11月4日
OSHOダイナミック瞑想
ストップの時に不思議な現象が起こり、ダイナミック瞑想の真価を体験した。
ダイナミック瞑想は、これまで何度も体験してきたが、こんな意味があったとは驚いた。
魂を目覚めさせるブレスワーク
先日参加したナイトイベントでもとても良かったが、それを数段超えて良かった。
終わった後は、魂が燦然と輝いていた。
私がハラで呼吸するのではなく、それがハラを通して呼吸していた。
それに氣づいた時、今回のリトリートのために準備されていたことに氣づいた。
10月25日に、へその下から恥骨にかけて反応する感情があり、鉄板でも入っているかのように固くなっていた。
それは、「絶望」、「生きていけない!!」とも思える感情だった。
その感情に触れていると、幼い頃分厚い鉄の扉の外に何度も何度も締め出され、「この世界に自分の居場所はない。」「この世界に助けてくれる人はいない。」という思い浮かび上がってきた。
それが癒されたことで、ハラに深くくつろぐ準備ができていた。
結果、ハラを通して生きることが起こった。
それは、「生きていい。」と言うよりも、「生きる!!」という感じだった。
氣づきのセンターからビーイングへ手放していく瞑想
10月21日のナイトイベントに参加する前の半年間、3つのセンターを否定された状態で、対象に氣づいている意識に氣づいている瞑想を続けると、体との繋がりが失われた。
しかし、氣づいて、くつろいで無に溶けていくと、自我が消えるほどに彼方から何かが現れる。
この半年、自我が悟ろうとしていたことに氣づいた。
しかし、自我は決して悟れない。自我が消える時彼方から何かが現れる。
と言うことを理解した。
死の瞑想
昼食後より胃が重かった。
昨日の夕食から玄米だったためそのせいだと思った。
夕食後はさらに胃が重くなり軽く痛みを感じるようになっていた。
それが、その瞑想が終わった後、嘘のように消えていた。
あれは、「玄米を食べると胃が重くなる。」という信じ込みだったのだろうか?
それが、死の瞑想で燃え尽き無くなったのだろう。