ふと思ったのだ。
イジメていた人たちは、私が自殺したとして、何を考えるだろうかと。
私が死んでも流れたのは、私の血と涙だけ。『あんなヤツ死んで良かったね』と言われたら、私の死には意味がなくなる。家族・本人のみが苦しむのは理不尽だと、逆に怒りにも憎しみとも思える感情が沸いてきた。
そう思い始めたら、『アイツラの為になんか死んでやるもんか。生きて、いつかギャフンと言わせてやる。』『私の死を笑わせたくない。』と死ぬ気が失せてきた。一人でそう思ってはいても、一人だからこそ辛かった。
また挫けそうな時は、同じように思い出しては思いとどまった。その繰り返しで中高6年。
生きるも地獄。死ぬも地獄だった。
私にとってせめてもの救いは、言葉の暴力だけだったこと。物を隠されたり、打たれたり、水をかけられたり、金銭を脅し取られたりは、なかった。
私の心は強かったのだと、今は思える。そのまま死んでいれば、「心が弱かっただけ」と打ち捨てられ、葬り去られただけであろう。
毎日死ぬことと生きることを考え、やっと人の目が気にならなくなるのには、さすがに時間がかかった。
多感な時代。本当ならオシャレに着飾って男の子とデートなどして、楽しく過ごす筈だった。
毎日地獄がやって来れば、男に現をぬかすなど、興味が減るのも当然だった。