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pontaの街場放浪記

さすらいの街場詩人pontaのライフスタイル備忘録です。
2012年に広島のリージョナル情報誌『旬遊 HIROSHIMA』のWebページでコラムを連載しました。その過去ログもこちらへ転載しています。

先日、ふと小旅行に出かけたくなって、普段より少し早起きして広島駅に向かった。

広島駅に行く途中、どこに行こうか考えた。春の休日。桜が散った頃。そうだ、潮の香りを全身に浴びたくなった。

広島駅に到着すると尾道行きの切符を買い、山陽本線に乗りこむ。旅の友は、文庫本。読書に没頭していると、あっという間に尾道駅に到着する。

海岸通りをぶらぶら歩いていると、昼下がりに一杯飲みたくなるお店が色々と思い浮かぶ。

行きたいお店はたくさんあるが、今日は蕎麦が食べたい気分なので、わき目も振らず目的地に向かった。尾道駅から10分ほど歩き、細い路地の中にある蕎麦屋〔笑空(えそら)〕を目指す。


$復活!pontaの街場放浪記-笑空玄関


〔笑空〕は、古民家を改装した趣のあるお店。店名が書かれた看板もあるが、「打」と大きく書かれた白地の暖簾が印象的だ。

尾道屈指の日本蕎麦の名店である〔笑空〕。腰の強い十割蕎麦が旨い。

蕎麦も旨いが、蕎麦前(蕎麦の前に頂く酒肴)も旨い。だから〔笑空〕を訪れると、日本酒が飲みたくなる。店主が酒飲みの気持ちを熟知しているため、左党垂涎の銘酒を多く揃えている。だから、ちょいと一杯のつもりで飲んでも、二杯、三杯と盃が進むのだ。

$復活!pontaの街場放浪記-笑空つまみ


蕎麦前、銘酒、そして蕎麦を、レトロな雰囲気の店内で味わっていると、時間が普段よりゆっくり流れているような感覚を覚える。

$復活!pontaの街場放浪記-笑空そば


〔笑空〕で蕎麦と昼酒を楽しんだ後は、尾道のアーケード街を散策。

先日リニューアルオープンしたばかりの〔PARIGOT 尾道本店〕で洋服を探したり、尾道ならではの乾物の名店〔佐藤俊之商店〕で新鮮ないりこなど乾物を買い求めたりした。

おっと、気鋭のブランジェリー〔パン屋航路〕のパンを、明日の朝食のため買い求めるのを忘れてはならない。また、手打刃物の老舗〔山崎清春商店〕で見事な包丁に見とれるのも、尾道ならではの楽しい時間だ。


尾道駅に近づくにつれ、もっとやることがなかったっけ?と後ろ髪を引かれるような気持が生じてきた。

鯛のアラの出汁が旨いラーメンの名店〔有木屋〕や、こちらも昼酒が楽しい〔しみず食堂〕が、僕を手招きする。

しかし、先ほどの〔笑空〕で満腹になってしまい、連食は断念。

駅前の尾道グリーンヒルホテル内のバー〔港灯 ハーバーライト〕でしばし休憩し、絶品の「ハートランドビール」の生ビールを頂く。広島県内で「ハートランドビール」専用サーバーがある飲食店は、稀少とのこと。

$復活!pontaの街場放浪記-ハートランドタワー


「ハートランドビール」は、僕が最も愛するビール銘柄の一つで、喉越しの良さが堪えられない。

$復活!pontaの街場放浪記-ハートランドビール


極上のビールを友に休憩した後、山陽本線に乗り込み一路福山駅を目指した。尾道に負けず劣らず、福山も昼酒のメッカといっていいほど名店が多い。

まずは著名な大衆酒場〔自由軒〕にピットイン。

$復活!pontaの街場放浪記-自由軒


先日、BS-TBS『吉田類の酒場放浪記』で紹介されたので、ご存知の方も多いだろう。

まずは瓶ビールとポテトサラダで、散歩で乾いた喉を潤した。

〔自由軒〕の名物は、味噌おでんと洋食メニュー。味噌おでんは食べる機会が多かったので、今回は洋食メニューの中から名物料理の「キモテキ」を注文した。

$復活!pontaの街場放浪記-キモテキ


「キモテキ」はレバーソテー。ケチャップがしっかり効いたソースが、懐かしい洋食の味わいを醸し出していた。


もう一軒、大正時代開店の老舗の食堂〔稲田屋〕にも立ち寄った。

$復活!pontaの街場放浪記-稲田屋


こちらは甘辛味の濃厚なタレで煮込んだ「肉丼」と「関東煮」が名物。白飯がお腹に入る余裕がなかったので、肉皿と関東煮を燗酒と共に味わった。

$復活!pontaの街場放浪記-肉皿


〔自由軒〕〔稲田屋〕とも、昼の中休みがなく通し営業なのが嬉しい。休日の昼下がりに、「ザ・居酒屋」といった渋い雰囲気で飲みたい左党の方は、福山を訪問し昼酒の快楽に浸られることをお薦めする。


(2012年5月1日執筆。「Web旬遊」初出)
フードビジネスの最先端を走る東京や関西では、以前より「居酒屋以上、割烹未満」というコンセプトの飲食店が人気を博しているそうだ。

一瞬「小料理屋」のことだと思ったが、「小料理屋」だと粋な女将がお酌をしてくれるような古くからある業態のお店なので、それとは明らかに違う。

では「居酒屋以上、割烹未満」とはどんなお店だろう?

具体的には、次のような特徴のある飲食店が該当するとのこと。

①看板料理は、鮮度の良い食材を、生、焼く、煮るなどシンプルに調理したもの。
②器や盛り付けはスマートに。
③日本酒、焼酎の品揃えが豊富。数種類の日本酒をちょっとずつ味わえる「利き酒セット」も用意している。
④和食をベースとしつつも、洋風の要素を取り入れた創作料理を取りそろえている。
⑤割烹ほど高級過ぎず、居酒屋ほどざっくばらんでなく、すっきりしてお洒落な店内。
⑥軽く飲んで食べて、1人5,000円でおつりが来る。

結局のところ、大切な商用やデート、友人との食事で使うには「居酒屋」では雰囲気がイマイチ。だからといって「割烹」では敷居が高すぎる。
そういった顧客のニーズが、「居酒屋以上、割烹未満」というコンセプトを産み出し、流行させたようだ。

東京や関西の「居酒屋以上、割烹未満」な飲食店は、大手飲食チェーンから個人経営まで百花繚乱。玉石混淆といっていいほど、様々なお店が乱立している。

では広島はどうだろうか?

個人経営のお店はあるが、大手飲食チェーン経営の大バコはほとんど見受けられない。
東京や関西では、高層ビルの上層階に一流デザイナーがインテリアを担当した「居酒屋以上、割烹未満」のお店が多く、人気が定着している。
上層階にありがちな高級レストランと比べるとリーズナブルで、和食をベースにした創作料理中心なので敷居も高くない。
しかも、素晴らしい夜景とシックでお洒落な内装を楽しめるから、客層を問わず人気があるのだろう。広島にも同様のお店が出来れば盛況になると思うが、高層ビルが少ないから難しいのだろうか?

それはともかく、まさに「居酒屋以上、割烹未満」というコンセプトにぴったりの、いや、まさにお手本のような個人経営の飲食店が存在する。

中町の〔田心(でんしん)〕だ。

先日、久しぶりに〔田心〕を訪問した。

$復活!pontaの街場放浪記-玄関


雰囲気のある白木の格子戸を開くと、カウンターに設置されている見事な燗銅壺(かんどうこ)に目が釘付けになる。もちろん特注品だ。

$復活!pontaの街場放浪記-かんどうこ


カウンターには、炭火焼用の焜炉が置かれ、新鮮な野菜がディスプレイされている。印象的な舞台装置だ。

$復活!pontaの街場放浪記-炭火台


インテリアも白木を基調とした清々しさで、京都の割烹のような粋な風情がある。

全員坊主頭の若い板前さんのきびきびした動きも、心地良い。

つき出しのじゃがいものすり流しを味わいながら、生ビールをぐいっとあおった。

つき出しって、ありきたりのものだと「金返せ!」って思っちゃうけど、こういう洒落た一品が供されると、逆に気分が浮き立ってくるから不思議だ。

$復活!pontaの街場放浪記-すりながし


続いては、三原・梶谷農園の有機野菜と自家製燻製のサラダ。燻製にしたサーモンの旨味に、梶谷野菜が全く負けていない。

$復活!pontaの街場放浪記-梶谷農園のサラダ


当夜の料理の白眉は、旬のアスパラガスの炭火焼。ソテーや茹で上げも良いが、炭火焼きにしたアスパラガスの甘みは鮮烈だった。

$復活!pontaの街場放浪記-アスパラの炭火焼き


パンに載せられたカニ味噌チーズは、燗銅壺で適温に温めた燗酒と共に楽しんだ。

$復活!pontaの街場放浪記-蟹味噌チーズ


素材の持ち味を活かしたシンプル・イズ・ベストなお料理。

そして、美味しい生ビールと、品揃え豊富な日本酒、焼酎の数々。

こだわりの酒と肴を、京都の割烹のような粋な空間で、リーズナブルに味わう幸せが〔田心〕にはある。



(2012年4月26日執筆。「Web旬遊」初出)
惜しくも休刊中の広島のタウン情報誌『旬遊』。

2012年4月に刊行された『旬遊』第36号の第1特集「日本料理 北岡三千男の世界」は、日本料理人や和食愛好家にとって実に興味深い内容だったろう。

僕も以前、友人に誘われて広島・白島の日本料理店〔喜多丘〕を訪問したことがある。

お店は住宅街の通りに面したマンションの地下。階段を下り店の玄関前に立つと、そこは周囲の喧騒と隔絶した風雅な空間だ。

$復活!pontaの街場放浪記-玄関


格子戸、花、そしてすっきりとした白地の暖簾。

戸を開くと白木のカウンターがあり、カウンターの中ではご主人の北岡三千男さんをはじめ料理人たちが仕込みの真っ只中。

料理人たちの真剣さに思わず緊張感を覚えたが、すぐに着物姿の女性の笑顔に迎えられ、座敷に案内された。


当夜は秋の味覚を楽しむ宴だった。

先付けは生ウニと蟹のとんぶりと食用菊和え。染付(吹墨)の筒向付で供された。

$復活!pontaの街場放浪記-前菜


続くは香茸、ひら茸を、胡麻や松の実が入った和え衣で和えたもの。渋い色調の柿の実を模した蓋物の器が、秋らしい季節感に溢れていて印象的だった。

$復活!pontaの街場放浪記-和え物


目にも舌にも季節を感じる料理に、賀茂鶴蔵元限定の蔵出し原酒が進む。

$復活!pontaの街場放浪記-賀茂鶴蔵出し冷酒


続く椀物代わりの土瓶蒸しは、野趣あふれる焼締の器で供された。

$復活!pontaの街場放浪記-土瓶蒸し

$復活!pontaの街場放浪記-土瓶蒸し中身


具は鱧と松茸のみ。出汁に湯引きした鱧を入れて一度蒸しあげているので、鱧出汁のエッセンスが凝縮されて出ているとのこと。香りも味も文句なし。


そして目にも舌にも鮮やかな八寸。
左上の緑釉の葉皿から、茹でた車海老、いかの酒盗和え、求肥の昆布巻き、むかごと温度卵の味噌漬けを松の葉に差して。右上の黄釉の葉皿は、松風、サーモンの錦糸巻き、いくらのすだち釜。左下の柿釉の葉皿は、揚げ銀杏。右下は唐墨大根。

$復活!pontaの街場放浪記-八寸


全てお酒にベストマッチな酒肴の数々だったが、中でも「松風」に心を鷲づかみにされた。

「松風」とは、鶏のひき肉に芥子の実を散らして焼き上げた料理。

和食の前菜やおせち料理で食べる機会が多いものだが、こんなに美味しい「松風」を食べたのは生まれて初めてだった。

美味しさは勿論のこと、舌触りの滑らかさ、歯触りが何ともいえなかった。

僕が今まで食べていた「松風」は一体何だったのか?強いカルチャーショックを感じ、心の底から驚きを感じた。


酒肴を全て頂き、食事が供されるまでの時間に北岡さんが座敷にいらっしゃった。

僕は北岡さんに質問した。「このような美味しい松風を頂いたのは初めてですが、特別な作り方をされているのでしょうか?」

北岡さんいわく「これはかなりややこしい話になるのですが・・・」

「松風」を調理する工程は予想以上に手が込んでいた。

例えば鶏肉は一度挽きと二度挽きの両方を用い、入れる順番やタイミングも明確に決めているとのこと。味わいだけでなく食感の心地よさも追求している。

修業時代に、料理の「松風」だけでなく京菓子の「松風」の味わいや手触りも確かめ、研究した成果だということだ。

前菜やおせち料理でありふれたものと思っていた「松風」。しかし、作り方次第で奇蹟のような旨さを産み出すことができるのか・・・。僕はただ感嘆するばかりだった。


北岡さんのお話を拝聴した後、食事を頂いた。土鍋炊きのご飯が美味しくて、我知らず三杯もおかわりしてしまった。

$復活!pontaの街場放浪記-食事


染付(吹墨)の小皿に美しく盛られた漬物が、また旨いのだ。

$復活!pontaの街場放浪記-漬物


先述の『旬遊』の特集「日本料理 北岡三千男の世界」で、北岡さんは語る。「日本料理の格は『わんさし』で決まるといわれます」。「わんさし」とは、料理界の隠語で椀物(吸い物)と刺身のこと。

椀物と刺身は当然日本料理の勝負どころだが、その他の料理が「わんさし」より劣るという意味ではない。〔喜多丘〕の料理は、全てに手抜きなしだ。

「神は細部に宿る」といわれるが、コース料理のどこかにわずかでも瑕瑾があれば、流れがそこで滞る。そうすればコース全体の完成度が損なわれる。だから一流と呼ばれる料理人は、細部に妥協を許さず、素材や調理にこだわり、店のしつらえにこだわり、器にこだわる。茶道や華道を勉強する料理人が多いのも、料理に対する自らの感性を鍛えようとするからだろう。

広島市内に素材自慢、味自慢の和食店は数多い。

但し、華やかな盛り付け、調理技術の確かさ、器のコレクションなどを含めた総合力でいえば、やはり〔喜多丘〕が広島を代表する一軒だと思う。



(2012年4月4日執筆。「Web旬遊」初出)