広島駅に行く途中、どこに行こうか考えた。春の休日。桜が散った頃。そうだ、潮の香りを全身に浴びたくなった。
広島駅に到着すると尾道行きの切符を買い、山陽本線に乗りこむ。旅の友は、文庫本。読書に没頭していると、あっという間に尾道駅に到着する。
海岸通りをぶらぶら歩いていると、昼下がりに一杯飲みたくなるお店が色々と思い浮かぶ。
行きたいお店はたくさんあるが、今日は蕎麦が食べたい気分なので、わき目も振らず目的地に向かった。尾道駅から10分ほど歩き、細い路地の中にある蕎麦屋〔笑空(えそら)〕を目指す。

〔笑空〕は、古民家を改装した趣のあるお店。店名が書かれた看板もあるが、「打」と大きく書かれた白地の暖簾が印象的だ。
尾道屈指の日本蕎麦の名店である〔笑空〕。腰の強い十割蕎麦が旨い。
蕎麦も旨いが、蕎麦前(蕎麦の前に頂く酒肴)も旨い。だから〔笑空〕を訪れると、日本酒が飲みたくなる。店主が酒飲みの気持ちを熟知しているため、左党垂涎の銘酒を多く揃えている。だから、ちょいと一杯のつもりで飲んでも、二杯、三杯と盃が進むのだ。

蕎麦前、銘酒、そして蕎麦を、レトロな雰囲気の店内で味わっていると、時間が普段よりゆっくり流れているような感覚を覚える。

〔笑空〕で蕎麦と昼酒を楽しんだ後は、尾道のアーケード街を散策。
先日リニューアルオープンしたばかりの〔PARIGOT 尾道本店〕で洋服を探したり、尾道ならではの乾物の名店〔佐藤俊之商店〕で新鮮ないりこなど乾物を買い求めたりした。
おっと、気鋭のブランジェリー〔パン屋航路〕のパンを、明日の朝食のため買い求めるのを忘れてはならない。また、手打刃物の老舗〔山崎清春商店〕で見事な包丁に見とれるのも、尾道ならではの楽しい時間だ。
尾道駅に近づくにつれ、もっとやることがなかったっけ?と後ろ髪を引かれるような気持が生じてきた。
鯛のアラの出汁が旨いラーメンの名店〔有木屋〕や、こちらも昼酒が楽しい〔しみず食堂〕が、僕を手招きする。
しかし、先ほどの〔笑空〕で満腹になってしまい、連食は断念。
駅前の尾道グリーンヒルホテル内のバー〔港灯 ハーバーライト〕でしばし休憩し、絶品の「ハートランドビール」の生ビールを頂く。広島県内で「ハートランドビール」専用サーバーがある飲食店は、稀少とのこと。

「ハートランドビール」は、僕が最も愛するビール銘柄の一つで、喉越しの良さが堪えられない。

極上のビールを友に休憩した後、山陽本線に乗り込み一路福山駅を目指した。尾道に負けず劣らず、福山も昼酒のメッカといっていいほど名店が多い。
まずは著名な大衆酒場〔自由軒〕にピットイン。

先日、BS-TBS『吉田類の酒場放浪記』で紹介されたので、ご存知の方も多いだろう。
まずは瓶ビールとポテトサラダで、散歩で乾いた喉を潤した。
〔自由軒〕の名物は、味噌おでんと洋食メニュー。味噌おでんは食べる機会が多かったので、今回は洋食メニューの中から名物料理の「キモテキ」を注文した。

「キモテキ」はレバーソテー。ケチャップがしっかり効いたソースが、懐かしい洋食の味わいを醸し出していた。
もう一軒、大正時代開店の老舗の食堂〔稲田屋〕にも立ち寄った。

こちらは甘辛味の濃厚なタレで煮込んだ「肉丼」と「関東煮」が名物。白飯がお腹に入る余裕がなかったので、肉皿と関東煮を燗酒と共に味わった。

〔自由軒〕〔稲田屋〕とも、昼の中休みがなく通し営業なのが嬉しい。休日の昼下がりに、「ザ・居酒屋」といった渋い雰囲気で飲みたい左党の方は、福山を訪問し昼酒の快楽に浸られることをお薦めする。
(2012年5月1日執筆。「Web旬遊」初出)















