その当時の私が嫌い(虫酸の走る)な自称ツインレイの導き手に向けたメッセージがありました。 | 「向こうの景色を見に行こう」

「向こうの景色を見に行こう」

“ツインレイ”は自分を信じて進みましょう。あなたにはもう、他者の答えは不要なはずです。
「自分を生きる方が面白い」

それは未知です。 誰も知りません。 あなただけが知っている。

あなたの人生を語り合う相手が、あなたにはもういるはずです。

案外、的を射ていたのかもしれません。

 

ツインレイ統合した人こそツインレイを手放したらどうでしょうか?

私は「手放す」と言う言葉は嫌いです。
「エゴを捨てろ」とか言うのも嫌いです。

だから言います。

ツインレイと統合(再会)した人こそツインレイ(の概念)を手放したらどうでしょうか?


あ、ツインレイと離婚しろとか発信を止めろと言っている訳じゃありません。

でも、「自らの証明のためにツインレイを使っている」のであれば、ツインレイと言う言葉に振り回されているのはアナタ方ではないのでしょうか?

「手放せ」と人に言ってきたアナタ方です。

意味わかりますよね?

 

 

この時はここまでの理解はありませんでした。

 

「ツインレイは究極・唯一無二・地球最後の学び」とか言ってるのは自分達のはずなのに、そこに【逃げる・諦める】の選択肢がどうして存在してると思ってんだ喧嘩売ってんのか。

学び直してこい!!!

 

なんかとにかく、気に入らないのです。

発言のすべてが。

だからもう内容じゃないのです。

そもそもの発想です。

それがこれです。

 

私が自称ツインレイの導き手が嫌いな(虫酸が走る)理由がようやくわかりました。「(辛いなら)諦める前に私を頼ってね♡」…“その”発想です。ツインレイを諦めたのはお前だろ。

私はこう言う表現はあまり好きではないのですが、

ツインレイを“ただの恋愛”と勘違いしていると思われます。

 

 

だから例えそれ自体の内容はまぁセーフだったとしても、伝わることはないのです。

なぜなら、それこそが本人が「己を生きていない」と言う証明だからです。

 

【あなたの意識が相手に集中しすぎて 社会へ向けられていない可能性があります】

向かうべきは社会。とありますよね。

自分が、

「社会に必要とされている場で働く」と言うことですよね。

 

社会では、ツインレイと言う肩書は別に必要ない可能性の方が高いですよね。


そこで、
・己がツインレイだと社会に認めさせる
・ツインレイ達の役に立つことで己の承認欲求を満たす

と言うのは「ツインレイに集中している状態である」と言うことになりますよね?
まして「ツインレイに固執している」と言うのは、意識を相手に集中している状態ってことですよね?

 

 

つまり本人は、本当はツインレイ関係ない仕事をする必要があるのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

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カルハのツインレイに向けた、

「自分と向き合いたくない」救済講座

~その40~
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次回もお楽しみに ⸜(* ॑꒳ˆ *  )⋆*♡