生きる歓び 三毒を克服する | ロイヤル・リゾート那須高原にあるリトリート・センター☆彡

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三毒(貪り・怒り・愚痴)からの解放は、三毒の原因に直面すること。

それは、無知・無明が惹き起こす我執(個我への執着)が毒素の発生源だと知ることでした。


三毒から解放されるには、無知・無明からまず自身を解放すること。

毒を撒き散らさないような自己形成に勤めよう!


という、やや抽象的な自己変革の指標を明確にすることでした。

これは、薬を与えてもらい、薬を信頼して飲み、症状を治癒する段階のことです。


では、次の段階です。

「三毒を克服する」ための学習をいたしましょう。

毒を薬に変える智慧と慈悲を学習・実習することです。


つまり、薬を頂く立場から、薬を与える立場に自己変革する段階です。


例えば、患者の経験を通して、医者に成長するとイメージしましょう。

三毒を克服する段階とは、医師として診療・治療・投薬できる立場になるということです。


「貪り」に対して、医師は、

モノ(体)への欲求(淫欲・食欲・睡眠欲など)を貪っているのか?

ココロ(精神)の欲求(怠惰・邪心・慢心)を貪っているのか?

この両方のどちらに重点の偏り(症状)があるのか、注意深く診ます。


そして医師(比喩的表現)の見立ては、

性欲障害、摂食障害、不眠障害などは、「体の貪り」と判断します。

不安障害、気分障害などは、「心の貪り」と判断します。


どちらもエゴイスト(利己主義)の症状です。

ですから、処方は心身の「利他の奉仕」になります。
利己的欲求を利他的欲求に変えるお薬を与えます。


過剰な「怒り」に対する医師の見立ては、

境界性人格障害でしょうか。表面的には耐性(忍耐力)の欠乏です。

的確な処方は、「無条件の愛と赦し」の体験になります。

人は、「愛される」ことから、「愛する」ことができるようになります。

嫌な出来事への耐性・忍耐力は、愛する能力で増強することができるようになります。

交換条件付の愛ではなく、無条件の愛の体験が、最高の良薬になります。


「愚痴」に対する医師の見立ては、

愚痴が、悪口、嘘、中傷、批難、二枚舌という自他を害するものか?

独り言、心のつぶやきのように、自他に害を及ぼさないものがあります。


前者には治療が必要ですし、後者には予防的な知識・訓練が必要になります。


いずれも不足・不満が愚痴になります。

愚痴は、やがて、怒りや貪りになり、自他の心身に大きなダメージを与え、様々な症状・病態を現します。


貪り・怒り・愚痴という三毒は、前回も述べたように無知無明による「我執」が原因になります。


人間らしさとは、人間とは何か、人が幸福になるとは?など、など

生きる意味の問いかけ(知力・知識)が欠乏すると、

価値の無い「貪り」「怒り」「愚痴」が出てきます。


まず、これは「貪り」「怒り」「愚痴」と、気づき、直視してラベルを張り、自制・自制します。


生きる意味を学習し、知力を高めます。

利己的欲求と利他的欲求に変換します。


すると、例えれば、

  利己的欲求               利他的欲求

もっとお金がほしい        ⇒   お金を分け与える

もっとおいしいものを食べたい ⇒   おいしいものを食べさせてあげる

もっときれいになりたい      ⇒   きれいにしてあげる

もっと愛してほしい         ⇒   愛してあげる

もっと優しくしてほしい      ⇒   優しくしてあげる

もっと幸せになりたい       ⇒   幸せにしてあげる


というように。


でも、医師など士業に就くリーダーもまた「慢心」という病気にかかりやすくなり、

「三毒」を蓄積・拡散するようになることを忘れないようにしましょう。


以上で、毒を薬に変える

「三毒」から解放される、克服するを終わります。


次回は、「生きる歓び」の秘訣「慈悲喜捨」を学びます。