三毒(貪り・怒り・愚痴)からの解放は、三毒の原因に直面すること。
それは、無知・無明が惹き起こす我執(個我への執着)が毒素の発生源だと知ることでした。
三毒から解放されるには、無知・無明からまず自身を解放すること。
毒を撒き散らさないような自己形成に勤めよう!
という、やや抽象的な自己変革の指標を明確にすることでした。
これは、薬を与えてもらい、薬を信頼して飲み、症状を治癒する段階のことです。
では、次の段階です。
「三毒を克服する」ための学習をいたしましょう。
毒を薬に変える智慧と慈悲を学習・実習することです。
つまり、薬を頂く立場から、薬を与える立場に自己変革する段階です。
例えば、患者の経験を通して、医者に成長するとイメージしましょう。
三毒を克服する段階とは、医師として診療・治療・投薬できる立場になるということです。
「貪り」に対して、医師は、
モノ(体)への欲求(淫欲・食欲・睡眠欲など)を貪っているのか?
ココロ(精神)の欲求(怠惰・邪心・慢心)を貪っているのか?
この両方のどちらに重点の偏り(症状)があるのか、注意深く診ます。
そして医師(比喩的表現)の見立ては、
性欲障害、摂食障害、不眠障害などは、「体の貪り」と判断します。
不安障害、気分障害などは、「心の貪り」と判断します。
どちらもエゴイスト(利己主義)の症状です。
ですから、処方は心身の「利他の奉仕」になります。
利己的欲求を利他的欲求に変えるお薬を与えます。
過剰な「怒り」に対する医師の見立ては、
境界性人格障害でしょうか。表面的には耐性(忍耐力)の欠乏です。
的確な処方は、「無条件の愛と赦し」の体験になります。
人は、「愛される」ことから、「愛する」ことができるようになります。
嫌な出来事への耐性・忍耐力は、愛する能力で増強することができるようになります。
交換条件付の愛ではなく、無条件の愛の体験が、最高の良薬になります。
「愚痴」に対する医師の見立ては、
愚痴が、悪口、嘘、中傷、批難、二枚舌という自他を害するものか?
独り言、心のつぶやきのように、自他に害を及ぼさないものがあります。
前者には治療が必要ですし、後者には予防的な知識・訓練が必要になります。
いずれも不足・不満が愚痴になります。
愚痴は、やがて、怒りや貪りになり、自他の心身に大きなダメージを与え、様々な症状・病態を現します。
貪り・怒り・愚痴という三毒は、前回も述べたように無知無明による「我執」が原因になります。
人間らしさとは、人間とは何か、人が幸福になるとは?など、など
生きる意味の問いかけ(知力・知識)が欠乏すると、
価値の無い「貪り」「怒り」「愚痴」が出てきます。
まず、これは「貪り」「怒り」「愚痴」と、気づき、直視してラベルを張り、自制・自制します。
生きる意味を学習し、知力を高めます。
利己的欲求と利他的欲求に変換します。
すると、例えれば、
利己的欲求 利他的欲求
もっとお金がほしい ⇒ お金を分け与える
もっとおいしいものを食べたい ⇒ おいしいものを食べさせてあげる
もっときれいになりたい ⇒ きれいにしてあげる
もっと愛してほしい ⇒ 愛してあげる
もっと優しくしてほしい ⇒ 優しくしてあげる
もっと幸せになりたい ⇒ 幸せにしてあげる
というように。
でも、医師など士業に就くリーダーもまた「慢心」という病気にかかりやすくなり、
「三毒」を蓄積・拡散するようになることを忘れないようにしましょう。
以上で、毒を薬に変える
「三毒」から解放される、克服するを終わります。
次回は、「生きる歓び」の秘訣「慈悲喜捨」を学びます。