今回のリトリートでは、目から鱗が何枚も剥がれ落ちる経験をしました。
その中でも今、一番印象的だったのは、
人は、最初普通の人からいろんな事を経験し変容することでスゴイ人になり、さらにいろんな事を経験し変容することで普通の人になる。
ということでした。
それを、Kiyotakaやサポートに入ってくれていた三人の人を通して知りました。
そうそう、ここで、サニヤシンの世界に馴染みが無い人に向けて書いておきます。
サニヤシンとは、OSHOから魂の名前をもらった人ったちです。
直接OSHOからもらった古くからの人も、サニヤスオフィスを通じてもらった人も、グループリーダーを通してもらった人も、自分でサニヤスネームのリストからもらった人も同じです。
私たちは、お互いを親愛の氣持ちを込めて、名前だけで呼びます。
私は、体を通して現れていたOSHOには会ったことは無いですが、OSHOを呼ぶときにもOSHOと呼びます。
サトルボディヒーリングなどのグループをリードしてくれるリーダー(ティーチャー)を呼ぶときにもPrasad(プラサード)と呼び、Prasadさんとは呼びません。
話を戻して、
自分はというと、ずっとスゴイ人になろうとしていたし、スゴイ人になれば人生うまく行く、そんな風に思っていました。
そうそう、最終日にKiyotakaが、その辺りを瞑想の三つの段階を使ってとてもうまく説明してくれました。
始め、ステート・オブ・プレゼンスを確立した時には、宮本武蔵になったみたになって、近づきにくい人になってしまう。
それがビーイングにくつろぐと、近づきたい人になる。
さらにハートの扉が開くと・・・
感覚としては残ってるんですが、言葉が出てきません。
そして、そんな風にスゴイ人になろうとしていた自分(自我)をどうするかというと、そんな自分(自我)にただ氣づいて離れて、ビーイングにくつろいでそのままにしておき、ハートの恩寵の光に受け入れられるに任せるだけです。
そして、普通の人と、いろんな経験と変容を経て普通の人のように見える人の違いを感じれるようになったことにも氣づいています。
そこに氣づけるようになったのは、最近起こったことがとても助けになっていると感じます。
9月から、とあるオンラインコースに参加しています。
その中で、本田晃一さんが書いた「日本一の投資家から教わった人生でもっとも大切なこと」という本が薦められていました。
これは、日本一の投資家、竹田和平さんとのことを書かれている本です。
9月中旬、この本を読んでいて、「成功して両親を喜ばせてもいいかな」と思えて幸せな感じになりました。
しかし、夜になって感情が浮かび上がってきました。
それは、激しい怒りでした。
そのエネルギーに触れて感じていると、小学校の高学年くらいから15歳で家を出るまで、「お前はダメだ! 俺の言うことを聞け!!」と言われ続けていた父親に対する怒りでした。
それは、「殺してやりたい。」という程の激しい思いで、そうしてしまわないように家を出たくらいでした。
その思いはあまりにも強くて、ヒーリングするとか感情を感じるとかする氣になれず、ただただそのまま一緒にいたのですが、翌朝になってやっと抜けました。
また、10月25日には、へその下から恥骨にかけての三角地帯に反応する感情があって、肉体的にもまるで鉄板でも入っているのではないかというくらい固くなっていました。
それは、「絶望」、「生きていけない!!」とも思える感情でした。
そのエネルギーに触れて感じていると、もっと幼い頃、小学校の低学年の頃、何度も何度も家の外に締め出されていたことが出てきました。
当時は、自衛隊の官舎に住んでいたのですが、鉄筋コンクリートの5階建ての建物の4階に住んでいました。
そこの分厚い鉄の扉の外の冷たい無機質なコンクリートの階段に裸足で締め出され、家の中に助けてくれる人は無く、どこかに助けを求めて行こうにも靴も履いてないので行くこともできず、自分の家ですら居場所が無いのに他に居場所があるとも思えず、助けを求めることもできなかったのでした。
そのせいで、
「この世界に自分の居場所はない。」
「この世界に助けてくれる人はいない。」
無意識の部分で、そんな風に信じ込んでいました。
人生については、父親とのことが強く影響すると言われています。
なので、これでは、人生を生きるのが難しく、年上の男性との関係も難しくなり、お金についても良くなったと思ったら急に悪くなったりするものだと納得しました。
その感情は、第1チャクラの辺りにあり、まさにサバイバルやお金についてのエネルギーをブロックしていました。
同時に、ハラセンターを封印してもいました。
これは正直、かなりシンドイエネルギーでした。
本当にハートでそれを感じて、ただただ一緒に居てあげる居るしかない、そんな感じでした。
スゴク長い時間を掛けてゆっくりと溶けていきました。
翌朝、何だか世界がスゴク明るくなったように感じました。
実際その日は、氣持ちよく晴れていて氣持ちいい天気だったんですが、それだけでは無いように感じました。
何と言うか、透明感が違うと言いうか、スッキリ感が違うというか、憑き物がとれたみたいなそんな感じでした。
そして、ゴミを持ってごみを捨て場に行く間、自然と笑顔になっていました。
すると、「おはようございます。」と上から声がして、観るとゴミ捨て場の向かいの家の2階からご近所さんが挨拶してくれてました。
その人は2階なので声を掛けてくれなければ氣づかないのに声を掛けてくれた。
それだけでも妙にうれしくて更に笑顔になって「おはようございます。」と返していました。
自分が氣持ち良くて幸せでいると、自然と人とも繋がっていくんだな。
それを体験したのでした。
とあるオンラインコースの中でも、
街を歩くとき微笑みながらゆっくりと歩いてみましょう
ということを思い出し嬉しくなりました。
夜になってスーパーに買い物に行ったら、入口で出てくる人がいたのでのんびり待ってました。
そしたら、その人が一瞬驚いた顔して笑顔になって会釈してくれました。
なぜかな?と思うと、無意識に笑顔で会釈してました。
とあるオンラインコースの中で、「すれ違う人を無視せず、心の中で軽く会釈してみましょう。」というのがあったのですが、無意識に実際に会釈してました。
なので、その人は、一瞬「知り合いかな?」そんな風に思って笑顔になって会釈してくれたのでしょう。
それが嬉しかったので、店内ですれ違う人数人にやったら、みんな笑顔になって会釈してくれました。
これは、その後も思い出す度に続けています。
そして、昔はいつも笑顔だったなと感じました。
でも、人生のどこかで、「いつも笑ってるなんてカッコ悪いよな。」そんな風に思い、真面目な顔するようにしてしまったことを思い出しました。
そんな体験もあって、「この世界にいてもいいんだな。」「そのままの自分で居ていいんだな。」そんな風に生きることに対してくつろげるようになりました。
そのお蔭で、ハラセンターに深くくつろげるようにもなったし、本当にスゴイ人は一見普通に見えるほど普通になっていくということにも氣づけるようになったようです。