送り手になると情報の受け取り方が変わる | 凡人の成長記録

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自分の活動、学習の内容をアウトプットしていきます。

今日は雨だがこれでレインコートが切れるとか、長靴が履けるとか前向きになり外に出て何を書こうか考えている。

文章を書く量を増やしているが、情報の受け取り方が変わってきた。

以前は、本やSNSを見ても、その内容を受け取るだけだった。読んで「なるほど」と思っても、そのまま流れていくことが多かったように思う。

しかし、自分が文章を発信する側になると、「この考え方は自分の経験と結びつけられそうだ」「これは文章のテーマになるかもしれない」と考えるようになった。

ただ情報を受け取るのではなく、自分の中に引き寄せながら読むようになったのである。

読書の仕方も少しずつ変わってきた。

自分が気になっている分野や、これから書いてみたいテーマが明確になることで、読むべき場所が自然と目に留まる。本を最初から最後まで読むだけでなく、今の自分に必要なところを探しながら読めるようになった。

その結果、以前よりも読書の効率が上がり、内容も頭に残りやすくなったように感じている。

また、日常の過ごし方も変わってきた。

仕事で起きたこと、人と話して気づいたこと、何気なく感じた違和感。以前ならそのまま通り過ぎていた出来事に対して、「これは何かのネタにならないか」と考えるようになった。

何か特別な出来事を探しているわけではない。いつもの日常を少し立ち止まって見つめ、自分なりの言葉にできないか考えているだけである。

書くことは、頭の中にある考えを外へ出すことだと思っていた。

しかし実際には、書こうとすることで、これまで見えていなかったものが見えるようになる。何を読むか、何に気づくか、日常をどう捉えるかまで変わってくる。

自分が受け手から送り手になることで、世界から受け取れるものも増えていく。

書くことは、何かを伝えるためだけの行為ではない。

日常にある小さな材料を拾い、自分なりの意味を見つけるための行為でもあるのだと思う。